異形の七草   作:メダカにジャム

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マジでお待たせしました。あと、アンチ・ヘイト微妙に濃いめです。


入学編エピローグ

 司波深雪と冴種真由美の直接対決の結果について、当人達は真由美が勝ったとしか語らなかった。ただ、それはそれとして冴種真由美は九校戦への出場を決断した事を表明。そこから司波深雪は一矢報いるぐらいの奮闘をしたのだと各自は勝手に解釈した。

 

 噂を嗅ぎ付けた四葉真夜からは別途司波兄妹に問い合わせはあったものの、兄妹の回答はまさかの回答拒否であった。四葉が冴種真由美に喧嘩を売った時点で自分達は四葉が滅んだものとして身の振り方を決め直す、四葉を敵に回すより冴種真由美を敵に回す方が圧倒的に厄介、と敵前逃亡じみた半ば裏切るも同然な方針だけ通告して、委細は全く語らなかった。普通ならば地獄絵図が始まる所であったが、四葉真夜はさもありなんと引き続きの静観を指示した。

 

「宜しかったので?」

 

 主人の意向の整理のために必要か、そう考えて葉山は敢えて主人に問いかけをする。

 

「あの子の態度から、冴種真由美が何処まで見えているのか、ある程度想像はつくというものよ。私の想像が掠ってでもいるならば、彼女と本気で敵対して生き残れるのは達也さん達だけ。私も、貴方の派遣元も、滅ぶ、乃至とてもじゃないけどやっていられないほどの損害が出るでしょうね」

 

 敵の多さもあり本拠地そのものを徹底的に隠匿している四葉であるが、十中八九、冴種真由美にはもう見つかっているか、或いは容易く捕捉されると四葉真夜は踏んでいる。そうでなくても冴種真由美を相手にゲリラ戦に持ち込まれるだなんて、冗談ではない。

 

 四葉家でも当主含めた少数しか知らない話だが、冴種真由美は四葉家主要スポンサーの東道青波からも一目置かれている存在だ。

 

 真由美本人の気性を鑑みて、東道青波からの対応としては本当に一目置くだけであり、現在はこの国のフィクサー集団こと玄老院、その主導者達こと四大老の一角、安西勲夫がA級崩れのフリーランスの魔法師こと黒須徹の事務所、冴種真由美のバイト先という場を手配して、真由美本人にとっては開放感のある放し飼いをしているというのが実情だ。

 

 普通ならばもう少し密に囲い込みを図るのがこの手の権力者と魔法師の常であるが、そうなっていない理由は至って単純である。真由美本人がそういうことを嫌っていて、尚且つ彼女一人で玄老院の勢力図があっさり塗り替えられかねない程の有り余る危険性が知れ渡っているからだ。

 

 その代表例こそ、日本の非公認戦略級魔法師『七篠桜花』だ。戦略級魔法のコツ、戦術級魔法を連鎖させて広域に被害を齎す戦略級魔法として多重発動させる為のノウハウを配布し、それを用いて戦略級魔法を手に入れた者達を『七篠桜花』と言う架空の人物名を表題とする一つの傘連判状で纏め上げ、必要な時には名を連ねた誰かが『七篠桜花』として動く。こんなシステムの発起人にして、肝心要の戦略級魔法のコツをある程度以上の性能を持つ他の魔法師に伝授できる技術として体系化してのけたのが当時十三歳の少女であったことは即ち、冴種真由美の魔法師戦力の育成能力が常軌を逸していたことの証明である。

 

 そして、彼女の探求はいっそ病的なまでに精鋭魔法師を相手に戦う前に潰して勝つ、いうなれば暗殺者の類になることに振り切れており、現代魔法の名門でしかない七草家の生まれでありながら、あっという間に日本有数の古式魔法の名手にして、最悪の略奪者に成り上がった化け物であることも、すぐに玄老院には知れ渡った。

 

 つまり、本当に手元に置いてしまえば他の手駒が化ける可能性が高く、尚且つ敵に回せば本人の化け物染みた知覚能力に基づく解析性能と暗殺性能が玄老院メンバー及びその手勢の大半に嫌と言う程刺さる。

 

 群雄割拠を以て内規の大綱とする玄老院内部のパワーバランスを単独で破壊しかねない冴種真由美。事前の調査により、上手く巣穴を用意してやれば国防の要となるだろうと見込まれていた彼女の扱いは『いい感じの開放感のあるスペースで放し飼い』で結構珍しくも満場一致を見た。そこに至るまでの各自の検証費用が真由美の手で滅茶苦茶ぼったくられたことは、議決の際の海千山千な筈の参加者達の隠し切れない苦渋が証明である。

 

 そして放し飼いスペースの管理人はこの議題を持ち込んだ安西の担当になったと言う訳だ。それはそれとして事故が起きたら亡国の危機レベルの大惨事なので気は配る、というのが東道青波の一目置く態度の真相であった。

 

 無論、東道青波もこんなある種降伏染みた内情など余人に言える筈もない。だが、それはそれとして事故を起こしてはならないので細かいことは伏せて国防の要であり、放し飼い状態であっても一目置いている事だけは伝える、と言うのが四葉への対応であった。四葉真夜が達也の反応を通して、何となく実情を察するには、それで充分であったが。

 


 

 一先ずの折り合いを付けた現在、多少残る感情的なしこりを除けば、司波兄妹にとって、冴種真由美とは第一高校において最も学びを得られる相手である。起動式等の主にソフト周りの知識においては達也が専門家として三枚ほど先んじるが、それを扱うハード、術者及び古今東西の術具周りにおいては冴種真由美は達也の二枚上を行く。その証左として。

 

「達也、どんな手品使ったらそんなに干渉力の成績伸びるんだ?」

 

 司波達也の仮想魔法演算領域から繰り出される魔法の干渉力は、飛躍的なまでに伸びていた。あの模擬戦を通じて、干渉力とは霊子波動であるという理解を達也が得たことが主要因だが、それはそれとして真由美が不定期に行う辻指導の影響も大きい。

 

「冴種先輩曰く、俺の力の使い方が下手くそだっただけだそうだ。その辺に関して巧拙を論じることができるのは先輩だけだとは思うが」

「あの人に関しちゃよくある話よ。見えている世界が違うから、本人にとっては見落としているコツ一つ教えて上げただけでも、当人にとっては蒙を啓く話になるのよ。美月もミキもそのクチよね」

 

 レオの問いかけへの達也のぼかした返答に、エリカはよくあることだと実に見慣れた調子で言う。実際、彼女が目の当たりにする真由美の魔法に関する辻指導とは、そんな感じのものであった。

 

「僕の名前は幹比古だ……まあ、先輩が最悪の古式魔法師と畏れられているのは伊達じゃないとは僕も思うよ」

「最悪の古式魔法師……?」

 

 呼び名にお決まりのツッコミを返しつつも、真由美の辻指導を通して達也達と親交を得た古式魔法師の吉田幹比古は真由美への畏怖を語るも、その畏怖は古式魔法師でない者にはすぐには飲み込めない話だった。

 

「……あの人の言葉を借りるなら、古式魔法師は手品師に似ている。発動速度が遅い代わりに奇襲性の高い魔法で相手の不意を突くのをお家芸とする以上、僕達を遥かに超える知覚能力で種も仕掛けも見抜いてくる先輩は、他の古式魔法師達にとってはしばしば最悪の天敵になるのさ。本人は結婚する気ゼロを公言しているけど、それって、逆に言えば自分が末代なのを良いことに、他所の手品を盗んでは使い捨てる事が出来る宣言でもあるからね。……そのくせ、技術の体系化や汎用化は滅茶苦茶上手いから、一概に有害極まりない存在として爪弾きにし切れない。現代魔法の家系にとってもそうではあるけれど、先輩は古式魔法師界隈にとっては特に、秘匿技術の陳腐化と言う恐怖の化身なのさ」

 

 そう語る姿は、どんよりと瘴気を纏っていた。辻指導は幹比古含めて教師の付かない二科生にとってはありがたい、その中身も教師が教えられないような面白いネタもてんこ盛りなため、二科生に限らずともありがたいし実際に霊験あらたかなのだが、どんな拍子に家伝を抜かれて陳腐化されるか分からないと言う地雷原を走らされるのは心臓に悪い。

 

「一応言っておくと、あの人が気に食わないって実力行使に出た連中はちょっと前はそこそこいたわ。手段を選んでいられなくなったアホもそれなりにね?」

「どうなったんだ?」

 

 エリカの吐き捨てるような言葉にレオが恐る恐る尋ねるが、エリカは無言で親指で首を掻き切るような仕草をする。

 

「今はいないわよ。この魔法業界で、あの人を本当に敵に回してまともに生き残れるところがあるとすれば、四葉ぐらいじゃないかしら」

 

 達也はツッコミの言葉を飲み込んだ。四葉は――冴種真由美を敵に回せばまともな形では生き残れない。本当の戦争となれば生き残れても自分達の安全を確保できる巣穴としての機能を喪うと言うのがガーディアンとしての己の判断である。

 

 己の判断に加え、司波深雪が深夜の娘として忠誠を誓うべきものは理念であって組織ではなかったこと、以上2点を以て、司波兄妹は当主の叔母からの問い合わせに対し、回答拒否を以て四葉そのものを見限るラインを提示した。が、それはそれとして好き勝手に人口に膾炙する四葉の風聞に何も思わないと言えば流石に嘘になる。

 

「……魔法科高校の先生をしてもらう分には平和なのでは?実際、どんな文献よりも先輩のアドバイスの方が私には効きましたし」

「ホント、それで済むなら平和よね」

 

 美月の率直な感想にエリカは上手く付き合えるならそれでいいとぼやき、幹比古は深く頷く。結局の所、上手く付き合っていくしかない、上手く付き合っている限りは良い友人の範疇に収まってくれる災害であるという点において、冴種真由美は司波達也と同類であるという事実を指摘出来る者は、この場にはいなかった。

 


 

 今まで黒幕に徹していた札付きのワルが九校戦と言う魔法業界の新入生達のデビュタントの場に顔を出すという噂はあっさりと日本全国の魔法師コミュニティに広がった。魔法師界隈において、冴種真由美とは魔法師コミュニティの自浄作用では手に負えないアウトローである。

 

 七草を離れ、身一つで独立した——それだけで真由美の実力を示していた。A級崩れの魔法師を隠れ蓑に、無免許に等しい稼業で糧を得る。古式魔法師との確執も絶えず、秘匿術式を奪われたという噂はもう数を数え切れないほどだ。自分が末代だから好き勝手やる宣言と併せ、魔法師コミュニティに迎合する気がまるで見られない問題児。

 

 が、一歩引いて冷静に見れば、彼女は『邪魔する周囲を無理矢理叩き潰しながら』と言う皆の平穏には余計過ぎる枕詞さえ無ければ独立した個人の魔法師として振る舞っているだけであり、独立した個人で居ることを邪魔しない限りは割と無害なのだ。被害も大きいが、末代を自称するだけあって技術の死蔵を良しとしないので恩恵も少なからずあるとは皆嫌々ながらでも認めるしかない話である。

 

 だが、率直に言えば――こいつは無法者だ。誰も反論できない。冴種真由美と言う人物が良家の子女がほぼ最低最悪の形で家含め皆を裏切った果てに何故か居直り君臨している事はれっきとした事実だ。裏からは玄老院が、表からは十師族、裏切られた七草ですらなあなあに済ませる空気がある。その為、不満が爆発して余計な犠牲が出るという事態はある程度抑えられていた。だが、反感を隠せない者は当然魔法科高校の中にもいた。

 

「とうとう出てきましたか……冴種真由美……!」

 

 国立魔法大学附属第三高校、金沢市郊外に位置する、尚武の校風を掲げた武闘派揃いの魔法科高校の一角。その一年生の中でも二番手の実力者である少女、一色愛梨は第三高校で冴種真由美を嫌う層の筆頭ともいえる存在だった。

 

 魔法科高校入学から二年間、自分が九校戦に積極的に参画する意義はなしとして一貫して競技には出場せず、偶にエンジニアを担当するぐらいで専ら司令塔を務めるのみ。大会前後の各校の生徒達の交流の場にも顔すら出さず仕舞い。挙句の果てには二科生落ちと言う十師族出身にあるまじき失態。

 

 十師族として、日本の魔法師達を束ねるリーダーとしての責務すらも七草家に生まれた者のその他義務、数字ごと放り捨てて好き勝手に生きている姿は、師補十八家の一角、一色家の娘としての自負を持ち、相応しく有るように振る舞っている自分にとっては耐え難い醜悪だった。力さえあれば、此処までの蛮行すら許させる事が出来るのか。

 

「かち合った日には目にもの見せてやります……!」

「……相変わらず凄い対抗心……」

「冷房効いておるよな?」

 

 めらめらと対抗心を燃やす第三高校一年の女番長の姿に友人の十七夜栞と四十九院沓子は苦笑しながら顔を手で扇ぐ。そんな姿に風紀委員もとい今年の入試首席である一条将輝は呆れた視線を向ける。

 

「燃えてくれるのは良いが、間違ってもあの人に試合形式以外で仕掛けるなよ?」

「相も変わらず、冴種真由美に対しては弱腰ね」

 

 相手が悪すぎる。そう分かっている将輝は逸る愛梨を嗜めようとするが、愛梨からすれば何故か弱腰になっている十師族達の態度が気に入らない。

 

「……こんなことは金輪際言いたくないんだが……自惚れるな、一色愛梨。お前は所詮十師族にもなれない補欠、そこの枠を半歩踏み出しただけ、ちょっと性能が良いだけの凡人だ。その程度の分際で本物の例外であるあの人に真っ当な何でもありで勝てるものかよ」

 

 一条将輝、『七篠桜花』の一人として傘連判状に偽名を連ねる一人は隠されし真の首魁の恐ろしさを多少なりとも知っている。『七篠桜花』になる過程で彼女を師に仰ぐことで知った。『七篠桜花』達の中で唯一、文字通り身一つにて戦略級魔法を行使できる埒外の怪物。彼我の差の大半は認識の情報戦における実力の差であり、『七篠桜花』達の多くは、認識を調整する手法を彼女から伝授されることで名を連ねるに至っている。

 

 彼女の本領は、認識の情報戦におけるほぼ絶対的な優位性とそれをそのまま一方的な勝利に変換できる技量にこそあると一条家含め『七篠桜花』達のうちの誰かがいる家は皆理解しているだろう。そんな謂わば戦う前に詰みを押し付けてくる理不尽相手に何でもありの闘争を挑もうものなら、十師族と言うシステム、相手との戦闘に持ち込んで殴り勝てることを前提としたものは、ハリボテ以上の機能を持ち得ない。

 

「なっ!?言うに事欠いて……幾ら一条と言えど厳然として抗議させてもらいます!」

「将輝、流石に幾ら何でもそれは言い過ぎじゃあ……」

 

 それらの事情を知り得ない者達にとってみれば、将輝の発言は明らかに暴言の域に達している。十師族だからと師補十八家の一色を軽んじる物言いは間違ってもこんな場で出すものではない。愛梨は驚愕の後に憤りを露にし、将輝の参謀役を務める友人の吉祥寺真紅郎も暴言を窘める。

 

「安心しろ、と言うのも変な話だが、別に俺だって、あの人を物差しにお前と比べれば五十歩百歩だ。そして、競技に出場するという重いハンデを呑んで貰えるから、俺達は漸く遊び相手をやる資格が得られる。あの人はそういう領域の化け物だ。俺達性能だけの凡人は実際に競技で勝つことだけに専念して余念を捨てないと、勝負の土俵に上がる事すら不可能だぞ?」

 

 核心は当然話せない。だが、流石にこれくらいのヒントは提示しておかなければあまりに気の毒だ。慣れぬ悪役を演じる少年が仰ぐ空は生憎の曇天だった。




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