「……始まったね。行こう皆」
「先生はこっちに。皆から離れないでくださいね」
「手漕ぎボート二隻でゆったりオアシス沼の観光ツアーね、落ちないように気を付けて」
「皆さん、本校舎にはどんな機械獣がいるかわかりませんから♧ 十分注意して進みましょう」
「はい。あちらの管制とは私のドローンと、エイミさんが繋がっていますので」
『任せて。データの収集と周辺警戒を担当するね』
「ん、頑張ろう」
”それじゃあ、アビドスチーム出発だね”
アビドス高等学校、本校舎。
最後にそこが使用されてから、百と数十年。
それでも、『キヴォトス創設時に建設された』その校舎は、カビや水の浸食を受けてなお、その力強さを失わずにいた。
一階は泥と化した砂に埋もれ、二階、三階は水で満たされている。
アビドスの面々は手漕ぎボートで音をたてぬよう本校舎に近づき、脛辺りまでが水で満たされた四階へと上陸した。
「うえー、これすっごいねー」
「先輩、静かに。……先生、足元は大丈夫ですか」
”うん、問題ないよ。他の皆は平気かい?”
「大丈夫。ただ、ちょっと動きづらい」
「とんだり跳ねたりってのは無理そうね」
『ほんとに凄いね、私にはとても近寄れそうにないや』
「はいはい、お喋りはその辺にしましょ~。中に何がいるかわかりませんよー」
「そうですね。私はドローンカメラに集中してしまうので、周辺警戒をお願いします」
ミレニアム製のドローンの隣に、アヤネの操るドローンが浮かぶ。
戦闘はホシノ、横にユメが盾を構えて進み、その後ろにシロコ、ノノミ、先生が固まり、そのさらに後ろにセリカ、アヤネが続く。
七人分の進む水音と、ドローンの飛行音。そして遠くから聞こえる戦闘音だけが響く中、本校舎の探索が始まった。
「とりあえず片っ端から漁ってみよっか。こうなる前は砂の浸食がひどくて、書類関係は上の階に運んだって前に何かの記録で見たことあるし」
「その上の階が、今水の中に沈んでなければいいですけどね」
大丈夫大丈夫、とユメが言う。
「重要書類がある所って生徒会室とか、その近くだったでしょ? で、生徒会室ってうちの校舎のどこにある?」
「……最上階?」
「正解! 構造自体は変わらないはずだから、書類を運び込める所って言ったらここの生徒会室、つまり最上階に動かしてると思うんだよね」
「ユメ先輩らしからぬ鋭い推理ですね」
「ひどくない?」
ざぶざぶと音を立てつつ、次の階に進む階段を目指して進む一行。
オアシス沼に侵入しているにもかかわらず、敵対する機械獣の姿はない。
あるのは、折れた木のくずや、水生昆虫だけ。それらが揺れる水面に浮きあがっては沈んでいく。
「出来れば全部見ていきたいけど、さすがに無理よね」
「沼蛇をいつまで引き付けていられるかわかりませんからね~♦ 手早く資料を探して、ぱぱぱーっと退散しましょう☆」
「古い見取り図によると、階段はもうすぐ先のはずです」
『さすが元マンモス校、階段が遠い』
「ぼやかないでーエイミちゃん。あ、シロコちゃんワニ」
「ん、仕留める」
アビドスの本校舎は広い。
生徒数が最も多い時にはキヴォトス最多とも言われたこの学校において、校舎とは必要に応じて増やすものだった。ゆえに、その構造は現在使用されているアビドスの別館と酷似しており、しかしその大きさはけた違いとなっている。
そんな、いわば異世界のような場所を歩いていたからなのか。
それに気づいた時には、すでに攻撃は始まっていた。
”……あれ”
「先生? どうしたの?」
”セリカは、どこ?”
「──全員警戒! アヤネちゃん、ドローンカメラの映像確認! エイミちゃん、何かデータの観測は出来た!?」
『ごめん、こっちのドローンには何も記録されてない』
「セリカちゃんは最後尾でした、何かあったなら声を上げているはず……あっ!」
アヤネが驚いた声を上げ、全員が周囲を警戒しつつアヤネのドローンカメラの映像に視線を向ける。
そこに映っていたのは、とっさに攻撃の姿勢を取ろうとして、そのまま何かによって『巻きとられ』て天井に消えていくセリカの姿だった。
≪先生、上です!≫
”皆上からくる!”
先生にしか聞こえないアロナの声に従い、先生が叫びながら見上げた。
そこにいたのは、今まで見たこともないような機械獣。
四足歩行、膨らんだ腹、天井に吸い付くように微動だにしない四肢。そしてぎょろりと横に飛び出たアイカメラに、長く伸縮する舌。
”カメレオン……!?”
カメレオン型。
その異形は、確かにそこにいて、しかし次の瞬間には風景に紛れて消えていく。
『なにがいるの、カメラには映ってない! 各種センサーも正常値!』
「とにかく戦闘準備! セリカちゃんを取り戻す!」
狼狽するエイミをよそに、ホシノが叫び。
その号令を皮切りに、戦闘が始まった。
「くそ、姿が見えない。アヤネちゃん、エイミちゃん、ドローンで情報は?」
「だめです、カメラでは視認できません!」
『熱感知画像、動体センサー、赤外線、全部だめ。そこには何もないことになってる』
「ホシノちゃん前!!」
ユメの声で、反射的に身をかがめるホシノ。
そのすぐ上を、桃色に塗装された弾力質な物体が通り過ぎていく。
カメレオン型の舌だった。開いた口と、その中の舌は透明にはなっておらず、その動きもはっきり視認出来る。
しかし、
「あいつ、上に張り付いてる。せめて足回りがマシなら」
「でも上の階に上がっても、あれはついてこないですよね♣」
舌が伸びてきたのは天井からだった。
シロコはいつになくきつい視線を送り、ノノミも声色こそ普段通りだが、その表情は硬い。
足元はこれまで以上に悪く、そして不用意に攻撃すれば腹に収められているセリカにも当たりかねないとあって、攻撃の手は鈍らざるを得なかった。
”アロナ、あの機械のスキャンは出来る?”
≪もうやってますよ! 体表面が特殊な電波を発信する装置のようになっているみたいです! 熱感知や赤外線、動体センサーに引っかからないのはそのせいです!≫
”皆、センサー類は体表面の電波で使えないみたいだ! 何とか肉眼で見えるようにしないと……!”
「……ホシノちゃん、斧で水面を思いっきり引っ叩いて! できるだけ広範囲にしぶきが飛ぶみたいに!」
「はい!」
先生がアロナによる解析結果を伝えた直後、ユメが唐突に声を張り上げた。
普段とは違うその強い口調に、ホシノは躊躇いなく指示に従う。
ぐん、と戦斧を大きく振り上げ、そして平たい側面でめいっぱい水面に叩きつけた。
すさまじい勢いで水がまき散らされ、シロコ、ノノミは一歩下がって飛沫を避け、アヤネはドローンを操作しながら大きく後退する。
”ユメ!?”
「センサーはごまかせても人間の目をごまかすには細工がいる。その大きな目、ただのアイカメラじゃないよね?」
ユメの言葉通り、アイカメラに飛沫を被ったカメレオン型は途端にその姿を露わにした。
最初は飛沫が風景に付着したように見えたそれは、風景の中に飛沫が二重に現れ、そして飛沫と風景のまだら模様に変わっていく。
「こいつ……。目で見た映像を自分の体に投影してたのか」
「カメレオンの目って、左右ばらばらに動かせて、360度の視野角があるんだって。その情報を自分の体表面に映し出せば、背景の変化に乏しいこの屋内なら十分ステルスとして機能するもんね」
姿さえ見えるのなら、恐れるものなどない。
ホシノが吶喊し、それを追ってシロコが突っ込むのを見届けながら、アヤネは不思議そうに口を開く。
「でも、どうしてそんなステルス機能になってるってわかったんですか?」
「センサー類を全部無効化するような機能を積んでて、その上視覚まで全部ごまかせるなんて、さすがにバッテリーの方が持たないんじゃないかなって」
「ユメ先輩……」
『でも、これは厄介かも。少なくとも電子的な警戒が全部ダメにされる』
「そうだね……。だからセリカちゃんを最初に狙ったのかな」
瞬く間にカメレオンの首を叩き落とし、四肢をバラバラにしていくホシノと、でっぷり膨れた腹を裂くシロコ。
そうして引きずりだされたセリカは、機械油とすえた臭いで酷いありさまだった。
「うぇ、げっほっ! おえーっ! もう最悪! なんなのよもーっ!! 変な足音したと思ったら引っ張られて、油となんか溶けたものの中にぶち込まれて! うぇっ」
「はーい、水でバシャバシャしましょうねー」
「ううー……。さいあく……」
「……うわあ」
べちゃべちゃのぐちゃぐちゃにされたセリカがノノミに水で丸洗いされている中、カメレオンの機体の構造を検分していたホシノがつい言葉を漏らした。
シロコがホシノの手元を覗き込み、
「どうしたの、ホシノ先輩」
「ああ、シロコちゃん。これ見て」
「……? なんにもない」
「そ、何にもない。こいつ、武装がないんだ」
「ああ、そういうこと? セリカちゃん、間違って食べられたんだ……」
思い当たったユメが、苦笑い気味に呟いた。
「はあー!? 間違ってってどういうことよ、ユメ先輩!」
「あのね、多分このカメレオンさんは、物資と間違えてセリカちゃんを食べちゃっただけで、攻撃する意図はなかったんだと思うな」
「な、ええ……? なんで……?」
「私たちがここに入ってきて、新しい物資が流れてきたと思って上から降りてきて、セリカちゃんをパクッ、ってしちゃったんだと思う。多分このカメレオン、上の階に住んでる奴だろうし」
「こいつ、要は物資を集めて燃料にしてるだけの機械獣なんだ……」
「なんで上なんですか?」
「この子の装甲は雨に濡れると投影した映像と矛盾が生じるからね、そういうものがつかない場所を住処にしてると思うんだ。この上の階からは浸水もないし」
『ってことは、この上にはこのカメレオンがまだいっぱいいるかもしれないってこと』
「うわぁ……。どうしましょう……☆」
皆がげんなりした顔をするなか、ユメがカメレオンの腹の中から小さな金属を取り出す。
それは何かの部品というよりは、鍵のような形状をしていた。ご丁寧にタグまで取り付けられているところを見ると、この校舎で使用されていたものだろう。
「あのどろどろに混じってたみたい。みてシロコちゃん」
「……鍵? どこの? あとそれも水で濯いだ方がいいと思う、べちゃべちゃ」
「タグの文字が掠れて消えちゃってるね。とりあえず使えそうだし、持っていこっか」
「ところでアヤネちゃん、一つ相談が……」
「……えっ」