光井ほのかはミーハーな気のある人物である。凄い人の事を知ったらついつい喋ってしまう所があった。
「でね?弓草さん、あっという間に勧誘に殺到してくる先輩達を出し抜いて、私達を脱出させてくれたの!いつ魔法を使ったのかも分からないぐらいの鮮やかな手際で!」
「……古式魔法みたいだけど、全く発動を気取らせなかった腕前と言い、明らかに荒事に慣れている。本気で怒らせなければ大丈夫そうではあるけれど」
教室でこんな事を言えば当然司波深雪は興味を持つ。そんな隠れた猛者が一年に潜んでいたのか、と。そして、彼女たちが司波達也たちE組勢と昼食の席では。
「うーん……」
「何?美月」
「弓草昌枝って、平仮名にして並び替えたらさえくさまゆみになるんだけれど、流石に偶然だよ……ね?」
柴田美月、翻訳家の母を持つ少女はそういう言葉遊びに余人より強かった。その指摘にエリカは頭を抱える。
「どうやってを差っ引いて、やるかやらないかで聞かれたら、あたしはやると言い切れるわ。だって、一年生に紛れ込むって、新歓の騒動を楽しむ上では好都合じゃない」
「……古式系なら、自分の外見を偽る幻術の類があるとは聞くな」
達也はそこまでやるか?と半ば呆れ気味だが、そういう魔法はあることにはあると指摘する。可能性としては九島の秘匿術式『
「どっちにしても実害が無いなら放置しておいた方が良いわよ。自分の潜伏に付き合ってくれるなら、平和な部活巡りの手助けはしてくれるはずだろうし」
「それが風紀委員の台詞かよ」
「一人で勝てない相手に戦力整えずに挑むほうが間抜けよ。ま、幻術を使う気になった先輩からは渡辺先輩も裸足で逃げ出すわよ」
平然と放置を勧めるエリカの言葉にレオがツッコミを入れるが、あんなものにソロで挑めるものかとエリカは返す。加えて、彼女の幻術は危険極まりないと付け加える。
「どういうこと?」
「幻術の精度って術者の腕前と起動式の作り込みの掛け算に依存するらしいんだけどさ――あの超感覚お化けが術者だったら、どうなると思う?」
雫の率直な疑問にエリカは真顔で冴種真由美と言う知覚の怪物が幻術を使うから手に負えないのだと語る。
「先輩は殺傷力の低い魔法なら割と気心の知れた他人を模擬戦中に実験台にすることがあるんだけど――自分がやられても平気だからって、人の心を何処かに置き忘れたとしか思えない尊厳への暴力がたまーに飛んでくるのよ。あたしも風紀委員長も泣かされたことが二回や三回じゃないわ」
据わった目で自嘲するエリカの言葉と迫力に思わず黙らされる。
「代表例は本人の趣味であるクソコラの虚像。そうだって分かっていても、ものの見事に引っ掛かったし、次もほぼ確実に引っ掛かる自信があるわ。それが今度は立体化して動く?分かっている奴ならネタにされないように全力で逃げるわよ。……それとも、レオ、忘れたい黒歴史、増やしに行ってみる?」
「全力で遠慮するぜ」
その瘴気漂うエリカの姿を前にして、どんな虚像を映されたのか聞く蛮勇は流石のレオも持ち合わせていなかった。
「その、それでも先輩扱いしているの?」
「普通に付き合う分には共感を求めない限りは大丈夫なのよ。本当に感覚が違い過ぎたり、不快への耐性がぶっ飛んでいたりするから、まともな共感が殆ど成立しない。――それを理解した上で仲良くやる分には基本的に面白い先輩なのよね。本人が後継者作る気ゼロだから、本当にヤバいもの以外は気軽に技術交流できる相手だし」
真由美への物言いに引きながらも恐る恐る問いかけた美月の疑問にエリカは瘴気を引っ込めて苦笑する。分かる人がほぼいないと思われたこの場では言わなかったが、もう一つ彼女と親交を続ける理由は彼女独特の主義、人間観にある。
彼女は力の容れ物でしかない魔法師、魔法使いならぬ魔法使われ、本人が言うところのモルモット根性、そういったものを嫌っている。そして、認めた相手にはあくまで一個人としてしか接さない。そんな人が一人くらいはいてもいいだろうという思いが、共感能力が壊滅している彼女がそれでも慕われる理由だとエリカは感じている。
弓草昌枝なんて生徒は生徒会のデータベースには存在しなかった。放課後になって、生徒会からその情報を持ち帰ってきた深雪から二人は直接話を受け、話を聞いたエイミィは驚いた。而して、弓草昌枝を名乗る誰かは四人の前に現れた。
「ま、一日二日でバレると思っていたから、別に気にしなくていいわよ」
開口一番、一同の表情からバレたと理解した弓草昌枝はそう言い放って冴種真由美にその姿を戻した。その後の兄のメッセージで使っている魔法の第一容疑者が九島の秘匿術式だと聞いて、そんなものを気軽に使うものなのかと司波深雪は呆れた。
「それで、先輩のその化けの皮は一体どう仕入れたものなんですか?」
「適当に知り合いの顔をレンタルしたわ」
流石にこれで無辜の他人から顔を盗むほど彼女がカスだったとなれば、母の魔法演算領域の預け先として一旦保留にしていた判断を考え直さざるを得なかったので良しとする。エリカから聞いた話を鑑みるに、相応の理由さえあれば幻術の化けの皮そのものすら精神攻撃の為の武器に使う畜生な所があるとは分かっているので油断はできないが。
「……騒動の観察のためらしいとはほのか達から聞いたけれども、なんで先輩は新入生の成績データの改竄までして一年生に化けたの?」
「まあ、半分くらいは同じネタに飽きたから味変くらいの気紛れだけれども、検証も兼ねているわね。一番私の手口を理解している人達がいる中で、どれだけ騙しきれるか。実の所、私のレンタルの化けの皮ストックは実際に存在する一年生からも買っているのよ。だからまだまだ実験は続くわ」
それは非公式に流出した新入生の成績データを改竄してまで背景を作り込んでやることなのかというエイミィの質問に冴種真由美は堂々と騙しの手管の検証が目的だと語る。騙して何か出し抜き利益を得るというのなら悪いこととは言え理屈としては理解できる。だが、騙しの手管の検証とは奇異にも程がないかという思いはほのかも雫も同意であった。
「"騙すことに何の意味があるのか"って顔ね?当然ちゃんとあるわよ。残念ながら現実はフライングも騙し討ちも何でもあり、騙された側はほぼ確実に誤認に基づいて最低でも一手、下手をすれば数手喪うわ」
司波深雪はその一手差が致命的な隙だとすぐに気付けたが、他三人は実戦のじの字も知らぬ身、すぐにピンときた様子はなかった。
「私の高校生活に邪魔だったから二年までは大体踏み潰したけど、一年ではまだまだ一科生と二科生の差にご執心の子も多いらしいじゃない。発動速度の観点では騙されたり猫騙しでも食らって一手喪うだけで団栗の背比べに堕ちるわよ」
第一高校で採用されている国際評価基準は、あくまでCAD操作終了から魔法発動までの速度を発動速度と定義している。ここで争うのは高々一秒未満の世界である。魔法を行使する判断、入力する変数の内容、どちらも大前提として的確な認識と判断ありきの話であり、そこが崩れてしまうことは考慮すらしていない。誤認、怯みからの認識の更新による復帰までの速度は、本人の戦闘能力の一側面に依存し、そして奪われる時間は往々にして1秒で済めば御の字だ。一科生と二科生の差、およそ0.5秒程度など、余裕で埋まる。
「”自分達は優等生で特別だ。だから騙される訳なんかない”、だなんて正常性バイアスにかまけたアホもまーた多いこと多いこと。所詮他人の事だから私が面倒見る気なんてさらさら無いけど……。私見を言わせて貰えば、自分の知覚、認識の安全に気を払わない魔法師なんてそれが十師族だろうと問答無用でド三流よ。実際、私はそういう理由で一年生の時のへっぽこ十文字君をモノリス・コード一年代表からクビにしたわ」
あまりにも基本的な事ではあるが、魔法の基本は現状の認識に基づいた定義を基盤に魔法式への意を以て事情を書き換えるというものだ。基盤である定義が揺らげば全部台無しになって、CADを操作した所で単なる魔法ごっこに貶められてしまう。そこを疎かにするのは最早論外なのだと真由美は言う。
「――っ!ここ2年の九校戦、モノリス・コードは平原ステージが廃止になって以来、一高は必ず隠密、索敵に強いメンバーを一人は採用しているし、他校もそれに追随している!」
モノリス・コードと聞いて3人の中で真っ先に言葉の真意を理解できたのは九校戦フリークの北山雫だった。三対三の対戦ゲームであるこの競技において、最近のトップメタは隠密・索敵に強い人を一人採用する編成である。相手の搦め手を防いで殴り勝つ、搦め手を通して勝つといった勝ち筋の違いはチームそれぞれの個性であるが。そして、無対策で搦め手を仕掛けられている所に突っ込んだ側が地獄を見る試合は2年前を中心に散見されていた。
「因みに平原ステージ廃止論の言い出しっぺは高校入学前の私よ。力勝負なら棒倒しで間に合っていませんか、ってね?」
「っ!」
環境操作までやっているのか、と北山雫は戦慄する。何処から根回ししたのかは分からないが、やはりこの先輩、ただ強くて上手いだけではない、と。
「隠密や索敵の重要性を啓発する為に競技のルールを変えに行くなんて、面倒を見る気は無かったんじゃないんですか?」
「まだ私がギリギリ七草の端くれだった頃にやった仕事の一つだったのよ。それに、評価される場を作られて尚適応できないなら、流石にそこまでは面倒を見きれないわ。隠密や索敵を評価するとしたら、どれだけ相手の強い駒を台無しにして、味方の強い駒を守りきったか、その結果以上に意味あるものはほぼ出ないもの」
エイミィがルール調整は結構なお節介じゃないかと尋ねるが、真由美からすれば、その僅かなチャンスで結果を出せる下地をきっちり作っておく、そこまでがかつて七草、十師族の一人だった頃に自分が見出した妥協点であり、線引きである。ただの便利屋職員になった彼女に、魔法師業界で表立って旗を振れるような影響力は残っていない以上、チャンスを掴めなかった者達の面倒を見れる余地がない。そういうことであった。
結局のところ、魔法で顔もそっくり成り代われる、という手札が一枚が割れた所で冴種真由美を捕獲するのは、司波達也をオペレーター席に封印している限りは到底不可能である。これが、今回司波深雪が新入生勧誘週間、程々にドタバタの一週間を振り返っての結論であった。
この一週間、冴種真由美の被害者になったのは寧ろ上級生である。一年に化けた冴種真由美を体験活動に迎え入れたら最後、"腐っても『万能』"と言う負け惜しみが大分入った誰かの言い草通りに自分達よりも余程上手い魔法競技の腕前で鼻柱を折りに来るのだ。
唯一冴種真由美の侵入を受けて尚、平和だったのは囲碁将棋部ぐらいのものであった。主将が事前情報もなしに"ああ、こいつ冴種か"と打ち筋だけで一発で見抜いてフルボッコにして蹴り出して終了である。ちなみにこの年、囲碁将棋部の入部希望者は例年よりもかなり多かった。マッチポンプだと囁かれたが、真相は闇の中である。
一応は彼女が所属している部活連からは、もし新歓に潜む彼女を捕まえたら冴種真由美本人からの寄付を部費に割り当てると声明が出た。これにより、事実上の本人公認の賞金首扱いされたが、新歓週間も折り返しと言ったところで、ある事件があってから深追いは誰もしなくなった。
部費目当てにマーシャル・マジック・アーツ部、コンバット・シューティング部が連合軍を組んだ。そして風紀委員通報ラインをあっさり超える、傍迷惑なガチの布陣で捕まえようとしたのだ。しかしながら、連合軍は大事故が起きたり、風紀委員が介入するより前に、手加減を緩めた冴種真由美が繰り出した、たった一発の魔法で無残に壊滅した。そんな、嫌な事件があったのだ。
連合軍を壊滅させた魔法は、群体制御による一対多を得意とする七の系譜らしい魔法であった。しかしながら殺傷性ランク*1は形式的には"ランク外"。但し、下手な致死性の魔法の方が被害を防げる分まだマシと言える、悪夢のような魔法。
仮に大都市圏で放てば二次災害が乱発して加速度的に危険度が増すこと請け合いの文字通り絵面がテロい幻術である。達也が推察するところ、第九研との技術交流の成果だろう、大量の幻影を群体制御のノウハウで操りけしかける魔法。卑遁・カサカサ大海嘯の術*2。
損傷を錯覚させるという攻撃的な効果自体は幻術に付与されていない以上、直接的な殺傷力は皆無。しかし、デザインがデザインである。本当に真に迫った見た目と不快感を煽り立てるデフォルメされた音の無駄に高いクオリティと、立毛筋を刺激し、怖気を与えることに特化した調整を受けた触感での実装である。連合軍は周辺ごと大パニックに沈められ、巻き添えを食らった主に女子に八つ当たりされて壊滅した。そこでこんなテロ特化魔法を使った彼女を殴りに行かない辺りが大怪獣に慣らされてしまった者達の悲哀であった。
巻き添えを食らって黒い津波に呑まれた風紀委員長がガチ泣きしながら連合軍に八つ当たりする醜態を晒し*3、錯綜するあんまりな通報内容に生徒会の女子陣共々顔色を悪くする中、ガタガタ震える十文字克人は、こう自白させられた。
「……一年の時に冴種にモノリス・コード新人戦代表をクビにされてから、空間把握力をより鍛えるようになってな?いつの間にかゆく道の隙間に潜むものに気付きやすくなって――ああ、ダメになってしまったんだ」
総じて思い出したくもない嫌な事件であり、顛末を知った賞金狙いの皆の心はぽっきり折れた。やり過ぎたら黒い津波による無差別攻撃が待っているクソボスに誰が挑もうと言うのか。取り敢えず、週末の対戦では幻術のデザインについて、公共の電波に生放送して文句を言われない良識あるラインに手加減して貰うようにルールに追記してもらう深雪であった。
お気に入り登録696、UA33300オーバー、どうもありがとうございます。
卑遁・カサカサ大海嘯の術:殺傷性を捨てて不快感に極振りした、群体制御を取り入れた幻術の試作品。普通は群れそのものを投影した一つの幻を操るものだが、個体のクオリティが下がる事と触覚欺瞞を入れられないなどの事情を嫌った冴種真由美が開発。
ツッコミ等は感想欄にて。