あと出来れば地位と名誉とお金が欲しい⋯
ミレニアム学園自治区に着く頃には既に日が沈みかけていた。
時間外勤務の申請でもしてやろうと考えていたがそもそもしばらくは休日扱いであることを思い出し尚更億劫になる。
アビドス砂漠に行く前にもう1人会うことにしていた、変な介入を受ける前に用事を済ませておきたい。
下校中と思われる生徒の波に逆らいながら進んで行き、目的地の喫茶店へと足を向ける。
どこにでもあるような小さいお店、周りの近代的な建物に比べかなり年季が入っており看板も煤けていた。
扉を開けるとチリンチリンと可愛らしい鈴の音色が入店を知らせる、カウンター席と4人掛けのテーブルが3脚だけのシンプルな店内。
客の入りはぼちぼちでカウンターに2人と奥のボックス席に1人。
「いらっしゃいませ」
「アイスコーヒーをひとつ」
店主に注文だけ伝え、指定されていた奥のボックス席に座る少女の向かい側に腰を下ろす。
唯一のボックス席だが大人数で来てワイワイするようなお店でもない、いつも自然と空席になっていた。
「交番勤務になったって聞いていたけど、なんの用?」
目の下に薄くクマを作りいかにも不機嫌そうなオーラを放ちながら問いかける。
ミレニアムサイエンススクールに所属する各務チヒロ、問題児だらけの自称ホワイトハッカー集団の唯一の良心として副部長を務めている苦労人。
「しばらく休暇をいただいたからあちこちを散策しててね、チーちゃんにも久しぶりに会いたいなと思ってさ」
「こっちは会いたくなかったんだけど」
「そう言わずにさ、過去のあれやこれやは水に流そうよ。非合理的よ」
「そのしゃべり方はやめて」
まだ湯気が立ち上るカフェオレを啜る、缶のブラックコーヒーが似合いそうな風貌ながら意外にも可愛らしいものを飲んでいる。
もちろん口には出さない、帰ったらPC内のデータが全消去なんてことになってたら流石にまずい。
「…今なにか変なこと考えてなかった?」
「何も?…それよりさ、矯正局の脱獄事件についてはどこまで聞いてる?何かしら話は入っているでしょ?」
「まぁね、そっちで把握してることは一通り手元にあると思うけど」
「さすがはヴェリタス…と言うよりはうちの情報の壁が薄すぎるだけかな?」
「多分ね、もう少しセキュリティ意識を持った方がいいと思うけど」
「パスワードやらをメモ紙に残しているような連中には何言っても無駄なんだよ、まぁボクも人のこと言えないけどさ」
「その割にはその携帯、妙にセキュリティが硬いんだけど?」
「しれっと人の携帯をハッキングしようとするのやめてくれないかな?」
「お待たせいたしました、アイスコーヒーです」
恐ろしいカミングアウトが披露されたところでコーヒーが運ばれて来た、携帯の中には見られるとまずい連絡先もいくつかある、焦る心を落ち着かせるべく運ばれてきたコーヒーへと手を伸ばす。
グラスを持ち上げると涼やかな感触が指先に心地良く伝わる、先程までゲヘナの灼熱で焼かれていた体が癒される。
「それで、矯正局の脱獄がどうしたの?まさか脱獄した生徒を追ってくれなんて言わないよね?」
「そのまさか、わかる範囲でいいから脱獄後の足取りと矯正局のシステムに侵入した痕跡がないか調べて見てほしい」
「あの脱獄事件を裏で手引きした人間がいるってこと?」
「そう考えるのが無難かな、ボクも1回お世話になったけど外部の手助け無しにあれを突破するのは相当苦労するだろうね」
「何で収容経験があるの?」
「囮捜査がバレちった♪」
「…まぁいい、それで前者はともかく後者はなんで私に?定期的な点検はしてるけど運用してるのはそっちの関係者だと思うけど」
「C言語入門編を読んだだけの連中がまともな運用をできているとは思えないよ。チーちゃんの作ったシステムだし下手にアクセスすればすぐ逆探知されるはず、侵入ルートは巧妙に隠蔽されているだろうからここは専門家にね?」
「サクラがやれば?」
「嫌だよ、真面目にやっても何日かかるか分からないし…何よりマルチタスクは面倒だし苦手なの」
肩を竦めコーヒー飲む。
ヴァルキューレ内の伝手を使う方法もあるが信憑性が無いうえどこに監視の目があるか分からない。
自分でやるにしても七囚人を追いながらでは時間がかかり過ぎる、痕跡を消される前に全ての面倒事を片付ける必要があった。
「それに少なくとも侵入した奴はヴェリタスに引きを取らない技術を持つはず、ボクがやっても大元の侵入者どころか七囚人すら追えずただ時間を無駄にする可能性だってある」
「うちのサーバーセンターに忍び込んでおいてよく言うね」
「あれは物理的にこじ開けたって感じだからね、あの膨大な数のサーバーを熱気ムンムンの部屋で一つ一つ探ったボクを褒めて欲しいよ。まぁ、今回は所在地どころか誰がやったかすら分からないゼロからのスタート、ボク一人だと卒業するまでに終わる気がしないよ」
「容疑者のリストとかは無いの?ヴァルキューレはともかくサクラの方でなにか掴んでいることは?」
「こっちはさっぱり、急にうちの上司に呼び出されて事態の沈静化に務めろだなんて言われたもんでさ。今はあちこち火種をくべているだけ」
「沈静化させろと言われているのにわざわざ火を起こして何がしたいの?」
「火種が燻っている状態が続くよりも一気にファイヤーさせた方が楽でいいんだ、問題事諸共纏めて消し炭にしちゃった方がいい」
「相変わらず酷いやり方、こっちに火の粉を飛ばさないで欲しいんだけど」
「悪いけどそうも行かなくてね、ボクの交番生活の安泰のためにもあちこち巻き込んでおきたいんだよね。それに、チーちゃんだってこの状態が続くのは好ましく無いでしょ?」
「まぁこの状態が続けば何かしらの対応はしていたかもしれない…サクラが動いていなければの話だけど」
「あら、ボク結構信頼されてる感じ?」
「会長はともかくこっちは巻き込まれたくないだけ、余計な仕事を増やさないで」
何度目かの溜息をつきカフェオレを啜った。
断ることがないのは今までの付き合いから理解していた、特に今回は自分が組んだシステム、尚更だ。
再度手を伸ばしてグラスを持ち上げる、残り半分程となったグラスの中身を一気に飲み干す。
「とりあえず今度矯正局に点検に行くついでに中を見てみる、七囚人については部長なら知ってるかもしれないから何か分かったら連絡する」
「助かる、これで面倒事はひとつ片付いたも同然だよ」
「けど私たちは情報を探るだけ、何をしたいのか知らないけどこれ以上手を貸したりするつもりは無いから」
「C&Cは動かないの?懸賞金とか出たはずだけど」
「たとえ情報の確度が高くても動かさないだろうね、連邦生徒会長の失踪で爆増した治安の維持で忙しいだろうしネルに関しては表立った動きすら確認されてない」
「忙しいのはどこも一緒って訳だ」
「誰だかさんが動き始めたことも報告しなきゃ行けないし、ほんとこれ以上は面倒事を持ってこないでよ?」
「善処はするよ」
お札を2枚テーブルに置き離席する。
七囚人と脱獄を手引きした人間に関してはチーちゃんからの報告を待つしかない。相手は神出鬼没の化け物たち、あちこち歩いて回ったところで無駄になるのが目に見えている、面倒だがひとつずつ確実に片付けていくしかない。
「んじゃ報告はいつもの携帯にお願い、ここはボクが奢っておくね」
「カフェオレ分は働いておく」
手を振り店を後にする。
既に日は沈んでいたがミレニアム学園内の建物はまだ光が点っている部屋も見受けられる、勉強熱心なのはいいことだ。
中央駅がある方向へ歩みを進める。
明日は砂漠旅になる、色々と準備を行う必要があるため今日のところは拠点に戻ろう。
あそこにはアビドス学園があったはずだ、もし先生がいるとすればそこ、七囚人ではあれば付近のブラックマーケットか。
だがアビドス学園はカイザーに莫大な借金を抱えていたはず、まともに稼働しているか怪しいが現状の把握も兼ねて一度訪れる必要がある。
駅に向かい始めてから数分、背後からの気配に足が止まる。
途中まで完全に気配を絶っていた、本気で追尾されていればおそらくは気づけていなかった、ゆっくりと振り返るとメイド服に身を包んだ生徒が待ち構えていた。
服装から見るにC&C、ミレニアムの生徒会にあたるセミナー直属の組織で護衛から諜報活動とその活動は多岐にわたる。
少数先鋭のため顔と名前くらいは全員分覚えていたはずだが目の前の彼女のことは見たことがなかった。
「君は?」
「ミレニアムサイエンススクール1年生、C&C所属コールサイン04、飛鳥馬トキです。リオ様専属のエージェントとしてご挨拶に上がりました」
C&Cの中でも一部の優秀な生徒しかなれない番号付きエージェント、目付きや雰囲気から特殊な訓練を受けているとは思っていたかまさか番号付きとは思っていなかった。
それに番号も04、確か00を含めた4人しかいなかったはずだが…暴れすぎたネルがクビにでもなったか?
「ご丁寧にどうも…その様子だと知ってると思うけどボクは黒峰サクラ、まぁただの交番勤務のお巡りさんだよ」
「存じております、《尾無しの狐》でしたかね?」
「よく知ってるね?」
「サクラ様にお会いする前に少々調べさせて頂きました」
飛鳥馬は小さく微笑む。
リオ専属と言うだけあってそれなりに優秀なようだ、この手の輩は下手に接触すると我が身を滅ぼしかねない。
「命令無視に単独行動、校則違反に加え他校への脅迫行為。なぜ表沙汰になっていないのかは謎ですがその点を含めても実力なのでしょうね、リオ様からもミレニアムへの転校の打診があったとか」
「あいにくボクにはミレニアムみたいなアカデミックなのは向いて無いんだ」
「その割にはリオ様とも親しくされているようですね、前回発表されたポアンカレ予想の解明にも貢献されたとお伺いしておりますが」
「素人質問ですがをガチの素人がやってただけだよ、今はただのお巡りさん。ここに来たのも久々の休日を貰ったから旧友に会いに来ただけだからね」
「チヒロ先輩でしたか?ヴェリタスの副部長とあんな喫茶店でお会いするとはかなり親しいようですね」
ミレニアムに来てからの行動は向こうに筒抜けだったようだ。
おそらくは防犯カメラ等の映像から顔認証で訪れていたのがバレていたのだろう、ココ最近は大人しくしていたからリストから外されていたと思っていたがそう優しくは無いらしい。
「そう身構えないでください、今日はかの有名なサクラ様を一目見ようと思っただけですので」
「ならサインでも書いてあげようか?そのうち価値が付くかもしれないよ」
「頂いておきます」
「…まじ?」
そう言ってどこからか色紙とサインペンを差し出す、サインなんて書いたことないんだが…報告書に使ってたやつでいいか。
「こんなのでいいの?」
「はい、ありがとうございます」
「言っておいてなんだけど、ボクのサインに価値なんてないと思うけど」
「任務が秘匿されているものがほとんどですからね、ゲヘナ学園やレッドウィンター連邦学園での作戦を公にすれば多少評価も上がるのでは?」
「…本当によく調べたね、ボクより詳しいんじゃない?」
困ったように軽く肩を竦めると満足したのかこちらに背を向け歩き始めた、どうやら本当に挨拶に来ただけだったようで逆に心配になる。
感情も読み取りにくく全く掴みどころがない、それに加え高い諜報能力を備えた1年生と言うのだから恐ろしい。
気配が完全に消えたところでこちらも踵を返し駅へと歩みを進める。
最後の最後で変に疲れた、カンナへの報告は今度にしてさっさと眠ってしまおう。
とりまお気に入り100くらいを目処に番外編とかも書いていこうかなと思ってるので暫くは本編で頑張ろうと思います