全ての魔法科高校九校が富士の陸軍演習場に会場入りした現在、結局、冴種真由美が一高の九校戦代表達と合流することは無かった。
途中で走行中のバスに文字通り飛び入り出来るのも分かっていた。だが、そんなことも起こらず。――そんなものだろう。一高の面々は達観していた。
但し、断りなく一時間ほど無駄に待たせたことに関しては、代表して十文字克人がキツい拳骨を一発入れる。――実に円滑にそんな合意がなされた。
「冴種なら、何の断りもなしに集合時間を一時間過ぎた所で『ハクビシン狩りに行ってくる』とかほざいたメッセージをよこしたっきり行方不明だ。もしかしたら既にこの会場に忍び込んでいるかも知れない。しれっと給仕に化けていても俺は驚かん。どう思う?千葉」
開会前の懇親会。他校の代表達の中に、満を持して出場してきた冴種真由美を目当てにしていた者は少なくない。だがここに、盛大に梯子を外された。弁明の為に来賓達の下や他校の代表達の下を周り続ける生徒会長の十文字克人。その背中には、妙に深い哀愁すら漂っていた。
「やだなぁ、十文字会長。私は本物のバイト給仕、第一高校一年E組千葉エリカですよ?ってか、ハクビシン狩りって……。うん、字面以上にロクでもなさそうな」
エリカがドリンク交換ついでに自然に割り込む。自校の生徒会長からの突然の話題振りに如才なく応じつつも、そんな頓狂な字面から漂う不穏な気配を見逃すほど真由美との付き合いは浅くなかった。やれやれと肩を竦める。
「多分此処にも出たんだろうな。――そういう感じだ。実態がどうあれ、『ハクビシンの群れ』程度にそんな何時間も手間取るとは思えんし、後始末がてらどこかでやらかすつもりなのだろう」
大会運営から漂う妙な違和感。
人員の足りなさ、段取りの雑さ――年に一度の恒例行事にしてはどうにも雑然としている。多くの選手は晴れ舞台に浮かれて気付かないが、十文字はこれを見逃さない。
その上で、もう起きた事の結果だと些事として切り捨て、次に真由美が何をやらかすかを考え始める克人の様子は、同じく違和感を覚えていたエリカにとっても“鏡を見せられている”ような感覚で、嫌でも苦笑させられた。
「やるかやらないかで言えばやるでしょうね。去年と一昨年はどうでした?」
「ただの観客面をしていた。此処に来るまでにやるべきことの大半は終わるからな。俺が矢面に立たされる程度で、何も起きなかった」
結局の所、今回何をやらかすのかは、十文字克人にも、千葉エリカにも、全く予想がつくものでは無かった。そんな二人の”もうどうにでもなれ“と言わんばかりの投げやりな態度に、もやもやとしたものを抱えさせられた他校生達は冴種真由美をよく知らない側である。ある意味ではそれが幸運なのだろうと、克人は内心思う。自分達の卒業後、即ち魔法科大学進学後?取り敢えず、アレの係は今年で卒業だと克人は決意している。
そのまま、懇親会は進む。懇親会で全国の魔法科高校生達同士の歓談が続く中でも、冴種真由美は一切姿を見せなかった。影も形も全くない。
プログラムは所謂"お偉いさん"からの訓示に移行する。克人と同じく真由美に三年間付き合わされていた渡辺摩利は戦々恐々としていた。
(まさかこのタイミングでやらかさないよな?……ダメだ、全く信じられない)
そして。手番は九島烈の番に移る。魔法師コミュニティの長老にして、最近は九校戦の懇親会にだけ顔を出す人物。烈は年齢を感じさせない凛とした佇いで壇上に上がり、場内へ深く一礼した。
思わずその場の全員が釣られて答礼をすべく頭を下げる。そして――
「九島烈かと思った?残念、私よ!」
顔を上げた時には、壇上には九島烈ではなく、派手な羽飾り付きのボディスーツ――
そして、そんな老師の為に割かれる筈の時間をジャックして一切中身が見受けられないおふざけに使い倒すという暴挙に思考の余白を埋められてしまった者達には、容赦なくおしおきが炸裂した。
「ひゃん!?」
「うおっ!?」
「ちべたっ!?」
会場の至る所で悲鳴が上がる。あちこちのテーブルにおいてあった満杯のお冷のピッチャーから大量の水鉄砲が飛び出し、生徒達を襲ったのだ。
達也は深雪との射線上に飛んでくる一発を腕で払おうと構えるが、水鉄砲が飛び出すより前に深雪が一瞥。仕込まれていた魔法は彼女の干渉力の暴威を前に全部焼き切られ、二人のいた卓のピッチャーは氷漬けになった。
「この程度、お兄様の手を煩わせるまでもありません」
「ありがとう、深雪。……悪戯、だろうな。老子とグルか」
奥に本物の九島烈がいるのは最初から気付いていた。どうやら、真由美は助手のようだ。弾体――ただの冷や水、及びそこにスケジューリングされていた自動蒸発に殺傷力が皆無なことから、敵意はないと理解した。
「射出から三秒後に蒸発するように仕込んでおいたけど、ちゃんと乾いているかしら?よし」
「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪しよう」
真由美は会場全体を一瞥し、後始末が完了しているのを確認すると、九島烈がタネ明かしのために壇上に上がる。
「今の悪戯の肝は魔法と言うより手品の類だ。……だが、この悪戯娘の冷や水に対応出来ていた者が第一高校を中心に二十人少々、そもそも私の手品を見抜けた者は八人、といったところだな」
烈が用いたのは相手の注意を引きつける程度の微弱な精神干渉。それを会場全体にかける辺り、老いて尚衰えぬ、かつて“最巧”と謳われた達人の面目躍如だった。
そこへ烈の姿へ化けていた真由美が、化けの皮を自ら剥がすと同時に現代サンバ衣装で踊り出す追撃。
結果として、代表生徒の大半は、見るも無残な隙だらけになった。
「さて、無害な水鉄砲でなかったら、君たちはどうなっていたかな?」
続く言葉で反応出来なかった一同はハッとさせらされる。今の自分達はまな板の上の鯉だった。
お冷のピッチャーからの自動蒸発する水鉄砲乱射は手間ばかりの曲芸。殆どテレホンパンチだったものが、余所見をさせられていたから直撃。自己採点でも言い訳無用の0点だ。
そのように誘導されていた、得物を持っていなかった。そんな程度では言い訳出来ない失態を晒してしまったと、水鉄砲を食らったこの場の大半が悔しさに拳を握りしめる。
「私も流石に手品一つで手一杯になるほど老いたつもりはない。冷や水そのものに対応出来ていた者達も、私のもう一手目をどう捌けたものか考えてみて欲しい」
当たり前であるが、この悪戯は演者達にとってはほんの片手間だ。実戦魔法師として上を目指すのであれば、この程度でいいように踊らされているようではまだまだ尻が青い。烈はそう全国の若きエリート達を叱咤激励する。
「……注意一瞬、怪我一生とは、交通網が古く、自動運転すらロクになかった大昔の車社会における代表的な交通安全の警句だが。一瞬の攻防に命を懸ける我々にとっては、変わらず普遍の真理であると言えよう。私とて、脅威にいち早く気付けたことで辛くも難を逃れた経験は一度や二度ではない」
実際、自動運転やキャビネット*1が普及した現代において交通安全の標語は昔ほど頻繁に用いられるものではなく、疎い者も多くいる。だが、同じ一瞬レベルの話を論じるにあたっては、警句は普遍性を帯びる。本人の戦訓も合わさり、使い古されていても色褪せぬ力がまだそこには残っていた。
「反応の良かった一高の諸君は冴種君が姿を現した時点で身構え、結果として奇襲に対応しやすかったのだろう。多少慣れがあるとしてもよく訓練されている。とはいえ、この手の話に終わりはない。色々ときな臭い時勢だ。奇襲をされた時に如何に気付き、一度機先を奪われた状況で如何に反撃に転じるか。老兵として意地悪な宿題を君達に出しておこう」
そもそもこの手の問題にちゃんと正しい答えなど何処にもない。しかしこの宿題を白紙のまま放置するとどうなるか。我が身に叩き込まれて分からぬほど愚かな者もここには居ない。歴戦の猛者としての重みがその宿題にはあった。
「魔法を学ぶ若人諸君。手段と目的を取り違えてくれるな。己の武器たる魔法を鍛えるのも無論重要だが、折角の武器をどう扱うかの工夫がそれが活きるか腐るかを決める。諸君らの面白い工夫を期待して挨拶を締めさせていただこう」
そう締めくくって、烈は拍手の中を悠然と退場する。場は再び歓談モードに戻る。そして、冴種真由美は――
「あうっ……」
ケジメとして、サンバ衣装のまま十文字克人の拳骨を三発、素直に受けた。そのまま克人に首根っこを掴まれ、ズルズルと他校の代表の前まで引きずられる。
「と言う訳で、コレが我が校で一番の腕利きにして問題児だ」
サンバ衣装で項垂れた真由美。小柄ゆえに完全に“持ち運ばれている側”である。
「〆られた孔雀」
「うっ!?……し、しじゅくくっ……聞こえてるから……多分……」
北山雫がキメ顔で放った一言が決定打になり、ほのかと深雪は腹筋をギリギリで抑え込む。が、周囲の一高生はもう無理だった。笑いが弾ける。
何がそんなに面白いのかと四十九院沓子が覗き込めば、一年が笑いながらネタばらし。沓子は吹き出し、そのまま三高の席に戻って伝染させた。結果、三高では一色愛梨を中心に爆笑の渦。
『ドーモ、雫=サン。〆ラレタ孔雀デス』
そのタイミングで、小さな振動系魔法が“雫だけ”に骨伝導で声を飛ばす。余人にはまず気付けない隠密性を伴った微弱な魔法。*2雫はビクッと真由美を見るが、本人はニコニコしている。
『ここの地下、良いお風呂があるから入ってきなさいな』
血の気が引く雫。しかし、“本気で怒っているならもっと酷い目に遭っている”と理解する程度には、彼女もこの三ヶ月間で学習していた。このネタはこの場限りでおしまいだ。
いつも通り、ツッコミ等ありましたら、感想欄まで。
冷や水を乱射する魔法:流体の群体制御と魔弾タスラムを悪魔合体させた魔法。通常の魔弾タスラムは手で投げることにより条件を満たしつつ、移動魔法の完成に必要な変数を補って起動すると本作では考察するが、今回は真由美が九島烈というワイルドカードを用いて来賓達の訓示中に交換するピッチャーに魔法と精霊を仕込み、精霊を通じてタイミングを合わせつつ雑に狙い撃った。また、ピッチャーの水が分裂して標的に向けて加速魔法により速度を得た瞬間、それぞれの弾体へ分裂と同時に装填されていた自動蒸発する魔法が解凍されて発動する仕様である。そのため、精霊が動いた気配、及び弾体へ分裂した直後、自動蒸発するように連鎖する魔法が発動する気配、このどちらかに気付けた者は反応が出来た。当たり前だが、悪戯に使うには無駄に凝り過ぎた魔法である。殺意があれば、自動蒸発など無論不要であり、弾を飛ばす魔法は加速魔法ではなく移動魔法であればよかった。