異形の七草   作:メダカにジャム

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映画熱、やっぱりすごいですね。


九校戦編エピローグ

 後夜祭はおろか、モノリス・コード本戦すら待たずして、冴種真由美は姿を消した。置手紙に曰く、急なバイトの予定が入ったから、らしい。

 

「まあ、信頼の表れだと思えば悪くはない話だけどよ、学生として過ごすことを重んじているあの先輩がこうなるって、一体何があったんすかねえ……」

「さあな。大師範は単純な経済力だけならば既に生半可なA級魔法師が束になっても敵わない域にいる。但し、金遣いも相当荒い。需給の隙間に偶々ぶち当たったんだろ……そう思っておけ。そうじゃないと疑って、それが大当たりだったら、どんな大惨事になることやら」

「確かにあの人の金銭感覚は見習ったら破産しますね」

 

 モノリス・コード本戦の代表選手の桐原が服部に振った話の返答は、心に棚を作って無視しろというもの。金遣いの荒さに関しては、鈴音がボソリと同意を述べ、他の皆も思い当たる節は少なからずある様子だった。

 

(多分稼ぐそばからコネや研究費も含めた投資に変換しているんだろうと想像は付きますけど、見習いたくはありませんね……)

 

 四葉の次期当主候補として、普通の魔法師教育だけでなく、帝王学等を学んできた深雪は金遣いが荒い事はある程度は投資の裏返しだろうと察しは付いた。実際、彼女の人脈と深い見識は凄まじい。凄まじいが、お一人様だから見逃すしかない無茶を幾度もやらかしてそうなったと想像は容易かった。

 

 そうでなければ、四葉の分家の人間、それも次期当主候補二人込みに覆面被せて九校戦の練習相手に突っ込むなんてアホな話はあり得ない。突っ込まされた本人達曰く、腐れ縁の類ではあるが、とても有用な取引先。四葉家次期当主候補の看板を曲がりなりにも背負うなら、無関係を選べない相手。そう言われてしまえば、まあ、分かるけど…と深雪は渋面を淑女の皮に包むしかなかった。

 

 どちらにしても、所帯持ちである自分からすれば、たとえ全てを自力で無事に切り抜ける算段がついていたとしてもやってはいけない無茶をやっていると言えよう。ゲリラと火力、方向性は違えど、兄と同様に個人で戦争できる魔法師の身の振り方がこうだということに、思う所は沢山あるが。

 

 ともあれ、外部の九校戦後夜祭に参加する第一高校以外の者達からすれば、たまったものではない。満を持して魔法科高校生達のデビュタントの場に選手として現れたかと思えば、前夜祭では九島烈のお茶目に悪ノリする形で無茶苦茶をやり、競技では手を変え品を変えの分からん殺し連打で競技そのものを種目ごと破壊する勢いで蹂躙するだけ蹂躙して去っていった。

 

「当校の冴種について、皆様が誤解をされているようなので、俺の方から申し上げますが……」

 

 頭を掻きながら十文字克人が真由美目当てに集まるも本人不在で宙ぶらりんとなっていた面々に話しかける。いっそ、親父の好みの銘柄でもあいつに一本奢らせようかと、そう思いつつ。

 

「アレは偶々魔法科高校生の皮を被っているだけで、実態としては九島老師と対等に立てる存在です。人徳だとか、功績だとか、そういう綺麗なものではなく、シンプルに実力のみで」

 

 故に、お前達青田買いに来た者達は選ぶ側ではないのだと言外に宣う。

 

「あの人の教え子の一人としても、一条の人間としても克人氏の言葉に全面的に同意しよう。幸いにして本人は世捨て人ではなく、便利屋と言う形で門戸を広く開いている。そちらから当たってみては如何か」

 

 一条将輝もそれに便乗し、本人の城の正門からアポを取れと追い返しにかかる。

 

「今回の九校戦出場は、あの人からすればただの広告みたいなものですよね?俺達のような魔法力だけの未熟な素人など、簡単に煙に巻いてしまえることの証明。恐らく、『逃げ足』が売り文句だと思ったのですが、どうでしょう」

「流石だな。正解だ。あいつの広告の手助けをさせられるのも癪だが、同期の俺から見てあいつの何が一番厄介かを一つ挙げろと言われたら逃げ足一択だ」

 

 最後にそもそもあの奇術の群れが一貫して自分の逃げ足のアピールであったことにも気付かない程度の輩は帰れと言外に締め出しをかける。有象無象に冴種真由美の時間を取られて損するのは自分達だと理解しているが故に。

 

 怪物と相対するには、普通の上澄み魔法科高校生では不足が過ぎた。そうなると一同の注目は今年のスター選手達、中でも同日本戦二競技掛け持ちと言う無茶をフィジカル(魔)一本でゴリ押しして押し切った女傑、司波深雪。そして、一年ながらに真由美の薫陶篤い上級生達を従えてエンジニアチームのチーフを務めた豪腕の司波達也に集まるというもの。

 

 笑顔の裏でお兄様と踊れなかったじゃねえかこの野郎どもと不満を溜め込んでいるのが目に見えていた達也は解散後にこっそり深雪を連れ出してストレスを発散させてやるのであった。

 

『飼い主さんは大変ね』

「余計なお世話だ……ちっ」

「お兄様……?」

「これは……モスクワからか?」

 


 

 そして、二学期の始業式を回って、冴種真由美は実に変わらず、いつも通りの態度を取り続け、しかし大したイタズラをまるでやらなかった。その姿に、彼女を知る者は確かな不穏を感じ取った。

 

「残念ながら、不穏な気配には同意するけど、僕らでも彼女の最近の足取りは全く掴めないよ」

「全く、ですか」

「機動力と感知力の差が酷くてねえ……一つ確かなことは彼女のバイト先は九校戦最終日からずっと、開店休業中ということさ。彼女は学生としての平常運転を装いつつ、密かに何かをしている」

 

 九重八雲は達也達の問い合わせに疲れたような表情でお手上げを表明する。忍びとしての鼻柱はポッキリへし折れていた。

 

「但し、こうなる背景について何も知らないかと言われれば話は別さ。『七篠桜花』、嘗て3年前に立て続けにこの国を襲った大亜連合と新ソ連の侵攻を跳ね返した、正体不明の戦略級魔法師。空気そのものを爆発させるらしい、戦略級魔法の中でも取り回しに優れた術理」

 

 それでも、一つの木を見失っていても、忍びとして森は見通せる。木々の構成のみならず、今どんな風が吹いて来ているかも含めて。

 

「火中の栗に興味があるのは何も、火傷した二国ばかりじゃない。本土を直接強く攻撃できる戦略級魔法が今まで無かったからと、新ソ連の防波堤として日本と同盟を組んでいたUSNAは与党内の対日強硬派を中心に大慌てさ」

 

 だから、どこで何をしているのかは分からなくても、何をやろうとするかはある程度予測がついてしまう。

 

「とは言え、直近の脅威は大亜連合と新ソ連だ。どちらも呼応するかのようなきな臭いニオイを出していてね?放置していたら、誰も枕を高くして寝ることは出来ないから、何か先手を打ちに行っているんだろうさ。なんて、月並みなことしか確かなことは言えない我が身の未熟が恨めしいよ」

 

 何かつっかえているものがあるのか。たとえ朧気な仮説でもいいと深雪は言い切る。

 

「僕個人の無責任な予想で構わないならば言うけど、多分、この有事で『七篠桜花』は空気を爆発させる戦略級魔法を使わない」

 

 九重八雲の結論は、真由美がこれ以上に戦略級魔法を使う事は無いだろうという一見すると常道を外れるものだった。

 

「……他に代替手段があるのであれば、確かに空気を爆発させる魔法は乱発する必要は無いでしょうね」

 

 しかし、達也は一理はあるという。結局の所、何処まで行っても魔法は手段でしかない。その真理を自分は3年前から片時も忘れたことは無い。四葉において、今年接した一般魔法師社会において、手段と目的が混同される事態など腐るほど見てきたが、真理は真理である。

 

 己と違って、冴種真由美は無数の手札を持つ。母の魔法演算領域をサブエンジンとして取り込んだことで精神干渉すら母以上に使いこなせるこの怪物が暗躍するのならば、どんな大惨事が起きるかなど、事前想定するだけ時間の無駄に思えてくる。

 

 死に瀕して生死の境で半壊していたらしい母の精神を応急修理するついでに魔法演算領域を切り取り己に移植したと言うが、その過程で母の記憶にも少なからず触れているはずであり、世界最高峰の精神干渉魔法師の経験値は間違いなく引き継がれている。そうでなければ応急修理など出来るわけがない。

 

 結局の所、今回は大亜連合と新ソ連の軍事同盟を依り代にした同時侵攻の手を切り落とし、暫くの平和を勝ち取れるだけの被害を相手に与えさえすれば良いのだ。その手段は何も戦略級魔法による広域爆破だけに限られた話ではないだろう。

 

 雑に戦略級魔法で薙ぎ払わずとも、腕の立つ魔法師が暗躍し、それを止められなかった際に起きる出血が大国ですら致死量に至り得ることを証明したのは、他ならぬ四葉家なのだから。

 


 

 秋の夜長が徐々に迫る日の夜。便利屋は軽い仕事を終え、黒須と真由美の二人で日が沈みかける頃から晩酌に洒落込んでいた。

 

「なあ、嬢ちゃん。例の案件、進捗どうよ」

「正露丸の仕込みは問題ないわ。ゲーゲーした時の洗面器の準備もOK。後は顔にぶちまける用のアッツアツの麻婆豆腐を用意するだけよ」

「ったく、冗談きついぜ。A級崩れのオッサンとバイトの嬢ちゃんに、ウランバートル条約をぶっ壊せ、だなんてよう?」

 

 ウランバートル条約。大亜連合と新ソ連の緩衝地帯、併呑しても苦味しか無い小国として今尚残るモンゴルの首都にて結ばれた軍事同盟。会場を提供したモンゴルには相当アメを舐めさせたらしく、機密の秘匿は未だ堅い。ここから何処まで両国が本気を出すかは今も定かではない。

 

 だが、たとえ侵攻の手を退けても、条約が維持されている限りは圧力は萎みきらない。ならば、条約は破談にさせるべきだ。その為の工作の依頼が便利屋へ襲来し、前払い金と称して横浜ベイヒルズタワー丸々一本が便利屋に与えられたというのだから、やるしかない。

 

「額面だけはバカ高いけど、テナントが丸焼けするかどうかの瀬戸際だから実質成果報酬なのよねー。無傷で済ませても、お家賃を守る為に私のシマとして守れ、か」

 

 三棟一体の超高層ビルで、ホテルやショッピングモール、テレビ局などからなる複合施設を丸々一本。魔法師の一働きに対する報酬としては、日本史上ぶっちぎりのトップ。但し、手放しに配当を丸儲けできる類のものではない。

 

 条約を破壊し、新ソ連と大亜連合の侵攻を返り討ちにして、漸く儲け話になる代物だ。主要なテナントには、日本魔法協会関東支部を筆頭に、海軍、海上警察の秘密基地も入っている。侵攻がまともに通れば、不動産は容易く腐動産に早変わりする。

 

「まあ、一番ヤバいのはもう作戦が半分以上終わっていることなんだよなあ……」

 

 既に王手は密やかに放たれている。作戦の仔細を知るのは、当人たる便利屋達と依頼人当人のみであるが、伝書鳩役を担った仲介人は依頼人がドン引きしながらも、国防の為に已む無しとゴーサインを出す姿に怯えていた。

 

 新ソ連や大亜連合が埋伏の毒に気付くには、冴種真由美を絶望的なまでに知らなさすぎる。絶望的なまでにその視座に追い付ける怪物の用意が無い。絶望的なまでに、その答えに至るまでの学術的な積み上げが足りない。

 

 同様のことはUSNAにも言える。所謂厨二病だった頃の()()真由美は妄想上の難敵を恐れるが故に、ある意味では、冴種真由美よりも遥かに凶暴であった。その爪痕は、密やかなものであるが、しかしくっきりと刻まれている。




Q. こいつ、USNAに何やらかしたの?
A. 知る事と識る事は全く違う事をしっかり理解していたので、知られても識られないようにした。物理で攻めたらどこかでバレるので、そんな証拠は遺さないように
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