昔ノノミと腕相撲をしたシロコは一週間ノノミをさん付けで呼んだ。
「いらっしゃい! お、ユメちゃんたちかい!」
「大将さんお久しぶりでーす! 七人はいれます?」
「ははは、いつも席は空いてるよ。おや、そっちの人は初めて見るねえ。たらふく食べてってくれよ!」
”はは、お邪魔します。シャーレの先生です”
アビドス高校からしばらく歩いて市街地に入ると、その店はある。
浸水を防ぐために数段高くなった位置に建てられた店は、入り口に合羽や傘を掛けるためのスタンドが多く設置され、店内にはラーメンに使っているであろう出汁の香りが立ち込めている。
カウンターの奥では、柴犬系の獣人の男性が微笑ましそうに視線を送っていた。
「先生、こちらは店主の柴大将です。お店は何度も改築と移転を繰り返しながら、このアビドスでずっと営業してくれてるんです」
「今更離れらんねえからなぁ。それに店畳んじまったら、あんたらがラーメン食べられなくなっちまうだろ?」
「とまあ、こんな風に気のいい店主さんです。……あ、大将今日の日替わりは?」
「ホシノちゃんは日替わり好きだねえ。ワニ肉と良いヤシガニが入ったから、今日はヤシワニラーメンだな!」
「じゃあ私はそれで。皆も好きなの頼んでいいからねー」
口々に注文を伝えると、通路を挟んで四人掛けのボックス席を一つ占領する。ユメは下級生二人に挟まれ、シロコとノノミはその対面に座っていた。
ホシノと先生はそのすぐ近くのカウンター席に座り、大将の手つきを眺めている。
”(大将さん、支払いはこれで)”
「(良いのかい? 先生は立派だねえ)」
そんなやり取りをホシノはそれとなく見ていた。
先生がこっそり財布をしまうのを見届けてから、ホシノは周りに聞こえないようそっと声をかける。
「(ごめんね先生。全員分出してもらっちゃって)」
その言葉に、先生はなんのなんの、と首を振った。こういう時に財布を出せるのが大人なのだ。
彼がそう笑うので、ホシノも素直に受け取ることにした。相手の厚意を無下にするのは良くないことだと知っているから。
「んー、おいひー!」
「ん……おいひ……」
「むぐむぐ」
「セリカちゃん、いつも醤油だね」
「アヤネも同じじゃない。……ホシノ先輩は絶対日替わりばっかりだし」
「ええー? 美味しいのに―」
「味は疑ってないけど……」
「失礼、一人だが席はあるかね」
「らっしゃい! ご注文は?」
「そうだな……。日替わりを一つもらおうか」
「へい! 少々お待ちを!」
「……珍しい奴がいるね」
入ってきた客の方を見やりホシノが呟くと、ボックス席の面々もそちらへ目を向けた。
防水加工されたコートをウォールハンガーに引っ掛けたのは、大柄な男性型アンドロイドだった。
「ふも? んぐっ、ごくっ。あ、ほんとだ」
「あれ、カイザーの……?」
「……む? おお、なんだアビドス高校の生徒たちではないか」
「久しぶり。まだやってたんだ、宝探し」
「ああ、上からの指示だからな。うちの観測班が例の沼蛇の活動領域が拡大したと言っていたが……」
本当か? と言いたげな理事の視線に、ホシノがうんざりした様子で頷いた。
「まあねー。前よりずっとしつこく追ってくるよ」
「ちっ……。この調子では、潜水チームの出番はまだまだ先になりそうだ。副会長、いずれまた協力を要請するかもしれんが」
「ユメ先輩には話しておくよ。私たちも、あの沼蛇はどうにかしないといけないしね」
「よろしく頼む。……今回の日替わりは当たりだな、ヤシガニが良い」
「良い出汁出てるよね」
むぐむぐとラーメンを口に運び出した彼を不思議そうに見つめる先生に気づき、ホシノは思い出したように、
「ああ、先生紹介しておくね。こっちのはカイザーPMC理事、アビドス砂漠に埋まってる宝物を探すのに、うちで採掘許可とって沼地の探索してる苦労人。理事、この人はシャーレの先生だよ」
「ほう、例の新しい組織の? これはこれは、お初にお目にかかる。アビドスに関わるならば、今後共闘する機会もあるだろう、よろしく頼む」
”シャーレの先生です、よろしくね”
「そうそう先生、この人も結構苦労してるんだよー。いきなりトップから沼地で宝探ししてこーいって言われたんだって!」
「ユメ君、そういう話はあまり……。……まあ、確かにその通りではあるのだがな。PMC、つまり民間軍事会社の理事だというのに、なぜか沼地の探索に駆り出されてな……」
「初めはねえ、このカイザーコーポレーションの力をもってすれば沼地などー! とか言ってたのにねぇ」
「ぐおぉぉ……。やめろぉ……」
「ほ、ホシノちゃん、それくらいに……」
ホシノが一年生の頃の話だ。彼女からすればただの昔話だが、理事にとってはぬぐい難い汚点でもある。
「ホシノ先輩♦ あんまり虐めたらかわいそうですよ?」
「はーい、ノノミママ」
ノノミが諫め、ホシノは肩をすくめて頷いた。
それを横目に理事がラーメンを食べ進めようと箸を動かし、空を切る。
当たったモノを持ち上げてみれば、身のくり抜かれたヤシガニの残骸がスープの中から現れた。
「まったく、賑やかな連中……ん?」
「……むぐむぐ。ん、ヤシガニもいける」
顔だけをカウンターに乗せ、咀嚼する娘。立派に野生児を残した砂狼シロコ、本日も盗み食い絶好調である。
「貴様ァ──ッ!!」
PMC理事が盗み食いに遭い、犯人がピンク髪の拳骨によって悶絶した日から、更に数日後のこと。
アビドスに訪れた先生は、慌ただしく支度を進める生徒たちに出くわした。
”おはよう皆、どうしたの?”
「あ、おはようございます先生! ごめんなさい、ちょっとバタバタしていて……!」
「沼の方で生徒が遭難したらしいって報告があったの! だからこれから助けに行くんだけど……」
”それは、大変だね。私に何かできることはある?”
「ん、じゃあ助けた子たちの手当を手伝って。道中しっかり守るから離れないで」
「先輩たちはお出かけ中なので、今回は一、二年生組でいきましょー♣ これも、アビドス高校の立派な活動ですからね♠」
シロコとノノミが音頭を取り、先生を連れて一階の車庫へ向かう。
体育倉庫を改装するような形で作られたここは、広く防水対策のされた建物だった。
中に鎮座しているのは、各所に手直しの後が見られる旧型のジープ。それに全員が乗り込むと、アヤネがエンジンキーを回し、アクセルを踏み込んだ。
やや怪しい軋みが車体から響き、車庫を飛び出してぬかるんだ道を弾かれるように走り出す。
「このジープもそろそろ補修なり買い替えなりしないとまずいわねー」
「ずっとここで使ってるから、もうガタが来ちゃってるね……」
「りじおじに頼んで用意してもらう?」
「さすがにそれは厚かましいと思いますよー? でも、どこかでメンテナンスはしたいですけど……」
「……先生? なに、そんなにじろじろ見て……。何かついてる?」
”いや、外では皆銃を使うけど……。ここでは、その、凄く個性的だね”
「ああ、武器のこと? 私のはスリングだけど、遠投用に投槍器も使うわね」
「スリングショットはパチンコみたいなこれのことです。私はあまり力がないのでスリングショットを使いますが……。スリングはヒモに石とかの弾を引っ掛けて、振り回した遠心力で遠くに飛ばす道具なので、片手で使えて便利なんですよ」
「ん、私は弓とナイフ。小回りが利く方が使いやすいから」
「私は、これです! 後ろに積まれた超大型コンポジットボウ! とーってもすごい威力が出るんですよ♡」
「その分、ノノミ先輩しか引けないようなモンスターだけどね……」
「体幹お化け」
「シーローコーちゃーん?」
「じょーく、じょーく、じょーく……っ!!」
「お二人とも、あんまり車内で暴れないでくださいね。……あ、戦闘準備! 襲われてます!」
アヤネの声と共に、先生以外の意識がすぐさま前方へと集中する。
手にした武器を構え、彼女たちの本業が始まった。
「ひぃ、ひぃっ! ちくしょう、ちくしょうこんなところで死にたくない! この、どっかいけぇ!」
赤いヘルメット姿の生徒が手近にあった石ころを投げつけるが、迫ってくるワニ型の機械獣は怯むことなく進み続ける。
学籍のないヘルメット団たちを率いるリーダーの彼女は、仲間たちと共にアビドスに多く埋没する機械部品などの回収を行っていた。
独特の発展を遂げているアビドスの資材は、他の自治区でもそれなりの価値になる。そういったものを集め、売りさばくことで日々の糧を経ていた彼女たちは、今まで順調に行っていたことでその警戒心を鈍らせてしまった。
不幸だったのは、彼女たちの最後の仕事の後でオアシス沼の領域が広がったこと。そのせいで、本来沼の奥にしかいない危険な機械獣の生息域すらも拡大してしまっていた。
機械獣の目的は、縄張りに入り込んだものの排除。
リーダーは強襲を何とか回避すると、仲間を逃がすためにしんがりを務めたのだ。
団の長として、最後まで意地を張れたことに胸を張りながら。それでも恐怖には耐えきれず、ヘルメットの奥で涙を浮かべ。
大口を開けたワニ型の脳天を、子供の細腕ほどもある矢が貫いた。
「……へっ?」
「ご無事ですかー?♠ 間一髪でしたね!」
彼女の後ろから、大弓を二つ繋げたようなイカれた巨大コンポジットボウを片手で保持したノノミが現れた。
さらにその後ろから駆け出すのは、短弓を片手に投げナイフを体に巻いたシロコ。
そして片手にスリングをぶら下げ、固定式の投槍器を装着し、その矢玉となる槍を数本背負ったセリカが続く。
「敵はクロコダイル型が後二体! 後ろからもっと大きいのが一体きてます!」
「ワニは私とセリカでやる。大きいのはノノミ、お願い。先生もノノミの傍にいて」
「りょーかいです♡」
「大丈夫ですか、立てますか!? どこか怪我は?」
「だ、だだ、だいじょうぶ、ですっ……。あの、あんた達は……?」
「アビドス高校生徒会です、助けに来ました!」
クロコダイル型の動きは水中こそ本領だが、水深が足首程度の浅い場所であっても鈍ることはない。
苔と藻で彩られた、暗い水に溶け落ちそうな色合いのそれは猛然とシロコ目掛け駆け出し、
「よいしょ」
腕一本を軽々と噛み千切れるような強烈な噛み付きを、シロコは浮き上がるように軽やかに回避する。
逃れざま、胸の前で構えた短弓でパーツの接続部を射抜くと、着地と共に振るわれた尾を避け、再び駆け出す。
この程度の相手ならば、アビドス高校の面々にとって大した脅威ではない。これくらい倒せずして、アビドスの治安維持などできようはずもないからだ。
シロコに強力な決定打はない。だが、機械は機械である以上自己回復など行えず、壊れたパーツは元には戻らない。
であれば、慣れと練度に勝るシロコに敗北はない。
「これは、ここ」
短弓で付けた傷に、投げナイフが正確に突き刺さる。
そこはパーツとパーツの隙間、中枢部に繋がるもろい部分の一つ。
機械は量産される都合上、構造が画一的になる。そして、それを知っていれば手札次第でいくらでも戦い方はある。
「これで、終わりっ」
攻撃を避け、敵の体が伸びきった瞬間。
突き立ったナイフ目掛け、全身のばねを使った渾身の蹴撃が叩き込まれた。
ずん、と一気にナイフが柄まで深く食い込み。
その巨体は、そのまま力なく倒れ込んだ。
「……よし。セリカは……」
「ぃよいっしょおおぉぉぉぉ!!」
シロコほどの速度を持たないセリカは、まず目の役割を果たすカメラレンズを狙う。
周囲の状況把握は視覚に頼っている割合が大きく、レンズが欲しい時でもなければスリングで目を叩き割るのが定石だ。
ひょいひょい近づいて攻撃をかわしながら戦うなど、セリカにはとても真似できそうになかった。
「ふんっ!」
スリングによって加速した投石が寸分たがわずレンズに叩き込まれ、一当てごとに左右のレンズが破壊される。セリカの高い狙撃能力がいかんなく発揮される攻撃だ。
視覚情報がなくなり、クロコダイル型の動きが止まった。その瞬間を見逃さず、背負った槍を抜き取ると、片手の投槍器へつがえて。
「せぇ、んのぉっ!!」
大きく振りかぶられた腕は鞭のようにしなり、それによって押し出された槍がクロコダイル型の下あごを地面へと縫い付ける。
深々と突き刺さるそれは人間やアンドロイド相手には絶対に撃てないような代物だが、この怪物相手ならばこれでも十分とは言い難い威力だ。
しかし、動きの止まった相手ならば。
「もいっぱぁつ!」
ゴぃん、とも、ガゴンッ、ともいえぬおかしな音を響かせながら、ワニの足がさらに縫い留められる。
完全に動きを止め、引きはがそうとのたうち回る姿を視界に収めながら、セリカはさらにもう一本を取り出すと、少しだけ距離を取って、小さく息を吐き。
吸って。
「ぃよいっしょおおぉぉぉぉ!!」
投げた。
これまでの足止めではない、狙いすました一撃。もっとも加速が乗って威力が上がる距離を見極め、相手を動けなくしてから必殺の一撃を叩きこむ。
破裂音に近い音と共に槍が装甲板を突き破り、内部の回路をずたずたに引き裂いていく。
じたばたともがき苦しんでいるように蠢くそれは、最初こそ激しく抵抗したが、すぐに動きが弱まり、そしてそのまま機能を停止した。
「いよっし、絶好調! シロコ先輩、こっち終わったわ!」
「ん、お疲れ、セリカ」
『ノノミ先輩、先生! 奥の大物が接近中です! 数は一、クラブ型です!!』
「先生、傍を離れないでくださいねー♠」
ぬかるんだ地面をものともせず、それは姿を現した。
巨大な右のハサミは強力なアクチュエーターが搭載されているうえ、開いた根本にレーザー砲を備えている。
逆に構える左のハサミは右に比べて小ぶりではあるが、その代わりに機械の装甲板であってもたやすく切断できる単分子カッターとなっている。他所から迷い込んだ機械獣や、道を塞ぐ障害物などを割断するのに役立つものだ。
さらに全身が強固な装甲板で覆われ、生半可な武器では攻撃を通すことも出来ない。
そんな、ジープよりもさらに巨大なカニ型の機械獣が、大地を揺らしながら近づいてきた。
「カニさんは、普通に撃っても効かないので……」
近づいてくる巨体を見据えつつ、ノノミは懐から取り出したボトルのようなものを巨大な矢の先端に取り付ける。
機械獣はただ壊すだけではない。その巨体から回収できる機械部品たちは、アビドスに生きる者にとって有効に活用できる資源でもあるのだ。
取り出したのは、強力なバッテリー。市販されている者よりもずっと安定性が低く、強く小突けば中の電力が思い切り放電される危険極まりないものだが。
「こうして、まずはびりびりー☆」
バッテリー付きの矢を、身の丈の倍ほどもある弓に番え、軽々と引き絞り撃ち放つ。
豊満な胸を抑えるサポーターのおかげで障害なく解放された弦に押し出され、大気を乱しながら放たれた矢はカニの目前まで迫り、
しゃきん、と軽い音と共に、左のハサミで切り払われた。
「あ、それ感電注意でーす♣」
にこりとほほ笑むノノミの眼前で、ハサミによって衝撃を受けたバッテリーが破裂。
内蔵された電力が一気に解放され、クラブ型に電撃が襲い掛かる。
同時に湿地の表面を伝い電気が走るが、周囲にいたのはすでにこと切れた機械獣だけ。ノノミの手の内を知っているシロコとセリカはすでに退避していた。
電撃によってクラブ型の機体温度調節機能がバグを起こし、一時的に機体中央の装甲板が開き、排熱装置が露出する。
それを見た時には、すでにノノミは第二射の姿勢に入っていた。
「装甲板はさすがに特製の矢じゃないと抜けないんですよねー♦ ってことでー……」
万力のような力を込めて、弓が引き絞られる。
届きさえすればよかった第一射とは違う。確実に相手を射抜くために、特製のコンポジットボウが悲鳴を上げるほどの力が加わっているのだ。
そして、限界まで弓を引き絞ると、そのままぴたりと動きを止め、狙いを定め。
破裂音を響かせ、目にも止まらぬ一矢がクラブ型の胸を完全に粉砕した。