ハクビシン:原産地は中国南部から東南アジアにかけて。魔法科高校の劣等生世界の人に説明するなら大亜連合原産で多分通じる。果実を中心とする雑食で有り、昭和の頃から日本でも目撃されている。農作物への被害や、家屋の隙間から侵入されて住み着かれる被害が悩ましい害獣。一説には雷獣とはハクビシンのことなのでは?と江戸時代の時点で流入していた説もあり、明確に外来種と言い切れないので駆除が難しい。多分寒冷期でも廃屋とかを利用してしぶとく生き残りそう。
司波達也。今年の一年生の筆記における絶対王者。
彼の最近の密かな悩みは――自分の特異性が、思った以上に周囲に察せられ始めていることだった。
普通ならば、本人が隠蔽を捨てた言動をしない限り、まず気付かれることはない。そもそも、司波達也の異才は普通の魔法師の常識をぶっちぎっている。故に理解を試みるほど、彼が点数を取れない劣等生であるという常識が理解の邪魔をしてしまう。
だが、相手、もう少し正確に言うならば、その相手の時と場所が悪過ぎた。ここは魔法科大学付属第一高校。知覚と解析における一つの極点、冴種真由美が三年間君臨し続けた庭である。
“知覚と解析に優れる”とはどういうことか。――その理解が、知らず知らずのうちに一校生全体に染み込んでいた。真由美の搦め手の類に泣かされてきた経験、それに基づくふんわりした集合知が形成されていたのだ。そうなれば、本人にとっては不本意な事に、司波達也の尖った才覚についてもある程度の理解が進んでしまう。
その理解とは即ち「司波達也は妹の弱点補完に特化したスタイルである」というものだ。
問:正統派の魔法師のハイエンドである司波深雪単体の死角とは何か
答:認識外からの奇襲や認識・対応が追いつかなくなるインファイト、その他技術的な未知
国際基準という丸い答えでしかないものを物差しにして、盲目的に比較し合っていた頃の一校生ならばともかく、今の一校生達ならばこの程度の問答は容易い。事実として、司波達也は風紀委員として不意討ちを必ず返り討ちにし、剣術部などの近接格闘戦に優れた魔法師にも全く引けを取らない身の熟しを披露し、司波深雪の弱点補完が出来てしまっている。
『分解』と『再成』、一番バレてはいけない鬼札はバレてはいない。しかし、不意討ちへの迎撃能力と、優れた筆記試験の成績等の活躍の軌跡は、司波達也が何らかの知覚・解析を拡張する能力、ESP魔法の類を持っているのではと言う仮説を容易く浮かび上がらせる。
そして、期末試験にて二科生にまた筆記首席を奪われた――その事実は、一年の一科生達のなけなしのプライドを粉々にした。
だからこそ、「司波達也は訳あって筆記だけはできる例外だ」という仮説は、あまりにも都合の良い言い訳として彼らに受け入れられた。
未知を暴く側にばかりいて、自分を知らぬ者に未知の存在として手探りで評価を試みられる。そんな経験は、司波達也にとって紛れもない未知の領域だった。
不幸中の幸いは、何が何処まで見えているのか、それ以上の詮索が無かったことだろう。主な理由としては、「知覚系の異能持ち相手に、何がどこまで見えるのかを探るのは秘匿術式を覗くのと同義」という、妙に行き届いた“暗黙のマナー”が、真由美の代から受け継がれていたからだ。
もっとも、彼にとってはそれがこの状況下における唯一の救いでもあった。――自分の正体にこれ以上踏み込まれないという事実が、どんな称賛よりもありがたい。首の皮一枚繋がるとはこのことかとすら思った。
以前、達也がそれとなく三年風紀委員、真由美の同期である関本に尋ねた所、僅かに震えながら言うには、上の世代を中心にそれを真由美に対してやらかした連中が当時の一部の教職員も含めて
かくして、司波達也は成績が悪くてもそういう事は大得意な手合いとされた。夏が近づき、気づけば、彼は当然のように今年の九校戦のエンジニアチームのチーフに選出されていた。第一高校の九校戦のエンジニアチームは、下手をすれば選手以上に冴種真由美肝煎りの注力がなされている。
具体的には、真由美のポケットマネーと十文字克人の伝手を総動員して、選抜済みエンジニア向けの特別講習が選手選定前に開かれる――そうして育てたエンジニアが選手と組み、戦略そのものを設計する。これが第一高校の九校戦の常勝構造であった。
そんな精鋭達が先輩として揃う中でチーフ認定されるとは即ち、司波達也が問答無用でチームのリーダーをやれる例外と認定された証である。尚、この采配には司波深雪も鼻高々になった。「お兄様以外に自分のCADを触らせることはありません」とは浮かれた彼女の本音100%の台詞であり、司波達也は最初から退路など無かったことを再確認させられた。実際問題、兄としても、妹のCADを他人に触らせる気など毛頭なかった。――それは理屈ではなく、本能の領域だった。
そうして、チーフ即ち主導者側になって動いた感触こそ、目下の悩みそのものである。自分のCADエンジニア技能が、自分自身の卓越した構造解析の情報知覚能力に依拠して成り立っているものであると言う事実を、チームメイトたちとのコミュニケーションを通して嫌でも自覚させられるのだ。
幾ら核心にはそれぞれの良心を以て踏み込むのをやめてくれるとは言え、だ。それで秘密の金庫の鍵を開けっぱなしにしておくのは当然いただけない。自力で頑張ろうにも必要な情報が手元にない。そして世の常として、餅は餅屋である。CADエンジニアリングの新人教育は、CADエンジニアを運用している所に聞くのが手っ取り早い。
結果、達也はトーラス・シルバーとしての己の根城――FLTの第三課、牛山達に頼る事にした。所詮付け焼き刃なのは承知の上だが、もとより一旦この夏限りの急場であるからして、問題は無い。
かくして、九校戦エンジニアチームのチーフ、言い換えれば九校戦参加者達の作戦本部の最高幹部となった達也は今、炎天下にて一同を会場に送迎するバスの仕切り役を務めていた。最後の一人は冴種真由美である。
「……こんな時に一体何をやっているのかしら……!」
怒れる司波深雪の登場にバスの冷房は不要になった。皆窓を開け、市原鈴音が熱気を突っ込んで冷気を相殺している。ふと、ピロリンと深雪含め何名かの端末にメッセージの着信が入る。
「……ハクビシンの群れを見つけたので今夜の夜食はお鍋にします。捕まえたら合流するので先に会場へ向かって下さい」
「……俺の方も同じ内容だった。待つ意味は無い。行くぞ」
感情の抜け落ちた声で深雪はメッセージを読み上げ、ちょっと背筋に寒いものを覚えつつも十文字も全く同じ内容だったと追認する。感情が一周したのか、冷気は止まっていた。
……その瞬間、達也は悟った。
――ハクビシンの群れとは、ロクでもないものを見つけたものである。少なくとも、夜食にハクビシン鍋*1とは付き合いたくないものだ。
一方、その頃。
「全く、少しは老骨を労って欲しいものだがね。ハクビシン狩りならば付き合うが」
「真由美ちゃんのお誘いなら、私も手伝うわ。この辺も鳴き声が五月蠅いのよ」
「同じく、師範にお供させて頂きたいです。何が出来ると言われると困るんですが」
冴種真由美は既に九校戦の会場――陸軍の富士演習場にいた。
生身で音速の壁を越えられる彼女にとって、八王子から富士山までは目と鼻の先だ。そして、彼女の言う
九島烈、孫の藤林響子、九島光宣。
九校戦の開会式の訓示、軍務、観戦のための前泊――富士演習場にいる理由はそれぞれ違えども、冴種真由美が近場で鍋に誘えば「来る」。そんな仲である。
「あら。何事も経験よ。さて、まずは睡眠薬入りの餌ね」
「もう仕掛け場所を見つけたんですか? 流石師範。『ここよ』……見張っておきますね」
「ふむ、注意しなければ気付けない精度だ。深夜を思い出すよ」
「近くに良い感じの電子機器はあるかしら。『どうぞー』ありがとう」
真由美の手際に、彼女には遠く及ばないが目端の利く光宣は舌を巻きつつ、案内された場所へ監視の目を遣る。
手持無沙汰ながら、真由美のあまりにも自然な仕込みの手際に、かつての教え子を重ねる烈。
腕の振るい処を問えば、既に見つけていた真由美が精霊魔法で中継した視覚情報を調整し、風穴の空いた距離の壁越しにハッカーとしての技量を発揮し始める響子。
恐るべきは、誰も狩りの現場にいないことである。
「来ました、師範」
「追って頂戴」
「はい」
「私の方はちょっと待ってね」
「じゃあ、その間に痕跡探しでもしましょうか。……変な所に糞が落ちているのを見つけたわ」
「任せたまえ」
仕込んだ餌に、遂に獲物が食いつく。
餌を巣穴に持ち帰るのを光宣に追わせ、真由美は餌が辿り着く巣穴とは別の標的に照準を合わせる。巣穴一つ潰す程度では、狩りの完遂とは言えない。
そして、そうした痕跡から獲物を追い詰める経験と、また“公的には一般人”である真由美が立入禁止区域に押し入る事を正当化する為の免状として、九島烈ほどの存在は他にいない。
いないからといって、孫の治療費と戦略級魔法授業料という鬼札を握っていようと、この業界の老獪な長老を「一狩り行こうぜ」で召喚する真由美も真由美なら、
久方ぶりの狩りに血が滾り、無言で往年の凶暴性を取り戻す烈も烈であった。
――その後の顛末を端的に言うならば、巣穴は徹底的に焼き払われ、群れの主の大物も鍋に放り込まれた。主の巣穴で見つけた“落とし物”は、九島と真由美で山分けになったという。
味方である九島烈にとってすら恐ろしいことに、この狩りで真由美たちがリスクを負ったのは、光宣が「新しい玩具の試し撃ちがしたい」と群れの主に突っ込んだ一瞬だけだった。
しかも、その時には既に現場全体が真由美の掌中にあり、もはや「危険」と呼ぶこと自体が滑稽なほどだった。
――冴種真由美が、司波達也を差し置いて“最悪”と恐れられる理由。
それは、戦場を行方不明にし、いつの間にか現在地を狩り場の中心に擦り替える魔女だからだ。
鍋にする、と笑いながら告げた時点で、その瞬間、獲物の逃げ場は消えている。
魔法師であっても通常戦力と同様に縛りとなる距離も、時間も、殆ど意味を持たない。
ハクビシンの群れに対しては、あまりにも贅沢すぎるオーバーキルだった。
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