シリウスシンボリと綺羅の間で賭けが始まった日のこと。その日の夜も、シリウスシンボリは練習場を占拠していた。
「さて、それじゃ今日も始めるぞ。……アンタは、誰だ?」
「……ああ、俺か? まあ気にしないでよ。綺羅さんに頼まれて、練習場の監視っていう体でここにいるだけだから。別にスカウトとかじゃない」
シリウスが練習を仕切ろうとしたとき、練習場に真が入っていることに気が付いた。
「賭けの結果が出る前に彼女の頑張りを止めるわけにもいかない、だってさ。そういうわけでちょうど手が空いてた俺がここにいる」
「そういうことか。まあ変なことさえしないのなら、そこにいてくれ。こっちも注意されたくてされてるわけじゃないんだ。よし、じゃあいつものように別れとけ!」
そうしてシリウスは練習を始めたが、しばらくしてふと真の方を見ると、小さなノートに何かを書き込んでいるのが見えた。変なものなら取り上げてやろう、と思いシリウスは後ろからそれを覗き込んだ。
『左列からA、B……とし、前から1、2と番号を振っておく。
……
D3、脚質は追込み。末脚には目を見張るものあり
A8、差しで走っているがおそらく逃げの方が向いてる。トップスピード出し切れず
E13、斜行癖あり。また、左右のバランスが乱れている
唐揚げ食べたい
組ませている子の脚質は似通ったものがある。シリウスシンボリには見る目あり』
「なっ、こいつは……!」
「あれ、君いたんだ」
驚く様子もなく真が言うが、シリウスはその時戦慄していた。
(あれほどの人数で、並んでいたヤツに番号を振って、それを忘れることなく見ていやがったのか!?)
およそ人間の情報処理速度じゃない。シリウスはそう感じた。
「ってか、初めの集まり方もある程度似ている子を集めてたみたいだし、やるじゃないか、シリウスシンボリ」
「別に、アンタに褒められても嬉しかねえが」
シリウスがそういった瞬間、練習場を眺めていた真の眼からハイライトが消えた。
「あの子は……確かC7だったか……なあシリウスシンボリ、あの鹿毛のちょっと背が高めな子の名前、教えてくれないか。あと、それに併走してる子も」
「鹿毛の方はオメガルミナス、併走してるのはグロリアスアークだ」
「なるほどなあ」
そう言う真の手は一向に止まらない。はたから見ていると、それは超高速で原稿を仕上げるとある漫画家のようであった。
「ルミナスの方は組ませるなら多分南坂トレーナーだな。あと、アークの方は顎の角度と体の角度が一致すれば噛み合うんじゃないか? ……このダイヤモンドの原石の集まりめ!」
ハイライトの無い男の笑みは、普通恐ろしく感じるものであるはずだ。しかし、シリウスは、その瞳の奥にあるナニカに魅せられていた。
「……なあ、アンタ。さっき会長サマのトレーナーに言われてきたって言うけど、アンタのすることはそれだけじゃないはずだろう? 別に妨害する気はないから、教えちゃくれないか?」
シリウスがそういうと、真の瞳にハイライトが戻り、シリウスに言った。
「まあ、別に緘口令が敷かれてるわけでもないから教えておくか」
そうして、真は綺羅のやりたいことをシリウスに説明した。
「ははは! なるほど、あの人のやりたいことは理解した。だが……それは、チームを増やすってのじゃ駄目なのか? ほとんど全てのトレーナーに担当を増やすってなれば、相当の負担のはずだ」
「それじゃ駄目なんだ。……君は、この学園が5年前にどんな様子だったか、知っているかい?」
「いや、アタシはまだ入学すらしてない頃の話だ……聞かせてくれ」
「まあ、単純にまとめて言うなら、チーム制を簡単に許可してたせいで無茶なトレーニングの子が怪我したり、チームを持ってない人のトレーニングがまともにできなかったりって状態でね」
「はァ!? 何だよそれは!?」
まさに寝耳に水といったところ。シリウスは突然爆弾を投下されて狼狽えた。
「その時俺たちはトレーナーになる前の実習生としてここにいた。あれはひどかったな。普通に賄賂とか横行してたし」
「……5年前なら、確かうちの一族に、理由は分からないが罰を受けていたトレーナーがいたとか聞いた覚えがあるな」
ふと思い出した様子でシリウスが言うと、真が反応する。
「君はシンボリのところの子だったか。ならたぶん、アイツだな。普通に腹とか殴ってたはずだ」
他人の目につかないところに傷を作る男がかつていた。それは現場を押さえた真により罪が白日の下に晒されたのだ。今思い出しても腹が立ってきた、といきり立つ真に、シリウスは何も言えなかった。まさか自分の知る前の学園がそんなところだとは思ってもいなかったのだ。
「それから俺とか綺羅さん、あとアスランも。色々やって、今のこの学園になったってわけ。ただ、その過程でチームを持っていたトレーナーも、何人も入れるチームも消えてしまったから、今のトレーナーに乏しいトレセン学園になってしまったんだ」
そこまで言うと、真は星一つない曇り空を仰いだ。
「少なくともあの時の俺たちは自分の信じるものを貫くために他のトレーナーと戦って、多くのトレーナーにとって正しいと言える環境を作り出せた。けど、そのしわ寄せが今の君たちにいってるんだ。せめて尻ぬぐいはしっかりやらないと」
それは、大人が子供に残した課題であり、大人がやらねばならない問題であった。
「アンタらのしたいことは理解できたんだが、そんなものにあいつらを付き合わせるつもりなら、こっちは断固としてお断りだぞ?」
合点のいったシリウスであったが、真に憤りを見せる。
「これは俺たちのエゴだから、君たちには俺たちをなじる権利がある。けど、きっとお前のトレーニングで鍛えられた子たちを見たトレーナーはこう思うだろうさ。『俺の方があの子を導ける』、とか『あの子は俺がもっと輝かせる』とかね。トレーナーってのは、子供を導くって使命と、それを育て上げたいって欲望の二つを併せ持つ存在だから」
「……つまり、どういうことだ?」
「君たちの現状を変えるのは、俺たちのエゴとは別の、トレーナー魂ってことだ!」
その後、綺羅と藍の手により、ユニット制はトレーナーたちによる賛成を受け、これがURAに提出されると、2日の議論の末に認められることになる。そして、賭けの期日がやってくる。
人払いの済んだ生徒会室に、綺羅とルドルフ、シリウスの姿があった。
「正直、あの提案を君が吞んでくれるとは思わなかったよ。随分と真は頑張ってくれたみたいだね」
「ああ、アイツには色々と世話になったんでな。……それで、賭けの方だが、アタシの負けだな」
綺羅の言葉にシリウスが返すと、ルドルフがそれに返す。
「そのことなんだが……トレーナー君は既に敗北を私に宣言してるんだ」
「……は?」
「『僕たちは裏でトレーナーたちに働きかけただけで、実際に彼女たちに接してくれたのは真だから、正直倫理的に僕の負けだよ』、とのことだ」
「そういうこと。というわけで、今回の賭けは引き分けだってことにしよう。ただ、それでも満足が行かないのなら……」
綺羅の言葉を途中で遮ろうとしたシリウスだったが、続く言葉にニヤリとした。
「ここは互いに要求を一つずつ呑むことで手打ちにしないかい?」
「……いいぜ、乗った! さあ、先にアンタたちの望みを教えてくれ」
この段階で、シリウスはどんな願いを言われようとも、叶えたい望みを見つけていた。
「こちらとしては、これから校則に反するようなトレーニングを行わないことだね。といっても、おそらく他の子たちはちゃんとトレーナーと会話してくれるだろうからほぼ君限定の拘束になる」
「ああ、なんだある程度覚悟はしていたがその程度か。そちらの条件は認めるよ。それで、私の望み、と行きたいんだが、その前に一つ聞きたいことがある」
そこで、シリウスは一呼吸置いて続けた。
「アンタが真と呼んでいたアイツ、ユニットはまだ組んでいないよな?」
「綺羅さんから呼び出しがあったけど、話し合いが難航してるとかじゃないだろうな……? 綺羅さん、入りますよ」
真は綺羅からの呼び出しを受け、生徒会室のドアを開く。すると、こちらを少し申し訳なさそうに見る綺羅、少し目を輝かせているルドルフ、そしてこちらをじっと見つめるシリウスの姿があった。
「えーっと、どういう状況ですか?」
「まあどういう状況か、なんて話はどうでもいい。今ここでアンタがするべきなのはコイツにサインすることだ」
そういって真が手渡されたのは、担当契約の書類であった。すでに生徒の欄は埋まっている。そこに書かれた名前は、シリウスシンボリ。
「……! オーケー。そう言う事だな。なら、これからよろしく頼むぞ、シリウス!」
「ああ、あまり私を失望させないでくれよ、
飛鳥真(たわけ/子犬)
種割れとか使える系子犬。正直シリウスのトレーナーの呼び方を思い出してこの話を書いたまである。前回のキャラ紹介に書いた子犬って言葉は、この展開のための伏線だったんだよ!(迫真)
かつては本当に綺羅について回る子犬のような感じだった。唐揚げ食べたい、とはその時の真の思考がそのままペンに現れたもの。
シリウスシンボリ
トレーナーの中でも化け物みたいな観察眼の真に恐怖し、魅せられた者。ただ、それは私のためだけに使われるべきだといった独占欲モドキも抱え始める。生徒会トレーナー共の配信は見たことがない
エアグルーヴ
気が付けば担当が問題児も担当することになったエアの心境やいかに。
大和綺羅
ユニット制のためのトレーナーの手当費用は、OS開発のためにもらった費用を還元して使用。どうせ使い道がない、とは庶民出の綺羅の言葉。口座にあるお金が使いきれないキラ概念、ウマ娘とは関係ないけど好きです。
明日沢藍
URAにカチコミかけた人。こいつの動きでやっと議案は可決された。どう暴れたかは筆者も知らないが、たぶんFREEDOMに暴れた。