アビドス自治区へようこそ、先生   作:くらーげん

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2話 オアシス沼に行こう

 日が落ちて、また昇って。

 今日もあいにくの曇り空、曇天模様の雨の中。

 先生は上級生だけが残っていたアビドス高校の生徒会室に訪れた。エンジェル24で新しく買い求めた雨具は好調である。

 

”おはようユメ、ホシノ。相変わらずの天気だね”

「おはようございます、先生! 今日は自前の合羽お似合いですね!」

「おはようございます。今日は浮島の補修にいくんですが、来ますか?」

”うん、是非。オアシス沼っていうのも見てみたいしね”

「おお、先生と一緒だー! さあ行こうホシノちゃん!」

「落ち着いてください。武器とコンパス、水筒は?」

「武器よし! 水筒よし! コンパス……」

「早くとってきてください、待ってますから」

「ひぃん……」

 

 話もそこそこに、しょぼくれたユメが装備を整え終えると、二人は先生を連れて校舎を出た。

 その道すがら、ホシノが歩きながら口を開く。

 

「浮島は、私たちアビドス生徒会が代々増築、改築を繰り返している、オアシス沼に繋がる足場のことです。休憩用の小屋や物資集積所など、必要なものに合わせて随時増やされてきました」

「一番新しい浮島は、私と今の一年生の子たちとで作ったんだー。一種のアビドス名物だよ!」

 

 嬉しそうに笑うユメに、ホシノも困ったように笑みを浮かべる。

 二人の足取りとは対照的に、彼の動きはおぼつかないものだった。足首まである水が動きを妨げる環境に、まだ慣れられずにいる。

 しばらくそうして歩きつつ、先生がちょろちょろと道端を通り過ぎていくワニに視線を吸い寄せられていくうちに、辺りの空気が変わってきたのを感じた。

 オアシス沼。アビドスをアビドスたらしめる大沼がその姿を現す。

 沼のフチにたどり着くと、そこには大きめの手漕ぎボートが係留されていた。

 

「あれが名物になるのも、考え物ですけどね。さあ先生、ここから先はボートです、乗ってください」

「沼に落ちないように、しっかり捕まっててね? 落ちたら最悪、うぅ……」

「万が一落ちたらすぐ引き上げますから、暴れたりしないようにしてください。じゃあ、行きますよ」

”……ホシノ、その大きな弓は何?”

「武器です。必要になるかもしれないので」

 

 あっけらかんとそう告げた彼女に、先生は曖昧に微笑んで頷くしかなかった。

 それから十分ほど、波を極力立てないようゆっくりと舟を漕いでいく。足の下では何が蠢いているかもわからず、二人が周囲を警戒する姿も相まって、先生の緊張は高まる一方だった。

 

「見えてきました、あれが浮島です。大きなブイなんかを使って、簡単な足場を組んで浮かせているんです。あれでも結構頑丈ですよ」

「昔はカラッカラの砂漠だったらしいのに、今じゃ水浸しでこんなのまで浮かせてるんだもん。世の中何があるかわかんないねー」

「それじゃあ、先生。ユメ先輩と一緒に浮島の補修をお願いします。先輩、手先は器用ですから。その間、私はお昼ご飯の調達も兼ねて警備に立っているので」

「よろしくね、ホシノちゃん! 先生、こっちこっち。沼に落っこちないように気を付けてね」

”おっとと……。結構しっかりしてるけど、船からうつる時は怖いかも……”

 

 ユメとホシノがそれぞれの役目に移る中、先生もホシノの言う通りにユメの作業の手伝いをすることになった。

 ウキを縛り直し、壊れた床板を貼り換え、即席の簡易小屋の痛んだところを補修して。

 器用に日曜大工をこなしていくユメ。その隣では、見様見真似でそれをならう先生がいる。

 そうして二人が作業するなか、警戒に当たるホシノはと言えば。

 

「……いた。すぅ……しッ。……よし。お昼はワニ肉、あともう一品くらいほしいな……。魚、魚……」

「……あれ警備かなあ。完全に食材調達の方に意識が行ってると思うんだけど、先生どう思う?」

”逞しくていいと思うよ”

「先生っていいところ探しが得意そうだよね」

 

 

 

 それから時計の針が三周ほどしたところで作業は終わる。

 割れた床板は持ち込まれた材で滑らかに変わり、取れかけたウキもしっかりと固定された。

 驚くべきことに浮島の小屋には新たに窓ガラスが嵌まり、外の様子を伺いやすくなっている。

 そんな成果を誇らしげに見やるユメに、先生も思わず頬をほころばせた。

 

「おーわりー! ふぅ、教えながらでも二人でやったら早いねー! ホシノちゃーん、ご飯とれたー?」

「お疲れ様です先輩、先生。取れましたよ、ワニ肉と大きめの魚が二匹ほど。バラしてお昼にしましょう」

「はーい! 先生、ワニって捌いたことある? 私はあるよ、上手いよー!」

「先輩、地元の人しか出来ないことでマウント取って楽しいですか?」

「ひぃん……先生はお魚捌いてぇ……」

”任せて”

 

 鱗をとり、皮をはがし、持ち込んだガストーチで火を通す。手間こそ大して掛かっていないものの、味の方は十二分である。

 ちなみに、料理はほとんどホシノが担当した。捌くところまでは先生とユメが担当し、その後の調理はホシノの担当だ。

 

「あむあむあむ……。先生食べてるー?」

”うん、食べてる食べてる。スパイスが良くきいてて美味しいよ。ホシノは料理が上手いんだね”

「こういう時のために、いつもスパイスは皆持ち歩いてるんです。臭みもなくて食べやすいでしょう」

「ホシノちゃんの沼飯はアビドス一だよねぇ」

「沼飯……? しかし最近はワニや魚も増えましたね。昔よりずっと多くなってきていませんか」

「食料が増えるのは良いことだけど、それだけ沼の深さも増してるってことだもんね……。あーあ、なにかぱーっと解決する手段がないかな……ん?」

 

 食事に舌鼓を打ちながらぼやいたユメの言葉がしりすぼみになる。

 どうしたのかと先生がユメへ視線を送るが、声をかける前にユメが気づいた。

 

「わ、わ、揺れてる!?」

 

 ユメの言葉を皮切りに、浮島の揺れは強くなり、沼の水面が波立ってくる。

 咄嗟に荷物をかき集めたホシノは、立ち上がりながら声を上げた。

 

「これは……先輩!先生!すぐにボートに移ってください!アレが来ます!」

「ひぃーん! なんでこんなとこにでるのー!?」

”なにが来るの!?”

「早く!」

 

 ホシノの声に急かされ、そそくさと舟に乗り込み、ホシノが浮島を蹴りつけてそこから勢いよく離れていく。

 その直後、水面を突き破って現れた長くうねる黒い何かによって浮島がばらばらに破壊される。

 強烈なその勢いに、先生はとっさに腕で顔を覆っていた。

 

「ああ、浮島が壊されちゃった……」

「間一髪でしたね……」

”……い、今のは?”

「オアシスを調査しようにも問題が一つあるんです。それがあの、大きな蛇のような何か。私たちは沼蛇と呼んでいますが、あのバカでかい蛇が陣取っているせいでオアシスの調査が出来ないんです」

「でも、あれはオアシス沼の中心部から動かなかったはずなのに……。なんでこんな端っこのところに?」

「……まさか、沼の深度が増しているせいで? ってことは……」

 

 うねる黒い何か、沼蛇がいまだに帰っていかない姿を見ながら、ホシノは言葉を飲み込んだ。

 それが何なのかを悟る前に、ユメがつい口を挟む。

 

「ねえねえホシノちゃん」

「なんです先輩」

「あれこっち来てない?」

「……先輩全速力! 先生しっかり捕まって! 私が迎撃します!」

「ひぃぃぃぃん!!! このおバカ沼蛇めぇー!!」

 

 背丈の倍もある弓を巧みに操りながら、ホシノはボートという不安定な足場に立って、迫りくる巨大な機械蛇を迎撃する。

 持ち込んだ矢は特別なものではないが、ホシノがそれを撃ち放てば、甲高い風切り音と共に接近する蛇の頭がかち上げられた。

 その後ろでは、先生がしっかりとボートにしがみつき、ユメが全速力でオールを漕いでいる。

 迫る蛇は水垢や苔がびっしりとついている、黒とも深緑とも呼べない色をしているが、その動きやわずかに見える光沢から、生物ではなく機械の類だと理解できた。

 これこそがオアシス沼の主。このアビドスの最も深い場所に住まう沼蛇である。

 その頭上には生徒と同じようにヘイローが輝き、自身の縄張りに立ち入ったものを破壊しようと暴れまわっていた。

 

「ひぃんっ! ひぃんっ! どっ、どこまでついてくるのぉ!?」

「水路は続くよ何処までもですか! この、いい加減止まれッ!」

 

 引き絞り、放たれた一矢が、沼蛇の額を撃ち抜く。

 それが気に入らなかったのか、沼蛇は咆哮をあげて身もだえると、ぴたりと動きを止めて視線一つ動かさなくなった。

 その動きが何を意味するのか、オアシス沼で何度か沼蛇と事を構えたことのある二人には理解できる。

 

「先輩!!」

「代わるよ、オールお願い!」

「はいっ!」

 

 立ち上がり、ホシノと立ち替わって背負っていた盾を構えるユメ。

 どっしりと腰を落とし、船の上にも関わらずすさまじい安定性で沼蛇を見据えると、オールを持ったホシノの大漕ぎで再び距離が離れ始める。このまま逃げ切れるか、と先生が僅かな希望を抱いた直後。

 

 光が瞬いた。

 

”ユメ!!”

「だい、じょう、っぶぅぅぅ!!」

 

 目も眩む輝きが沼蛇の開いた口から放たれ、その奔流がユメの構えた盾によって遮られる。

 五秒、十秒。ぞっとするほど長く感じるような時間が流れ、そして輝きがふっと消え去ると、ユメは大きく息を吐き出した。

 

「ひぃん、やっぱりこれ受けるのしんどいよぉ……!」

「お手柄ですよユメ先輩、このまま逃げ切ります!」

 

 

 

 

「ホシノ先輩! ユメ先輩! それに先生も、大丈夫!?」

「ドローンで状況は観測してました、ご無事で何よりです……」

 

 辛うじて追撃を振り切り、這う這うの体で校舎へと戻ってきた三人。

 下級生の四人が出迎えると、ようやく一息ついたとばかりに先生は大きくため息をついた。

 

「久しぶりにでたね、沼蛇」

「おっきいですよねー♣ でもさすが先輩方、危なげなく切り抜けちゃうなんて!」

「うへー、さすがに疲れたよ……。アヤネちゃん、観測した沼蛇の活動範囲を更新しておいてくれる?」

「わかりました。先生、ご気分はいかがですか? あれと間近で遭遇したんですから、お疲れかと……」

”うん、まだ心臓がバクバクしてるよ……”

「よーし、ご飯もほとんど食べられなかったし、ここは皆で放課後ラーメンとしゃれこもっか!」

「皆―、ユメ先輩がラーメン奢ってくれるってー」

「ん、三杯は行く」

「わー、太っ腹ですねー!」

「え!? いいの、先輩!」

「ひぃん、まってホシノちゃん……。私今月ちょっと厳しくて……」

「まあまあまあまあ(半分出しますから)」

「(うぅ、それならまあ……)……よ、よーし! ユメ先輩に任せなさーい!」

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