司波兄妹は、生徒会長の十文字克人から招待を受け、深雪を対象に生徒会役員の説明を受けていた。司波深雪が生徒会への所属に前向きになった所で、思い出したとばかりに克人は告げる。
「ああ、因みに。今の規則の都合上、生徒会役員は一科生しかなれん。何処ぞのバカはサボりまくって人に散々尻拭いをさせたあげく、二科生に落ちてクビになったから一応言うだけ言っておくが。改正には全校生徒の三分の二以上の賛成が必要だ。ちょっと俺の代は無理そうで半分諦めているが、司波が生徒会長になった暁には好きにしてくれ。死人を出さなきゃ一人二人雪だるまにしてやっても良いんじゃないかとは俺も思うが」
眉間を抓りながら語る克人に司波深雪は苦笑いするより他になかった。それはそれとして。
「雪だるま、雪だるまと先輩方は私のことを何だとお思いで?」
流石にムカつくのでつい冷気を漏らしてしまった。居合わせた中条あずさは露骨に怯え、市原鈴音も軽く冷や汗を流していそうな顔をしたが。
「すまんすまん、あのバカのノリが感染ってしまった」
「一緒になってバカをやる分には楽しいのが厄介なんだよなあ」
十文字克人と渡辺摩利は微動だにしない。二人ともここ二年でかなり濃いトラブルに巻き込まれて、否が応でも肝が据わっていた。
「一応風紀委員会は二科生でもなれるぞ?殴り合いなら今のところは私ら既存の面子だけで足りているから、今は索敵要員やオペレーターを大絶賛募集中だ」
「お兄様なら……!」
兄の活躍の場が……!と、深雪がぱあと顔を輝かせるが、はっと気付いて俯く。途中で気付けただけ、進歩であったのだが、全員スルーしている。
「やる気が出たら生徒会の推薦枠は俺が持っているから言ってくれ。冴種の反応的に司波兄は風紀委員として多少の荒事に放り込んだくらいじゃどうともならんのだろうが、だからといってやる気のない輩を能力があるからと動員するほどこちらも切羽詰まっている訳では無い。違うか?渡辺」
「確かにそうだが、こっちも優秀な一年生が足りている訳じゃないからな?特に二科生の風紀委員はいい加減一人ぐらいは欲しかったんだ」
克人はあくまでも本人のやる気次第だと中立の立場を崩さないが、摩利の方は未練を隠せないでいた。
「……冴種先輩の評価ってそんなに重いものなんですか?」
「少なくとも、司波が風紀委員になった所で、冴種が評価しているという噂が聞こえていれば、二年生以上の大半が嘗めてかかることはまず無いだろうな。単純な性能比較が無意味な鬼札の一つや二つ隠し持っているだろう、と警戒される」
二科生であるという、この学校では結構重いレッテル、それを気にせず自分を見てくれるのは達也にとってありがたくないと言えば嘘になるのだが、それが十中八九自分の人には言えない実力まで見て知っているだろう冴種真由美の評価に基づくとなれば、やりにくい。どれほどの影響があるのかと試しに聞いてみれば、警戒が広がると言われてしまう。ガーディアン、四葉家次期当主候補である妹の護衛、という立場を以て妹を陰ながら守る事を使命とし、妹と共に平穏な学園生活を送る事を望む達也としては、目立って警戒されるのは宜しくない。ちょっと面倒なことになりそうだと内心げんなりするばかりだ。
「さっきも言ったが、司波のやる気が出たらで構わん」
「少し考えさせてください」
「とはいえ会長、流石に新歓……部活動の新入生勧誘シーズンまでには風紀委員の生徒会推薦枠からも補充しておかないと、例年加熱する勧誘活動の中、風紀委員と生徒会で抑えを効かせることになります。その時に困るのは私達もですからね?」
一度ここは退くべきだろう。そう考えた達也は話を後回しにし、程なくして兄妹は生徒会室を後にするのであった。単純に逃げる気一辺倒と言う訳ではない。最後に市原鈴音が念押しした通り、深雪が生徒会入りに乗り気である以上は、妹の前途に多少なりとも面倒ごとが見えているからこそ、兄として合法的に手を貸せる立場を確保しておくべきか。そう考える自分に、達也は少し苦笑いするのであった。
自宅に戻った司波兄妹は、一先ず深雪の要望で生徒会として活動する際のCADの中身について、対人拘束用のバリエーションを拡充することにした。その際に兄妹でじゃれ合ったものの、突如来客を知らせる通知が鳴り、程無くして二人はその通知の正体に驚愕しつつも急いで応対の準備をする。
「お待たせいたしました、叔母様」
「構わないわ。いきなり訪ねてごめんなさいね。まずは二人とも入学おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
「さて、本題に入りましょう。冴種真由美さんについてよ」
四葉真夜、甥と姪への直々の電撃家庭訪問。社交辞令の後の本題として出された話題にただでさえ四葉本家に隔意を抱いていた深雪の表情が更に硬くなる。今の所は直ちに敵対するような間柄では無いが、絶対に侮れない相手への態度をこうしろと言われかねない事態だからだ。
「身構える必要は無いわ。四葉は彼女に関して静観します」
ふぅと深雪は思わず息を吐いてしまう。緊張をし過ぎてしまった、淑女教育をしっかりと受けた彼女らしからぬ失態であった。
「失礼しました」
「深雪さんから見ても、彼女を脅威に感じますか?仮に全力を振るえる状況下だったとしても」
「……兄がいなければ、絶対に相手にしたくない。そう感じさせられました」
全力を封じることを強いて来ておいて*1白々しいと言う言葉は流石の深雪も口にしなかった。それはそれとして戦力評価をするならば、例え干渉力とかキャパシティとか、素の魔法力、馬力の類は自分が勝っていたとしても、危険極まりないと評価せざるを得ない。手数が異常に多い実戦経験豊富な技巧派をそう評価せずして蒙昧の誹りは免れ得ないだろう。
「そうね。姉さんが私に珍しく忠告を遺していたわ」
「お母様が!?」
弱気と取れなくもない発言に真夜は否定せず、唐突に二人の母が遺した言葉があると告げられて、深雪は驚き、達也も眉がピクリとする。
「病床の夢現で、ある日確かに冴種真由美さんと目が合った」
厳重に警備されたはずのその場所で、あり得ない筈の人物と目が合う。怪異じみた話である。
「目が合った彼女との間に交信が発生し、その反動で自分の魔法演算領域は焼き切れてしまったが、彼女は目が慣れた程度で済んだのだろう。恐らくは、その交信で彼女は精神構造干渉魔法を得た」
「は…………?」
「これ自体は恐らくは自分の死期が近かったから起きたただの不幸な事故、しかし深淵の向こう側にいる彼女を見るという事は、向こう側の彼女から見返されるという事を意味する、以上よ」
異常極まりない話、そして死期が近かった母が最期には使う機会、使える体力が前から残っていなかったとは言え魔法を喪ってしまった原因があの先輩だと聞いて、深雪は内心穏やかではいられない。母の死そのものは前々から迫りくるものとして受け入れてはいた。受け容れてはいたが、それは本人が自ら寿命をすり減らしてきたからと受け容れていたのであって、不幸な事故で風前の灯火だったその僅かな余命に突風が吹きつけたとあれば、すぐにはいそうですか残念、と言う訳にはいかない。まして、その結果先輩が母の魔法を盗んだ……ともなれば。
「諸々の材料から推定されるのは、冴種真由美が人間離れして高い知覚能力を持つ者、だということよ」
「知覚……ですか?」
「目が合う、と姉さんは表現したけれども、他人の知覚すら何らかの条件が整えば傍受できてしまう」
知覚能力、即ち、この世に存在するエイドスを観測して精神への入力パラメータとして保持する能力。普段は当たり前すぎて意識することのない、魔法師の能力の根底そのものと言っても過言ではない大前提の基盤となる基本性能。そこがおかしければ、普通ならば魔法師ですらなくなるのが大半だ。
しかしながら余人に分からないものであっても実在するものが見えるのならば、それは本人だけの魔法になる。そこに相乗りできるとはあまりにも無法が過ぎる力だと達也は当然、あんぐりする口を押えた深雪も理解出来てしまった。
「普通の魔法師には見えないものを見えるからこそ、行使にとっかかりがつく魔法なんてものは、四葉ではさほど珍しくなく、寧ろ珍重されてきたもの。本来知覚できなかったものに適応するなんて離れ業は机上の空論の域だったのだけれど」
「つまり、本人ほど強力な適性は無かったとしても、同じものが見えてそれに干渉できるのならば、先輩ならば猿真似ぐらいは出来る、と」
無論、対象が見えるだけで対象に対する強力な魔法が使えるなどという理屈が成り立つならば、魔法師は今頃需要過多ではなく、供給過多による値崩れ地獄に苦しむ羽目になっていただろう。四葉深夜の魔法演算領域には、精神構造干渉を可能とする観測能力以外にも、四葉としての血統的な基礎性能があったからこそ、『忘却の河の女主人』などと畏れられる性能を精神構造干渉魔法で発揮できたのだ。『万能』を売り文句にする七草の血と言えど、精神干渉魔法については全くの守備範囲外。四葉に比べれば百家と大差ないどころか、一部のそういう家に劣る程度だろう。
「……自分個人の所感として、構造情報がよく見える
「同感よ」
実際の所、その不幸な事故、司波深夜の視座の剽窃そのものは四葉として見た場合の直接的な被害は皆無に近い。それこそ、世の中に精神構造干渉魔法と言うものがある、と言う認識を得た以上に冴種真由美が精神構造干渉魔法の運用に関して何か進歩できるかと言われると、学術的には色々あっても実用的にはほとんどないのだ。だが、これらの理屈はあくまで構造情報への干渉と言う、観測能力の上下も含めてまともな魔法師が運用するには障害が大きすぎる類の魔法に対してのみ通用する理屈である。
「……さて、姉さんの遺した警句を伝える他にもちょうど紙媒体で見せたいものがあったのよね」
そう言って、四葉真夜は控えていた執事の葉山に指示してある書類を渡す。
「これは……便利屋としての先輩に四葉が依頼を……?」
「結論から言うと、うちはあくまで一介の依頼人。この依頼の後もそうあるつもりよ」
そこには、ブランシュ本部及び各地の支部からの工作員達による日本支部再建の阻止の顛末が記されていた。異常なのは、敵を全滅させたのが冴種真由美であることは分かっていても、狙撃をしたということ以外の詳細の大半が不明。四葉にあるまじき理解の放棄が報告書にはあった。
「狙撃である為に直接魔法が使われるその場を観測出来なかったとはいえ、私達にすらその手の内を隠しきった腕前は素直に見事と言う他無いわね」
「叔母上が、そう仰いますか」
通常、四葉は他所の魔法師の技量を『他所にしては』などの暗黙の枕詞抜きに真の意味で褒めることは滅多に無い。何故ならば、四葉の魔法師こそが、日本で最も実戦経験が豊富な技巧派集団と呼べるからだ。
そもそも四葉の家系は大体が尖った強さを持つ魔法師か、精神干渉に長けた魔法師かであり、親子ですら得意な魔法の特徴の傾向は似たとしても強さの実現に求められる立ち回りが全く違うなんて言う事態はありふれている。
一般的な名家の魔法師達は自分達が強く立ち回るための共通ドクトリンなんて代物を多かれ少なかれ持ち合わせている。普通の魔法師は基礎の上に積み上げられるものは自分自身の個性と向き合った応用、発展しかなく、基礎自体にも拡充には限界がある。名家の魔法師の場合は基礎と応用及び発展の間に、家系の類似性を生かしてある程度は共有できるノウハウの類が挟まる*2。
では、四葉はどうか。主力全てが戦力としての方向性すら一定でない個性派で統一されていて、頭数が少ない。加えてブラックオプス担当と言う日本で最も淘汰圧の強烈な環境に身を置くとなれば、積みあがるノウハウのうち、共有して使えると言い切れるものは、外法も含めて基礎、界隈ではテクニック扱いされるようなものが大半となる。生き残るために薄皮一つ一つを重ねていくような積み重ねこそが、わずかに見える陰から四葉の実力に陰り無しと見えて、世界各国を畏怖させる結果に繋がっているのだ。よって、細かい術理の秘匿の有無を別にして一般的にテクニックとされるようなものの大半について、四葉は必然的に日本一になるしかないのだ。
達也の言葉は以上の事情を前提にしての驚きの言葉であり、四葉とそれ以外の違いに関しては箱入りならぬ箱出たてで疎い深雪もそもそもが外部の魔法師を高く評価する例そのものが滅多にないために驚いている。
「あら、私も褒めるべきところは褒めるわよ。異常発達した知覚能力という才能にあぐらをかかずに相手の認識の裏や盲点を積極的に狙うための研鑽、生半可な事で敵に回したら手痛い出血を覚悟すべき相手であることを理解した上で、程々に仲良くできそうだから仲良くしておく。それだけの話です。向こうも恐らく、四葉から仕事が回ってきていることは把握した上で目を瞑っているでしょうし。達也さんも深雪さんも敵と味方と有象無象にしか慣れていないのは私も承知していますから、こうして話をしにきた訳です」
そう言い残して、四葉真夜という司波家を襲った嵐は去った。再び二人きりになった所で、達也は神妙な顔で深雪と共にお茶を飲みながら向かい合う。
「深雪は母上の事について、先輩が憎いか?」
「いいえ、お兄様。憎いと言う訳ではありません。……恐らくは」
司波深雪はしっかりと最愛の兄に向き合う。こればかりは絶対に誤解があってはならない事だからだ。
「事が起きた時、お母様にはもう最初から殆ど時間が遺されていなかった。正体不明の交信、それによって精神構造干渉魔法を喪った事がお母様へのトドメになったのか、それとも心身を蝕む力を喪って延命になったのかすら、全く分からないのです。そもそも、お母様の寿命を削ったのは一番はお母様自身、次点は私だと言うのに……!」
「深雪……!」
司波兄妹に、かつていた姉貴分はもういない。三年前、沖縄への大亜連合の襲撃の際に、大亜連合が仕込んでいた裏切り者、レフト・ブラッド達の襲撃により、司波深夜と司波深雪、そして桜井穂波は、アンティナイトによって不意を突かれ、纏めて射殺された。
直後に駆け付けた司波達也の『再成』で、司波深雪と司波深夜の二人は蘇生が間に合った。が、二人を庇って弾丸の大半を受けた穂波に、死神はこれ幸いと目を付けた。死神すら黙殺する司波達也の暴威はすり抜けられ、桜井穂波は連れ去られていった。
かくして、司波深夜はその右腕を喪い、失意の底へと沈み、いっきにその余命を使い切った。そうなった原因は何か。二人の共通の弱点である想子波によるストレス、アンティナイトによる攻撃に一番耐性があった自分が、敵にしっかり反撃できていれば……!
深雪自身に蘇る自罰の思いに兄は泣きながら抱きしめてやることしか出来ない。妹を傷付けるものは何であれ排除すると豪語したいが、それが他ならぬ深雪自身による自傷となれば、身に着け鍛え上げた暴力はその一切が無意味となる。
「お兄様。私は、この思いに決着をつけて前に進まなければなりません。先輩に八つ当たりをして、この痛みから目を逸らす愚行だけは嫌なのです」
「強いな……深雪は……」
己の無力を呪う心は、達也も一緒であった。
司波深雪エミュがマジで難しく難産でした……お兄様関連は半分理性を蒸発させているけど、それ以外だとちゃんと教育された淑女で頭も回る筈なので。