「今回のは、単なる自己紹介です」
全身鎧にゴーグルマスクという、どう見てもバトル・ボード競技者に見えない姿の勝者は、勝利者インタビューでそう言い切った。
「同じ手品の使い回しは趣味じゃありません。次のレースでは、水温や気温を弄るつもりもないですし」
そして、まるで雑談の延長のような口調で続ける。
「信じなくても構いませんよ? 汎用型CADの余剰スペースに、お守り代わりの対策を仕込む程度で十分ですから」
――同じ手は使わない。
予選を試合未満のコールドゲーム*1に変えた張本人は、そう宣言した。
「私の個人的な拘りとして、勝負をせずに勝つ。それ以外の勝利には、基本的に価値を見出していません。ですので……」
そこで一拍。
「引き続き、不幸な対戦者の皆様には、競技人生を投げ出したくなるようなゲームメイキングをお約束しましょう」
要するに、「クソゲー作りはやめない」と高らかに宣言したのである。
ここまで堂々とやられると、逆に
「ところで」
話題は急転する。
「明日は、私を九校戦に引きずり出した後輩が、クラウド・ボール本戦とアイス・ピラーズ・ブレイク本戦に出場します。ぜひ応援してあげてくださいな」
彼女は当然のように言った。
「当校としては、クラウド・ボール本戦全五試合と、アイス・ピラーズ・ブレイク予選二試合。万全のサポートがあれば、全部突っ込ませても二種目優勝に問題なし、という評価で送り出していますので」
――その“後輩”とは、言うまでもなく司波深雪である。
無論、深雪は七試合を難なく制圧した。アイス・ピラーズ・ブレイクでは本戦三回戦進出を決め、ついでにクラウド・ボールの優勝杯を第一高校へ持ち帰る。
第一高校に“氷の女王”あり――そう印象付けるには十分すぎる結果だった。
「クラウド・ボール優勝、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
インタビューは淡々と進む。
「冴種選手は、司波選手について『万全のサポートがあれば連戦でも問題ない』と評価していますが」
「はい。異存はありません」
少しだけ間を置いて、深雪は続けた。心なしか、表情の冷気が更に増していた。
「……異存を申し上げられない、事実で殴る物言いに言いたいことはありますが。ともあれ、お兄様に万全以上のサポートをしていただいている以上、その前提で臨んでいます」
なお、“氷の女王”という印象の半分は、キラーパスを投げた張本人への不満に由来している。
そんな一幕も既に夜の帳の向こう側、朝は無情にも訪れた。九校戦三日目、女子アイス・ピラーズ・ブレイクの本戦と女子バトル・ボードの本戦である。
予選を突破した六人による準決勝は、三人一組で実施され、一人ずつ決勝へ勝ち抜けする。結果、決勝では一対一。試合の参加人数は予選から勝ち上がるほどに減っていく。
「先輩を相手取る上で間違いなく最悪なのは乱戦だけど、三つ巴になってマシになったかと言われると、全くそんなことないのよねぇ……」
「とはいえ、何をやらかすか分からないという警戒がされている分、多少は状況が好転したと……思いたい所だな」
「つーか、先輩、別に小細工やらなくてもフツーにバトルボード強いんだよな?」
「……うん。先輩に後ろ向きでメッタメタにされたよ……あんな……風に……」
エリカと達也が他校が何処まで抗えるかで寸評を述べる中、レオがそもそも彼女が監督として全種目において選手達を統括する立場、実技指導できる側であることを思い出し、その言葉にほのかが少し嫌々ながら指導風景を思い起こし。殆ど同じ光景が目の前で再現されている事に目を剥いた。
但し或いは当然。目の前の再現は当然ながら指導の数倍は悪辣だった。
「あらら、今のカーブ、入りがあと745ms遅くってよ?」
「おや?おやおやおや?今バランスを崩しましたか?プラーナで身体を動かすのを覚えたはいいけど体幹の組み直しがあまーいですわ!」
「水が鼻に入りましたの?涙目になっちゃって、お可愛らしいこと」
スポーツマンシップなど彼方に放り捨てた、姑でも今時ここまで酷くない様ないびり。
鎧を脱ぎゴーグルマスクからケバケバしい蝶の仮面に装いを変えた不審者が完璧なバランスで後ろ向きに滑りながら煽り散らしていた。水面の揺れを進路上に置いたり、呼吸に合わせて水飛沫を顔面にかけるなんてルール上ギリギリOKなラフプレイも混ぜ込んでいる。集中力が削れる音が聞こえるようであった。
「ん?会長の仮面、何か光の反射が変なような……」
「ちょっと視てみますね?……精霊憑いてます。この感じは……光?」
ふと、違和感を感じ取った光井ほのか。光波振動の変動には人一倍敏感な筈の彼女が言い淀む時点で、真っ当な現代魔法によるものだろうか。そう考えた柴田美月は眼鏡を外し、目を凝らす。
己の霊子放射光過敏症、一部界隈では水晶眼とすら呼ばれる域にあるそれについて、真由美のレクチャーのおかげで、既にある程度折り合いは付けられるようになっている。こんな観客の情動が犇めく中でも、短時間なら特に気にならず、真由美の術理を覗けるぐらいにはなっていた。
「反射光を少しずらすだけでも相手の選手にとってはたまったものでは無いだろうな。後ろ向きのまま、二人を並行して妨害し続けられる位置を取りつつ、水面への干渉、光の反射で小さなミスを意図的に誘発させて煽る……魔法を行使する際にストレスが齎す悪影響は馬鹿にならない」
「その、すみません。後ろ向きのまま二人に追い抜かせないっておかしいですよね?」
「「「あー」」」
達也が状況を総括し、事態は対戦相手二人の嬲り殺しに近いものになっていると言い切る。そして、一応は素人という事になっている文弥はそもそも後ろ向きのまま進む真由美がおかしいのではないかとツッコミを入れるが、それについてそう言えばそうだったと納得する一高生達であった。
「多分後ろ見えているし、この位の速度ならよしんば後ろが見えていなかったとしても
「……もう一つ、理由を挙げるのならば、先輩はパラレル・キャスト使いで、二人はそうでない、あくまでマルチキャスト使いに留まってあることがこの場の差としては大きいだろうな」
「んあ?それってあのやり方でそんなに差がつく話か?達也」
千葉エリカの補足に乗っかる形で、達也は冴種真由美がパラレル・キャスト使いであることが、そうでない二人に対して優位を得ている要因の一つであると語る。が、レオあたりは要領を得ないなと素直に疑問を呈するが、それは亜夜子や文弥も即答できない点では同じであった。
「ごく基本的な話からおさらいするが、バトル・ボードにおいて、通常の選手は汎用型CAD一機のみを携えて出場する。同一系統の九つの起動式しか収録できない特化型CAD一機のみでは、どうしても対応力が足りず、さりとて想子の混線を防ぐためにも迂闊にCADの数を増やせない。だから汎用型CAD一機と言う結果に普通は落ち着く。全員ここまではいいな」
達也の説明の言葉、基本事項のおさらいに首肯する一同。
「だが、処理能力と操作速度で勝る特化型CAD持ちと相対した場合、汎用型CADでいきなり先手を取る事は非現実的だ。防御、迎撃、回避に成功して漸く反撃に移れる」
此処までも当たり前の話だ。最大99個の魔法を使い分けるためにキーを3回叩く必要があるデザインのものが大半である汎用型CADと、ダイヤルを合わせれば引き金一つで撃てる特化型CAD、処理速度の最適化度合いの差も合わせて、汎用型CADは受け身の立ち回りを強いられる。
「防御、迎撃、回避。どれもバトル・ボードと言う、常に前進を強いられるレースにおいては、その行為そのものが進路の不利、或いは他の目的の為に魔法を使えない隙を生む。マルチキャスト、魔法式の投射と次の魔法の構築を同時に行うことで、ある程度は誤魔化せるが」
ここで対戦相手にとって不利なのは競技がレース、即ち常に前進を強いられる代物であることだ。妨害への対処は必然的にその手を塞ぐ。後隙の最小化は出来てもパラレル・キャストが使えないと言う不利の解決には至らない。
「光の反射やあの言動でストレスを蓄積させられながら、いつ来るかも分からない妨害、特に前進する魔法の更新タイミング、所謂息継ぎを狙ったものも含むそれらに対して適切な迎撃を実行し、速度を保てるか。その答えがあのラップタイムの遅さだ」
現実問題として、二周目にさしかかろうかというのこの時点。ラップタイムは過去最低レベル、一年生の新人戦の過去データと比較しても明らかに遅い。
「そして何よりも。仮に此処までの問題を全部克服したところで、そもそも先輩を追い抜けるかどうかは全くの別問題だ。そうだろう、ほのか?」
「はい……単純な走破スピードでも先輩は速いです。単に指導相手をぶっちぎる意味が無いから速度を出していないだけで、本気なら手数任せに空気抵抗も水の抵抗も慣性も邪魔なもの全部カットして、空を飛ぶのと大差ないスピードで人類卒業レコードを出せると思います」
「つまり、先輩のアレを攻略しようと思ったら、パラレル・キャストが使えて漸く勝負の土俵に潜り込めて、その上でこっちの移動進路上に妨害を置ける狙撃能力に対処しながら、魔法師の限界に挑むように全力で駆け抜けたらまあ、勝ちを譲って貰えるかも……って塩梅か?」
「あんたにしちゃあ、随分と察しが良いじゃない。その上で先輩が設けた勝利目標を考えるなら……対戦相手二人の脱落かしらね」
エリカの視線は三人が通り過ぎた、コースの最終カーブに注がれていた。敢えて二人を疲弊させる消耗戦をだらだらとやっている以上、決定的な差をつけて勝つことを目的とするのであれば、致命的なミスなんてものはもう既に何度か見過ごしている。その上で仕掛けるとしたらそこだろうと彼女自身の勝負勘が囁いていた。そして、案の定。更なる地獄が最後に待ち受けていた。
「最終カーブがっ!?」
「『拡散』、エリア内の光波エネルギーの分布を均一化する魔法ですわ……っ、コース及び水面からの反射光全てを均してコースそのものを視認不可に……」
「ずっとギリギリのインコースを攻めていた所に最後の最後で分かりにくい大回りの軌道、このままでは」
最終カーブそのものを丸々隠す妨害。反射光そのものを思い切り暈されては、立体感など生じない。ずっと神経を削り続けた所に視認による距離測定が出来ない中で最終カーブと言う追い抜く最後のチャンスに突っ込ませれば。いかな本戦に進む猛者と言えど、事故らせることなど簡単である。コースアウトによる失格者2名。
運営側の救助担当がかつて七草真由美と共に戦場となった沖縄と佐渡を駆け抜けた猛者の一人、及び第一高校の一昨年のOGであったことについて、冴種真由美は何も語らなかったが、少なくともその日の夜、差し入れと称して一升瓶と銘菓の入った紙袋を持って何処かに行く彼女を何名かの一高生徒が目撃したとか。
そして、迎えるは決勝戦。対戦相手は同じ一高生徒の渡辺摩利。同率優勝故に或いは不要な試合。そこで冴種真由美がやったことは、このバトル・ボードという競技に参加した者達全てを虐殺しているかのような蹂躙であった。
指導を受けていた光井ほのかが観客席で予言した如くの本気。水の粘性即ち抵抗の大幅軽減。空気抵抗の無効化。自己慣性質量の軽減。硬化魔法による肉体とボードの完全固定。それらの魔法を一回戦と同じ不審者スタイルで展開。そのまま彼女は何処か悟った顔でインコースを行く摩利を3度抜かしてゴールした。
走破記録、58.350秒。巡航速度時速600km弱という化け物じみた速度で摩利という動く障害物を2度回避。その時だけ時速80km程度に減速したので反則を取られることもなかった。
悠々と2位通過を果たした摩利は、冴種真由美という怪獣の同期としてパラレル・キャストを使い熟せるようになっており、一応は真由美の接近時に水面への妨害を仕掛けはした。そもそも開幕に三発魔法式をストックしていた領域干渉を都度被せられて何の意味も無かったが。単純な話として、片手塞がった二刀流一人で相手取るには手数がまるで足りなかった。
そもそもこの競技はパラレル・キャストを二刀流以上で使えることが実質参加券で、その上で放置するとウィニングランを始める化け物をどうにか決勝戦の前に限られた妨害手段で仕留めろ。そういう競技であると、上位三人をあっさりと独占した第一高校のパラレル・キャスト使い達が証明してしまった。
「決勝まで全力で走らなかった理由?」
インタビューで、彼女は肩をすくめた。
「全力だと、妨害対応の余力が無くなるので。今回は身内メタを切らせてもらいました。三回分、領域干渉をストックして勝てると判断した。それだけ」
そして、はっきりと言い切る。
「むしろ、私に三回きっちり使わせた摩利が賞賛されるべきですね。全力で追い越そうとしていたら……流石にお掃除が大変だったでしょうね」
摩利の抵抗は、決して手抜きでも何でもなく、彼女に出来る最善であったとそう言い切る。
「秘訣、ですか?」
準優勝者である摩利は苦笑した。
「あの速度の冴種に妨害を当てに行けた秘訣、ですか」
質問者である記者は魔法師向けの専門誌のライターであり、この界隈の常識についても分かっている方であった。
「まあ、あんな狭いコースな上に、私へのお情けで減速して貰えるなら流石にルートは読めるというのが一つ。もう一つは、仮に当てて事故らせたところで壊れるような相手じゃないと確信していた事ですね」
時速80kmと言うのは、通常ならば魔法師にとってかなり速い部類の速度である。少なくとも、空気抵抗低減などと併用して片手間に制御できる速度かと言われると怪しいところだ。故に、確信の理由も問われた。
「時速80kmと言う速度は冴種にとってはちょっと早歩き程度のものですよ。私の後ろのカーブを曲がってくる前から私がそこで待ち構えていることは、分かっていた筈です」
故に、片手間の範疇には収まるのだと摩利は言う。
「仮に私が魔法を上手く当ててバランスを崩すことに成功した所で、悪くてコースをぶち抜いてコースアウト、本人はピンピンしているかと」
だから躊躇う必要もない。元から二位狙いの出場とはいえ、やれるだけやるつもりで臨み、やりきった。達成感の漂わせ方、と言う意味では、優勝者と準優勝者で逆転が明らかに起きていた。
ツッコミ等あれば感想欄までどうぞ。モノリス・コードが男子競技だから摩利の退避先がマジで見当たらず……