一高の一年生女子が地下の大浴場を満喫している頃。演習場内のとある会議室を貸し切って、十文字克人と司波達也、冴種真由美は藤林響子と共にお茶を飲んでいた。この集まりを主催したのは冴種真由美である。
「何故自分を呼びました?先輩」
「深雪さんの秘書枠で。本人は今頃遠出の疲れを癒している最中でしょうし、そんな中、こんな話に付き合わせるのは可哀想ってものでしょうよ」
「俺とこいつと司波妹は、裏事情はどうあれ、この学校では単なる一生徒として振舞う。そんな紳士協定に合意した同盟関係であることをおさらいさせて貰おうか」
達也はこの集まりの理由そのものを問いかけるが、真由美の返答は呼び出したのが自分であった理由の説明でしかない。克人の返答も呼び出された面子の組み合わせの理由の説明にしかなっていない。肝心の、根本原因そのものが覆い隠されている。
「私のバイト先は便利屋でA級崩れの所長のお手伝い。それくらいの話は達也君も知っていること前提で話を進めるけれども。偶に明らかに所長じゃなくてどうしても私にやって欲しいって依頼が入る事があるのよ。それが今回の話ね」
三人に驚きはない。真由美の収入源がグレーゾーンギリギリを突いた便利屋のバイトであること、割と後ろ暗い案件もしれっと受けていることはそれぞれ経緯は違えど把握はしている。
「標的は無頭竜。香港系国際犯罪シンジケートで、大漢系ソーサリー・ブースターの独占的なブローカーよ」
「ソーサリー・ブースター?」
聞きなれぬ言葉に克人が首を傾げ、一方で達也は険しい顔をする。四葉として魔法師社会の暗黒面にどっぷり浸かって来た彼は当然その悍ましい術具の存在を知っていた。
「魔法師の脳を材料にした、魔法力の増幅器よ。大漢系と言ったのは、私の鑑定結果」
「…………」
非人道的な、しかも魔法師を道具として使い潰す悪魔の技術に克人も険しい顔をして黙り込む。
「で、依頼主の方から連中がこのシノギのお得意様相手に九校戦、その優勝校当てをネタに裏賭博をやっているってタレコミが来てね?ブックメーカー方式だったから、うちが勝つと胴元の無頭竜は大損害って構図になっていたわけ。案の定、うちを潰すサマだらけだったわ」
「……やはりわざと一時間連絡を遅らせた訳か」
「寧ろその程度の猶予時間でよくやりましたね」
「だから藤林さんはじめ九島を巻き込んだのよ」
九校戦の優勝校当てをネタにした、裏賭博。オッズ、及び実際の期待値がどうなるかを考えれば、あまりにも一高が強すぎる。オッズを予め出すブックメーカー方式ではやるだけ胴元が馬鹿を見ると分かり切っている。
これほどの悪条件でも賭博をやるという事はつまり、八百長をやるしかないということだ。バレないように通して、一高以外が優勝すれば賭け金の大半を喰って大儲け。それがハクビシン達の皮算用であった。
ではどのような手口で八百長をやるかと考えれば、一高の選手への攻撃が最も短絡的で確実な手法だ。真由美が連絡だけでも一時間遅れていた理由とは、一高の選手たちの安全を確保しきるまでにかけた手間だった。
「手始めに、そちらの代表選手達のバスの位置を特定して、そこへ魔法師がトラックによる自爆特攻を仕掛ける準備がされていたわ。その実行役を眠らせて釣り餌にして、後は芋蔓式に殲滅。私とお爺様はそうして狩られるハクビシンどもを煮込むお鍋と、人員が欠ける九校戦運営委員会のピンチヒッターの手配ね」
響子が未然に防がれた凶行の仔細と裏で九島が何をしていたのかを語る。鍋、と言ったが、実際に陸軍へ捕れたての獲物として提出された無頭竜の面々は、今頃釜茹でと大差ない目に遭わされているだろう。
そして賊の手は九校戦の運営にも伸びており、結果腐った屋台骨を引っこ抜かれた九校戦運営委員会は、人員補充はあったものの、てんやわんやであることは分かる人には隠せなかった、という次第である。
「取り逃がした残党がいないとも限りません。参考までに、運営委員会に手を出しての不正はどんな手口でしたか?」
達也からすれば、この世界最悪の魔女を前に敵の大半が壊滅的な打撃を受けたことは信じても良い。だが、打ち漏らした輩がいたとして、自暴自棄になって凶行に手を染める可能性を排除して枕を高くして寝る真似はできない。
そんな油断でカスの最後っ屁を浴びるなど、真っ平ごめんである。
「主な手段は組み合わせの操作。そして、それでも潰せない有力選手への対策が電子金蚕」
「……初耳の魔法ですね」
「大亜連合系のSB魔法で、電子機器に有線接続によって侵入し、出力される電気信号そのものを直接狂わせる代物よ」
「CAD検査での不正ですか……!」
魔法師への電子機器の動作不良を介した攻撃となれば、答えはCAD、仕込む場はその検査をおいて他に無い。仮にも己は九校戦のエンジニア達の総長。その職域に大会委員という優位的な立場から糞を投げ込まれるような真似が計画されていたとなれば、妹が巻き込まれる可能性も含めて腹立たしいとしか言いようがない。
「最終手段なのか、ジェネレーター、魔法を使う戦闘人形に加工された魔法師だったものも何体か会場への武力攻撃を意図するような形で用意されていたけど、見つけた限りはこっちで潰したわ」
「因みに術式と薬物の傾向から占った所では、大漢の亡霊辺りがせっせと作ったものみたいね。癖的なものは全部同一人物。ブランシュといい、これといい、余程四葉に執着しているのかしら」
それはそれとして、響子が直接的な武力行使の目も潰したと補足する言葉に付け加えて、真由美は占いと称してとんでもないことを宣う。
大漢の亡霊。即ち、かつて四葉一族が本家の令嬢への陵辱の報復として、自身の半壊と引き換えに道連れにした国の魔法師の生き残り。
そんな輩がブランシュや本件の背後に居るとなれば、四葉に連なる達也達は無論のこと、この国の魔法師達の代表たる十師族達にとっても、座視できる問題ではない。非人道的な魔法兵器による半ば無差別なテロ攻撃に晒されている時点で、それは紛うことなき共通の敵だ。
「……先輩の占いの確度は?」
「今回は根拠を他人とすぐに共有できる形で提示出来ないだけね。取り敢えず、こっちの肌感だと直接戦闘能力はほぼ皆無でフィクサー兼工房として暗躍。中継に煮ても焼いても食えなさそうな古式の腕利きを使っているから、今回みたいな芋蔓式の殲滅はちょっと無理そうね」
そこをどうにか、とは達也含めて
「しかし、お前の
克人が問う。今回の件の発端――依頼人がどのように、何を以て真由美に“獲物”を提示したのかを問うたのだ。
「逆に考えてみなさいよ。二十八家程度がたった半世紀でこの国の裏に根を伸ばしきれると思っているのかしら?」
真由美の逆質問はシステムの根本的な欠陥をあげつらうものであった。四年刻みで代表を少しずつ入れ替えながら、地域ごとに何となく業界の自治を主導する十師族の現体制。公職に就かないという不文律により、その権勢は政治的には表ではなく一応裏側に属するものである。
だが、それで幾年もの歴史の積み重ねにより深さを増している裏の奥深くまでしっかりと根を伸ばしきれるか?と言われれば答えは否だ。
十師族と言うこの国の魔法業界の顔役達は精々表層付近の部分しか網羅出来ていない。彼らの手の届かない深層は存在する。
四葉家に連なる者として色々とバラバラにしてきた達也であっても、手はおろか目も届かない裏の奥深く、というものはぼんやりながらも実感として
「ま、そういう連中は私らとは棲み分けがもう出来ているわ。そこを越えて無闇に構うだけロクな事にならない。結果として一度探索の手掛かりを持ち込んでくれれば、後は大体私の射程圏内よ。それでいいじゃないの」
そういった闇の奥深くの存在を知った上で、真由美は消極的な不干渉を選ぶ。言った通り、直接付き合うだけ無益な相手だからだ。
「ともあれ、好き勝手やっている私だって、固定資産税の類は払っているのよ。こんな傾国の魔女としての力を屋台骨に飯食ってる都合上、やむを得ずポチられる非常ボタン役も私の便利屋稼業の必定ってわけ」
その非常ボタンの威力を各々が多少なりとも理解しているが故に、達也も克人も響子も返す言葉が無かった。
「さて、事務連絡は終わりよ」
そう言って、真由美は冷蔵庫から一升瓶を一本取り出す。
「今回の鍋パーティーの差入れに貰ったRE:ZAKUのYACHIHOよ。呑む?」
「わぁ!それ特上品じゃない!いただくわ」
「藤林殿!?……ええい、俺もだ」
「遠慮します」
「んじゃ、そっちに他の差し入れがあるから持って帰りなさいよ」
学生の祭典には下品すぎる代物。旧三重県の“大人な名物”を真由美は披露する。六桁突入の前金代わりの差し入れに響子が飛びつき、克人も一瞬躊躇ってからやけっぱち気味に飲むことを決める。
そんな二人にマジかと思いつつ達也はげんなりした目で辞去の旨を告げる。それはそれとして、真由美に示された他の差し入れ自体は良い銘菓とお茶葉だったので、普通に持って帰って妹と楽しむことにしたのであった。
「確かに受け取りましたわ」
「九校戦、頑張って下さい!」
それはそれとして、深雪の名代として図らずも顔出しした連絡会の中身は普通にヤベー話ではある。よって達也は妹に一部始終を話して、妹が寝た後、話の中身を紙媒体の手紙に認め、特別な郵便を依頼した。すると、普通に九校戦観戦の予定があった黒羽印の配達人コンビが参上。手紙を受け取ると、達也へのエールを別れの言葉にして、配達人は闇に消えていった。
RE:ZAKUのYACHIHO:地球寒冷化により、日本酒の蔵元は原料となる酒米の暴騰、そもそものエンゲル係数の暴騰による酒の呑み控えにより、需給共に壊滅的な打撃を被る。伝統文化の保存という事で日本酒の蔵元は細々と高い試作品を出す隙間産業になって息を潜めていた。無論その際に幾多のブランドは生産が打ち切られていた。寒冷化が収まり、2045年から2065年までの第三次世界大戦も終結したところで、嗜好品としての酒類の需要が再び高まる。そんな2070年代、真っ先にお金を出してくれるお酒の味を知る年配の層向けに、かつて出回っていたブランドの復刻が日本酒の蔵元達の間では流行。更に途絶えていた海外の販路も開拓すべく、復刻版のブランドを背負いながらも単なる再現努力では収まらない代物が求められた。YACHIHOはその一つ、RE:ZAKUという復刻ブランドのフラグシップモデルとして登場し、2090年現代に至るまで、特上の高級品として世界的に認められている。
さて、そんなものを前金代わりの差し入れとして持ってくるような依頼元はどこでしょうか?それなりの格のものを出さないと自分の品位の問題になるが、こんなクソガキへの差し入れなんて、そこらへんで買えるもので良いだろうと思っていそうです。
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