アビドス自治区へようこそ、先生   作:くらーげん

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Tips:アビドスでもっとも政治に長けた生徒は、現在生徒会長に就任している。電話帳は日々更新中。

前回の更新で、時間がずれて2話分更新しております。
8話だけしか読まれていらっしゃらない方は、是非前のお話からお読みください。


10話 いつも笑顔の人のホットライン

『こんにちは、アビドスの皆様。私はゲヘナ学園所属、行政官のアコと申します』

 

 チナツからの通信が繋がり、呼び出されたのはゲヘナの風紀委員会に所属する生徒だった。

 少々品性を疑う服装が目を引くが、ホシノはそれに構わず早速本題に入る。

 

「君が今回の件の責任者かな~? これ、どういうことか説明してくれる?」

『っ、アビドスの副会長……。お初にお目にかかります、なにやら誤解が生じているようで』

「誤解ですか~?」

 

 ノノミの声。周囲はそれへの反応を注意深く見守っている。

 

『ええ。私たちはあくまで校則違反者を追ってここまでやってきました。不幸にもそちらの自治区に手違いで侵入した状態で戦闘が始まってしまったことは、私から謝罪しましょう』

「不幸にもですって!? ここまで明確に自治区内で部隊を展開させといてよくもぬけぬけと!」

 

 怒声を吐き出すセリカの言葉には、傍でぐっと押し黙っているチナツも大いに頷きたくなった。

 実際、初めから自治区内での戦闘を視野に入れて武装を変更しているのだから、この言い逃れには無理があるのだ。

 しかしアコは顔色一つ変えずに切り返す。

 

『こちらとしては、素直に便利屋を引き渡してくだされば、大人しく委員会を引かせられるのですが……。我々にも任務がありまして、彼女たちを匿うというのなら、ゲヘナの風紀委員会に敵対することにもなりかねませんよ?』

「ゲヘナの風紀委員会、ねぇ……? ところで、このバカ騒ぎを一旦落ち着かせてくれないかな? 正直耳ざわりなんだよね」

『あら、これは失礼いたしました。全隊攻撃中止!』

 

 通信越しの指示で、攻撃の手がぴたりと止んだ。

 あくまでゲヘナの攻撃の手は、だが。

 

「……止まりましたねー」

「ホシノ先輩、アヤネちゃんがノンストップなんだけど」

「ありゃ。おーいアヤネちゃーん、そろそろボコボコにするの一旦ストップして—」

「──おまたせしました、呼びましたか!?」

 

 何かを引きずって、アヤネが声を掛けながら歩いてくる。

 片手に棒、片手にボロ雑巾のようになったなにかを引きずっている姿には、やや猟奇的なものを感じざるを得ない。

 ちなみに、ここまでアヤネは一切被弾していなかった。傷一つないメガネが輝いている。

 

『……い、イオリ? なぜそんなぼろぼろに……?』

「あ、アコちゃん……。こんなの聞いてない……。アビドスは六人だけの弱小校だから、銃が使えなくてもいざとなれば制圧できるって……」

「……へえ。誰を、制圧できるって?」

『いざとなれば、と言うのはアビドスが何の意味もなくこちらに攻撃を加えた場合の話ですよ、ホシノ副会長? ゲヘナはそれだけ恨みを買っていると自覚していますから』

 

「……いや、違う。嘘だね、天雨アコ」

 

 そう切り込んだのは、アビドスの誰でもなかった。

 声に対して嫌そうに顔を歪めるアコに対して、彼女はその鋭い視線を向けて、

 

『……カヨコさん。面白いですね、何が嘘だと?』

「私たちを追って、わざわざ他の自治区に部隊を展開するなんて真似、あの委員長が許すはずがない。やるとしても連絡はするはず。それがないってことはこれは風紀委員会の正規の作戦じゃない」

『……それで?』

「この戦力、アビドスの六人のために用意したものでもないね。まあ、実際はご覧の通りぼろぼろだけど……。まあそれはいいや、初めから便利屋もアビドスも目的じゃないとしたら、ここにあんたが欲しがるものが後一つだけある」

 

 一つ息を吸って。

 

「アコ。あんたの狙いは先生だ。おおかた、例の条約絡みで動き回ってほしくないから抑えておくつもりでしょ。違う?」

”え、私?”

『……ふぅ。まったく、カヨコさんは相変わらず鋭いご様子。ええそうです、目的はシャーレの先生。と言っても、各所から上がってくる報告書にシャーレの名前が頻出するようになったこと、先日のブラックマーケットでのトリニティ生徒との接触。それらが耳に入り、ティーパーティーもアビドスや先生のことについて調べ始めていると聞いたものですから』

「ティーパーティー……。トリニティの首脳部ですね♣」

『トリニティとは浅からぬ仲です、向こうが手にしている情報ならこちらもと考えるのは当然でしょう? それに、今はいつも以上に微妙な時期です。チナツの報告書も併せて考え、事が落ち着くまでは、先生には大人しくして頂きたかったのです』

”アコ、それなら私に直接連絡してくれればいいよ。こんな風に、アビドスで暴れるのではなくてね”

「いや、先生。それをするとゲヘナの風紀委員が接触を図ったって証拠になる。指紋一つだってあげつらう材料にされるような相手に隠れて動くために、アビドスの特殊性を利用したんだと思うよ」

 

 先生の言葉にカヨコが補足する。

 実際、アビドスの自治区内は謎の領域と化しており、外からの観測は不可能だ。先生を捕獲するのなら、人知れずやった方がいい。そしてアビドスには絶好の場所が揃っていた。

 

「つまり、あー、あれかな? アビドスはどうなってもいい、どーでもいいと」

 

 色々と言い募っているアコに対して、ホシノがバッサリと切り込んだ。

 実際、その辺りの事情などアビドスには関係ない話だ。それを理由に自分の庭で好き勝手やられて、いい気分なわけもない。

 ますます戦意を高めていくホシノに対して、通信越しだというのにアコが冷や汗を流す。

 

『い、いえ、そういうわけでは……』

「これ、風紀委員長ちゃんは知らないよね? 知ってたらゴーサインなんか出さないもんねえ」

『それは……。いえ、ここで作戦を終わらせてしまえばいいだけのことです。いかに皆さんが強くても、我々の数に対応できるものでしょうか?』

”アコ、止めてほしい。私に話があるならそちらにいくから”

「だ、だめです行政官! これ以上は……!」

『チナツ? これはゲヘナとトリニティの問題をこれ以上深刻にしないために必要な措置です。アビドスを抑え込み、便利屋を殲滅し、先生を確保すること。これは命令です。そして先生、申し訳ないですが大人しく捕まっていただけると助かります』

「やらせない」

「むっかつくわねこの横乳……! いくら来ようと敵じゃないっての!」

”まずい、このままじゃ……”

 

 場はますます混沌とし始める。

 いまだ強引に作戦を推し進めようとするアコ。それに対して何とか抑えようとするチナツ。

 アコの言葉に対してそれぞれの武器を握りしめ、怒りをあらわにするアビドスの少女たち。

 衝突の気配を隠しきれなくなってきた現場に焦燥感を露わに、どうするべきか思考を巡らせる先生。

 そして、それを笑顔で見守っている、ユメがいた。通信越しに、着信音が鳴り響く。

 

『さあ、攻撃かい──プルルルップルルルッ……誰です、こんな時に。はい、もしもし!』

 

『もしもし、アコ? 今どこにいるの』

 

『い、い、委員長……!! え、ええと、今は書類仕事を』

『ちなみに私は今アビドスの入り口よ。大通りまであと数キロね』

『ひっ』

 

 引きつった声が通信先で漏れ出た。絶対にばれてはいけない、バレるとしても終わらせた後にバレなければいけない相手が、もうすぐそこに迫っている。

 

『ユメ先輩から連絡をもらった時にはまさかと思ったけれど……。どういうつもり、アコ』

『い、いえ、これにはあの、深い事情が……!』

『先生を確保してエデン条約を有利に運ぶため? そのために他自治区への侵攻を行ったの?』

『……う、ぐぅ……。そ、そうです……。先生は、シャーレは現状を崩しかねない危険な組織です、確保し状況が安定するまで……』

『そういうことは万魔殿が考えること。私たちは自治区内の治安維持に努めるのが仕事だし、まして他自治区へ手を出して火種を生むなんてもってのほか。アコ、わかっているでしょう』

『……は、はい。おっしゃる通りです』

 

 少女の声でこんこんと行われる叱責に、アコは次第に勢いを失ってしょぼくれていく。

 はぁ、と大きく疲れた溜息。びくりと体を震わせた彼女に、声の主が言い渡す。

 

『……後のことは私がどうにかするから。貴女はデスクで始末書と反省文の準備をしておきなさい』

『はい……。申し訳ありませんでした、ヒナ委員長……』

『それと、貴女が手配したクロスボウは経費では落とせないから。自腹ね』

『え』

 

 ぶつり、と通信が切れる。

 その直後、辺り一帯に響き渡る少女の声。柔らかくも重く威厳のある一喝が、今なお戦意だけは残る風紀委員たちの元へ届いた。

 

「──全体止まれ! 委員長命令よ、撤退準備!」

 

 その言葉を合図に、風紀委員たちはクロスボウから矢を外し、即座に反転して武装を解除していく。

 その中を歩いてきたヒナは、羽で軽く雨よけを作りながら疲れた表情を隠せずにいた。

 

「あ、ヒナちゃーん! お久しぶりー、ごめんね来てもらっちゃって!」

「ユメ先輩……。それに……ホシノ」

「久しぶり、風紀委員長ちゃん。……ヒナ」

 

 ユメから声を掛けられ、懐かしそうに名を呼ぶヒナ。それからホシノへ視線を向けると、途端に眉間のしわが寄りはじめる。

 そしてそれはホシノも同じことだった。名前を呼ぶだけで昔を思い出し、気だるさがこみあげてくる。

 

「こらこら、二人ともちょっと険悪にならないで! それでヒナちゃん」

「はい。……この度は私の部下の暴走により、アビドス高校に多大なご迷惑をおかけしたことを、風紀委員長空崎ヒナが謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

 ヒナが深く頭を下げる。雨よけの羽もどけられ、雨粒が直接ヒナの体と髪を濡らしていく。

 委員長直々の、面と向かっての公式な謝罪。後々に文書で、などとやらないのは、それがヒナの人柄であると同時に、ユメに対してそれをするのがよろしくないと知っているからだった。

 それを見てユメも頷き、

 

「アビドス高校生徒会長、梔子ユメが謝罪を受け取ります。……はい、じゃあここまで! みんな武装解除! これ以上攻撃したらダメだよー! 便利屋さんたちも!」

「……今回は、本当にごめんなさい。完全に私の監督責任よ、まさか先生目当てにアビドスに喧嘩を売るなんて……」

「ほんとだよー、締め付け緩いんじゃないの?」

「う……。ごめんなさい……」

「ホシノちゃん、ヒナちゃんを虐めないの! ヒナちゃんもあんまり気にしないでね? 結果論だけど怪我人もいないし、良い訓練になっただろうから!」

「そう言ってくれるのはありがたいけれど、やっぱりそういうわけにもいかないわ」

 

 それは風紀委員の立場としても、襲われた形になるアビドスの立場としても、である。

 事実上の侵攻を無罪放免で許したとなれば、後々アビドスにとって良くないことになりかねない。

 しかし、今回の騒動はヒナの部下の暴走が発端である。ヒナの側から申し出たことを飲む形にしてしまうと、それはそれで「アビドスはゲヘナの要求を受け入れた」などと難癖をつけられる危険性があった。

 よって、ユメの裁定は。

 

「じゃあ、今回のことはヒナちゃんに貸し一つ! 私たちが困ったら、その時はヒナちゃんたちが助けてくれる?」

「……ユメ先輩は相変わらずね。わかったわ、貸し一つ。必ず駆けつけるから」

「うへー、大きい貸し一つだねぇ。いいの? そんなこと言っちゃって」

 

 風紀委員の長、ゲヘナの特筆すべき戦力が、一度とは言えアビドスの戦力として協力してくれる。

 そのカードの使い道は多岐にわたるだろう。その提案を受け入れることが、ヒナにとっても風紀委員にとっても誠意を示す方法となった。

 

「構わない。それだけ大きなことだもの。……チナツ、イオリ! こっちに来て」

「委員長、すみませんでした。私では止められなくて……」

「す、すいませんでした……」

 

 呼ばれてやってきた二人は、一人は申し訳なさそうに、もう一人は顔がはれてとりあえず会話ができる状態で謝罪する。

 イオリのボロボロになった姿を見て、セリカは「ちょっとやりすぎかも」と少しだけ引いた。

 

「いいえ、アビドスの件をきちんと周知していなかった私の落ち度でもあるから。わかったと思うけど、アビドスの環境で彼女たちと戦うのは無茶を通り越して無謀よ」

「またまたー、ヒナはここでも全然戦えるくせに」

「貴女に付き合わされていただけじゃない」

「……あの、ヒナ委員長とアビドスの副会長はお知り合いなのですか?」

「昔、ここの調査に来たヒナと一緒にちょっとした事件を片付けた間柄なんだよ~。あの時のヒナははしゃいでたよねー」

「……小鳥遊ホシノ、あんまり適当なことを言うとあの時の続きをここでやってもいいのよ」

「うへー、ヒナちゃんが怒ったー」

「……委員長が随分楽しそうに」

「ヒナ委員長のあんな顔初めて見たかも……」

 

 へらへらと笑うホシノに、めんどくさそうに、しかし明らかに笑みを浮かべるヒナ。

 その姿を、チナツとイオリは物珍し気に見つめていた。

 

「それじゃあ、私はこれで……」

「あ、待ってヒナちゃん!」

 

 その後、一足先にイオリとチナツが帰った後、ヒナは全員の撤収を見届けてから立ち去ろうとしていた。

 その背中にユメが声をかける。

 

「どうしたの、ユメ先輩?」

「よかったら、一緒にラーメン食べて行かない? 皆にもヒナちゃんのこと、ちゃんと紹介しておきたいし」

「でも……。こんなことがあったばかりだし」

 

 申し訳なさそうにするヒナに、シロコも力強くサムズアップする。

 ちなみに今の彼女の頭の中はラーメンでいっぱいになりつつあった。

 

「ん、便利屋はさすがに遠慮するって言ってたから、気にしないでいい。私たちは気にしない」

「いえ、でも……」

「まーまー、いいじゃん別に。さっき大暴れしてたアヤネちゃんはどうかなー!」

「いいですよー! っていうかその言い方やめてください、まるで私が危ない人みたいじゃないですか!」

 

 鉄の棒を振り回して滅多打ちにしてくるのは、控えめに言っても危ない奴である。

 残念ながら環境がそれ以上に危ないので誰も指摘しないが。

 

「……ふふっ。わかったわ、そこまで言われたら断る方が失礼ね」

「やったー! じゃあ皆、紫関ラーメンにとつげーき!」

「あ、それと。初めまして、先生。ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナ。よろしく」

”うん、よろしくね。大変な時は私を頼ってくれていいからね”

「ええ、覚えておくわ先生。ありがとう」

 

 

 

 ゲヘナ風紀委員会の執務室。

 机に原稿用紙やら書き損じの紙やらをかき集めた束が置かれている。

 戻ってきたヒナがそれを見つけ、

 

「ただいま。……アコ、それだけ?」

「い、いえ、部屋にある紙をすべて持ってきます!」

「そう。反省の姿勢が見えて大変よろしい」

「は、はい! とても反省しています、ヒナ委員長!!」

「そんな貴女にプレゼントよ」

 

 ヒナの声と共に、埃を立てて追加の紙束が置かれる。

 帰りがけ、書店で買い込んできた原稿用紙の束だった。

 

「……あの、ヒナ委員長。この原稿用紙の山は……」

「反省文。これ全部終わるまで、貴女は外出禁止。業務もこなすように」

「はいぃ…………」

 

 しおれるアコ。しかしやったことを鑑みれば、それで済むだけでも御の字だろう。

 実際、ヒナはこの後報告書を上げ、マコトにねちねちと文句を言われることが確定している。予算カットもあり得るだろうと考えると、猶更憂鬱だった。

 しかしやらねばならない。部下の不始末は上司の責任なのだから。

 ことが片付いたらまたラーメンでも食べに行こう、そう心に決める空崎ヒナであった。

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