アビドス自治区へようこそ、先生   作:くらーげん

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Tips:夢の中でシロコは神に落書きをしていた。

誤字脱字報告、感想、いつもありがとうございます。助かっております。



12話 PMCとアビドス

 カイザーPMCの事務所は、アビドス沼からある程度離れた空き地に建設されている。

 PMCとアビドス生徒会、そして有志の自治区住民たちの手によって整備された街道の傍にあり、ジープで乗り付けるのが容易になっていた。

 

「たのもー!」

「あ、ユメさん。アビドスの皆さんお揃いでどうしました?」

 

 到着早々、ゲートの守衛に向けた掛け声にも平然と対応された。 

 

”その掛け声で普通に対応されちゃうんだ……”

「ユメ先輩はいつもこうだよ」

「作戦頑張ってる皆に差し入れに来たの!」

「ん、皆で作った矢の詰め合わせ。必要だと思う」

「おお、助かります!! うちでも生産はしていますが、いかんせん消費の方が……。アビドス高校で作っていただいた矢は品質が良くて好評なんですよ」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいなあ」

「先輩は矢を作らせたら七割の確率で矢柄を折りますけどね」

「ひぃん……」

 

 PMCに時折卸しているアビドス印の矢束は、なぜか他の矢よりも良く効くと評判だった。

 それがどういう理由なのかは定かではないが、機械獣に対しても有効な武器となるのなら使わない手はない。

 

「相変わらずですなあ。あ、理事も今事務所におりますので、良かったら顔を見せてあげてください」

「はーい! あ、矢はどうしよっか」

「それでしたら、うちのもので運んでおきますよ」

「じゃあお願いします! 車は駐車場の方に止めちゃっていい?」

「良いですよ。ガラガラなんでお好きなところに止めちゃってください」

「お邪魔します、ユメ先輩がうるさくてごめんね」

「ははは、若さの証ですよ」

「私より年上ですけどね」

「ははは……」

「ひぃん! なんで苦笑いだけなのぉ!?」

 

 守衛が顔のモニターに、笑顔の表示を浮かべながら笑う。

 明らかに気を使った笑顔に、ユメの心はちょっとだけ複雑になった。

 そんな守衛と別れ、一行は車を停めると事務所の中の奥まった部屋まで歩いていく。

 すれ違う社員たちはみな一様に丁寧で、ユメ達が築き上げてきたものの一端が垣間見える光景だった。

 

「理事さんお疲れさまー」

「ん? おお、ユメ君。それにアビドスの。何だ、何かあったのか?」

「違うよ、矢の差し入れに来た」

「君らが作った奴か、それは助かる。……で、目的は?」

「うへぇ、疑り深いなあ」

 

 やれやれ、とホシノがかぶりを振ると、理事は小さくため息をつき、

 

「小鳥遊ホシノ、君がニヤニヤしているときは何か話がある時だ。なんだね」

「移動経路の整備が終わったら、前線近くに新しい基地建てるでしょ。確か去年あたりに計画書出してそのままだった奴」

「ああ。ようやくと言ったところだがな」

 

 該当する記憶を掘り起こしながら頷く。

 今の場所よりもオアシス沼に近い、文字通りの前線基地は、PMCにとって作戦行動をより効率的に行うための悲願の一つだった。

 

「そこ私たちにも使わせてくれない?」

「構わんぞ」

「そこをなんとか……え、いいの?」

 

 きょとんとするホシノに、理事は頷きながら、

 

「資材を融通しろという話なら要交渉だが、間借り程度なら構わんさ。……というか、そもそもここはお前たちの土地だろう」

「家主が違うんだから話は通すでしょ」

「……まあそれもそうか。ともかく、その話は問題ない。設置もそう掛からんだろう、今月中には目途が立つはずだ」

「もうそんなにお片付けが進んだんですか~?♣」

「人海戦術もあるが、便利屋がいい仕事をしてくれていてな。やはり動きの良い生徒がいると違うな」

「私とシロコ先輩の指導の賜物ね……!!」

「ん、私たちよくやった」

 

 むん、とシロコがセリカとグータッチを交わす。

 

「じゃ、そういうことでよろしくね」

「ああ。というか間借りは良いが、まさかオアシス沼の奥地に行くのか?」

”私の依頼なんです。本校舎に残されている資料を回収できればと”

「なるほどな……。それなら、日程を合わせてオアシス沼の強行偵察任務を発行しよう。うちの戦力が囮になればある程度誘引できるはずだ」

”助かりますが……いいんですか?”

 

 今回のことは、言ってしまえば先生の我が儘にすぎない。

 先生はオーパーツのタブレットによって身を守ることは出来ても、厳しい環境下でその力はあまり意味がない。そこで活動するには生徒の助けがいる。

 結局は生徒頼りになることに情けなさを感じつつ、しかしアビドスにはそれが必要だと感じてもいた。

 そんな責務と自己嫌悪とがないまぜになったような感情をにじませながら零した先生の言葉に、理事が頷く。

 

「ああ。どちらにせよひと当てしてみるまで、攻略計画も立てられんからな」

「そっか。ありがと、理事」

”感謝します、ありがとう理事”

「気にするな、持ちつ持たれつという奴だろう」

 

 ふす、と鼻の辺りのパーツから軽く排気して見せる理事。

 そこでユメがぱちん、と手を打って、

 

「じゃー私たちはこれで帰るね! あ、あと理事さんにこれ、差し入れ! お仕事ばっかりしてるとお尻に根っこが生えるよ!」

「ばいばいりじおじ」

「すみません理事さん、皆適当で……。失礼しますね」

”色々気にかけてくださってありがとうございます。また後程お礼に”

「気にしておらん。ではまたそのうちにな」

 

 アビドス生と先生を見送り、部屋の中がガランと静かになる。

 おもむろに、受け取った差し入れの袋を開けると、そこにはユメが手作りしたクッキーが入っていた。

 一つ摘まみ、口部分を開いてみ各センサー付きの口パーツに放り込む。

 

「もぐ。……美味い。相変わらずこういうものばかり上手になるな、ユメ君は」

 

 アビドス高校の生徒会長。

 この自治区の最高権力者。彼女との奇妙な縁が始まったときのことを思い出して、ふと笑みをこぼした。

 

「……そう言えば、私が最初にここで惨敗した時も、ユメ君にクッキーをもらったんだったか」

『……大丈夫?』

『……アビドスの一年生。なんだ、私を笑いに来たか』

『梔子ユメっていうの。それにそんなことしないよ。……はい』

『なんだ、これは』

『クッキー! 落ち込んだ時は、美味しいもの食べて、ゆっくり寝るの。悩んだっていいことないよ?』

『大きなお世話だ! 子供に、私の、大人の何が分かる!』

『わからないからって心配しちゃだめってことはないでしょ?』

『……能天気な奴だな。本当にこの自治区の生徒か?』

『そうだよ! ほら、制服だって着てるもん!』

『よくその制服を着て、その能天気さでいられるものだ……』

『だって、辛いことばかり考えて生きていたって、疲れるだけだよ? 私は無責任に高望みすることに掛けては一家言あるからね!』

『……はぁ。いいから、もう帰れ』

『……わかったよ。でも! クッキーは絶対食べてね! 力作だから!!』

『ああ、食べるから帰れ』

 

『……くそ、うまいな』

 

「……ふっ。思えば私も丸くなったものだ。気が付けば、ここにはもう五年かそこらもいるのだものな」

「失礼します、理事。報告書を……あれ、理事。そのクッキーは」

「む? ああ、これはユメ君からの差し入れでな」

「ほほう、女子高生の手作りクッキーですか。……うわあああああ! おっさんに先を越されているううううう!!」

「あ、おい! なんだその叫びは! というか報告書は置いてっ、……行ってしまった」

「……うむ、美味い」

 

 

 

 また数日後。

”や、皆おはよう”

「先生、おはようございます。今日は備蓄の棚卸です!」

「一日仕事だから、今日は巡回組以外缶詰だよー」

「巡回は私とシロコ先輩ね。アヤネちゃん、こっちは任せたわよ!」

「任せて。あ、差し入れした分の矢柄の木が回収できそうなら、帰りにお願い」

「りょーかい。じゃあシロコ先輩、行きましょ!」

「ん、頑張ろう」

「では先生は、私たちと棚卸をお願いしますね☆」

「よーし、アビドス高校棚卸かいしー!」

 

 ということで棚卸である。

 年に一回やらなければいけないこれも、大事な生徒会の業務だ。

 何がなくて何があるのか、不足は何か、逆に多すぎるものは何か。予算は潤沢とは言えない中で、コストカットは急務である。

 

「緊急時の缶詰、もう期限近いから買い換えないとだめかなー」

「そうですね……。商店街に発注をかけておきます」

 

「あ、バナナとりの手帳! 開封してない奴いっぱいあったよ!」

「何であるんですか?♠」

「……み、皆に配ろうと思って買い込んで、そのまま?」

「うへ……」

”あ、私一冊欲しいかも……”

「先生……! いい人……!」

「ユメ先輩?」

 

「んー、ガソリンの備蓄がちょっと心許ないですね。少し足しておきましょう」

「いっそ電気自動車って手もあるかもねー、中心部に向かわなければ壊されないだろうし?」

「せっかくジープを新調しましたし、しばらくはガソリンにしません?」

「まーそれもそっかー」

 

「わー見て見て! アビドスの制服! 未改造!」

「あ、懐かしい。最初は皆これですよね」

「自分の装備を作るのはまず制服から始まりますからね♡」

「来年はいっぱい入学してくれると良いけどね―」

 

「使わなかった装甲板の欠片がこんなに……」

「うわ、もったいない。後で矢作りに流用しちゃおう」

「飲料水のボトルも一部は買い替えしないとですねー♣」

「皆で飲む? それか、鍋でもやろっか!」

 

 かくしてお片付け、もとい棚卸は進む。

 一度、山積みの段ボールが崩れて先生が生き埋めになりかけたなどのトラブルもあったが、おおむね順調に。

 そして一方その頃、シロコ達はというと。

 

「この辺も随分人が減っちゃったわね」

 

 のんびり歩きつつ、手投げ用の槍を片手で弄びながらセリカが呟いた。

 市街地の中でも人がいない、オアシス沼に近い場所をパトロールする二人の周りは、雨と流れる水で劣化した家屋だけ。人が住まなくなって久しいそこは、立派な廃墟外と化していた。

 

「昔はもっと人がいたの?」

「あ、そっか。シロコ先輩は昔のこと覚えてないんだっけ。そうよ、私が小さい頃のアビドスは、人もお店も今よりもっと多かったわ」

「そうなんだ……。セリカはここの生まれ?」

「うん、私も、あとアヤネちゃんもアビドス生まれ。地元のアビドス高校に進学する子は、私とアヤネちゃんの二人だけだったけど……」

「どうして?」

 

 不思議そうにするシロコに、セリカは苦笑しつつ、

 

「単純に危ないからでしょ。銃が使えないのはいつものことだけど、アビドス高校に入れば機械獣との戦闘も日常になる。……ここじゃ、外と違って誰それがいなくなった、なんて話はよく聞くもの」

「じゃあ、なんでセリカはアビドス高校に入ったの?」

「……笑わないでよ?」

「ん、大丈夫」

 

 頷いたシロコに、セリカも小さく頷くことで応える。

 

「……私は、このアビドスが好き。危なくて、むしむししてて、雨と機械油だらけで、通学路にワニがうろついてるような、このアビドスが好きなの。だから、少しでもこの場所のために何かしたかった」

 

 なんて、臭いセリフよね。そうつぶやいたセリカに、シロコは首を横に振った。

 それはシロコにはないものだったからだ。

 過去の記憶がないことを負い目に感じたことはない。しかし、そう語れるだけの背景を背負えるのは、過去を持っている者だけの特権だと、彼女は知っている。

 

「立派な動機。私は、ホシノ先輩やユメ先輩、ノノミ。それにセリカとアヤネがいるあの場所が好きっていうだけ」

「な、なんかむず痒いわね。……さて、気を取り直してパトロール再開!」

「セリカ、セリカ」

「え、なに先輩?」

「お腹が空いたから、買い食いをする」

「……まあ、いいけど」

 

 まあ、過去があろうとなかろうとお腹は空く。

 そんな世界の真理も、シロコは知っていた。

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