三冠、それは全ウマ娘とトレーナーの目標と夢の象徴。
”黒鹿毛の勇者”がその存在を証明し、”神からの賛辞”がその実力とヒーロー性を示し、”天衣無縫”と”皇帝”が地位を作り上げた。
そしてもう一人、”魔性の黒鹿毛”がその美しきティアラの輝きを人々に魅せた。
そして....後に三つのティアラを手にし前人未到の記録を打ち立てるウマ娘は、人々を魅了する瞳を持って悠々と現れた。
◆◇
「ふっ....ふっ....」
『さぁ第58回シンザン記念!今800メートルを通過しました1000メートルは48秒から49秒!』
曇天の空の下、雨に刺されながらも府中のターフを11人のウマ娘が駆けてゆく。
細かな挙動にすら意識を張り巡らせ、声を上げること無く牽制し合っている。
弾む身体に伴って小刻みに聞こえる息すらも貴重な情報だ。
『さぁ11人ほとんど固まって、最終コーナーを迎えました!先頭はカシアス!』
(よし....捲りで出遅れは誤魔化せた。ここからは末脚を信じるだけ....!)
横Gに耐えながら湿ったバ場から弾かれるように脚の回転速度を上げ、ジワジワと順位を上げる一人のウマ娘。
その末脚は正しく異次元であった。
『そして外から追い込んできた一気に来たぞぉ!!アーモンドアイが凄い脚で一気に来たぞぉ!!!!』
雨音を掻き消す勢いでレース場は大いに沸き立つ。
(大丈夫....私の脚なら届くっ!!)
「負っけ....るかぁぁっ!!!」
懸命に歯を食いしばり、耐え切ろうとする先頭のウマ娘。
だがしかし、アーモンドアイの末脚は全く衰えず前を捉えた。
『しかし先頭はツヅミモンだ!だがっ、アーモンドアイが凄い脚だぁぁっ!!!一気に変わるっ!!』
(っし!)
思わず笑みを零しながらも、アーモンドアイは悠然とゴール板を通過した。
『アーモンドアイだっ!新星現るアーモンドアイィィっ!!!』
ドッとレース場に歓声が溢れ、万雷の拍手が訪れる。
緩めたアーモンドアイはフッと息を吐きながら小走りでウィナーズサークルに移動した。
「ごめんなさい....出遅れたわ」
「大丈夫!良いレースだった。身体に違和感は?」
「無いわ、身体を冷まして来ても良いかしら?」
「あぁ。後で今後のローテの相談するよ」
合羽姿でアーモンドアイに駆け寄るのは彼女のトレーナー、
ボサついた髪を掻きながらレース内容を思い返す。
そしてそれと同時に周囲の観客から感想が聞こえてくる。
「アイちゃんおめでとーう!!!」
「スゲェ脚だったぞマジで!!ディープの若駒思い出したわ!!!」
皆口々に感想を語り、泥塗れのアーモンドアイは手を振りながら地下バ道に消えていく。
「完全に想定以上だ....!あれなら三冠だって夢じゃない!」
聖はグッと拳を握り、噛み締めるように声を上げる。
G3、シンザン記念。
これがアーモンドアイにとっての初重賞制覇であった。
デビュー戦では惜しくも敗れたものの、次戦で未勝利を抜け出し、今回で重賞制覇。
次の目標は当然....
「ティアラ三冠初戦....桜花賞!」
◆◇
「ふぅ....」
レース後、シャワーを浴びて身体を洗い流したアーモンドアイはトレセン制服を身に纏い控え室に向かっている。
昔からの体質なのだが、アーモンドアイは運動後に熱発がよく見られたため、レース後の体の冷却は必須なのだ。
「アイーッ!!!おめでとうーっ!!!」
「あら....?ふふっ。来てたのね」
遠くからドドドッと足音が聞こえ、良く聞いた声が聞こえた。
アーモンドアイは思わず笑みを零し嬉しそうに手を広げる。
「本っ当におめでとうー!」
勢いそのままにアイの胸に飛び込んだのは同室のブラストワンピース。
モコモコの髪の毛と大柄な体型でかなり大きく見えるウマ娘だ。
ギュッと抱き締めてきたブラストワンピースの頭をポンポンと撫で、感謝の意を伝える。
「ありがとうブラスト。頑張った甲斐が会ったわ」
「ずっと練習頑張ってたからな!勝つのは当然と思ってたぞ!」
ひとしきり抱き締めたブラストはアイから一度離れ、横に並ぶ。
「それでそれで、次はどのレースに出るんだ?やっぱり桜花賞か?」
「そうよ。ずっとずっと目標だったもの....!」
レース後にも関わらず闘志をギラギラと滾らせるアイ。
「でもでも、なんで桜花賞なんだ?皐月賞でもいいんじゃないか?」
単純に疑問に思ったかのようにブラストが尋ね、アイはニコリと微笑んでブラストに言い放つ。
「当然....私には、ティアラが似合うでしょう?」
◆◇
トレセン学園に併設された、広大なターフ。
その上に立っているのは、長い髪を結んだ体操服姿の一人のウマ娘。
「ほほぅ....えらいな脚持っとったんやな」
ニヤリと口の端を上げ、スマホの画面を睨む。
名はラッキーライラック。
ジュニア期のG1、阪神ジュベナイルフィリーズを制した現状ティアラ路線の最有力候補だ。
「やけど....負けるつもりはない」
瞳に宿るのは、紛れない闘志の塊。
汗を拭いながら次の練習メニューに目を移す。
(しっかし....稍重でようあんな加速しよるわ....)
瞬間目の前にチラついたのは、憧れのあの人の姿。
雨の中、黄金に煌めく勝負服と髪を揺らしダービーを制した....オルフェーヴルの姿が。
振り払うように首を振り、キッと空を睨む。
「絶対に取る....無敗三冠!」
◆◇
「アイ先輩っ!初重賞制覇おめでとうー!」
「び、びっくりした....グランアレグリアか」
「ふふっ、ありがとうグランちゃん」
翌日、トレーナー室にて。
今後のプランとトレーニング内容を練っていたアイと聖の元に、明るい声が轟く。
可愛らしいボブの髪のウマ娘、グランアレグリアだ。
「アーイ先輩っ。お祝いに来ましたよっ」
「すみません、会議中でしたか?」
ドアからヒョコリと顔を覗かせたのは、グランの同期ラヴズオンリーユーとクロノジェネシス。
「いや、大丈夫だよ。ちょうど息抜きしようとしてた所だ」
聖は手に持っていた資料を机に置き、二人に向けて微笑む。
聖としても、自分の担当にこうして慕ってくれる後輩がいるのはなんとも嬉しいものだ。
「素晴らしいレースぶりでした....!メディアもライラックさんに並ぶティアラ路線の有力候補に名乗りを挙げたと取り上げてましたし!」
「えぇ、伏兵扱いなんて嫌だもの。ララと同格として挑みたいから」
クロノの賞賛の声にアイはニコリと笑って微笑む。
ラヴズもクロノに応じるように口を開いた。
「昨日の配信でもアイ先輩の話題が皆の間でよく挙がってましたよ〜!」
「でも....欲を言うなら無敗でここまで進みたかったわね」
ムッと唇を尖らせ、悔しそうに呟く。
ラッキーライラックはここまで無敗でティアラ路線に乗り込んできたのに対して、アイはデビュー戦を二着に敗れていた。
「そっかぁ....無敗三冠はもうできないんだ」
眉を下げ、グランはポツリと呟く。
ハッと口を抑えてアイの方向を見たが、笑顔で返されホッと息をついた。
「やっぱり無敗三冠が目標だったんですね?」
「当然よ!ティアラ路線での無敗三冠は現状存在しない....私が初で達成したかったのにぃ....!私の強さを証明したかったのにぃ....!!」
「ま、まぁまぁ....それに強さの証明は決して三冠だけじゃないですよ。レコードにG1勝利数の多さ、適正の広さなど....!」
どんどんとヒートアップするクロノの肩をラヴズがポンと叩き、我に返ったクロノはアワアワとしながら頭を下げた。
わちゃわちゃとしている三人組を少し離れてから、アイと聖は見つめる。
「慕ってくれる後輩が沢山いて、良かったな」
「えぇ。本当に....」
心底嬉しそうに、ダイヤモンドの如き目を細めて。
アーモンドアイは笑った。