とはいえ、やはり改めて真由美の情報は仕入れ直すべきなのだろう。そう判断した司波達也は九重寺での朝の鍛錬の後に住職の九重八雲に冴種真由美について、聞いてみることにした。
「ああ、彼女ねえ。そうだね、僕から言える事としては、人としては探せば見かける程度の変人、但しこの魔法師の業界界隈ではまずいない類だ。何せ、縁があって本人に聞いた話だが、将来の夢はFIRE*1、稼ぐだけ稼いだら引退して悠々自適に隠居する事だそうだ。子供を産む気もゼロだそうだ」
「それは……確かにこの業界では見かけませんね」
「その、本当に七草生まれなんですか?」
魔法師としての社会通念をまるっきり無視した言い種に思わず引いてしまう二人。七草家から出奔して名を変えた時点で、生家の責務を権利ごと放棄。優秀な魔法師を求める声をもう十分働いただろうと知らんぷりし、優秀な後継を産めという社会的な圧力も全スルー。眉を顰める輩は少なくないだろうが、実際に会って話をした当人として、また魔法師の中でも持ってしまった側としてその宿痾からの解放を夢見る兄妹としては、冴種真由美は見倣うべき所もある先達であった。
「他にも色々と中々に無体を言ってやっているけど、それを大体は押し通せるだけの実績と実力があるからねえ」
坊主頭に手を当てて九重八雲は唸る。目の前のこの弟子も大概な兆しを見せ始めているが、冴草真由美もまた、ここまでに嫌になるほどトラブルを引き起こし、またトラブルに巻き込まれてきた嵐のような少女である。未だに何故世界は彼女を捉えきれず、正体不明の陰を畏れているのか。
その答えは、彼女がただの問題児という仮面を被る事を良しとした者たちが自分のような者達をこき使って隠していたからに他ならない。彼女自身にも、なんとなくほとんどの作業、特に重要な作業をオフライン、ローカルネットワーク、紙媒体でしかやらないという情報管理上の美徳はあった。が、彼女自身が控えめに言っても魔法師としてはイカレている部類であり、また彼女が出奔した七草が裏においては当主を筆頭に与しやすい素人の生兵法ばかりの輩であることなど、塞がなければならない陥穽は幾らでも存在していた。
困った問題児、しかし一応は可愛い我が儘の範疇に収まるそれに付き合うだけの価値は『始まりの虎杖』として存分に示されている。どこまで計算されているのかは九重八雲にも分からないが、裏の支配者達にとって、冴種真由美とはそんな悪ガキであった。
化け物。今の彼女を評するならばシンプルにそういう他無い。三年Eクラス、二科生のクラスであり、普通ならばこの時期の一年生が見学に来るはずが無い、劣等生達の射撃演習の時間。その中の異常者、冴種真由美は教師がいないのを良いことに、両手に教材の射撃演習用CAD二丁を持って、三ヶ所の射撃演習ブースを稼働させて同時攻略をしていた。
彼女の叩き出すスコアは、一年生たちが見学していた前の時間の三年A組がヒイヒイ言いながら出したスコア群を三面全部容易く上回るどころかパーフェクトを狙う勢いで回している。
「……すみません、お兄様、解説をお願いできますか?」
「構わないが、あまり期待しないでくれ」
三面同時攻略なんてふざけた真似をやっている彼女の手元は、ちょっと意味不明がすぎる。的を移動させて他の的にぶつける移動魔法と圧縮空気弾、使っている魔法そのものは実にシンプルな射撃演習用の魔法だ。だが、その使い方がおかしいと言う他ない。本来使う本人が魔法発動の都度操作しなければ到底間に合わない筈のCADは殆ど操作されず、だらりと下がっている。それでいて三面同時攻略なんて無茶を可能にする異常な手数を実現しているのだ。訳がわからなすぎる光景を前に、司波深雪は躊躇いなく兄に甘えることにした。それが気に入らないのか、ウィード*2の解説なんかと文句を言う一科生もいたが。
「黙れ、僕達は今、認識できても理解できてないと言う魔法師としては赤っ恥を晒しているんだ。僕達より理解が進んでいるなら雑草に齧りついてでも理解を得て前に進まないといけない、その邪魔をするなら帰れ」
お兄様のありがたい解説を邪魔するなボケと言う内心を隠しきれずに深雪が睨むより先、何となく男子の中心を担っていた森崎駿がそれを一喝して黙らせ、深雪は毒気が抜かれた顔をする。
「……先輩が持っているCADは右手が移動魔法用、左手が圧縮空気弾用だな。見た目に分かりやすい技巧としてはパラレル・キャスト、二つのCADの完全同時運用*3を含むマルチキャスト、複数魔法の同時運用……だけじゃない。特化型CADの照準機能を使っていたら、三つのブース全部同時に対応するには到底間に合わない。見ての通りのドロウレス……特化型CADの照準機能を一切使わず全て手動で狙う埒外の射撃能力。……ここまでは大丈夫だな?」
「はい」
まずは自分が把握している深雪の知識量から此処までは理解できただろうと言うラインを鑑みて二科生もいることだからとかなりかみ砕いて確認を取れば、深雪はしっかりと達也に頷く。
「そして放たれる魔法とCAD操作の数とタイミングが合わないのは一度使った起動式を複製してCAD操作を省く魔法が使われているからだというのが素直な解釈だ。……これで先輩のCADが学校のものでなければループ・キャスト・システムを複数並列で使っていると言い切りたい、複数の魔法でループ・キャストを回すだけでも曲芸の域だが」
達也ですら説明の言葉の歯切れが悪いことに目を見開く深雪。ふと、エリカが何かを思い出したとばかりに手を上げ、達也が目を向ける。
「まゆみん先輩、多分『クリップボード』を使っているわね」
「『クリップボード』?初めて聞く名前だが」
「本人は全く隠していないから言っちゃうけど、本人の独自技法よ。やっていることはサイオン構造体を複写する魔法の為だけの呪符を隠し持って使う、それだけよ」
エリカの説明を聞いて達也は納得した表情を浮かべる。実の所、何が起きているか、それそのものは達也の視界ならば普通に分かる話であり、冴種真由美が隠し持っている媒体からサイオン構造体を複写する魔法を使っているのは見えてはいた。だが、制服の下で見える筈のない仕込み呪符で魔法を使っただなんて、妹だけなら兎も角、余人がいる状態でそのまま説明を続けていいものかと迷ってしまったのだ。それはそれとして、『クリップボード』とは言い得て妙だと達也は見て取った。
「……つまり、ループ・キャストそのものを自力で再現……いや、寧ろパラレル・キャストを前提にするのならば、起動式を一度に複数同時に複製できる分、要求される技量の問題を無視すれば普通のループ・キャスト・システムに効率で勝る事もある、か」
この説明も一部嘘が混ざっている。サイオン構造体を複写する魔法を達也はあえてループ・キャスト・システム、起動式を魔法演算領域に複写するシステムの模倣のように見せかけて説明した。実際には、この魔法は見るからに扱いがとんでもなく難しいことを度外視すれば、汎用性の塊、呪符としてこれに特化した媒体を隠し持つ合理性がある代物だと達也は評価している。
複製していたのは起動式だけではない。魔法式もだ。そして、複製先は魔法演算領域だけに限らない。達也の眼では精神の構造を捉えることは不可能だが、それでも複製先が魔法演算領域とそれ以外で使い分けられているのは把握できる。それがどうなっているかは察しが付く。
(フラッシュ・キャスト……その失敗作と恐らくは第三研*4系列の秘匿技術だな)
フラッシュ・キャスト。達也たちの実家である四葉家の秘匿技術であるそれは、端的に言えば起動式の正確な丸暗記だ。暗示技術を利用しているそれは、性質として予め使えるものをCADと同様相応の設備で整えて実戦で使うものだ。*5断じて即興で立ち上げて使うものではない。
だが、達也はフラッシュ・キャストの応用技として自身の仮想魔法演算領域――魔法演算のプロセスを意識領域で処理できるエミュレータ――との併用を前提に、魔法式を直接記憶して使うというテクニックを開発する際に、当然ながら論文等の過去資料を読み込んだ。その中で、比較的手軽にやれて応答速度は速いものの、すぐに劣化するから使い物にならない失敗例として、短期記憶の領域に起動式を記憶させると言うものはあった。*6これはその失敗作が実用化された実例だと達也は起動式を別の所に飛ばす行為について考察する。
この場で司波深雪にも断腸の思いで嘘を騙っているのは、フラッシュ・キャストの存在を悟られてはならないからと、達也本人に問い質しても絶対に認めないだろうが、四葉の秘匿技術の失敗作の実用化というラインギリギリな代物に奇襲させて最愛の妹にボロを出させない為だった。
そして、魔法式を複写する行為については、全く同じ圧縮空気弾をもう一度撃つのを最速でやるためであり、魔法を発動可能な状態で待機させる技術、推定第三研由来のそれと併用していると伺える。起動式周りの効率化技術と併用しているのは、都度魔法演算領域でパラメータを調整するものを起動式読み込みからの魔法式生成で、全く同一の魔法の発動を魔法式複製でと使い分けている為だろう。
総じて言うならば、冴種真由美の射撃は三レーン同時攻略という頭のおかしい無茶を通すためにCADからの起動式ロード、起動式の魔法演算領域への複写、起動式の短期記憶領域への複写、短期記憶領域からの起動式ロード、魔法式の魔法演算領域への複写保持の五通りの手管を使い分け、緻密なタイムラインをミリ秒単位で構成して魔法を一切遅滞なく精密に乱射するという余人には真似できない化け物じみた曲芸をしているのだ。
「……先輩、こんなに難しいことをやっているのに全く事象改変で光波ノイズを出していない……凄い精度……」
「まだ十師族の七草だった頃の先輩と面識があるが、多分その精度があの人にとっての普通だぞ」
光井ほのかの零した言葉に森崎駿はそれが彼女のクオリティだと半ば呆れたように言う。
「何故これで九校戦に今まで一度も出ていなかったのか、理解出来ない」
「まゆみん先輩曰く、アピールする意味が無いし弱いものイジメは趣味じゃないから出る意味が無い、だそうよ。渡辺先輩が選手とエンジニアの指導と監督役は格安で引き受けてくれるのに競技には出てくれないし、エンジニアもやってくれないって愚痴っていたわ」
そして、これほどの絶技を涼しい顔で回していく先輩の姿に九校戦フリークの北山雫はむくれて文句を言うが、エリカの言葉にむくれた頬は戻さず黙り込む。九校戦の選手達を馬鹿にしているとも取れる言動だが、そんな傲岸な発言が通る程の暴威の持ち主でもあると理解は出来たからだった。
故に、これはある種の必然だったのだろう。冴種真由美という、一科生、二科生何それ美味しいの?とばかりに暴れている怪物の存在が、一科生になれた事への優越感に縋りたい者達にとっては刺激的すぎた。放課後、そんな一科生達が司波深雪が二科生に迎合するのを防ごうとゴネて言い争いになり、あわやCADを抜きかける所まで行った。
一科生側のストッパーになりうる森崎駿は、風紀委員会へ自ら赴き、予習をしようとして片付かない部室にブチギレて、渡辺摩利、第一高校のナンバースリー相手に一歩も引かずにガチ説教をかまし、整理整頓をすべく格闘中であった。クイックドロウをお家芸とし、CADの扱いによって先手を取ることに長けた技巧派の一門の跡取りは、当たり前と言われれば当たり前なのだが、自分の命を預ける得物の扱いについては、人一倍敏感な男であった。後に特化型CAD周りで生徒会の中条あずさと互角にディープなオタトークを繰り広げて居合わせた者を宇宙へ誘うことになるが、それはまた別の話である。
「毎年居るのよねぇ、こう言うの。深雪ちゃん、生徒会長になったら制服のデザイン統一しちゃってちょうだいな?反対者は全員雪だるまにしちゃっていいと思うわよ」
「言われなくてもそのつもりです」
そして、言い争いの現場になんか空からとんでもない速度で飛来した冴種真由美の開口一番に眉を動かしはしたものの、司波深雪は如才なく据わった目で答える。
「さて、ひっじょーに面倒臭いことに、十師族を筆頭にモルモット根性の抜けない似非貴族や蛮族ばかりな魔法業界界隈では、侮られて殴り返せない輩は嘗められて滅茶苦茶面倒臭い事になるってのもまた真理なのよねぇ」
心底面倒臭そうに、魔法業界などそんなものだと唾棄して語る真由美に一科生達は気圧されている。空から飛来した魔法は目の前で見て尚その気配を感じ取ることが難しく、射撃演習で人外の技を披露した姿と相まって底知れなかった。
「で、一応引き際を教えてあげたつもりなんだけど、まだやる?」
一科生達は答えられない。もし、ルール無用で戦闘になれば、目の前の先輩はその人外の射撃技量を以て容易く自分達の生殺与奪を握れてしまうだろう。だが、”侮られて殴り返せない輩は嘗められて滅茶苦茶面倒臭い事になる”。二科生に向けて放たれた言葉は、一科生にもそのまま刺さる言葉である。
「後輩いじめはそれくらいにしてくださいよ、大師範」
そこに割って入ったのは、通報を受けて風紀委員の代わりに駆け付けた生徒会副会長の服部刑部だった。
「あら、魔法師として魔法業界でやっていくなら、魔法を
そう言い残して冴種真由美は轟と音を立てて何処かへ飛び去って行った。その傍若無人ぶりに眉間を摘まんで首を横に振りつつ、服部は一年生たちに向き直る。
「大師範はルール無用で喧嘩を売って来た愚か者相手には、暗示による魔法資質の破壊とか平気でやる人だ。喧嘩を売るなら慎重にやらないと、この業界じゃ長生きできないぞ。ここの教員達はそういうの教えてくれないけど、いやほんとマジで。んじゃ、特に何もなかったんだよな。……よし、解散!風紀委員への引継ぎとか俺も面倒くさいからな!」
司波深雪がうなずいたのを見て、結局何も起こらなかったのならそれでヨシと一同を解散させて校舎へ服部は戻っていくのであった。