「そういえば、お前たちはどういった経緯で契約を結んだんだ?」
「あ、それ俺も気になる! 祐介は前和彦の契約の場面に出くわしたって言ってたけど、具体的なシチュエーションも聞き出しておきたいな~」
飲み会の席で、和彦が祐介と龍治に聞くと、龍治が反応した。
「まあ和彦については後日にでも聞いておけ。俺はそろそろ酒が回ってくる頃あいだから、先に話しておこうと思う」
顔の赤くなってきた祐介が二人に言うと、二人は同意した。
「あー、確かに。和彦の失言を聞き出そうとはしたけど、俺らの合計くらい飲んでおいてその様子じゃ、今回も負けることになりそうだしな。よし、なら祐介の話を聞かせてくれよ」
「龍治の言う通りだな。お前とアグネスタキオンの出会い、かなり気になるな」
和彦と龍治がそういうと、祐介は語り始めた。
「あれは、先輩に研修を受けていた時のことだ。覚えているか? 先輩の出した最終試験に俺が遅刻してしまったことを」
「ああ、あの時か。確かに何が起こったか、詳しくは聞いていなかったな」
龍治が言ったように、和彦もまたその時の事を思い出した。
時は彼らがトレーナーとして活動し始める前のこと。今のトレセン学園では、トレーナー採用試験に合格した後、一年間のサブトレーナー研修制度が存在する。こちらは志願制のため、トレーナー試験で首位になった人物の免除制度があったりするが、新人の中で他のトレーナー達とのコネクションのない者たちにとっては素晴らしい制度であった。
そして、その一年間の終わりの3月始めに、トレーナー達の手で作られた最終試験を合格することで、胸を張って自立したトレーナーであると宣言できるようになるのだが。あろうことか祐介はそれに遅刻していたのだ。
「確か、試験開始が午前11時で、お前が先輩に電話をかけてたのはそれの10分くらい前のことだったな」
和彦が確かめるように言う。
「そうだ。ちなみにその電話を掛けたのは俺ではなく、俺の指示を受けたタキオンだったんだ」
「お前、その時にタキオンと会ってたのな。それで、あの時何があったんだよ?」
「よくあるネタのように言うのなら、不運《ハードラック》と踊《ダンス》っちまったと言うべき状態だな」
そうして、祐介は語り始めた。
――俺は試験開始の30分前くらいの時、他の同期の頼まれごとを終えて旧理科実験室の前を歩いていたんだが……。その時どうもあるウマ娘たちが外で野球をしていたらしく、勢いよく飛んできた打球が窓ガラスを割って廊下に侵入してきたんだ。そしてその時、実験室の中から薬剤を抱えたタキオンが現れて、ちょうど目の前にあったボールに気付かないでそのまま転んでしまったんだ。
今、彼女が気付かなかったのか、と思ったな? その通り。どうやら、その時が彼女にとって初めて自分の思い通りに薬を調合出来たときだったらしくて、随分とハイテンションになっていたんだ。
『ふーんフン、ヴン!?』
綺麗な転び方で、受け身も問題なく取れていたんだが、いかんせんその手にあった薬剤は真上に放り投げられてな。俺は慌ててその薬剤を回収し始めた。
『はっ、そこ!……よし、これで回収完了だ。怪我はないか?』
『ああ、すまないね、見知らぬトレーナー君。そして、よーうこそ我がモルモット君よ!』
『ムグッ!? ……テメェ、何飲ませてやがんだよマッドサイエンティスト』
……こうして思い返すと、あの薬は人間が取ると興奮する作用があったんだろうな。その薬を飲んだ瞬間、あの興奮状態の怒り方をしていた。
『やだねえ、目の前の助けてくれたトレーナー君に、もう一つ頼み事をしただけだよ?』
『何を言って……俺のアンガーマネジメント能力は他と比べてかなり高いはずなんだが、怒りが治まらない。……いや、これは、極度の興奮状態か?』
『おや、ひとまず第一段階は正常に働いているらしい。計算通りなら、5,4,……今だ!』
タキオンがそういうと、俺の興奮が治まり次に体全体の筋肉が少し膨張して、七色に光初めてな。
『肉体が膨れて、発光し始める……よし! 私の調合は完璧だな! はーっはっは!』
『ふむ、肉体の発光と来たか。しかもグラデーションまで。ゲーミング状態だな』
『おや、随分と冷静じゃないか。まあいい。それではちょっと実験室に入りたまえ。君もその状態のままここにいたくはないだろう?』
『なるほど、実験室はある生徒の独占状態にあると聞いたが、それが君か。そういうなら、入らせてもらおう』
そういうわけで、部屋に入ってから先輩に電話を掛けて事情を説明したのさ。ちょうど、お前たちの待機場所から実験室は見えるから、先輩にそちらを向いてもらって七色に光る俺を実際に見てもらって、真実はちゃんと伝えられたからな。
「ああ、なるほど。電話中に先輩が突然どこかを見てため息をついたと思ったら、その場面に出くわしていたわけだ」
龍治の言う通りだな。そして、俺は薬の効果が切れるまで、タキオンの経過観察に付き合わされることになった。……当時から、有望視されるウマ娘なのに選抜レースに出ないと噂だったろう、タキオンは。だからその時間に俺はタキオンに聞いてみることにした。
『このまま黙っているのもいいが、ちょうどいい機会だから、一つ訊ねてもいいか、アグネスタキオン』
『まあ、こちらが突然巻き込んだんだ、それくらいなら構わないよ?』
『なぜ君は選抜レースに参加しないんだ? その様子じゃあ、本格化を待っているというわけでもないだろう。……いや、走るのが嫌いだというならそれで構わないんだが、どうもそういった感じではなさそうでな、つい気になってしまった』
『ふゥん……?』
俺がそういうと、タキオンはレポートを書き込む手を止めてこちらを見やってきた。
『そうだねぇ……このまま答えを伝えてしまうのもつまらない。だから、ちょっとしたゲームということにしようか。私がなぜトレーナーを付けないのか、その理由を当ててみたまえ。もちろん、君が間違えても正解は伝えるつもりだがね』
彼女はそう言って俺を挑発してきた。俺はそれに乗ることにした。年下の女の子にもてあそばれ続けるというのも俺の趣味じゃないからな。
『いいぞ、そのゲーム、乗った。……』
意思表示をした後は、俺はじっとタキオンを見た。……和彦、その冷たい視線をやめろ。ほら、俺の審美眼だよ。昔の経験で、秘められた感情やらを目で何となく感じ取れるのはお前も知っているだろう。まず俺が見たのは彼女の目だ。目は口ほどになんとやら、というからな。
(これは……俺もよく知る、何かに魅入られた狂気の目だ。問題はその狂気の矛先。ウマ娘として欲しがる絶対の勝利、というわけでもないな……。絵描きにもよくある、どこまでも突き進むという飽くなき探求心といったところ! なら、何を探求するつもりなんだ?)
そう俺は心で思ったが、俺の中の答えは既に決まっていた。
(別にレースが嫌いなわけでもないが、好きでもない。あくまでそれは彼女にとって手段だ。そして、レースによって得られるものは……)
名声? ――そのはずがない。高めあえるライバル? ――探るものでもない。
ならば――速さか……!
確信した俺はその解答を提出することにした。
『君はレースに好き、嫌いといった感覚を見出していない。あくまでそれは手段だからだ。そして、それをもってして得たいもの。それは知的な好奇心。おそらく、ウマ娘として出せる速さ、あるいはその先にある何等かの可能性、といったところではないか?』
『ほう……ほう、ほう! それで、続きは!?』
後から知ったが、俺の推論はかなりいい線まで言っていたらしく、俺のそこから出す結論を心待ちにしていたそうだ。
『問題はここからだ。その程度なら中央のトレーナー達なら簡単に受け止められるはずだ。他に、何かが……すまない、少し立ってもらえるか、アグネスタキオン』
『ふむ? まあ君が望むのならば構わないが……これでいいかい?』
『ああ、ありがとう』
目からの情報は得られなさそうだから、次に肉体の方を観させてもらうことにした。そしたら割とすぐに気が付けたぞ。和彦と出会っていなければ気付かなかっただろうがな。
『……なるほど、脚が追い付かないのか』
「そこで俺の話になるのか?」
忘れたとは言わさんぞ、和彦。高校二年の修学旅行、俺たちが京都で神隠しにあった時、ウマ娘と同等の速さまで加速して、脚を壊していただろうが。
「そういやそんなこともあったな! 和彦の脚が回復したと知った時、確かに安心はしたけど、何で一か月で戻るんだよってちょっと怖かったもん」
「悪かったな、異常な回復速度で!」
……まあ、そういう経験で、俺は内に秘めたポテンシャルと肉体の乖離を見定められることができていたわけだ。俺もタキオンの例で初めて分かったが。
『……何っ!?』
『さすがにここまで探られるとは思っていなかったか?』
『……君が脚を見たとき、脚部不安と言われるかと予想していたものでね。まあ、ここまで鍵つけられたのならゲームは打ち切ろう。君のその様子じゃあ、もうしばらくすればすべて明らかにされそうだ』
そう言ったタキオンは、俺の説明に加えてこう言った。彼女の抱えるガラスの脚を一時のドーピングでなく、永久的に改善する方法として製薬に目を付けたらしい。それで、レースに駆り出そうとするトレーナーは彼女の目的にあわず、そのためにトレーナーも必要としないといっていた。
『なるほど、君の言いたいことは大方理解できた、が。それならばその目的のために共に歩むトレーナーを探せば良かっただろう?』
『初めは私もそう思ったんだが少し考えて、やはりトレーナーならいずれ走りにだけ専念させようとするだろうと思ってね。だから、私がトレーナーに求めるのはモルモットとしての役割とすることにしたんだ』
タキオンはそこまで言うと、俺の目の前にもう一つ、コップに入った無色透明の液体を差し出す。
『色はついていないが、それは私の調合した薬だ。それも、君が先ほど摂取したものとは別のやつでね。私はすでに結論を知っているが、もしも君が今それを飲めば、案外体の中で爆発するかもしれないね。だが、私のトレーナーとなる人物なら、それでも飲まなければいけない。まあ、これはただの私のわがままに等しいんだが』
『……!』
『えーっ!? 臆さず飲むのかい!?』
タキオンとしても、あの場で私にその薬を飲ませるつもりは無かったんだろう。それを証拠に、私の眼前ではなく、ちょっと動かないと届かないところに薬を置いていた。だが、俺はそれでもその薬を飲んだ。
『……爆発の予兆は無し。変化と言えば……体がストロボ発光しだしたな』
『……ククク、ハハハハハハハ!! まさか、あの言葉を聞いてそれでも薬を飲む者が現れるとはな! 一体どうしてだい? 教えてくれ!』
『……お前の目に潜む狂気に魅入られた、と言えば納得してくれるか? ……単刀直入に言おうか。アグネスタキオン、俺をモルモットにしないか?』
俺がそういうと、タキオンはニィっと笑って答えた。
『いいだろう! では契約といこうか、モルモット君!』
まあ、そう言ったわけで俺とタキオンが契約を結んだわけだ。
『ああ、契約は新年度で頼む。今日でようやくトレーナー研修が終わるんだ』
『……えーッ!?!?!?』
「締まらないなあおいッ!」
祐介の話をオチまで聞いた龍治がビールジョッキを机にたたきつけて言った。和彦も、それには同意見だった。
「しかし、お前も隅に置けないな。まさかあの時期にすでに見定めていたとは」
「実はその後、俺の提案で、新年度に一度だけ選抜レースに出場してもらって、他のトレーナーも見てもらったんだ」
その祐介の思考は、かなり和彦がカフェと契約を始め結ぼうとはしなかった理由と似ていた。
「へえ、その心は?」
カフェと和彦の一幕を知らない龍治が祐介に訊ねた。
「そりゃあ、俺と他のトレーナーの違いを見てもらって、モルモットになれるのは俺だけだと認識してもらうためだ! どけ! 俺はモルモットだぞ!」
「ああまずいなこいつも潰れてきたか!?」
焼き鳥片手に叫ぶ祐介に、龍治が反応した。
「妙にハイテンションになっているが……まあコイツのクールダウンもかねて、龍治の事情も教えてくれよ」
「ああ、まあそれもいいか。そんじゃ、祐介の鎮静は頼んだぞ」
そうして、龍治も語り始めた。
坂田祐介(モルモット)
狂気に魅入られたもの。高校までは美術に造詣の深い男の下で育っていた。また、和彦たちとの経験もあり、化け物のような審美眼を得た男。たぶんタキオンのためなら自分の命以外すべてを投げ打つことができる。
アグネスタキオン
ほぼ唯一といっていいほどの理解者に巡り合った子。選抜レースの話を聞いた時は「私を捨てる気かい!?」と割と本気でキレたが、ちゃんと誤解は解かれたので安心した。
「まあ、私とモルモット君の出会いはそんな感じだったねえ」
「私とかz……トレーナーさんの契約の時のあの話、ちょっとその状況に当てはまってません?」
「うわー、二人とも大胆なことすんなー」