異形の七草   作:メダカにジャム

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お待たせしました。新章開幕です


九校戦編
九校戦編1


 九校戦、正式名称は全国魔法科高校親善魔法競技大会。普通の優秀な魔法師にとっては、これに出場して優秀な成績を収めることが、我こそはこの世代の代表なりと名乗りを上げて自分の市場価値を確保する行為、即ちデビュタントである。言い換えれば、期待値評価の実績値評価への変換であるこの場において、既に必要な実績を積み終えている人物は参加する必要がない。

 

 冴種真由美は既に黒に近いグレーなれど第一線で便利屋をやっている実績をもって九校戦に選手としては参加しなかったが、それで何もなしで納得できるほど、関係者は誰も達観していなかった。故に、妥協点として彼女は一年の時分から監督兼コーチとして君臨した。具体的には九校戦参加者全員が口を揃えて大会本番よりも練習の方が辛い、他校のエースよりコーチの方がきついと言い切るレベルで扱き倒した。そんな彼女の発言権は九校戦に関しては生徒会や部活連、教職員を凌いで頂点に位置する。

 

「司波深雪さんは特に異論なければ女子本戦に出場、種目は何でも良いわよ」

「幾ら何でも投げやり過ぎません?」

 

 そんな彼女からの司波深雪への提言は投げやりの極みだ。

思わず眉をひそめるのも無理はない。

 

「達也君が暇じゃないなら考え直すけど、そうでないのなら、これだけの準備期間を与えられて、勝ち負け含めて大体どうとでもできないとでも?」

「勿論出来ますけど。……先輩はどの種目に出場されるおつもりで?」

 

 しかし、ツッコミへの返答が兄と己への信用であれば、それを否定する答えを深雪は持ち得ない。そのまま流されるのも癪なので彼女の出場予定を問うてみる。

 

「ミラージ・バットとバトル・ボード、逃げ足を売り込むわ」

「うわぁ」

 

 真由美の返答に深雪は思わずゲンナリする。それも無理はない。ミラージ・バットとバトル・ボード──真由美が本気を出せば、九校戦でも屈指の“理不尽競技”だ。*1。これらが選ばれた時点でその競技が壊滅的な事態になることはほぼ避けられないだろう。

 

 理由は単純だ。両競技とも移動を強いられる乱戦形式である事、これに尽きる。真由美が好き勝手やらかすのにこれ以上格好の舞台は無い。

 

 認識の主導権を奪う事に長けた怪物。それを相手に情報が溢れ、認識が散りやすい乱戦に持ち込まれる?自分で主導権を保つための陣地を殆ど一切保持できない状態で?

 

 ――全く以て冗談ではない。直接攻撃による妨害が安全の為に規制されていたところで、彼女の魔の手の前には笊ほどにも役に立たない。

 

 競技選択の動機はフリーランスの便利屋稼業という公的な勢力からは距離を置いた立ち位置の取り方と相まって、手出しする意味が薄く、やってもまるで割に合わない相手である事を対外的にアピールするのが狙いだろうと推察出来る。

 

 此処までを前提として踏まえて、達也ならば勝ち負け含めてどうとでも出来ると言う真由美の発言の真意は、真由美のいない競技で大暴れしても、真由美がいる競技で2位を取って雌伏するも自由である事の提示だろう。では、自分は何を選ぶのか。

 

「本戦出場は承知しました。ピラーズ・ブレイクとクラウド・ボールにします」

「わぁお、スタミナゴリラコースね」

 

 深雪の回答は、他の誰に言っても止められる無茶苦茶な組み合わせだった。

 

「茶化さないでください」

「はいはい。ま、真意は私の知ったことでは無し。文句は私の方で黙らせておくから好き勝手やりなさい」

 

 ゴリラの言葉に漏れた冷気は突風に吹き飛ばされて散らされ、夏の癒しになった。

 

 今年の九校戦の本戦において、クラウド・ボールの全戦とピラーズ・ブレイクの1,2回戦は同日開催であり、翌日がピラーズ・ブレイクの3回戦と決勝リーグである。より詳しく言うならば――2日目午前にクラウド・ボール全戦とピラーズ・ブレイク1回戦がダブルブッキング。午後はそのままピラーズ・ブレイク2回戦で、まさに地獄の連戦だ。

 

 大会のルール上も競技運営上も、競技の同日掛け持ちそのものは全く何の問題もない。*2普通に完全なダブルブッキングそのものは避けて貰える。それはそれとして競技間の休息を半ば捨てた過密スケジュールにより消耗がきつすぎて両方の競技が台無しになりかねないからやる者がほぼ皆無なだけだ。

 

 力量を理解した上での委任。司波兄妹にとっては下手に気を遣う必要が無いため、楽な上司と言えるのが彼女だった。二人がそれを当人に言うことは決してあり得ないが。

 


 

「へ?僕がモノリス・コードの代表ですか……?」

「認識の主導権。私のゲリラ授業に出ていたなら分からないとは言わせないわよ」

「……認識、理解、対応。この三段階こそが魔法師含めあらゆる知性体の戦闘にとっては基本。そしてその流れに割り込んで主導権を奪う、これが認識を武器に変える者(戦う魔法技能師)の基本にして奥義」

 

 吉田幹比古は、突如冴種真由美からモノリス・コードの新人戦代表のメンバーにスカウトを受け、困惑する。それを素直に態度に出せば、真由美の返答は魔法師が戦う上での基本となる戦闘理論の鍵であった。幹比古は思わずそれを復誦しながら何となく納得させられてしまう。

 

 吉田幹比古。精霊魔法の大家である吉田家に生まれ、かつて神童と呼ばれた()落伍者。

実家の家伝の重要な魔法儀式、「星降ろしの儀」にて、竜神の喚起に失敗。それ以来、スランプに苦しめられてきた。

 

 スランプの原因は竜神との交信によって発生した認識の”ずれ”。精霊魔法において吉田家以上の見識の持ち主など周りにはいなかった。正しい物差しを与えてくれる技術者――たとえば司波達也のような存在にもまだ出会えなかった。しかし、冴種真由美がいた。彼女の暴威の前では、一目でスランプの原因を見抜かれるなどほんの序の口でしかなかった。

 

 じっくり見られただけで「星降ろしの儀」にて竜神と中途半端に交信したことを見抜かれた。その後、「ちょっと準備するから待って」と言われた三日後。吉田幹比古の人生で一番の恐怖体験が彼を襲う。

 

 それは「星降ろしの儀」のように神霊そのものを喚起するものではなかったが、神霊との交信を主目的とした魔法儀式だった。

 

 冴種真由美は、あの時とまったく同じ竜神との交信を、彼女独自の簡易儀式で再現してみせた。

そして――何の事故もなく、後片付けまで含めてあっさりと完了させたのである。

 

 素人の手作りロケットで「ちょっと月まで拉致されて、無事に帰ってきた」ようなものだ。

後年、幹比古はこの時の出来事を、そんなふうに語っている。

 

 恐怖体験ではあったが、それはそれとして、精霊魔法の使い手・吉田幹比古にとっては、

この上なく有意義な経験でもあった。『今清明』。古式の界隈の一部で畏怖と共にそう言われる怪物の視座の片鱗を共有できたからだ。

 

 今の彼は、既に実技においても並の一科生を超える性能を発揮できている。とは言え、普通の魔法の腕で男子の首位争いに食い込めるかと言われれば本人の感覚としては正直微妙な所だった。正面からの殴り合いだと、家伝の精霊魔法はいささか取り回しの良さに欠ける。

 

 が、モノリス・コードと言う競技は正面からの殴り合いをそこまで毎回強制されるような競技ではないと真由美は指摘する。

 

「そういうこと。お宅の家伝で、真正面から不意打ちなさい。今年の第三高校はモノリスに一条君を出すけど――彼を出し抜ける人選と言えば、君しかいないのよ。」

 

 お家芸により搦め手要員で採用、十師族相手にワンチャン行けるからやってみろと言われれば、幹比古に否やは無い。ここでイモを引くようなら、スランプになってもこの業界の片隅に齧り付いた甲斐がないと言うものだ。

 

 なお、真由美の中で「一条将輝に達也をぶつける」という選択肢は存在しない。

司波兄妹の理性は互いの安否に関わらない限り一見しっかりしているようで、実際には――

見栄や面子に関わる話となれば、あのあずき味の超レトロ氷菓*3ほどの信頼度しかない。

 

 多分、後先を考えずに勝って、面倒なことになる。そう目に見えていたのだ。

 


 

 北山雫は九校戦の熱心なファンである。幼い頃から、父の計らいで家族総出の「九校戦観戦ツアー」に連れていかれ、いつか自分もあの舞台に立ちたいと夢見ていた。

 

 そんな彼女からして、冴種真由美と言う人物はよく分からなかった。噂に聞いて、実際にチラ見した限りでも実力は恐らく超一流――だが、魔法師コミュニティそのものに迎合せず、我が道を好き勝手に暴走する異常者。Aランク魔法師の母でさえ理解不能だと言い、下手に関わると危ないと釘を刺された。けれど、雫にはそれがどう危ないのか実感が無かった。魔法師社会で揉まれてきた母と、そんな経験のない自分との間には、説明できない視座の違いがあった。

 

 第一高校の九校戦の監督役が、そんなよく分からない怪物――生徒会や部活連を差し置いて君臨している――と聞けば、彼女の胸には一抹の不安があった。

 

「じゃ、雫さんが女子新人戦の総大将役、宜しくね?」

「へ?」

「だって、司波さんは本戦のピラーズ・ブレイクとクラウドボールに出るから。流石にそこに新入生の総大将役まで投げるほど、私も鬼畜じゃないもの」

 

 初顔合わせでの第一声がこれだ。雫からすれば、信じがたい采配だった。ルール・大会運営上は問題ないとはいえ、鬼畜スケジュールと呼ぶほかない無茶なエントリー。司波深雪の友人としても黙ってはいられなかった。

 

「先輩、深雪に恨みがあるんですか」

「無いわよ?私は司波さんにはフリーハンドを与えただけ。そして出たその答えを問題ないと判断したから通しただけよ」

 

 実際には、深雪が()()と言い出し、真由美が()()()と判断した――それだけだった。

 

「言いたいことはわかったわ。少し残酷なことを言うわね?司波さんの()()なら全く無謀でも何でもないわ。技量とか精神論とかじゃない、単純な精神生理学的フィジカルの問題よ。これを才能と言い表すのは私の趣味じゃないから性能と言うけれど。」

「……性能、ですか」

 

 女子一位(司波深雪)二位(自分)。その差は“断崖”というより、もはや種の違いに思えた。実技でその片鱗が見えていなかったと言われれば嘘になる。あまり見ないようにしていた現実は想像よりも遥かに大きなものだった。

 

「ま、性能で雑に強いってのもあんまりロクなものじゃないわよ。月並みなお説教だけどね?」

 

 そう真由美は吐き捨てる。俯く雫の頭を引き揚げさせたその言葉の重みは月並みではなかった。

 

「この業界の裏側も割と知ってる側の人間として、司波さんの強さや性能は、魔法兵器、或いはそういう品種改良の到達点として評価する分には幾らでも点数を稼げるわ。但し、その加点が人間として生きていく分には盛大に裏目に出る。残念ながらそういうものよ」

 

 そして躊躇なく真由美は深雪の才能はそっくりそのまま弱みだと言い切る。この魔法科高校で大いに評価される司波深雪の優秀さは、副作用として人間として人生を生きるのに支障をきたす域に踏み込んでしまっている。

 

「そういう輩が人間らしく人生を生きる上で、存外ね、貴女達みたいな()()()()()が命綱だったりするのよ。自分が()()()()にいないことを悔やむのは、やり過ぎればこの業界の多くの有象無象と同様に、比較の奴隷に成り下がるだけ。程々になさいなと言っておくわ」

 

 真由美は続けざまに言い放った。――比較に溺れるのはやめておけ、と。北山雫は返せる言葉が無かった。

 

 魔法科高校に入学するまでは、自分と幼馴染の光井ほのかがツートップだった。入学試験も当然ワンツーフィニッシュを決めて、強い先輩達との間にある差も年季の差の範疇だと信じていた。そこへ真っ当な努力や才能の向こう側の存在として、司波深雪は降臨した。

 

 友人になったし、友情に偽りはない。だが、自分の思い描いていたちっぽけな世界が進学と共に広がって粉々に吹き飛んだことに何も思っていないと言えば嘘になる。その思いは言われなければ形にすらならなかった程度のモヤモヤであったが、面と向かって言われて、納得できるものはあった。ただ、それはそれとして先輩からの忠告はどうも――

 

「ああ、ババくさいとか思うのは許すわ。そこら辺のババア以上に情報が精神に突っ込まれている自覚はある。けど口にしたら――ランニングに私特製のペースメーカー追加してあげるから」

 

 “黒くて六本足の何か”が頭をよぎり、雫は即座に両手で口を塞いだ。あれだけは絶対に御免である。九校戦の練習中に過去犠牲者が出た中でもかなりきつい罰ゲームの一つ、「ペースメーカーの刑」は先輩に聞いた話だ。幻影であっても乙女的に御免である。

 

 

*1
お兄様はクソゲーなんて言いません

*2
本作独自設定

*3
創業二百周年間近の老舗菓子屋が製造する、販売開始百二十周年を越える超ロングセラー。原材料に畜産物を使わないため、地球寒冷化の時代には「庶民の氷菓」として重宝された




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