2095年度九校戦初日。スピード・シューティングと並び、男女の本戦がある競技、バトル・ボード。この競技にて、魔法業界界隈を賑わす破天荒の化身、冴種真由美が満を持して初出場し、その謎多き実力の一端を披露することになる。
そんな期待によって、観客席は業界関係者が押し寄せていた。
そもそもバトル・ボードとは海軍の魔法師訓練に端を発する競技。長さ165cm、幅51cmの紡錘形ボードに乗って人工水路を走破し、その着順を競う。選手及びボードへの干渉は直接攻撃禁止のルールに基づき禁止。
九校戦では全長3kmの水路を3周するコースが指定されており、平均的な競技時間は15分。この15分で選手に立ちはだかる敵は魔法を使い続けることによる消耗と移動に伴う向かい風である。その消耗を少しでも抑える為、またそもそもの競技内容から選手たちの服装はウェットスーツに統一される。
そして、九校の代表選手24名*1は、予選は4人1組の勝ち抜け各1人で6人の準決勝進出者に絞られ、3人1組で勝った二人が決勝行き、残る4人が3位決定戦行きという風に競い合う。
というのが例年の競技内容を鑑みた、バトル・ボードと言う競技の概略である。
そしてこの年。バトル・ボード女子本戦の予選に登場した冴種真由美は。ウェットスーツをアンダーウェアとして、ゴーグルマスクやプロテクターを装着していた。
まるで、この競技で身を守るべき何かがあるかのような装い。会場が彼女の場違いな姿に騒然とする。
そんな中、観客席にて。司波達也と司波深雪、そしてその友人たちは一塊になって座っていた。
「……なあ、達也。バトル・ボードって、タックルはアリだっけ?」
「当然なしだ。……順当に考えるなら、レオが使っているような防具と一体型のCADだが……」
あまりにも場違いな姿に西城レオンハルトが達也に解説を求めたが、いくら達也であっても発動すらしていない魔法、それを実現する装備を一目で言い当てることは難しい。眼で解析した結果は視覚的な外見以上の情報を齎してくれるものの、それをいきなり言い当てるわけにもいかない。必然的に言い淀む。
「うーん……」
「エリカ?」
「先輩の装備、どっかで見た気がするのよねぇ……」
「少なくとも、九校戦のどこを見ても似たものが無いと思う」
そんな中、エリカが何かを思い出したような反応を見せて深雪に問われるも、見覚えだけで答えは出なかった。九校戦フリークの北山雫も首を傾げるばかり。そして、一行のこんなやり取りに呼応して。
「あの……皆さん、九校戦にお詳しいのでしょうか?」
「ちょっと、文弥!すみません、どうぞ、お気になさらず」
「文弥」
真後ろに座っていた一人の少年がおずおずと声をかける。それを少年の姉妹と思わしき少女が名前を呼んで止め、並ぶ父親らしき人物も咎めるように名前を呼ぶ。
「いえ、自分達はそこまででも」
「お邪魔していたら申し訳ありません」
「滅相も有りませんわ。有識者の解説がタダでお聞きできるのですもの。ね?お父様」
「……ああ。少なくとも、あそこで何を言えば良いのか分からず困り果てている実況席の面々よりは、有益だろう」
達也の謙遜に深雪の謝罪。達也達の解説を聞きたいからどうぞ続けてと言う少女に、複雑な顔をしながらも話の有益性だけは認める父親。
「申し遅れました。中学三年、魔法科高校志望の黒羽文弥と申します」
「同じく魔法科高校志望、双子の姉の亜夜子です」
「父親の黒羽貢だ。改めて、うちの子達の傍聴を許してもらえればと思う」
改めて自己紹介する黒羽一家と、その後自己紹介を返す達也達一同。無論茶番である。そもそもこの席順自体は昨日のうちに分かっていた話であり、“単なる九校戦に興味津々な中学生の双子と引率役の父親”として接触し、以て三人は再従兄弟の達也を中心とした充実の解説付きで冴種真由美のお手並みを拝見できる席を得たというわけである。
父親である貢は一種の忌み子とも言える存在、歩く地球破壊爆弾である司波達也の解説を聞くということに若干抵抗はあった。だが達也とは別種の大怪獣、その片鱗をいつもと違う角度で直接見られるのならば是非もない。
そんな正体を知られてはならない珍客同士の合流がありつつも、当惑する周囲を他所にその時は訪れる。
スタートの合図。選手一同は魔法で前へと加速し始める。そこまでは、不審者スタイルの彼女も周囲と変わりなかった。だが、彼女が同時に発動した魔法は、異彩をこれでもかと放っていた。
次々と発動する魔法の気配に魔法師達が水路そのものを双眼鏡で確認してみれば、水上には溢れるシャーベット状の氷。コース上には突如立ち込める濃霧の塊。真夏の波乗りは一転して真冬の波乗りに反転していた。
「うげっ」
「うわぁ……」
真由美の支配に塗り潰される水路にレオとエリカがげんなりした声を上げる。山岳部のレオも剣術家のエリカも、備え無しで体温を奪われる脅威は肌身で理解出来ている。無策の無視が大惨事というのは察するに容易すぎた。
「……選手達の進路上を軽く凍らせているのは水路表面を氷点下ギリギリまで下げるエリア振動減速魔法だな。その上で、通り道に霧を置く発散・収束魔法を所々に使っていると言ったところか」
手始めに、どんな魔法が使われたのかを達也は解説する。
「主目的は冷たい霧とその気化熱で自分以外の選手の体温を奪うことだな。選手たちの着ているウェットスーツは常温の水の気化熱に耐える為のものであって、真冬の霧の中を走り抜けるには全く以て心もとない」
「その……バトル・ボードって、他の選手への攻撃には制限がありましたよね?それに引っかかりません?」
「残念ながら引っ掛からない。禁止されているのは選手及びボードへの直接攻撃を含む危険行為。冷たい霧は直接攻撃でも無ければ、危険性そのものは冷たい向かい風と視界不良……そこへ突っ込む選手のスピードに依存していて、減速の余地は十分あるから……」
そして、その魔法が齎す結果のえげつなさに柴田美月は引き気味に反則では無いかと尋ねるも、九校戦フリークである北山雫はそうでないと分かってしまっていた。この戦法は低体温症リスクとスピードダウンの王手飛車取りである。
尚、そこに猛スピードで突っ込むフルアーマー不審者の安否については、誰も心配していない。自分で仕掛けた罠にそのまま引っかかる訳が無いのは少しでも真由美を知る者なら分かりきった話である。
そもそも生身で飛行機ばりに飛べる彼女がこの程度の温い環境からの負荷を中和できない訳が無いのだ。最低限の対策となる体温保持どころか、カーブですら減速しない挙動的に空気抵抗もGも踏み倒している。
「あれ?でもどうして霧は所々に絞っているんだろう?」
「……発散魔法により水路の水分を利用して霧を発生させた後、その霧を収束魔法で集めて濃くする。すると逆に集められた周囲は水分を取られて乾きますわ。冷たい濃霧と乾いた冷気を交互に配置することで、新しく冷たい水滴を浴びてはそれが乾いた冷気の向かい風によって蒸発する。この繰り返しで体温低下を更に加速させるギミックと推察します」
「しかし、解せません。単純ながら進路上の水路を冷やす魔法をゴールまでずっと続けるつもりなのでしょうか?予選なのに」
ふと、ほのかが零した疑問に亜夜子は思わずそれが悪辣なギミックなのだと解説してしまう。続けて文弥がそもそもこんな大掛かりなギミックを試合時間中ずっと展開し続けるのは幾ら彼女であっても、初っ端から無駄に消耗するのではないかと呟く。
「……自分で続けるつもりはないようだな」
「精霊魔法でしょうか、お兄様?」
「ああ。……門外漢故、幹比古か五十里先輩にでも聞きたい所だが、あの防具、精霊魔法の補助具としての機能もあるように見える」
冴種真由美が着込んだゴーグルマスクとプロテクター。その実態を一番よく知っているのは五十里啓。刻印魔法の大家五十里家の御曹司であり、達也達エンジニアチームのサブリーダー役としてハード側の工夫を主に統括する立場にある。
「それで、先輩のあの防具、どういう代物なの、啓?」
「先輩だから使い熟せる、模型に毛が生えた程度の試作品だよ」
当て勘で真由美の装具が自分の婚約者が関わっている代物だと察した千代田花音の問いの答えは案の定、冴草真由美専用モンスターマシンの類だというものであった。一高作戦本部に詰めている彼にべったりくっついている一選手でしかない婚約者、なんてちょっとした問題児は、冴種真由美に比べればただの背景である。
「アレの核となるのは完全思考操作型CADの試作品。スイッチじゃなくて、想子操作で動かすCAD。刻印魔法や呪符に想子を注入する無系統魔法のみに特化している試作品だよ」
「刻印魔法に想子を注入する無系統魔法……それってつまり、終了時間を無系統魔法で外付け指定できるようになったってこと?」
千代田花音は五十里啓の婚約者であり、とことん彼に惚れ込んでいる。故に嫁入り先の魔法周りの理論に関しては、勉強会を旦那といちゃつく口実としたのも半分以上だが、そこら辺の魔法科大学生より余程詳しい。
「そう。先輩にお世話になって改めて自覚したことだけれども。刻印魔法の強み、一つは想子注入から起動式形成までの応答速度において最速であること。もう一つは現代魔法開発史黎明期からの古い技術であることだよ」
「前者は分かるわ。普通のCADの内部処理をほぼ全部吹っ飛ばせるんだもの。でも後者はその……」
「はは、僕自身も先輩に言われるまでちゃんと気付けていなかった話だからね。五十里の跡取りなのに」
刻印型術式は、継続時間を想子の注入時間に依存し、継続的な発動は想子消耗が嵩む。これが業界人の一般的な理解であろう。
しかし、感応金属による刻印と言う既製の回路に想子を流すだけで起動式が完成する特性上、起動開始からの応答速度においては全術式補助具において最速である。
そうでなければ、脅威に対して後出しで大きな防御魔法を行使する拠点防衛設備もとい刻印魔法の専売特許の用途を満たし得ない。ここまでならば、花音も言われればすぐに頷ける話だ。
だがその後。現代魔法において『古い』とは、古式の特異性に絡んだりしない限り、ほぼネガティブな表現だ。故に言葉を濁す婚約者に啓は苦笑する。
「現代魔法の効力は構築される魔法式の出来にも依存する。これ自体は一族秘伝の魔法を飯の種にしている僕達にとってはほぼ常識なのはいいよね?」
「うん」
「じゃあ、うちが扱っている刻印魔法の出来は、巷に出回る同様の魔法、もっと言えば、そういう魔法をお家芸とする家の魔法に比して、携行性と持続力以外を比べるとどうかな?」
「あっ……」
花音も漸く
そんな性能要求をずっとされてきた古い魔法が結果としてどうなるか。答えは防災、即ち瞬間的な熱や衝撃などからの防護のような得意分野において、刻印魔法の術式としての出来は突出して優れている。その瞬間に投入する想子及び霊子に対して、低負荷で高効率な事象改変を返してくれるのだ。
「さて、本題に立ち戻ろうか。先輩の防具には完全思考操作型CADを介した無系統魔法で動作させることを前提とした刻印や呪符が複数仕込まれている。とはいえ、長時間の稼働で想子消費が嵩む刻印魔法の特性は何も変わっていないから、仕込まれている魔法の内容は自ずと要所で使うためのものになるし、呪符の方は呪符の方で古式魔法特有の発動速度の遅さなど癖が強い代物だったんだけど……」
話題を元に戻して、冴種真由美の防具が刻印や呪符といった、本来は手に触れて扱うものを思念のみで使いこなす為のものであると五十里啓は言い直す。その上で、使い勝手については癖が強いの一言に尽きるとも。
「……私の知る限り、完全思考操作型CADって実験機ぐらいしかまだない筈なんですけれどねー」
「それくらいなら、簡単な無系統魔法のみに機能を絞ればあの人なら普通に夏休みの自由研究レベルで作りますよ。ちょっとした問題の百や二百くらい、あの人ならなんとなく普通にねじ伏せますから」
「えぇ……」
横で同じく作戦本部に詰める生徒会の中条あずさがぼやくが、市原鈴音は真由美ならば自分で使う分は無理やり実用化してくるだろうと一刀両断。あずさはもう呆れたように呻くしかなかった。
いかなデバイスオタクの彼女と言えど、彼女の性癖はどちらかと言えば機能美寄り。聞くだけでもゲテモノっぽさ溢れる自作品にまでは流石に食指が伸びなかった。
「先輩が何をやっているかって?単純な移動そのものは、普通の選手がやっている事と大差無いと見るよ?ただ、頭のおかしいことをやって水の抵抗も向かい風もほぼ無視しながら水路を霧と氷で制圧しているだけで」
一方で、吉田幹比古は一年生を中心とした男子選手達の集まりの中にいた。彼の周囲からの評価としては、あの冴種真由美が大抜擢しただけの事がある存在。
具体的には、二科生ながらも一科生に上がれるだけの基礎スペックの持ち主であり、古式の奇襲力の厄介さは既に練習を介してモノリス・コード選手を中心に知れ渡っていて、侮れぬ伏兵扱いである。
そんな彼の表情が冴種先輩の大暴れに百面相を演じているならば、何かわかったのかと問い掛けが来るのも自然な話である。
「頭のおかしいこと、ねえ?先輩ならいつものことだろ。んで?」
集まりのうちの一人、桐原武明はもったいぶらずに核心を教えろと続きを促す。
「すっごい端的に言いますよ?先輩のやっていることは、精霊に仮装して狙った精霊と交信して、精霊の使役を単系統単一工程レベルにまで簡略化したり、自分が撃った魔法を精霊に維持させているんです」
「は?」
「最終的にあの装備を前提とした技法そのものはバイクを用意して乗りこなすレベルにまで落とし込まれているようなのですが」
現代魔法を齧ったことがある人間なら、精霊使役なんて手間のかかることを一番簡単な現代魔法と同レベルにまで簡略化したり、自分で撃った魔法を精霊に維持させるなんて真似が出鱈目すぎることなどすぐにでも分かる。
そして、吉田幹比古は不幸にも、冴種真由美が持ち出したこの技法が、最終結果だけ取り出せば、結構簡単なものであることが分かってしまう。
「これを見て、見様見真似で追試しようとかしたら、僕が百人いても足りないです」
「見えているものが違うんだからそりゃそうだろ。例外に慣れろ、一年生。俺の同期の古式組は先輩のキテレツに一回発狂するのが通過儀礼だった」
但し、そんなトンでも技術の実用化に至るまでの道のりがどれ程非現実的な危険性を伴うものであるかも、幹比古は理解出来てしまった。桐原はそれが第一高校のロクでもない通過儀礼だとスルーしたが。
「……干渉力供給の代替可能性」
「服部?」
ふと思い出したとばかりに服部が今の事象を読み解くキーワードを唱える。
「先輩の提唱した一応仮説扱いの理論の一つだ。魔法式は、術者からの干渉力の供給によって効力を発揮する。この供給経路は術者側が術に繋がるための端子、便宜上そう呼ぶが、これ同士がぶつかり合う事態を排除できるのならば、極論不特定多数の誰か達でも全く問題なく一つの魔法式を稼働させられるという、そういう話だ」
「……干渉がぶつかり合う事態を排除って、簡単に言うけどよ、服部?……たーしかその話、オチは俺達の死ぬより酷い末路の一つって話だよな?」
「ああ。精神の独自性の排除、即ち魔法師をCADパーツに作り変える外法。そんなこの理論の軍事的応用例が残念ながらある所にはあるとか」
「んで、先輩はそれを自分と使役する精霊でヤッたと。……ヤバくね?」
カギは冴種真由美の辻講義の一つにあった。本来は魔法師の人倫を廃した運用手法、及びそれに利用される末路への警鐘であったが、それはそれとして、当たり前のようにほぼ一対一が基本となる魔法と術者の関係を崩せるとなれば、何が起きるかなど、可能性が多すぎて考察がすぐに追いつくわけがない。
そして、こんな鬼畜な妨害を仕掛けながら水路を走る際の抵抗をほぼ無視して雑に爆走する化け物に対して、寒さ対策など皆無ながらも敢闘精神を魅せた選手達はと言うと。
第八高校*2の代表選手が誇り高く二位の最遅記録を更新した。魔法を使わされ続ける中、寒さに無策で突っ込む愚を知悉、即ち詰みを自覚し、取り敢えず完走出来れば良しと割り切り、最初から割り切った低速ラップ走とでも言うべきマイペースな走りで体温低下を最小限に抑えたが故の予選落ちなれど評価されるべき作戦勝ちである。
第三高校の有力選手は焦る中で速度を出して冷たい向かい風で体温を削られ過ぎた結果、低体温症で脱落。第五高校の代表選手は中途半端に日和った選択をした結果、低体温症に苦しみながらも何とかグダグダの完走。
総じて言うのならば、このバトルボードは仕掛け人以外、何も理解できずに手品に引っ掛けられ、理不尽に翻弄された。そんな試合未満の何かであった。
冴種真由美は今回の手札を魔法科大学の
Q:精霊化装って、どれだけ技術的にヤバいの?
A:本来VPN+αとして機能するはずの人造精霊を、術の隠密性や秘匿性を犠牲に精霊制御の超簡易化を可能とするMCPサーバーじみたものに再構築する術式側の設計思想、尚且つコンソールが一定以上の水準のSB魔法使いならば誰でも扱える
Q:幹比古君は何故、精霊魔法が滅茶苦茶簡単になっていると見抜けた?
A:術の隠密性や秘匿性は放棄されているのと、明らかに扱いが事故上等の雑な片手間なのに問題なく安定して回っているのが見て取れるから。
Q:精神干渉魔法を当てさせない対抗魔法ってヤバくない?
A:黒羽家の男子は真顔になりました。その日の夜に達也からお手紙で人造精霊のアバターそのものが交信先の精霊が反撃を受けても術者本体へのダメージの逆流を自壊でガードする代物であると聞かされて頭を抱えました。自壊してからアバター再展開の間までにもう一発殴ればOKとはいえ、問題なのはそんなものが百家レベルのそういう事に向いている魔法師ならば、頑張れば使いこなせる課金装備として開発されたことです。
ツッコミ、設定矛盾指摘等あれば、感想までどうぞ。それでは、よいお年を
2025/1/4: そもそも4人中1人抜けが予選でした。申し訳ありません