異形の七草   作:メダカにジャム

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GW過ぎですが何とか書きあがりました。作者は一色愛梨が嫌いではなく、寧ろ諸兄がヒロインとして扱うのも納得の良いキャラだと思っています。


九校戦編10

 新人戦が終われば、残る競技はミラージ・バットとモノリス・コードの本戦だけである。そしてミラージ・バットにはバトルボードを蹂躙した最悪の魔女が出撃している。同時刻開催のモノリス・コード本戦の観客席は、例年らしからぬ閑散ぶりであった。

 

 地上10mに投影される立体映像の球体を、専用のスティックで叩いて消し、その数を競い、最多得点者が勝ち上がる競技。もう少し詳しく述べるならば、以下の通りだ。

 

・スティックが出す信号と球体の投影位置を演算機で分析し、接触、得点を判定。

・球体の色によって光っている時間が異なる。

・光球の1m圏内に入った選手には優先権が与えられる。

・飛行魔法等で地面を離れていられるのは一分まで。

・他選手の移動妨害禁止

 

 そして、翌年。競技そのものの生命が終焉しかねない危機に一つのルールが追加された。その原因となった予選。勝ち上がった冴種真由美の跳躍回数は僅か一回。総滞空時間、3秒。得点は1点である。他の誰も、得点出来なかったのだ。

 

 最初の1点を奪う動きは光のエレメンツのほのかとほぼ同等の動きだしだったが、彼女とは扱える速度域が違う。危険判定を貰わないギリギリの最高速度で突っ込んで1点を最速で奪い、そのまま衝撃だけを加重系統の魔法で消して着地。

 

 シンプルに完成度が違い過ぎる速攻。誰もがヨーイドンで彼女から先手を奪うのは不可能だと理解した。即ち、後手から競り勝つためのポジショニングこそがこの試合の肝だと皆が飛行魔法で飛び上がる。

 

「はい、私の勝ち」

 

 着地前に跳躍の魔法と同時に発動していたのは、精霊魔法の発動を大幅に簡易化する精霊化装。そして着地の次の瞬間。パジャマ姿にどう考えてもデッドウェイトでしかないクッションというおふざけ全開の格好で出撃していた彼女は、そのままクッションにもたれかかって昼寝を始めた。

 

 その奇行に誰もが呆れたような視線を彼女に向け。少しして、おかしなことが起きていることに皆気付く。

 

「光球が出ない……?機械の故障?」

「……流石に機材への攻撃は反則よね?」

「っ!?上空に光へ干渉する幕みたいなものが!」

 

 一人が跳躍し、上空に異常がある事にようやく気付く。異変の元凶に向ける視線は怒りとも畏れともつかないものだった。

 

「魔法科高校ではよくある話として、不特定多数の人が魔法を乱れ打ちした場では、世界の修正力も効きが悪くなって、異常なエイドスがずっと残ることがあるのよ。そして、そういうものの清掃も魔法科高校教師の業務の一つ」

 

 それ自体は、魔法科高校で七不思議のような一世紀前ならば怪異扱いされるような現象が泡沫のごとく現れては消える話として、魔法科高校生ならば、誰もが知っている話だ。

 

「本当に偉い人たちはそういう異常なエイドスが世界に残り続ける危険性を知っているから、それとなく掃除を行き届かせているんだけど。さて、他の誰でもないこの私がそういう散らかし方を心得ていない訳があるでしょうか?」

 

 観客席にいた達也が解説して曰く、精霊魔法と古式の結界魔法を織り込んだ、簡易的な異界生成魔法。別所で観戦していた九島光宣が九の字の面目丸つぶれだなあ、魔法科高校に入学するより冴種師範の徒弟やる方がコスパいいよなと苦笑いしながらも密かにドロップアウトルートを目論むほどの、再編され洗練された古式の流れを汲む魔法。

 

 結果として、上空9.5mに、地上からの反射光は割と通すが、下からの投光器の投影及び上からの電波を散らして阻害する天幕が、魔法ではなくその結果出現した異常現象、世界の傷として顕現した。

 

 審判は恨めしげに真由美を睨んでいる。ルールブックにこの蛮行を咎める法はない。異常が定着したエイドスを掃除する魔法など競技者の手持ちに無い以上、天幕は残り時間の大半居座る事態になり。ルールの穴から溢れ出す絶望が、ミラージ・バットの競技史上最低最悪の15分間を埋め尽くした。

 

 当然、ルールブックに光球の投影そのものへの妨害行為は暫定措置として禁止、後に全試合時間中合計一分までと規制が整備されることになったのは言うまでもない。

 

 記者のインタビューに他の選手の得点行為そのものを完全封殺した塩試合の犯人はこう答える。

 

「今まで通り、この手札も使い捨てにするつもりよ。で、ルールで禁止されていないのならば何でもやっていいと思っているのか、なーんて聞きたそうにしているから答えてあげるけど。踏み潰す相手を選ばない程見境ないと思われているなら心外よ。半分は個人的な私情に基づく八つ当たり。もう半分は、それを自覚できるからこその手心よ」

 

 彼女の蛮行は九校戦の出場選手を狙い撃ちにしていた。そして、その動機は矛盾する二つの感情によるものだという。

 

「だって、この程度の選手層なら、何も考えなくても単純な性能任せの蹂躙で大体勝てるわ。そして負けた側もそれで負けたと納得出来てしまう。だから納得したくない負けを叩き付ける。端的に言えば、敗因を私より愚鈍だったからの一言で済むようにしているわ」

 

 生来の力の差を以て勝負を決めてしまっては敗者にとって次に繋がりにくい。故に、勝敗の差を技量と発想で分かつ。それ自体、技量に差が付いて当たり前の性能差を押し付ける行為ではあるが、それでも、足掻きを次に繋げられる。

 

「ま、お優しい一般社会(カタギ)の皆様には理解に苦しむという話も分かるけど。この業界の飯の種が何処にあるか、そこでしくじったらどうなるかを覚えているかしら」

 

 華々しいサーカスも、魔法業界の母数の確保と言う意味では重要である。だが、真由美本人はサーカスに自分から付き合う気も無ければ、サーカスの練習や本番の舞台に潜む危険を隠すつもりもなかった。

 

「八つ当たりが動機である以上、みっともないから今回の仕打ちを慈悲や温情なんて言い張るつもりはないけど、やろうと思えばそう厚かましくやれるとは言わせてもらいたいわね」

 

 実戦にしか飯の種がロクにない魔法業界において、しくじりとは容易く致命傷に繋がる。予防に繋がる努力を促す行為の範疇で八つ当たりをする辺り、可愛げがあるものだとは九島烈が身内に零した弁である。

 

 完全封殺の悪夢も覚めやらぬ中、突入した決勝戦。第一高校の同輩も更に二人、渡辺摩利と小早川景子が出ている以上、丸ごと封殺するような行為は本人の発言もあり流石にもう無いだろう。ならば後は出たとこ勝負だと一色愛梨はじめ他の選手達は意気込むが。地獄はここからが本番だとばかりに広がっていた。

 

「……は?」

 

 唖然とする観客達に一高以外の選手達。ホログラムはあんなに一度に大量に出現するものだろうか。先制した真由美に遅れた愛梨が確認の為に少し離れたところにあるものを叩こうとしてみれば、近づいた時点で想子光を散らして残された幻は全て霧散する。

 

「幻術によるダミー……!?」

「当然、うちの選手は事前に談合済みよ」

 

 選手の進路妨害以外にチーミングの可能性を考えていなかったミラージ・バットのルールでは近づけば消える幻影を設置する行為を反則に取れない。

 

「本当はお天気を暴風雨にするつもりだったんだけど、うちの選手が暴風雨の中で飛ぶのは流石にキツいって言うから今日はやらないわ」

「失格覚悟ラフプレー対策と称して目隠しイヤーマフ付きで飛びながらコンバット・シューティング部総出での集中射撃相手に30分全回避耐久していたまゆみんを基準にしないで」

 

 挙句本人は暴風雨、飛行どころか跳躍すら特殊な訓練無しには危うい天候を招いて制圧を強めるつもりだったと宣う。無論、天候操作なんて真似はルールの想定外だ。ふざけ過ぎだおバカと景子からツッコミが入るのも当然である。

 

「お兄様、この会場だけだとしても、天候を暴風雨に変えるのは相当な労力ですよね?」

「監督なら射程は解決できるだろうが、例えば積乱雲一つで水分量は100万トン単位だ。真っ当な正攻法ですぐにどうこう出来る問題ではない」

 

 天候を暴風雨にするつもりだったという真由美の軽口はそのまま中継され、司波深雪は彼女の魔法力ですぐに出来る話だったろうかと兄に確認を取るも、結果は自分の理解通りほぼ無理と言うものであった。

 

「競技開始と同時に積乱雲の形成プロセスを強引に始めるとしても、競技の制限時間に引っ掛かる。……但し、ルールの何処にも、競技の準備開始前、1-2キロ上空へ魔法を行使して、それを仕込みにするなんて無駄に手の込んだ職人技を取り締まれるような話はない」

「ん?積乱雲をすぐに作るのは難しいけど、準備しておくのは距離の問題さえなければイケるってことか?」

「ああ。積乱雲の形成プロセスは言ってしまえば単なる空気の対流の余波だ。湿った暖気さえ低空にあれば、多少の刺激1つで容易く、それこそ崖崩れみたいに一気に動く」

 

 達也がレオの疑問に答えた通り、夏の湿気た空気ならば、積乱雲のタネとなる上昇気流を魔法で作り出し、あとは積乱雲を作らせることは、事象の規模として見る分には十師族レベルならばそう難しいことではない。

 

 そして、競技の準備開始前、フライングすら取り締まられない時間帯の魔法行使、そうと意識して見上げなければあっさりと見落としてしまうような、山の天気だからと言い訳がつかないこともない程度の天候改変に目くじらを立てて取り締まるほど、誰も暇ではない。

 

「……監督が今年まで九校戦に出なかったのが十分理性的な判断だったって漸く理解できたかも」

「雫……ちょっと気付くの遅いよ……」

 

 そんな惨状を聞かされて、漸く一人の九校戦フリークな女子高生の内なる狂熱が冷めていった。学生の競技に、競って勝つことよりも欺いて負けさせることを至上とする輩は少しいる分にはスパイスだ。

 

 だが、本当に同じ生き物なのか疑いたくなるような知覚に基づく技量の暴力から分からん殺しを滅多打ちしてくる妖怪、競技の性質上、勝ち目が残る構成のCADを持ち込まない限りその時点で詰む存在が頂点に君臨する環境など、二年も続けるようなものではないだろう。その爪痕に意味があるのだとしても。

 

 幻術に支えられたチーミングという地獄のコンボに晒されている愛梨達にとっては不幸中の幸いとして、閃光などの移動そのものがままならなくなる妨害は規制されている。近づけばそれだけで不可視の部分に触れてそのまま消える幻なんてものは張り子の虎に過ぎない。

 

 問題はこの競技が初動、どこに位置取り、狙い、飛ぶかで得点の可否が大体決まる代物であることだ。バトル・ボードや予選での暴れぶりに比べればささやかとすら言える牽制も、それが急所である初動に刺さるとなれば、チーミングと合わせて地獄が待っている。

 

 そんな地獄のような状況でも、一色愛梨は折れずに得点を狙おうとした。だが。

 

「残念だけど、一花のリプロデュースをやったのは私よ?現物を見て三日半も猶予があったのに、貴女の猿知恵程度、追いつけないと思うのは楽観が過ぎるわよ?」

 

 一色に生まれ育った彼女が一色の家伝を越えて編み出した魔法にして、彼女の二つ名となる代名詞、『稲妻』。一色の秘匿術式である『電光石火』、脳と感覚器、運動器までの神経伝達をスキップする魔法を元に開発したと思われる、脳すら飛ばして精神で直接知覚と運動の指示を下して動かす魔法。

 

 では、これを異常なまでに拡張された知覚能力を持つ冴種真由美が実物を見て上前をはねるとどうなるか。結果は移動の放棄であった。ステッキがホログラムに当たれば得点判定を取れるのだから、何も本体が動く必要などない。

 

「は…………?」

 

 地上にあって移動すらなく、ただステッキを投擲してホログラムに当たった瞬間に手元に跳ね返し、それをそのまま操って次のホログラムに投げる、これを幻術で他の選手達の初動を潰す片手間に愛梨の狙いを潰す形でやるのだ。

 

 本来ならば、ステッキをぶん投げてから飛行判定を切る為に手元に回収して、などという真似は一度や二度ならば無理とは言わないが、ずっとやり続けるのはおかしい。

 

 ここまで乱暴な扱いだと普通にステッキが壊れかねないし、頭にでも当たったら大怪我しかねない鈍器をあっさりキャッチしてそのままぶん投げるという動きを時速150㎞の速度域でやること自体が既に人体の限界をぶっちぎっている。

 

 これを可能にするのは、この術理を編み出した一色愛梨ですら手に負えない『稲妻』の応用技。精神で肉体を直接操作すると言う術理の下に神経系の構造を無視して成し遂げる暴挙。

 

「生身で音速越えられる私だからこその言葉だけど、高速移動なんて手間暇かかって面倒臭いものよ?」

 

 人の形をしている以上は通常の動かし方では感覚も運動も全く追い付かない、手指以外の全身の高速精密駆動能力を手指の域に追い付かせる行為。構造的に存在しない感覚を他の異常発達した知覚で埋め、高速精密駆動のための本来出力不可能な運動信号を精神から直接出力させる。

 

 異形の体術でステッキの安全な回収と再投擲を以てステッキにかける魔法のインターバルとし、手元から離す瞬間に接触魔法として加速と移動の二工程の簡単な移動魔法をかけてかっ飛ばし、ホログラムに当たり、魔法が終了した瞬間に手元へ跳ね返す魔法をかけ直す。その動きに、CAD操作は不自然な程に連動していない。

 

「……うわぁ」

 

 この惨状を達也を除き最も素早く理解できてしまったのが千葉エリカである。柳連のような他の近接戦闘の専門家も、真由美がどういう境地に達したのかは動きを直接見れば理解は出来た。だが、それ以上の事が起きたのだと、彼女が有する前提知識が告げていた。

 

「エリカちゃん?」

「……先輩の今の魔法、先輩にとっては弱点の大幅補強よ」

「冴種先輩の」「弱点……?」

 

 エリカの口から出た結論は弱点の補強。万能の二つ名を持つ七草の不世出の弱点とは……?と達也以外が狐につままれたような反応をする。

 

「先輩が本当に一番強いのは隠密狙撃戦らしいわ。近接格闘戦は先輩にとって、幾ら究極の見切りを持っていても身体が絶対無敵にはまるで追い付かないから苦手分野なのよ」

 

 本来ならばそれだけで近接最強を謳いに行ってもいい程の究極の見切りの才、それを持ち主本人は肉体が追い付かないから単なる弱点だと切り捨てている。

 

「それを、あの魔法は全身を高速精密駆動させることを可能にすることで、まともな近接格闘における駆け引きをほぼすべて後出しジャンケンで強行突破出来るようにしてしまう。まゆみん先輩を相手に近接格闘戦に持ち込めたとして、逃さないなんてもう無理よ」

 

 では、全身が手指の高速精密駆動を得たら?本気の彼女はそれを逃げ足に全ツッパするとエリカは言い切る。

 

「で、無理矢理にでも逃げ切ったら後は隠密狙撃戦に持ち込めば、ほぼ勝ち……らしいよ?それがどれだけえげつないものなのか、知っている人は私が知る限り誰もいないけどね」

 

 そんな異常な理屈の下に彼女は千刃流の門を叩き、自分は彼女の慧眼を知った。証拠は無くても、彼女がそういうことを言っていたのならば、事実だろう。

 

「どっちにしても、この盤面では肉体の高速精密駆動と幻術とステッキの射出と回収、全部を並行して最低限の起動式のリロードで回しきっているから、ミラージ・バットの競技の大前提、選手の跳躍や飛翔ではアレに追いつくのは無理よ」

 

 エリカの言葉通り、一色愛梨はまるでその程度の分際で冴種真由美に挑んだ報いだとばかりに徹底的に叩き潰され、0点でミラージ・バットの本戦決勝を終えた。試合終盤の彼女は焦燥に苛まれ、明らかに必要以上の想子を魔法発動の度に漏らし続けていた。

 

 想子枯渇や正体を喪うような事にならなかったのは彼女のせめてもの矜持だろうが、競技を終えて、駆け寄る十七夜栞や四十九院沓子、予選で真由美に叩き潰された水尾佐保に目もくれず、彼女は静かに去っていった。




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