シリアス多めの内容になるかと思いますがネタ要素も散りばめておくので楽しんでいただけると嬉しいです。
第一項
「…以上が先日の矯正局脱獄の被害報告になります」
一面がガラス張りになっている防衛室長室、昼間は外が明るいので室内も十分な光量が得られる。
つい先日まで制御権が失われていたこの部屋の主である不知火カヤはガラスの前に置かれた立派なデスクに腰掛けている、表情は外からの光で逆光となりはっきりと見えないが青ざめて見えた。
「厄災の狐に慈愛の怪盗、
事件に関するファイルを閉じ天を仰いだ後、忙しなく指を動かしながら机に両肘を立てて寄りかかり両手を口元に置く。
次の言葉を待っているらしいがこれ以上の報告となると被害報告しかない、尾刃カンナはこちらをちらりと見る防衛室長へと首を振る。
「…カンナさんにしては面白い冗談ですね、驚きすぎて危うく椅子から転がり落ちるところでしたよ」
「これが冗談だったなら良かったんですが」
「…本当なんですか?」
「報告の通りです」
大袈裟に息を吐き再度天を見上げ、心ここに在らずと言った様子。
カンナ自身もここ最近の被害報告にはげんなりしていた、皮肉なことにも彼女たちによって引き起こされた山ほどの仕事の忙しさだけが正気を保たせている。
「…か」
「か?」
「彼女たちの捕縛にどれだけ支援してきたと思っているのですか!?」
悲鳴にも近い叫び、疲れきった脳に響く。
「彼女たちの捕縛には無理を言ってSRTだって導入させたんですよ!?それに先日装備の更新も行ったばかりだと言うのに!」
先程まで青く見えてた顔をはっきりと紅潮させながら怒り狂う防衛室長、続々と羅列される言葉達は右耳から左耳へと通過していく。
こうなってしまったら一つ一つの言葉を聞き入れる必要は無い、気分が落ちてしまう。
「はぁ、はぁ…コホン、少し取り乱しましたね、本題に戻りましょうか」
一通りの罵詈雑言を網羅したところで一息つき再び椅子へと深く腰かけ机に両肘をかける。
電源を落としていた思考回路を再起動させた。
「はい、報告書内に記載した通り現在D.U地区内のヴァルキューレ警察学校の戦力は大幅に減少、他学園に派遣していた生徒を呼び戻して復旧作業に充てていますが七囚人の足取りについて終えていないのが現状です」
「公安局内の戦力は?」
「動けるのは我々一課のみ、それも半数以上は現在負傷中」
「警備局は?これだけの被害です、SATの動員も視野に…」
「栗浜アケミに蹴散らされてほぼ壊滅状態です」
「…生活安全局は?」
「脱獄当日は市民の誘導を行っていたため比較的被害は少ないですが七囚人を相手にできる生徒は限られます」
「…もしかして詰みってやつですかね?」
「そうなります」
「…」
頭を抱えながら机に頭を落とし、会見やカイザーと言った言葉をモゴモゴと呟いている。
顔を上げるのを待っているとピタリと動きを止め特徴的なアホ毛を左右に動かしゆっくりと顔を上げた、嫌な予感がする。
「…たしか、先日SRT特殊学園からの転入生の中にFOX小隊所属の生徒がいましたね?」
「えぇ、正式には左遷という形ではありますが1名生活安全局に配置されましたね」
「どういう生徒かお聞きしても?」
「
「エース小隊なら何とかしてくれるとの判断なのでしょうが、それだけの問題行動を起こしておいて懲戒処分等はなかったのですか?」
「懲戒処分に関しては何度も協議されたようで一応書類上では休学という扱いになっていました」
「書類上は?」
「えぇ、実際には連邦生徒会長直属の工作員として単独で他校の情報収集や工作を行っておりコールサインはFOX0、建前上は存在していない隊員となっていたようです」
「秘密裏に動かしていたあたり連邦生徒会長すらも手放したくなかったと言うことですか、優秀なのは間違い無さそうですね」
「とはいえ、エリート揃いのSRT内では浮いた存在となっているようで同じFOX小隊を除けば親しくしている人間は限られているそうですね、本人は気にしていない様子ですが」
「いわゆる一匹狼って言うやつですか」
「狐ですがね」
顔を少し上げ不満そうな表情を浮かべる、余計な一言だったらしい。
「…今回の矯正局の脱獄ですが対応には公安局第一課に加えて彼女を動かしてください、もちろん報告はあなたを通して私にも共有するように」
「ですが、彼女は今生活安全局にて配備しているので配置換えには少々時間がかかりますが」
「防衛室長からの命令です、手続きに関わる決裁については私から話を通しておきますので彼女への通達や管理はカンナさんに任せます」
「彼女の管理をですか…過去の経歴や評価を見ても私の手には余るかと思うのですが…それに公安局と警備局共に現在再編成を行っておりますので直に捕縛の準備も…」
「そう言って前回だって厄災の狐を取り逃したんじゃありませんか!矯正局への収容だって警備局に任せていた結果がこれなのですよ!?今はSRTも自由に動かせないのにこれ以上お金はかけていられないんですよ!」
「…了解しました、すぐに連絡を取ります」
「それと補助は最小限に留めてください、元とはいえSRT生です、狐につままれるということわざもありますしなにか不穏な動きがあった際はすぐに対応を」
「かしこまりました、ちなみに黒峰に狐耳等は生えていませんよ」
「狐なのか狐じゃないのかどっちなんですか…?」
頭上の黒々とした雨雲が空を覆う。
雨自体は激しいものでは無かったが朝から続く小雨に鬱陶しさを感じていた。
地面にも所々水たまりが出来ており歩みを進めるごとに靴からはぴちゃぴちゃと楽しげな音が響く。
目的のD.U大通駅に到着しビニール傘の雨粒を弾き、傘を畳んで自動ドアを通る。
通勤時と比べてすれ違う人間は少ない、昼前で学生たちは基本授業を受けている最中だし大人達も各々の仕事に取り組んでいる頃だろう。
駅自体が大型の複合施設と化しているため初見ではその迷路のような構造から遭難する人が多く、定期的に駅内の道案内で通報も入るため構造は頭に入っている。
「せっかく外の任務だって言うのに…1人でいい思いをしてきっと天罰が下ったんですね…」
「…通報者の方で合ってます?」
数分進んだところで通報者の言っていたモクドナルドに到着した、店の前には悲壮感からか俯き、暗い雰囲気をまとった水色の髪をした少女が佇んでいた。
見かけない服装、遠方から来たのだろうか。
「はい…お世話になります」
「強盗って聞きましたけど、その時の状況を聞いても?」
少女は今にも消え入りそうな声で説明を始める。
とある用事でD.U地区の方へ来ており帰る前に駅内にある施設を散策していたところスケバン3人に囲まれ持っていたリュックを奪われたとのこと。
わざわざ人目の着く駅で襲ったのはおそらく他の駅…他の自治区へとすぐに逃げるためか。
基本的にヴァルキューレではD.U自治区と応援要請のあった学園自治区でしか活動が出来ない、ゲヘナだとかトリニティの自治区に逃げられればこちらからは手出しできない。
各校の治安維持部隊に連絡しても実際に犯人逮捕となるのは年に1、2件のみ、向こうからしてみればわざわざ動く理由がない。
「やっぱり、カバンは戻って来ないんでしょうか…?」
少女もその事を知ってか不安そうな表情を浮かべる。
確かに今から追いかけるのは流石に無理だろう、時間的にももう境界線付近に到達しているはずだ。
しかしながら方法がない訳でもない。
無線にノイズが走った直後、署長の声が聞こえてくる。
『サクラ、言われた通り各駅に人員を手配したからひとまずは帰ってきていいぞ、周辺にそれらしい奴らは居ないだろ?』
「わかりました、ありがとうございます」
短い会話を交し無線を切ると心なしか先程よりも目に光の籠った女性から視線を向けられる、ある程度会話は聞かれていたのだろう。
「先程各自治区への乗換駅に人員を手配しました、上手く網に引っかかってくれればカバンも無事返せると思いますよ」
「ほんとですか!?…えへへ、人生苦しいことだけじゃないんですね…」
「ですが今のところ連絡もありませんし途中で下車していた場合はもう少し捜索に時間がかかるので今日の所は連絡先や必要事項を記入していただいて改めてこちらから連絡させていただく形になりますがいいですかね?」
「はい!ありがとうございま…」グゥゥゥゥゥゥ
少女の腹から駅の騒音にも負けない大きな音が響く。
赤くなった耳と小さく震える肩、カバンを盗られた上にこの仕打ちはさすがのボクも見て見ぬ振りをするのは忍びない。
「うわぁん…もう終わりです、カバンが戻ってくるまで何も飲まず食わずで、きっと干からびてひとり寂しく消えて行くんですね…」
「書類とかならそこのモクドナルドで何か食べながらでも大丈夫だよ」
「えへへ、財布とかも全てカバンに入れちゃってて…こんなにいい匂いがするのに何も食べれないなんて、やっぱり人生は残酷ですね…」
「別にモクドナルドくらいならなんか奢ってあげるから…」
「なぜ私にそんな…はっ!まさかこれを口実に公務員パワーであんなことやこんなことを…」
「しないよ?」
「うわぁん!もう終わりです!優しい側面を見せて踏み出したところをしっかりキャッチして一生奴隷のようにこき使う気なんですね!?」
「しないよ?」
「私の人生終わりです!でもどうせそうなるならこのハンバーガーのセットと単品で期間限定のチキンも買ってください!あとこの六角チョコパイも!」
なんなんだこいつ……
SRTからヴァルキューレに転入してからある程度時間が経ったが交番勤務は思いのほか自分の性に合っていた。
ちょっとしたトラブルを解決するだけで市民からは感謝の言葉が伝えられる、SRTにいた頃ではありえない、ここ数日は楽しんでいたと言っても過言では無かった。
D.U地区中心部にある駅に隣接する形で設置された交番には日々数多くの仕事が舞い込んでくる、観光客の道案内や酔っ払いの誘導といった小さなトラブルからコンビニ強盗や飲食店で爆発騒ぎといった重大犯罪も発生しているがそれでもとても充実した日々が過ごせている。
「ただいま戻りました」
交番内に戻ると3人の生徒が働いていた、昼前のこの時間は比較的トラブルも少ないので皆机越しに雑談に花を咲かせていたようだ。
「サクラ先輩お疲れ様…あぁ!その紙袋!先輩モクドナルド行ってましたね!?」
「行ってたというか良心を人質にハンバーガーを要求されていただけだよ」
「なんですかそれ…こっちは署長に言われて2人でコンビニ強盗の応援で駆り出されてたのに、こういう時に居なくてどうするんですか」
「悪い悪い、ほら、ポテトあげるから許せ…こっちにはナゲットね、ソースはブルターニュ産オマール海老のコンソメゼリー寄せキャヴィアと滑らかなカリフラワーのムースリーヌ味ね」
「なんて?」
「あ、ナゲットずるーい」
「おーい、さっさと報告書持ってきてくれ、他所の連中も動かしたからやることが山積みなんだ」
「はいはい、報告書…と所長にはラッキーセットです、付録はモモフレンズだそうですよ」
「なんで私だけ…まぁうん、報告書は問題ないな、おつかれさん」
署長への報告と餌付けを済ませ自分の机へ戻る。
交番勤務となると机の上も書類で埋め立てられていることもない、本当に平和だ、前は少し席を外せば訂正の報告書やら指示書で机が埋まっているなんて日常茶飯事だった。
紙袋を開け残りのポテトとセットで注文したコーヒーを取り出す、コーヒーのいい香りが鼻腔をくすぐる。
喫茶店や専門店のコーヒーには少し見劣りするものの最近はファストフード店やコンビニのコーヒーもバカに出来ないほど美味しい。
「あ、そういえばサクラ先輩に電話がきてましたよ?確か尾刃って人から」
お楽しみのポテトに手をつけようとしたところで爆弾が投下された、コーヒーを口に含んでいたら多分吹き出していた、危ない。
「尾刃って公安局の?」
「えっと…はい、公安局の尾刃カンナって方ですね」
机に貼ってあったのかメモを取り上げ読みあげる。
一瞬だけ顔が歪む、絶対に面倒事だ、久しぶりに聞くその名前に表情を隠しきれなかったがおそらくは気づかれていないだろう。
「おいおい…公安局の尾刃カンナってあの狂犬って呼ばれてる公安局長のことじゃないのか?何したんだよサクラ」
「何もしてないですよ…それで?尾刃局長はなんて?」
「今日の昼にヴァルキューレの本校舎まで来いって言ってましたよ」
随分と急な連絡に加えわざわざ口頭ではなく直接の呼び立て、間違いなく面倒事だ、体内の警報装置がガンガン鳴り響いている。
わざわざ行く必要も無いだろう、今はただの交番勤務、面倒事とはおさらばだ。
「ちなみに来なかったら公安局への配属とのことです」
「…⋯⋯イヤダ」
「すごく嫌そう」
「普通なら大出世なんだけどな」
「イタズラとかじゃないんですか?公安局の人間、しかもそのトップがわざわざ交番に電話なんてかけてきます?」
「でもサクラ先輩ってSRTからの転入生なんでしょ?それも凄腕だって前に本校舎に行った時に聞きましたよ?」
「ただの噂だよ、それにSRTにいたとは言っても前の話だし雑用係としてこき使われていただけだったから今の方がよっぽど仕事してるよ」
「とりあえずサクラは午後から休んでいいぞ、ほんとに公安局長からの呼び出しだったら大変だからな」
「わかりました」
胃が痛い。
多分コーヒーのせいでは無い。
生徒ファイルno.20250526『黒峰サクラ』
所属:ヴァルキューレ警察学校 生活安全局
年齢:18歳
誕生日:5月26日
身長:165cm
体重:ドーナツ80個分(本人談)
好きなもの:ドーナツ、ラーメン
嫌いなもの:残業、面倒事
武器:FOX-416式自動小銃+P9式拳銃(HK416+SFP9)
それでは皆様、また来週