異形の七草   作:メダカにジャム

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極東混迷編2

 陳祥山、呂剛虎ら大亜連合軍特殊工作部隊16名、ジャクソン父娘、USNAの非合法魔法師暗殺者小隊イリーガルMAPの一角、ホースヘッド分隊、ジェネレーター10体。小国ならば致命傷、日本でも単純な戦力の合計値だけを見るならば、四葉以外の十師族の一つや二つは壊滅或いは十八家落ちしかねない大出血を強いる布陣。

 

 これら全ての殲滅は、真由美ならば一人で容易くこなせる。単純に狙撃連打で様々な角度から一方的にゴリ押しすれば良いだけだからだ。だが、戦闘能力を残した状態での捕縛となれば話が違う。

 

 それぞれ異なる作戦目標、推測は難しくないが詳細は不明。悠長にやっていては、気取られ動かれてしまい危ない。速攻で全員を同時に捕縛しなければならず、また真由美本人はおろか、その陰すら目立つようなことは望ましくない。正体不明の狙撃手が日本にいる事実は、冥途の土産限定品である。

 

 故に、冴種真由美は躊躇いなく他人に頼る事にした。元々彼女は一介の便利屋のバイト。幾らたった一人で大国一つを落とせるゲリラ性能を持ち合わせていようと、そのように力を振るう気が無い以上は、誰かが理解できる形で必要以上に戦うのは避けるべき話だ。

 

 ただ逃げ足が死ぬほど速くて、手札の多さ故に分からん殺しを大量に持っているだけの、国家、国軍とも距離を置いて便利屋などという隙間産業に自ら身を投じた奇人。国家の存亡を賭けた一大事に置いては、第一線に間に合う訳がない、路傍の石同然の存在。そのように冴種真由美を理解したつもりになっている他国は知る訳がない。

 

 冴種真由美は、自分で手を下さずとも、馬鹿げた射程の索敵能力とそれを共有する技量のみで十分に最悪である。兄との共演により成立した恐怖絵図を余すことなく目撃した司波深雪の心からの感想である。

 

 僅か二時間程度。真由美が遠隔でカンニングした敵手のCADや呪符等の中身、敵地故に交換の可能性が極めて薄い手札を38人全員分暴ききるまでに二人がかけた時間である。

 

 その結果、誰に何をどこまでぶつければ確実に捕縛できるかまで含めて、作戦は戦闘開始前にほぼ完成していたのだ。雑談の中で真由美が語った動員戦力の質と量の暴力が、謎の作戦目標――全員の捕縛――を確実に遂行する為の執念を雄弁に物語っていた。

 

 必要ならば、これほどの戦力を惜しげもなく一つの獲物へ注ぎ込める。間違いなく、今後の活動に響くレベルの有形無形のコストが投入されている。自分でやれば、恐らくはほぼ同等の戦果を勝ち取れるだろう。それでも躊躇なく実行する。魔法師としての埒外の技量などではなく、狩人としての大胆さに達也も深雪も戦慄を禁じ得なかった。

 

 勝てる戦いをするのではない。逃がさない狩りを作る。その発想そのものが、自分達の知る魔法師の枠から外れていた。

 

 そうして見えない入念な準備の下に決行された正体不明の襲撃にそれと分かる前兆は無かった。初手は夜明け、それぞれのアジトへの攻撃。吸収系統魔法『ノックスアウト』が発動する。

 

 窒素と酸素を化合させて一酸化窒素を生成し、酸欠と神経麻痺によって制圧する魔法。しかし恐るべきはそれぞれ数百メートル離れたアジトへ目掛けて放たれたそれらが一人の術者による同時攻撃であることだ。

 

「はい、お疲れ様」

「こちらこそ、いいデータを取らせてもらいました」

 

 真由美がそう声をかけたのは国防空軍の飛行魔法戦力の構成を目指したとある実験的な中隊の面々である。実験室の片隅にそれとなく置かれている秘密兵器。『マテリアル・バースト』と並び、最も封印すべき戦略級魔法『ラスト・スカイ』を担当する『七篠桜花』の一人による、類似術式を用いての遠隔同時攻撃。

 

 『ラスト・スカイ』は攻撃力の大半を術後の汚染に依存する都合上、そう簡単に演習なんか出来るはずもない。だが錆び付かせるわけにも行かない。今回のレクとして経理処理される作戦への起用は、模擬演習としての価値があった。

 

 真由美による間接照準からの他術者による狙撃という、理解の外から殴り倒してくる悪夢のような初手で落ちたのは大亜連合から数名程度。それだけでも、今回の標的の練度の高さが伺える。初手を建物外への脱出で凌いだ内の数人から通報を受けた周公瑾は慌てて手勢と共に駆けつけようとするが。

 

「すまない、ちょっと老人の朝の散歩に付き合って貰えないかね?今日は二条川の川辺を散歩する予定だったのだが」

「ここは横浜、徘徊老人をやるにも程があるでしょう……!?」

「いやあ、すみませんね、祖父に付き合っていたら道に迷いまして。」

 

 何故かそのコース上にいるのはジャージ姿の九島烈と九島光宣。搦め手や数任せでのすり抜けを許さない足止め役が配置されていた。そして、逃げた各国の刺客達へも、当然ながら伏兵が差し向けられていた。

 

「アレに顎で使われるとは、私も落ちぶれたものだ」

「でも七草さんが折角の意趣返しのチャンスをふいにすることはあり得ないって言っていましたよ?」

「エリカ……兎も角、主力と退路遮断は此方で請け負います」

「はっはっはっは、秘伝の按摩を頂いたおかげで最近調子が凄く良いのでな。盾役は任せたまえ」

「逃がしはしない……!」

 

 大亜連合の刺客達を迎え撃つのは、七草弘一と十文字和樹率いる混成小隊。千葉兄妹で敵主力の呂剛虎の迎撃と退路遮断を請け負い、吉田幹比古が精霊化装を纏っての精霊魔法で古式魔法による搦め手を防ぎ、十文字和樹が攻撃を防ぎ、フリーになった七草弘一が蹂躙する。作戦目的が戦闘リスクを高める捕縛である以上、余計なリスクを取る意味がないとする采配による狩猟用編成である。

 

「敵は何処かの大国の暗殺部隊だそうだ。どうせ逃げても無駄だから深追いはするな」

「とは言え、話じゃ命令違反の常習犯で野盗になりかねない連中らしいからな。放置したらおちおち安眠もしていられない。ブタ箱にぶち込んで賞金貰って枕を高くして寝るぞ」

「そうですね。徹夜はお肌の大敵です」

「おい、お前達!こっちは旅行券を押し売りしに来ているんだ、大人しくしてくれるならボルシチ食べ放題の最高のツアープランがあるみたいだぞ!」

「Huh!俺達はまだこっちに来てSUSHIを食べていないんだ」

「ねぎトロを食わせろ!」

「そう、お寿司が所望なのね?……腐れ縁で後輩に顎で使われる羽目になって私凄く不機嫌なのよね……山葵も初めてでしょう……遠慮はいらないわ、口いっぱいに詰めてあげる……!」

 

 イリーガルMAPの一角、ホースヘッド分隊を迎え撃つは、十文字克人率いる第一高校の面々である。服部のダメ元での勧誘は日本で暴れさせろとスルーされ、何故かこのチームメンバーとの面識はほぼ無いOGの津久葉夕歌が荒ぶっているが、触らぬ神に祟りなしと全員がスルーしている。

 

「がっ!?」

「ジェームズ!?……なっ!?」

 

 そして、ジャクソンを名乗る父娘は唯二人目撃者に全くなり得ない。だから、真由美自らが狩る。ジェームズが幻影に攻撃しようとして、CADがスパークして魔法発動そのものをファンブルさせられる。そうして出来た隙に単純な頭を揺らす魔法と酩酊効果のある想子波がその意識を刈り取る。緊急逃亡を狙ってジャスミンが選んだのはオゾン・サークル。逃げるための牽制はしかし、同じようにファンブルする。

 

 電子金蚕。電気信号そのものを直接乱す大陸系のSB魔法。鎖国していたオーストラリアの兵士に、この魔法との交戦記録は皆無である。加えてこの魔法をノックスアウトの直前に休眠状態で仕込まれれていた為に、魔法行使の気配はノックスアウトでの急襲という特大の囮に掻き消され、気付ける余地は無かった。

 

 そして真由美自らが忍び寄った際に発した想子波で休眠していた電子金蚕は目覚め、CADという手札のほぼ全てを蚕食し尽くす。魔法が失敗した動揺のままにジャスミンの顔面に『ドライミーティア』が直撃し、炭酸の爆風が彼女の意識を奪った。

 

 たとえ、ジャスミンがウィリアムズ・ファミリーとしての精神同期能力を発動していたとしても、豪州が得る成果は無い。ただ奇襲され、CADがファンブルし、動揺した所を刈られて終わったようにしか見えないからだ。

 

 実際には、幻影は注目を吸う半ばトリック染みた弱い精神干渉が混ぜてあり、視野を狭窄化させたところで動揺を狩る構図だったのだが、誰も知る由もない。

 

 豪州からの刺客たちは、その微妙な立ち位置故に他国の支援要員からの補助を受けにくく、そのワンテンポの遅れで孤立無援となっている間に狩られ、そして連れ去られたからだ。

 

 ジェネレータを引き連れた大亜連合の特殊部隊、ホースヘッド分隊も、予め手札の中身が全部バラされている状態で、問題なく倒しきれるだけの戦力を揃えて当たられては、戦う前から詰みが見えているものである。狩りは全うされ、38名の三国連合は何もすることなく、盤面から姿を消した。

 

 全ての通信の試みは推定逃走ルートに配置された遠隔干渉用のドローン型CAD子機越しに藤林響子が潰したため、ジャージ姿の徘徊老人(FOE)と孫に封殺された周公瑾以外、イリーガルMAP及びジャクソン父娘の支援を予定していたUSNA側の工作員達も定時連絡の失敗までまるで動けず。

 

 何もかもが、戦場の霧に呑まれていった。出来る限り無傷での捕縛。全てを手配した冴種真由美からの奇妙なオーダーの意味については、報酬増額要素だから別に構わないかと、第一高校生達はあまり気にせず無理せず成し遂げ。七草と十文字の大人達は、真由美のとっておきの一本を貰えるなら別にスルーしてもいいかと、そもそも断れない筋からの代理人として真由美がやってきた事実を前に見逃すことにした。

 

「まあ、こんなところかしらね?」

 

 国内の軍事秘匿施設の一角にて、取り急ぎ必要な施術を26人分終えた冴種真由美はエナジードリンクのスポーツドリンク割りを飲みながらそう休憩室にて独り言ちる。

 

 冴種真由美の胎内に係留体共々格納された、司波深夜の魔法演算領域。元の持ち主を少なからず蝕む諸刃の剣であったそれは、真由美の研鑽と改修によってより軽く鋭利な刃として生まれ変わる。

 

 『忘却の河の女主人』と司波深夜が畏れられたのは何故か。エピソード記憶の意味記憶への置換。それによる、スパイのやる気そのものを奪うゾンビ的無力化。*1真由美もまた、同じことをやった。

 

 対日攻撃そのものの意図を削り去る。そうして、出来た心の隙間に本人達が納得できそうな理由を与える。そうすれば新ソ連を攻撃するアジア系魔法師集団、もといアッツアツの麻婆豆腐は出来上がる。

 

 逆に大亜連合に馳走するアッツアツのボルシチの準備は既に済んでいる。イグロークの総動員。過去最大の全力はしかし、最早ベゾブラゾフの独り相撲の方が百倍マシな末路へと突き進んでいることに誰も気づいていない。

 

 冴種真由美はベゾブラゾフに戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』を撃たせるつもりである。

*1
本作独自解釈




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