冴種真由美がバトルボードを地獄に叩き落とした裏で、司波深雪と十文字克人もまた、全てを圧殺。最終競技以外の本戦が終了した時点での得点レースは第一高校の独走。
そこに何者の意図も介在しない以上、玄老院が畏れた教導もガッツリ出来る技巧派の最悪が腰を据えて君臨する状況とは、即ち半ば開催前から第一高校の優勝が決まっているようなものである。指導教員の有無が一科生と二科生の格差を半ば決定的にするのだとしたら。生半可な指導教員など頭二つどころか身体が二つその間に丸々入りかねないほどに指導力で上を行く怪物に僅かでも師事することの重みは、そのまま他校の戦略的な絶望である。
各々が異なる最強の一、或いはそれに類するものを有し、それを武器としてきたが故の逆説として、汎用的な技巧の類においても国内最高峰である四葉家。その分家にして実働部隊として闇から闇を渡り歩いてきた黒羽家の親子こそ、その差を目の前で見て最も鮮明な肌感覚として感じ取った一角である。
彼らから見ても、第一高校は決して無敗ではなくても、この手の大会を見た時に付き纏う、『学生にしては』という評価の枕詞、脳内評定への下駄を履かせてあげたフィルターが大体外れている。
シンプルに悪くない。
普通の魔法師にしてはという言外の枕詞までは流石に外れていないものの、それが一人二人ではなく、第一高校の十師族でもない本戦出場者達に対して尽くそうなることの異常さに、頭領であり、新人錬成が容易でないことを肌感覚として体感している黒羽貢は無言で唸るしかない。
素人目に顕著なのは男女共にパラレルキャスト使いのみで固めてきたバトル・ボードだろうが、それ以外の競技でも、予算の六割を予備費ごと切って新人錬成の依頼を彼女に出してしまおうかと言う誘惑が一瞬脳裏を過ぎるぐらいには魔法師としての基礎的な技量に水準としての差が出来ていた。
尚、ここ三年の第一高校もとい冴種真由美に指導を受けた者達の暴れようにより、第一高校の講師陣は成果が出ているということでボーナスこそ臨時込みでかなり出ている。しかしながら、それを喜ぶ声は少ない。
高いボーナス、その代価は彼女という観測の超人による豪腕をどうにか凡人が再現可能な技術に落とし込むこと。即ち魔法師教育学の最先端の課題が数十単位で新出し、それらを整理して取り組まなければならない鬼畜労働である。講師陣の発狂はたまによくあることであり、それに一年生が驚き上級生が苦笑いするのも第一高校特有の日常風景であった。
さて、そんな魔境で三ヶ月揉まれてきた一年生が何処までやれるのか。もっと言えば、司波深雪と言う怪物を上に回した残り滓か、それとも。新人戦観客の視線も第一高校に注がれていた。
「お疲れ様、チーフ。お茶要る?」
「五十里先輩。ありがとうございます。では麦茶で」
一高の本陣にて、五十里啓は後輩ながらもエンジニアチームのチーフを務める達也に労いとして麦茶を差し出す。本来達也は主に一年生の代表選手のCADエンジニアを担当するが、それでも労いの言葉を差し出したのは、彼がエンジニアチームのチーフだからである。
より詳しく述べるならば、第一高校において、エンジニアチームの幹部とは単なる選手の御用聞き程度に務まる仕事ではない。巷のCADエンジニアとて二流程度ならばきちんとしたマニュアルとそれなり以上の報酬を渡さないと逃げ出してしまうような拘りが伝統になろうとしている。
スペック制限レギュレーションによる得物の交換を大半が余儀なくされるなかで、やりたいことと枷付きで出来ることの摺合せを行い、勝つためのソリューションを提供する。
チームとして選手達を支える上で黒子達へなされる要求は、単純な整備、チューニングの技量だけでどうにかなる領域を超えている。高校の講師、競技のコーチ陣との情報交換も行い、生徒を素材に選手をデザインしていくプロジェクトを複数同時並行で回せというのだ。
而してそのチーフに監督の剛腕一つで大抜擢された司波達也チーフは、端的に言えば水を得た魚だった。
最早唯一の欠点と誰かが言い張って止まない本人の魔法力が殆ど意味を成さない、しかし魔法師はじめ魔法業界の第一線に立てる者にしか対応できない現場。本人の表向きの魔法力とは全く不釣り合いな、冴種真由美に真っ向から対抗できる域に入った総合力。
あまりにもお誂向きすぎる現場で八面六臂の大活躍を演じる司波達也に、雪女のようなクネクネする妖怪は、第一高校の九校戦選抜代表達の練習風景において然程珍しくもないものであった。
「さて、此処まで来たら新人戦も完勝したい所だね」
「ええ。まずは初日、勢いを繋ぎたい所です」
第一高校のこれまでの戦績は、昨年まで大暴れしていた渡辺摩利を優勝候補としてではなく上位独占用の駒として使い潰すような暴挙を押し通して尚、圧倒的であった。他校が新人戦だけでも一矢報いたいと思わされる程度には。
だが、冴種真由美は勢いを繋ぐ為に初日に力を注ぎ込むことを決意していた。五十嵐鷹輔、森崎駿、十三束鋼、北山雫、明智英美、光井ほのか。今年の九校戦新人戦における第一高校代表のうち、初日に競技があるエース格である。
スピード・シューティングに五十嵐鷹輔、森崎駿、北山雫、明智英美と言う人選は少しでも彼らを調べた者達ならば、違和感は覚えないだろう人選だ。そういう事に向くだろう部活や得意分野の情報もすぐに分かる話である。バトル・ボードに光井ほのかも、オールラウンダーである彼女ならばと納得はしただろう。
エース陣の中で唯一異彩を放つのは十三束鋼。彼が選出された事には、当の十三束家、金属精錬をお家芸として、「錬金」を二つ名に持つ百家本流たる彼の実家ですら仰天した。
彼は一族の鬼子、お家芸である「錬金」についても、想子が自分の幽体から離れないという体質故に工業レベルの実用性で使う事は出来ず、逆にインファイターとしては一族の他の面子など歯牙にもかけない程であったが故に疎まれる異才の持ち主である。
その体質は普通ならば自分の身体に固定されていないボードを操ることにすら、魔法力の減衰が顕著になって、彼を九校戦バトル・ボードの戦線からは遠ざけてしまう程である。では、何故彼がバトル・ボードでエースに選ばれたのか。
端的に言うのであれば、十三束鋼は入学直後に冴種真由美と言う魔女に魅入られ、彼女に弟子入りした狂信者一歩手前であり、その信仰に見合う恩恵が花開くのが間に合ったからである。だからこそ、信仰に拍車がかかったとも言うべきであるが。
「十三束鋼君については改めてお世話になったね。チーフの調整指導が無かったら流石にキツかったよ」
「妹もこの手の肌感覚にはうるさい方ですので、自然と覚えました」
エンジニアチームの朝の雑談を選手達が今更知る由もなく、新人戦は始まる。
「調子は悪くないみたいだな、十三束……気負いすぎて空回りしてコケるなよ?」
「あっはっは、それを見越した大師匠から直々にアロマを貰ったので焚いていました……。これでコケたら大師匠にも達也チーフにも顔向け出来ませんよ」
「……調息はあの人の教えの基本だ。崩すなよ」
「ありがとうございます、服部先輩」
いよいよ出番となる直前、鋼に助言すべく姿を現したのは服部刑部。九校戦の戦歴は一年の時と二年の時で異なる競技の代表に選抜され、それでも問題なく勝ってのける万能型の実力派である。
例外一匹を除き、七草家の誰も習得できていないパラレル・キャストの暴力で今年の男子バトル・ボード本戦を順当に優勝してのけた英才。誰が言ったかジェネリック七草との呼び声も通り名の一角に入ってしまう程の偉大な兄弟子からのアドバイスを受け、十三束鋼は程よい緊張で臨戦態勢に入っていた。
そして。開幕早々に世間はおろか母親含め一族の誰も知らなかった十三束鋼の新境地が発揮された。
「成る程、レンジ・ゼロの選出のカラクリはこれか」
自分とボードを一定気圧を保つ空気の皮を纏う魔法で包み、空気抵抗を中和しながらこの競技の最高時速の相場である時速60kmを超えて90km近くを最高速度として爆走する、
『爆裂』の遣い手として、一条将輝は相手のエイドス・スキン、魔法師が無意識に行う情報強化の気配についてはかなり鋭敏である。機械兵器にも通用する汎用性の高さが売りとは言え、元々は体液を突沸させる対人体攻撃魔法として『爆裂』が開発されたが故の面目躍如。故に、鋼が纏うカラクリの外装の存在はほぼ一目で見抜くことが出来たのであった。
彼女が弟子入りした後輩に授けた魔法は幾つかあるが、今回功を奏したのは大元を辿れば『自己幽体変形術式』。自分の幽体を一時的に本来の生身の形を越えて変形させる魔法。禁忌とされる化外の古式魔法を源流に持つ、学術的な意義以上のものを持ち合わせていないはずの所謂産廃魔法であった。
だが、十三束鋼、己の幽体から離しての想子運用に著しく難を抱える魔法師にとっては、この魔法は己の肉体を変形させる、という魔法を超えた異能と半ば同義である。
『自己幽体変形術式』の応用技――装備品の情報体を己の幽体へ取り込む『幽合』。
それにより、生身のまま
想子および霊子の運用を、徹頭徹尾、体内のみで完結させる。現代魔法ではとある例外を除き実用性が無く、机上の空論にすら値しない縛り。だが――それを達成できた場合に限り。十三束鋼は、自分ですら知らなかった領域へ踏み込む。*1
CADをはじめとした術具に想子を流し込んで起動式を構築すると言う今どき誰しもがやる一手間。これが、想子を自分の体から剥がす行為であり、鋼にとっては大きなストレスになってしまっている、などと言う事実に気付けたのは冴種真由美だけであった。
無論。ドマイナー産廃魔法が奇跡的に己に適合するからといって、それは短絡的に喜べるものではない。自分の幽体に異物を取り込むと言う一手間は、普通の魔法師ならば明らかにメリットよりもデメリットが重すぎる。
ゲテモノ魔法による擬似インプラントとでも呼ぶべき扱い方は当たり前ながらCADの仕様想定外である。反動を踏み倒すためのCADの調整については、大層手がかかる……のだが。
雪女のようなクネクネする妖怪が折に触れて喧伝するように、今年のエンジニアチームのチーフは司波達也である。九校戦に限れば大抜擢に障害はあってないものであった。
人具一体のサイボーグに化けることで鋼が得るメリットは、拡張された自己に対する接触魔法を行使する全工程において、体から想子を離す必要が何処にもないことにある。
CADによる体外への想子の吸い出しと、生成された起動式の体外からの受容。
それは多くの魔法師にとって、意識にも上らぬ微細なノイズに過ぎない。
だが鋼にとっては、慣れで鈍っていたとはいえ常に神経の奥底を削る摩擦だった。その摩擦が、消えた。
練習中の調整で、想子の流れが一切途切れず循環した瞬間。内と外の境界が消え去り、呼吸と同調するように魔法が立ち上がる。軋みが消えた世界は、異様なまでに静かだった。
そしてその静寂の奥底から湧き上がる、全能にも似た昂揚。
それは、骨の髄まで染み渡る解放感であり、同時に――その境地へ導いた魔女への信仰を、決定的なものへと変えた。
匠の業で限りなく抑えられた異物感は一世紀前らしく言うのであれば、視力矯正の眼鏡をかけるようなもの*2。微かな違和感よりも、拓ける新たな境地への解放感が鋼を魅了してやまない。
全てを
さて、こんな相手への妨害が出来ない代わりに加速させたらほぼ終わりの相手を、加速させないように妨害しながら勝つ真似が新人にできるかと言われれば。ボロ負けした選手達と観戦に来ていた他校の九校戦サポーター陣の目が全てを語っていた。
後に『穿孔』という二つ名を戴く事になる異才の第一歩はこうして公に刻まれたのであった。
魔女の教え:元々対人格闘戦が専門であった十三束鋼の対物・対人外攻撃魔法は魔女直伝である。鋼は『自己幽体変形術式』と並んで九校戦では全く役に立たないだろう魔法『
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