真由美が千年の歴史を持つ古の魔法、札束ビンタその他にて謎の外国人不審者の捕縛大作戦を終えた後も、世の中は平常運転である。ただ、全国高校生魔法学論文コンペティションが今年は横浜で開催されることと、大作戦が横浜で展開されていたことは、全く切り離して考えられたものではない。
同イベントの警備隊及び自警団の鍛練については、第一高校生徒会長の十文字克人の呼びかけにより九校全てで今年は特に物騒な気配ありということで、更に激しい特訓が行われていた。その一環として、克人は達也に一つの頼みごとをすることにした。
「司波、何のこととは言わん。書類の書き方の癖、気にしたほうが良いんじゃないか?」
「……心当たりはありませんが、心得ましょう」
賊達の装備は寒気や哀れみが湧くほどの精度で誰かの書いたレポートに詳らかにされていた。そのフォーマットは、九校戦の作戦本部に詰めた者ならば、凄く見覚えのある代物だった。克人としては自分達十師族のツケの清算をこんなに簡単にしてもらっている以上、藪を突く気はない。が、七草弘一辺りは間違いなく興味を持っただろうからの独り言であった。
「それでだ。素人予測で別に構わんが、どういう仮想敵が良さそうだ?」
「ふむ……一般兵士や機械兵器対策の方を厚めに取って良いでしょう。現代魔法で強烈な攻撃が仕掛けられる可能性は薄いかと。そっちの方は多分冴種先輩が何とかするでしょうから」
「感謝する。しかしそうなると、済まないがまた十三束の面倒を見てもらえるか?あいつが原案を出した『金剛腐壊』を実戦投入するには少し武装の開発が追い付かず不安があるようだ」
このやり取りの数日後、十三束鋼の対物破壊魔法『金剛腐壊』は、司波達也という図らずも構造干渉の専門家を得たことで、当初の想定以上の完成度へ到達してしまった。
『金剛腐壊』とは、収束魔法による金属精錬を家業とする十三束家の密度干渉技術を、対物攻撃へ転用した術式である。密度均一化による副次的効果で精錬を為すのが十三束家らしい順転ならば、反転は密度を乱し、装甲などの硬い部材をボロボロにする干渉。
接触型魔法であるが故に、局所的な構造干渉にも等しいその魔法は、人知れず構造干渉を専門とする達也にとって、数日で実用化できる代物だった。
本来、対人・対魔法師戦闘に偏重している白兵戦魔法師が対物破壊を成し遂げるための切り札とは、千葉であっても秘剣に分類される程の代物だ。それをエンジニアとしてある程度の簡単なメンテノウハウ開発込みで完成させた達也の名声は、第一高校に静かに轟く。
鋼が達也に向ける敬意について、真由美の次であることはちょっとムカつくものの、漸く然るべき評価を兄が受ける姿に司波深雪はご機嫌であったという。
きな臭い気配があるとはいえ、それでイベントを疎かにしては意味がない。元々、論文コンペ自体についても、司波達也は実演用の装置の監修を担当している。克人自身、それを知るが故に戦闘員の強化補助の仕事を頼むのは慎重になるしかなかった。
十文字克人本人としては、昨今のきな臭い気配を鑑みて、論文コンペにて有事は十中八九何か起こるものと覚悟していたのだ。
十師族として有事に戦う義務を負う自分は、最初から謎ムーブをして当てにならない同期共々、非常時に第一高校の生徒達を守り切れる保証がない。だからこそ、自分がいなくても機能する戦力を整えておく必要があった。
ことここに至って、十文字克人は頼ることに遠慮をしなかった。
「司波妹、嫌な話になるが、この前から横浜は何かと物騒だ。論文コンペと有事が重なる事態を想定した場合、俺は十文字家の次期当主として然るべき義務を果たす必要がある。そうなると、だ。そうすると俺は第一高校の皆が避難するのにそこまでリソースを割けない」
「私がどこまで動けるか、そういう話ですね?」
「ああ。
話を持ちかけられた深雪としては、納得しかなかった。恐らく、十文字克人は自分達の出自について、もう半分以上あたりが付いている。ただ、紳士協定故に指摘せず、目を瞑れるから瞑って貰ってきただけのことで、非常時となれば最低限の話は通す必要があり、それでも尚、克人は配慮を崩さなかった。
そもそも、細かい事情は伏せられながらもあの冴種真由美に十師族がやるような政治的紳士協定に招かれている以上、後は消去法の問題だと今なら分かる。兄が実力者として認められて承認欲求が充足されている深雪は、自分達の世間知らずぶりを内心恥じらいながらも、状況をしっかりと捉える冷静さを復活させていた。
「……その状況で私ができることは、第一高校の皆が無事に避難するために最善を尽くすことです。少なくとも、私は自分が性能の割には戦闘者として脆いという自覚はあります。本当に全力を出して戦った経験はほぼ皆無ですし、お兄様はお兄様で御役目がありますから」
「ふむ。司波兄については実のところ、BSに近いタイプの魔法師で、かつそれが全く実技点に繋がっていないのではないか、とは思っていた。実際、俺からすれば、そこら辺の器用万能なA級魔法師よりも、一点突破型の方がずっと怖いし、冴種の態度からして、多分十師族最上位を基準にして尚怪物的だろうなとは思っていた」
そう言う克人は深雪に背を向けて、あくまで独り言であるという体で話す。これ以上、ボロを出されても面倒臭いと言わんばかりに。
「どちらにせよ、当てに出来ないなら中身が何であるかはこの際無意味だ。回答、感謝する。警備隊の連中には全員の生存率を上げるためにも司波妹の隙を全力で潰すよう立ち回れとは伝えておく」
「いえ……こちらも、もっと身軽に動ける方がいないか、ダメ元程度で申し訳ありませんが、個人的な伝手を当たってみます。……どうもあの先輩はその伝手にすら手が伸びるようですから、先輩経由と言い訳させてもらいますが」
「構わん、藪を突く愚かさを俺たちの代はよーく心得ている」
「……思った以上に普段の私達は後輩として甘やかされていたようですね。心得ました。誠意は、結果にて」
そうして、不穏な影に備えながらも日は巡り、論文コンペ当日がやって来る。大学、企業、研究機関を招いて行われるそこには、例年にない珍客が何人も湧いていた。
八代隆雷、十師族八代家の当主の弟にして、兄の雷蔵共々学者として世に知られる人物。電波工学の権威として名高い彼が此処にいるのがある用事のついでであることを知るのは、全く同じ事情を持つ九島光宣と孫の引率で来た九島烈ぐらいのものである。
もっとも、本人の気分としては忙しくて中々行けなかったイベントに漸く顔を出せるという昂揚の方が遥かに勝っている。素人質問バズーカは第一高校へと照準を向けられていた。
魔法式を保存する『聖遺物』について、デッドコピーが軍用CADの一部、最重要軍事機密の一角に組み込まれていることを彼は利用者の一人として知っている。
核融合に必要な魔法群は、資料からは高位の魔法師による維持を要すると推察される。
だがやがて魔法式の保存技術の進化によって魔法師がちょっと面倒を見てやれば大丈夫な程度のものに収まるだろうことは想像に難くなかった。
そのように珍客が集まる中で、逆に何故か来ない者もいる。一条将輝。第三高校の警備隊の若きエース、一年生達の纏め役は、当日の土壇場になって来なかった。
「全く、一体何を考えていますの彼は!」
「……急な鱈漁のお誘いがあったんだってさ。大漁旗付きの自撮り一枚で許すって事で僕が話を預かっているよ」
憤慨する一色愛梨を宥めつつ、吉祥寺真紅郎は周囲が気圧される程の昏い邪悪な笑みを浮かべていた。三年前の佐渡ヶ島侵攻で家族の命だけは何とか助かったものの、家、親の職場、学校、学友と彼が戦火で喪ったものは少なくない。
路頭に迷いかけた自分達の後ろ盾になってくれた一条家と一色家の手前、表に出すものではないと引っ込めていたものが、俄に溢れ出そうとしていた。
「真紅郎、お主、怖いぞ」
「おっと失礼……ちょっとはマシになった?」
「ちょっとはの」
鱈漁が何を意味するのか、その背後に何があるのか。碌でも無い物騒な話が裏にあると四十九院沓子は察しながらもこれ以上は口を噤んだ。
いる人、いない人、どちらも予定外ならば、それら同士の遭遇もまた、不可避の予定外であった。
「……ふむ、君もあの悪戯小娘に招かれて来たクチかね?」
「そんなところです、老師」
「私から言えることとしては、あの子は私の手にも負えんよ。弘一や真夜、深夜、全盛期の私やうちの孫と比べても、明らかに格が違う。強さがどうこう、ではなく、視座の格がね」
「視座の格……ですか」
「腐れ縁の類、そう見えるだろうが、疎かにしないことを個人的に推奨しよう」
九島烈に話しかけられて新発田勝成は内心冷や汗をかきながらも如才ない回答に徹するが、九島烈は深くは追及するつもりは無いと言外に示す。その上で、上手くやって行けとアドバイスする様は、彼が一線を退いて戻る気が無いことを示していた。
「本人や周囲がそこまで徹底してやるつもりがないとはいえ、その力が齎す結果の本質は究極の予防だ。四葉家や七草家がこの四半世紀追い求めてきた悲劇に対する特効薬とは対極にして望まれぬ別解」
四葉真夜を襲った悲劇に対して、本人は司波達也を望み、嘗ての婚約者は弱く奪われた自分を否定するために大きな群れの主となった。どちらも、ただ間が悪かったから悲劇に遭ってしまったのだ、七草真由美があの時代にいたらそもそも陰謀が誰も知らぬ間に握り潰されて何も起こらなかったのだという悟りじみた話など、受け容れられるはずがない。
「我々魔法師として戦いながら生きて死ぬことしか思いつかぬ輩に、そもそも戦いそのものの予防など、豚に真珠どころか本源的な価値を奪う猛毒だと言われれば返す言葉は無いが、それでも付き合い方を考えるのは君達若い衆の仕事だろう」
からからと笑い、九島烈は去る。七草真由美は七草弘一が手許を顧みず、ただの実娘A、社交の砲弾として、飼育環境を整えて放置してきた中から生えてきた例外である。
だからこそ、七草真由美は冴種真由美になった。戦いに勝って総取りして、奪われたものも取り返せというナンバーズ、否、戦闘系魔法師の普遍的な本能から訣別したもの。
業界の片隅に居を構えながらも、自分以外でもどうにかなるように、を免罪符に結局広めの懐を持ち、非情や功利に徹しきれない半端者のアウトロー。
半端な甘さを持つからこそなのか。自業自得故に溜まったツケを払う時、不可視無敵の狩人は何処までも悪辣である。
新ソ連から出撃した艦隊を迎え撃つべく、海軍が北海道に構えている合間を縫って大亜連合の揚陸艇が横浜市に着岸した瞬間。各軍部の最上層は地獄の釜の蓋を開けた。
「……」
海軍が所管する戦略級魔法『海爆』、その発動を可能とするインフラ系は何も対艦隊攻撃だけが持ち味ではない。衛星による間接照準技術を応用して、ダムを壊す攻撃も可能だ。そうして拡張された遠見の視界は、錆色に染まっていた。直後に錆は水飛沫に溶け、濁流が下流を襲い始める。
一条剛毅は、ウランバートル条約の存在だけは何とか把握していた。しかしながら、その表情に悲壮は無い。条約の存在自体について、日本にとって戦略的な詰み一歩手前の話だとは理解している。だが、同時に。あの悪ガキが必要に迫られて卓袱台返しを出来ないほどに状況が詰んでいるとは思っていない。そもそもこの即時反撃態勢の構築自体、冴種真由美が裏で糸引く軍事作戦だ。
「親父……」
「俺の攻撃は新ソ連の仕業になる予定らしい。どうやって、なんて話は知らんほうが良いだろうな。これからは、新ソ連や大亜連合からの組織的な侵攻以外を気をつけろ、なんて話も聞いている」
横浜市への侵攻の迎撃は敢えて国防陸軍と七草、十文字の義勇兵で受ける。新ソ連の艦隊はこれから自分が潰す。一条将輝は自分の使命を把握しているが、それがどんな決着に繋がるのか理解出来ずに戸惑いを隠せなかった。剛毅の説明はそんな不安を払拭した上で、誰か、恐らく彼女にはここを乗り切った後のビジョンが見えているのだと言う。
そして。正体不明の電波障害に艦隊が混乱する中、ベゾブラゾフに日本側の迎撃艦隊を戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』によって殲滅する指示が下され。実際に行使された戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』は
ほぼ同時刻、新ソ連のシベリア地方の主要都市、ノヴォシビルスクに正体不明の武装魔法師集団が襲来。現地の陸軍基地を壊滅させた後、電源及び燃料、物流倉庫への強烈な攻撃が同都市のライフラインをズタズタに引き裂いた。
地獄の窯の蓋の中身はもう少々お待ちを……
誤字報告、感想、ここすき、評価、ありがたく拝見しております。
いつも通り、ツッコミどころ等ありましたら、感想欄まで