異形の七草   作:メダカにジャム

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お待たせしました。いよいよ、入学編ラスボス編です。


入学編11

 ついに、その時は来た。旧東京の外れ、檜原の山奥。飛行魔法で飛んで行くのが一番楽な行き方であるそこに、両雄は相並んでいた。傍らには、巨大な雪山がある。

 

「それでは、ここにアイス・ピラーズ・ブレイク、セルフビルドルールでの試合を開始する。まずは両者、ビルドフェーズ三分、試合開始!」

 

 審判には司波達也が就き、試合開始を告げる。九重八雲は会場を工面しただけであり、二人の直接対決を見届けるのは達也だけだ。今回の試合のルールは以下の通りだ。

 

・3ラウンド先取制

・最初に三分、ラウンド間に二分のビルドフェーズが存在する

・自陣の雪山は全部で70トン

・氷柱の作製成功判定は高さ2mを越えることとする。

・相手の陣の氷柱を十二本または全て転倒・破壊することでラウンド終了とし、ラウンド一つを取得する

・以下の魔法を使用禁止とする。

●エイドス履歴を用いた氷柱の復旧行為

●生放送でクレームが出るような公共良俗に反する外見・音声の生成

●ビルドフェーズ以外の雪山への干渉

●ビルドフェーズ中の敵陣を定義範囲に含む魔法の行使

・他ルールは九校戦アイス・ピラーズ・ブレイク2094年度に準拠する。

・遺恨の清算を主目的とする趣旨に反さず全力でやりましょう

 

 このルールを改めて見直した達也の感想としては、四葉はじめ、十師族であっても向いていない、或いは性能が足りない者は容赦なく足切りを食らう過酷なルールである、というものだ。

 

 この日の為に、司波深雪は司波達也という日本最高峰のCAD技師と二人三脚で試合用の装備を揃えてきた。余人、それこそ四葉家当主候補の他の面子を相手に試合をすると想定してもここまではやらないほどの準備。そうする価値があると二人は信じて投資した。そして、その答えは初っ端から正解であると確信できるものがあった。

 

「厄介な……」

 

 他に目撃者を作りたくないと言う理由で審判席に座る司波達也は初っ端から歯噛みさせられた。自分も四葉も共通見解として、構造情報の知覚というクオリアを冴種真由美が手に入れた所で、『分解』のような直接的に強力な構造干渉は使えないだろうと目していたし、その見解に今も訂正は無い。だが。簡単な構造干渉、或いは構造情報の知覚を活かした魔法は使える。

 

 氷を作製する魔法。凡そ戦闘での実用性は皆無であるが故に盲点だったと言わざるを得ない。自分が深雪に用意した魔法は、雪山から取って来た雪を溶かして単純に結晶一つ一つを大きくするように凍らせ直す魔法だ。だが、冴種真由美が使った魔法は違う。

 

 吸収魔法。性質の異なる対象物を結合・分離させる魔法であり、基本的には液体、気体などを対象に化学反応を制御する目的で使われる代物だ。実戦では水の分解による爆鳴気の発生、毒ガスを発生させたり分解する、燃焼を止めるなどに使われる代物であるが。構造情報への干渉を初歩であっても心得ている者が使えば、工学周りで使い勝手は全く別物に変わる。

 

 結晶構造の均一化。そう。構造干渉が少しでも出来るだけで、魔法の工学的な応用性は飛躍的に上がる。そして、この競技においては、雪山という不均一な氷と水の混合物を一発で頑丈で熱に強い氷に変換することが出来る。アイス・ピラーズ・ブレイクと言う競技が本来想定すらしていない程に強固な破壊目標へと。

 

 前方の両端二つにあるような、単純な単結晶ならばまだ良かった。結晶構造が均一化されたことで、強度に方位差が生じ、融点は上がっても熱伝導性も高くなっており、構造に遊びが存在しない分、加熱で結晶構造が歪んで一気に割れるようになっているから。

 

 だが、残り十本は『第七研』のお家芸の群体制御が応用されているのか、多数の方向の異なる大きな結晶によって、全方位に頑丈で熱に強くなるように構成されている。前方両端の単結晶の柱二本は、正面衝突だけならば滅法強いので、砲撃魔法の弾にする気満々であると見える。

 

 その証拠に今、条件型起動の魔法群が単結晶の柱に仕込まれた。条件を満たした時にバラけて接触した氷柱と融合し、単結晶に変えると達也には読めた。

 

 以上、分析に強い司波達也ならば一発で分かる仕掛けだが。深雪の視点からは、吸収系魔法と言う一見氷の柱を作るにはまるで向かない魔法が使われてそれで氷柱が出来たと言うことから構造干渉込みで使われたのだと推察は出来る。

 

 しかしながら、結晶構造の違いから前二つが砲弾であることまでは、深雪の視点からは恐らく見抜けない。今回の試合は、あくまで一対一──司波深雪自身が希望して選んだ決闘の舞台だ。そして、たとえ相手が冴種真由美――実戦ならば兄として一対一での相対を断じて認められない相手であっても、仮にも妹が携わる試合である以上、司波達也としては審判役として腐った真似をするつもりは毛頭なかった。

 

 最初のビルドフェーズで両者が稼いだアドバンテージは、明らかに冴種真由美に軍配が上がっていた。誤解なきように言えば、司波深雪の構築が稚拙だった訳では決してない。三分という限られた時間で、頑丈で高精度な氷柱を揃えるという課題に対しては、通常ならば百点満点の出来だったはずだ。

 

 だが問題は、その評価基準を遥かに超えてくる存在が対面に立っているということ。物性の最適化、条件発動型魔法の細かな仕込み、その全てを無駄なく、かつ同時に処理し切るという常識外れの並列処理能力――

 

 冴種真由美は、まるで当然のように、追加で二百点を稼いできた。

 

「ビルドフェーズ終了、では、バトルフェーズだ。いざ尋常に、始めっ!」

 

 司波深雪の初手は氷炎地獄(インフェルノ)、自陣の熱量を奪い、敵陣に押し付け、文字通り氷と炎の地獄を作る魔法である。A級ライセンス昇格試験の難題として受験生達に涙を呑ませて来た高度な魔法に、冴種真由美は何を選択したか。背後をゲーミングカラーに光らせつつ、収束系統の魔法により、空気を圧縮し、その圧力で単結晶の氷柱を射出した。

 

 ただ氷柱を飛ばしたいと言うだけならば、迂遠過ぎて非効率的な魔法の使い方だが、副作用として圧縮される空気は自陣の氷柱周囲から抜き取られ、気圧を大幅に減らす。

 

 氷炎地獄は領域内の振動・運動を減速させて余剰エネルギーを押し付ける魔法だが、押し付けた先で氷を溶かすという目的に対しては、熱される空気そのものを抜かれた場合、加熱の効果が著しく落ち込んでしまう。

 

 加えて減圧された空間では液体の水はロクに存在できない。押し付けられた熱量は氷を溶かすのではなく、蒸発させるために使い込まれてしまう。攻防一体の一手だ。そして、射出された氷の速度は速くなかった。

 

「?!」

 

 咄嗟に対象を静止させる魔法をかけようとする深雪だったが、その前に氷柱がバラけて定義破綻して不発する。そして、バラけた氷柱が深雪の氷柱目掛けて散らばり、条件発動として仕込まれていた吸収魔法が発動。結晶構造を書き換えられる。そして突如、吸収魔法を受けた氷柱が割れた。

 

「っ!?ならばっ!」

「術の練りが甘いわ」

「きゃっ!?」

 

 吸収魔法による構造情報の改変自体は見えていたから、追撃を警戒していた。しかし、実際にはそれが氷炎地獄が自陣に齎す冷却、そのムラを突いての自滅狙いだったとは気付けず、氷柱を半分ロストしてしまった。

 

 不意を突かれた司波深雪だったが、そこで動揺していて隙を晒し続けていては四葉の次期当主など務まらない。氷柱周囲を減圧する魔法の存在から熱量を操作するアプローチは不適切と考えた深雪は、力任せにシンプルな移動魔法を放つ。自陣の氷柱を突っ込ませても玉砕するだけなので、ある程度抵抗されることは織り込み済みで、真由美の陣地の氷柱を別の氷柱にぶつけようとした。

 

 しかし、真由美が抜き放ち、天に向けられたリボルバー型の術具から放たれた想子の弾丸がイデアを縫って移動魔法の魔法式を撃ち、魔法が止まる。通常の想子の弾丸による起動式の破壊とか、エイドスから魔法式を剥がして押し流す術式解体とか、そういうものではない。

 

「今のは……!?」

 

 司波達也の目が驚愕に見開かれ、思わずタイムの笛を鳴らしてしまう。

 

「心配しなくても、ただのエアガンレベルまでデチューンしたヴァチカンの祓魔弾よ」

 

 それはヴァチカンに伝わっていたものの、あまりにも対怪異に特化し過ぎていて現代魔法との相性が悪いが為にここ百年で廃れて行った欧州の古式魔法であった。

 

 受肉した怪異を討滅する為に刻印を刻んだ銀の矢弾と共に放たれていた原典とは異なり、魔法の骨子部分である想子の弾丸で現代魔法の魔法式を撃つ様は、有識者に語らせるならば全身武装した兵士を相手にマスケット銃でヘッドショットどころか跳弾で眼球ブチ抜きを狙うような変態芸であると言わざるを得ない。何故ならば、想子の弾丸は決して、魔法式を破壊する程の威力が出ている訳では無いのだから。

 

 撃っている本人以外がそうそう理解できる事ではないが、現代魔法の魔法式に対する"撃たれた"というファジーなノイズの付与が意味を為すのは、ファジーなノイズを受け取り解釈してしまう部分だけである。即ち、司波達也をして何となく有るのはまあ判るけどとお茶を濁すしかない視野の外側ギリギリ、現代魔法では極めて希薄な魔法と術者の繋がりそのものに他ならない。通常ならば術者からの干渉力が魔法式に注ぎ込まれ、手応えが返ってくるだけの経路、そこにピンポイントでノイズが逆流したのだ。

 

 今回は試合、遺恨清算の場。エアガンで撃たれてちょっと痛い。そんな感じの威力であったが、怯ませて魔法を失敗させるには丁度良かった。改めて見直してみてもそういうものだとしか言えず、渋々と司波達也は試合再開を告げた。

 

「……試合再開」

 

 単純な事実として、冴種真由美の素の干渉力そのものは全力を解き放っている司波深雪に力負けしてしまう。故に、こんな骨董品のリメイクなどの奇策にも手を出して来た。だがそれは、冴種真由美の魔法全てを司波深雪ならば力任せに防げるという意味ではない。

 

「私がSB魔法の使い手だって事は知っていた筈よね?時間切れよ」

「させません……!」

 

 此処に古式魔法、特にSB魔法の専門家がいれば、その理不尽さにあれこれ喚き散らしていただろう。彼等であっても扱いきれる上限キワキワ、間違っても片手間に呼べるようなものではない位階に存在する、イデアを彷徨う独立情報体、その大物。水の大精霊、或いは亜神霊とでも呼ぶべきものが招来される。砕けた氷が激流と共に荒れ狂い、深雪の陣地に残った六本の氷柱を纏めて押し流そうとして。絶対零度が亜神霊を凍てつかせていた。

 

「言ったでしょ?時間切れだと」

 

 奥の手、コキュートスを使って、よく分からないけど単純な力勝負では止められないと察知した大精霊を凍らせた司波深雪*1。しかし一切動揺せずにノータイムで真由美は冷却されて凝集しかけの窒素を起点に魔法を行使する。これはマズイと深雪は発動した魔法を止めるべく、領域干渉で止めにかかるが、それこそが真由美の罠であった。

 

 既に魔法は効力を発揮し、常温常圧では不安定過ぎて一瞬たりとも存在できない筈のポリ窒素結晶体が少量だが無理矢理生成されている。そこに干渉を止める魔法が放たれたらどうなるか。再び物理法則に囚われたポリ窒素結晶体は直ちに自壊して元の窒素分子に戻らんと爆発した。

 

「一本!」

 

 煙が晴れた時には、深雪の氷柱は全て砕け散り、真由美の側の氷柱も、深雪の猛攻を素の強度任せにオーソドックスな情報強化以外ほぼノーガードで受けていた為に、後方四つを残して過半を破損し、破壊判定が下る状態になっていた。

 

 危なかった。笛を吹いた達也は油断も隙もあったものじゃないと真由美を睨む。ポリ窒素を生成する魔法を領域干渉で止めさせた隙に、真由美は自陣の水への干渉とその余波*2を利用して、視界が目の前の攻防で塞がれた深雪の目を盗み、深雪の陣地に残った氷水の融点と粘性を下げて吸い上げようとしていた。

 

 4ラウンド目以降で水が枯渇してしまっては、氷柱を作りようがなくなって詰む。九重八雲に用意して貰った設備の問題で雪山のストックは5ラウンド全部を雪山から取って使うには足りない。残った氷や水を再利用すれば普通問題ない筈なのに、急に敗北条件を増やされたら溜まったものじゃない。

 

 兄としての贔屓満々な笛だったが、冴種真由美は生温かい目でこちらを見返していた。試合の趣旨――司波深雪のためのプロレスであることは、深雪本人以外にとっては暗黙の了解である。文句はなさそうだ。達也は見返す目に何も言わずにスルーした。

 

 かくして、第一ラウンドは兄の笛に助けられてなお、司波深雪の手痛い失点という形で終わった。実際に相対してみて、深雪が痛感したのは――『射程と手数の暴力、ここに極まれり』という現実だった。

 

 開幕直後の攻防で、領域干渉によって真由美の攻撃をまとめて防ぎ、手数の差を埋める――という選択肢は捨てざるを得なかった。

 

 氷炎地獄に対抗する形で放たれた圧縮空気による氷柱の射出。その直後に真由美の背後に出現した、ゲーミングカラーの後光。あれは明らかに警告だった。見た目はただのエフェクトに過ぎない。だが――

 

 たとえ干渉力(パワー)で勝っていても、魔法の射程(リーチ)で負けている以上、領域干渉を張っても安全圏ではない。自分の射程外から、目眩ましや不快音を差し込まれ、“揺さぶり”をかけられた時点で集中は崩れる。その隙に、決定打を差し込まれるリスクが高すぎた。

 

 領域干渉とは、全方位に干渉力を散らして他者の干渉を遮る対抗魔法である。だが有効に機能させるには、その状態でなお“集中した相手の干渉力”と正面からぶつかり、競り勝たねばならない。そこで負ければ、打つ手はかなり限られる。何も事象改変がされないと自分で定義していた所に、細工などまず入れようがないのだから。

 

 深雪には、真由美の干渉力を防ぎきる自信はあった。氷炎地獄を情報強化で軽減された時の手応えからして、確かにそれは可能だと感じた。しかしそれは――全力の集中が前提の話。一対一の試合で、それを常に維持し、真っ向からの力比べだけに封じておけるほど、真由美は甘くない。

 

 彼女のタイミングの管理は、射撃演習で何度も見てきた。――ほんの一瞬でも気を抜けば、確実に差し込まれる。そう確信していた。

 

 そして、例の銃撃。欧州由来の古式魔法、推定国際婚全盛期*3の遺物らしきあれも、たとえ連発が難しいとしても、“干渉し続ける事そのもの”に怯みを生じさせるという意味では、決定的だった。わかってはいる。ただの文字通り牽制射撃だということも。だが――無視できるはずがない。

 

「あら、楽しそうね。よかったわ」

 

「……は?」

 

「自分の唇に触ってみなさいよ。ほんと、骨の髄まで魔法師ねぇ」

 

 言われて確かめてみると、確かに、知らず知らずのうちに唇が弧を描いていた。笑っていたのだ。

 

 思えば、こんなこと――初めてだった。

 

 同じ四葉の後継者候補の中でも、干渉力(パワー)発動速度(スピード)想子量(スタミナ)、演算能力、すべてにおいて自分は頭一つ抜けていた。だからこそ、本当に真正面から挑まれることもなかった。真っ向勝負など、最初から“避けられる”のが当然だった。

 

 だが今は違う。射程(リーチ)とテクニックで、堂々と自分の正面を抜けていく者がいる。

 

 ――面白い。

 

 そう、感じている自分が、確かにそこにいた。

 

「普段ならともかく、今の貴女ならパラレル・キャストの二刀流くらいやれるでしょ? 全力の出し方、平和ボケで忘れてるんじゃないの? 私もサブエンジン、フル稼働で準備してきたんだから。取り越し苦労にはさせないでよね?」

 

 手数が足りていない――その通りだった。真由美の挑発は、図星だった。できるかどうかはさておき、それが“最も効率的な解決策”であることに違いはない。

 

 自分の演算能力は、単発の魔法一つで全てを使い切ることは稀だ。むしろ、その半分すら使い切ることの方が珍しい。常に、余力がある。

 

 誓約(オース)によって兄の制御キーを任されて以降、劣化した制御能力では“手を増やす”など到底無理な話だった。だから選択肢から外れていた。だが、今は違う。

 

 ハンデがなくなっている。だったら――煽られたなら、答えるしかない。

 

 司波深雪の返答は、ただ一つ。

 

「――負けたときの言い訳にするおつもりですか? まさか、ぶっつけ本番でパラレル・キャストをものにしてくるとは思いませんでした、なんて」

 

 

*1
有識者が見れば完全なトカゲのしっぽ扱いで大精霊を雑に使い捨てている姿に発狂すること請け合いである

*2
水素結合出力操作と形状干渉で大きな水球を形成する魔法

*3
遺伝資源管理が厳しくなる前の魔法師開発黎明期

誓約解除時の司波深雪の実力設定、どう見ますか?

  • 強すぎ
  • こんなものでは?
  • 弱すぎ
  • ちくわ大明神
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