(思ったより時間がかかってしまいました。上手く切るところがなかったので1.5話分ほどの量になっております)
更に数日後のこと。
全員が集まったアビドスの生徒会室で、ユメが重大発表と書かれたホワイトボードの前に立っていた。
「ブラックマーケットに行きます!!」
「……はい、行ってらっしゃい」
「ちがーう! 皆で行くの! この前の機械獣の残骸情報で収入あったし、そろそろニュージープちゃんを探しに行きたいなって」
「ジープ? 直すだけならうちでやればいいじゃない、なんでブラックマーケットなの?」
「それがねセリカちゃん、あの型の部品はうちの自治区のお店じゃもう扱ってないんだって」
「ああー……。そういえばあのジープ、もうとっくに車検とか切れてましたっけ」
アヤネが思い出したように頷いて言った。
アビドス高校の校用車として代々受け継がれてきた旧式のジープは、今もアビドス生の足として元気に活躍している。
正確には活躍『出来ている』であり、それももうじき限界が近いだろうというのがいつも車両の整備に手を貸している住民の意見だった。
実際、常に雨が降りしきり路面状況も最悪なアビドスを突っ走っているのだから、劣化も大概早いのである。
一時的にとは言え、台数が増えるという点も捨てがたかった。
「それどころか色んなパーツで直したり改造したりしてるから、フレームにガタが来てて補修も難しいって……。なので! 私たちアビドス高校に新たなお車をお迎えしたいと思うのです!」
「良いと思う。二台になれば最悪物資積んで動くだけでも助かる」
「お金があっても物がない、モノがあっても人手がない、ですからね♠ いっそあの機械獣を手懐けたりできないでしょうか?」
「昔の生徒会が試したみたいですが、成果は上がらなかったみたいですよ」
「まーそう上手くはいかないってことだねぇ」
「って、その話は良いの! ブラックマーケットに行くから、ジープちゃんと銃の準備!」
ユメの号令に、その場の全員が一時停止した。
あー、と口々にしまった場所を思い出して。
「……どこにしまったっけ」
「私のは生徒会室のインテリアですね♣」
ノノミが窓際に台座ごと鎮座するマシンガンを見る。
ピカピカに磨かれたその銃火器は、火薬の匂いを忘れ去ってしまったかのようにオブジェとしての輝きを放っていた。実際撃てないので置物である。
「あー、寮に取りに戻らないと……」
「スリングじゃダメ?」
「ん、さすがに危ない。セリカのスリングはシャレにならない」
「めんどくさー……。じゃあ荷物積み込んだ後寮に寄って、銃をもって出発、と」
「先生に連絡して、アビドスの入り口で待っててもらうね。ついでに銃弾も調達しておいてもらっちゃおうか」
モモトークの画面を示してユメが言う。
現在、先生はアビドス方面へ向けて移動中で、今回はブラックマーケットに向かうということで同行を依頼した。
先生がブラックマーケットに向かうのは今回が初めてだ。護衛という意味でも、今回のアビドス勢の遠征は都合がいい。
「ここに置いておいたら全部湿気っちゃう」
「あ、皆普通の靴とか持ってる? あった方が歩きやすいと思うけど」
「この前可愛い奴買ったから持ってくわ! 初めて外で履ける……!」
「制服の上着も持っていってねー。自治区を出たら合羽から着替えないと目立っちゃうよ!」
わちゃわちゃとそれぞれが準備を始め、あーでもないこーでもないと相談しつつ小一時間が経過して。
一行はジープに乗り込み、アビドス自治区の入り口、その敷居に当たる部分を跨いだ。
降りしきる雨と肌に纏わりつく湿度がからりと消え去り、燦々と降り注ぐ太陽と乾いた空気の匂い。
相変わらず意味が解らない現象だったが、一行にとっては生まれてからずっと続く常識だった。
そんな常識的な境目の外で、大きな鞄と共に先生が立ち尽くしていた。折り畳み椅子に腰かけ、ぐびぐびとペットボトルを傾けている。
”や、おはよう皆。いい天気だね”
「おはよー先生! ごめんね、暑い中待たせちゃって! それに弾まで買ってきてもらっちゃって……」
「あとで経費で落とすので、領収書貰えますか?」
”いいよ、支援物資って形でこっちで持つから”
「え? いえ、さすがにそれは……」
「まあまあ、それで落としてくれるならいいじゃないホシノ先輩! 先生も太っ腹!」
セリカが割って入り、まあまあまあまあと連呼しながらホシノを押し留める。
現金だなあ、とアヤネが苦笑いをこぼしつつ、
「さ、先生も後ろに乗ってください。ここからブラックマーケットまで移動するので!」
「アヤネ、拳銃借りるわよー。弾込めておくから」
「あ、うんありがとうセリカちゃん。はいこれ、よろしくね」
「……装弾、やるの久しぶり過ぎてちょっとやり方忘れた」
「弓より重たくて動きづらいですねー……」
「シロコ先輩、投げナイフは危ないって……」
「なんで持ってきてるのシロコちゃん! 車においていってね?」
「ん、わかった……」
”皆、お菓子とジュース買ってあるから好きに食べてね”
「移動中に摘まめるように? うへー、気が利くねー」
「お菓子? なになに、先生が買ってきたの?」
「ハンドル握ってても食べられるものがあればくださーい」
「はいはい皆、あんまりわちゃわちゃしないで―! ジープちゃんはただでさえ定員オーバーなんだから!」
「じゃあユメのお菓子は私が……」
「シロコちゃん!!!!」
そんなこんなでブラックマーケット。今日も今日とて大賑わいの闇市に、アビドス印のボロジープがやってきた。
珍しく銃を装備しているうえ、合羽を着ていない身軽な格好なので少しテンションが上がっている。
「とーちゃーく! ここがブラックマーケット、宿題代行から今日のおかずまで何でも揃う違法闇市!」
「にぎわってるねぇ」
「凄い活気ですね……。違法とは言え、学園数個分の規模は伊達じゃない、ということでしょうか」
「普通に買ったら高くても、ここで買えば安くていい車だってきっとあるはず! ということで、レッツ散策だよー!」
おや? とホシノがいぶかし気にユメを見た。
なにやら引っ掛かる言い方に疑問を感じ、
「……ユメ先輩、目星がついているわけじゃないんですか?」
「そうだよ?」
一行の、何か可哀想なものを見るような目がユメに降り注ぐ。
「……ホシノ先輩、ユメはかわいそうな子だから許してあげて」
「みんなで練り歩くのも楽しそうですし、いいじゃないですか☆」
「え? なんで私怒られるような流れなの!?」
「……ユメ先輩、ちなみに聞いておきますが、車を調達できる店に心当たりは?」
「もーやだなあホシノちゃん! それを今から探すんじゃない!」
あっはっはと笑うユメ。ホシノの表情が無に変わった。
「あっホシノ先輩の顔がスンッ、ってなりました! シロコちゃん、ノノミ先輩抑えて!」
「ブラックマーケットで最初にやることがこれなんですかー!」
「ホシノ先輩抑えて、すていすてい」
「離してシロコちゃん!! このアホ先輩は一度みっちり……!!」
「ひぃん! みっちりしないでー!」
”み、皆とりあえず落ち着いて!”
などとはしゃいでいると、ブラックマーケットの洗礼が訪れた。
ガラの悪そうな生徒たちが銃を片手にこちらへ歩いてくる。なにやら指を指してケラケラと笑っているところを見ると、どうやらユメ達を獲物としてみているようだった。
「おいおい、こんなところで見たことねえ制服の奴らが騒いでやがる!」
「使った痕跡がろくにない銃に、おんぼろの車……。さてはお前ら、どっかの貧乏自治区から来たんだなあ!」
「ちょうどいいや、アタシらにその服も銃も、『寄付』していってくれよ!」
「……シロコちゃん、ノノミちゃん。ちょっと、放してくれる?」
「ん」
「はーい☆」
ホシノの一言に、二人は素直に彼女を抑える手を離した。ユメもあちゃーといった顔でその様子を見ている。
明らかに気配が変わったことに気づいていないブラックマーケットの生徒たちは、なっていない構えで銃を振り回しながら、
「キャハハハ! 寄付じゃなくてごーだつ、だろぉ?」
「オラオラどうしたぁ! ビビッて声も出ねえのかぁびゅっ」
吹き飛ぶ。下卑た笑みがそのまま凍りつき、仲間が通りを一つ横断して壁に激突する光景を見せつけられる。
ビビッて、声が出なかった。
「──さっきから、うるさいんだけど。少し静かにしてくれるかな」
底冷えするようなホシノの声が響き、ついで絶叫が連鎖する。
引き金を引かず、振りかぶったショットガンを棍棒代わりにポンポンと人が吹っ飛んでいく光景はあまりにも非常識的で、先生も止めるべきかどうか悩む程度にはギャグ染みたものだった。
「あど……ずびばぜんでじだ……」
「なまいっで……ずんばぜん……」
「なぐらぁいで……」
「……ちょっと、やり過ぎたかな?」
「いや、ちょっとじゃないでしょ。これもう交通事故じゃない。先生も引いてるわよ」
”いやあ、うん……。ちょっと、凄かったね……”
「潰れた空き缶……」
「しかもショットガン使ってなかったよね、ホシノちゃん……」
「素晴らしい棍棒捌きでしたねー☆」
「い、いや、普段使いの武器がそういうやつだから……。つい、取り回し良くて……」
私は悪くない、と言いたげなホシノに注がれるのは、呆れと恐怖の視線だった。
前者はアビドス、後者はぶちのめされたブラックマーケットの生徒たちである。
そんな彼女たちを見て、アヤネがぽん、と手を叩いた。
「……どうせですし、この人たちに案内してもらうというのはどうでしょう?」
「アヤネ、悪魔みたいな発想するね」
「えっ!? な、なんでですか!?」
「はひ……案内させていただぎまず……」
「あ、いいみたいだよ! じゃあ車が買える所ってどこか知らない? こういうジープみたいな車!」
「え、えっど……。一応、知り合いのとごがやっでまず……」
「ほ、ほら、ちょうどよくやってるみたいだから! ね! 皆、行こう! ね!?」
徹底的に心をへし折られ、死にかけの子牛のような状態で先導を始める彼女たちに、アヤネが歩きながら手当てをすること数十分。
ある程度傷を塞いで手当てを済ませた不良たちの案内で、一行はそれなりにまっとうなカーショップに訪れていた。
「あ、あの、ここっす……」
「鼻血、大丈夫ですか? 止まりました?」
「はいっ! 止まったっす、アヤネさん!! ありあっす!!」
「完全に舎弟化してる……」
「すいませーん、車みたいんですけどー!」
「こっちはこっちでマイペースですねー♣」
早速中に入っていくユメとシロコ、そしてその二人が暴走しないようセリカとアヤネがついていく。
「この車カッコいい―!」
「ん、私これがいい」
「二人とも、目的を見失ってますよ……!」
「こっちの方が安い……でもこっちのが、うーん……」
「……大丈夫かな」
「アヤネちゃんとセリカちゃんがついてますから、大丈夫ですよ。きっと……♣」
「不安だ……」
「この『水陸両用車』欲しい」
「絶対使わないから駄目です! 沼に行っても壊されるのがおちですし」
「あ、アヤネちゃんこれはどう!?」
「セリカちゃん、これセダン……」
「カッコいいじゃない! こう、なめらかなフォルムが!」
「これでアビドスを走る……? 正気……?」
「……ダメだ、私も見てくる」
「私も行きますっ☆」
「ユメ先輩! 真面目に選んでください!」
「ふざけ過ぎたら怒っちゃいますよー! セリカちゃんもシロコちゃんも!」
「ひぃん! パパとママが来たよー!」
「誰がパパですか!」
<オカイアゲ、アリガトウゴザイマシター!
数時間に及ぶ吟味と検討の末、少し型落ちながら今のよりも新しいジープを買い求めた一行。
幸い予算内で収まったため、口座からの一括引き落としで支払うことが出来たのは幸いだった。
「ふぅ、ながくくるしいたたかいだった……!」
「一人で長引かせてただけじゃないですか。あ、先生すみません。お待たせしてしまって」
”ううん、いい車が買えたみたいで良かったよ”
「この先輩がいつまでも選びきれないから終わんなかったのよ……。ねえユメ先輩!」
「セリカちゃんこそセダンばっかり見てたくせにー!」
「水陸両用車……」
「でシロコ先輩もいまだに心惹かれっぱなしだし……」
「ま、まあまあ、無事新しいジープも買えたんだし、とりあえず目的は達成したから……!」
「シロコちゃんには後で水陸両用車のミニカーでも買ってあげますね♠」
「それで、この後はどうするんです? 目的は済みましたし、帰りますか?」
「えー!? せっかく来たんだからショッピングしていこうよ! ほら、学校で使えるものとかもあるかもしれないし!」
などと新車を前にワイワイしていると。
「うわあああーー!! まず、まずいですー! ついてこないでくださーい!!」
遠くから聞こえてくる声。ブラックマーケットには似つかわしくない愛らしい声に、見覚えのある白い制服が通りの向こう側から走ってきていた。
「……皆さん、あの制服」
「トリニティの子だねぇ。なんでブラックマーケットに……っていうかこっち来てる?」
「わ! わ! どいてくださーい!!」
「追われてるみたい」
「って言いながら誰も退かないのね……」
「トラブルに自分から首を突っ込んでいくのは、ユメ先輩どうかと思うな―!」
「って言いながら先輩も臨戦態勢じゃないですかー♡」
誰一人として動くつもりもなく、後ろを見ながら走っていた少女はノノミの豊満な体に受け止められる。
「へぶっ! あ、す、すいません! 早く逃げないと……!」
「まあまあ落ち着いて。どうしたの?」
「そ、それが……」
「おうおう、なんだテメェら! あたしらはそこのトリニティ生に用があん、……だ、よ……?」
「おいどうしたんだよ、なに固まって……ひぃっ!? な、なんでそいつらぼこぼこになってんだ……!?」
追ってきたらしいチンピラたちが、威勢よく怒鳴り込んできたと思えば引きつった顔を見せる。
多少腫れは引いたものの、いまだボコボコになっている最初に絡んできた不良たちの顔面事情に驚いたのだろう。
それを問われ、ホシノが苦笑いしつつ、
「え? あー……。成り行きで」
「なりゆきィ!? 難しい言葉使ってんじゃねえよ、舐めてんのか!!」
「どこのビンボー学校か知んねーけどよ、そのトリニティ生を踏ん捕まえて身代金をがっぽりせしめんだよ!!」
「がっぽりだぞ! 邪魔しようってのか、ああ!?」
「なんか仲間内でどんどんヒートアップしてるぅ……」
「え、えっと……」
「それともあれか、そいつを捕まえて一口のろーってか!? いいぜー、そういう話なら大歓迎だ! どうだ、取り分はななさんでいいぜ!」
「ななさんだぞ、ななさん! みみさんじゃねーんだ!」
ヒャッハーと叫びながらノリで生きていそうなチンピラたちの言葉に、ホシノが頭を抑えて溜息を吐く。こんなに雑な絡まれ方はあまりなかったなあ、などと考えながら、
「……ちょっと、会話がつらくなってきたから取り合えず、一年生組ゴー!」
「ええ、そういうノリで始めちゃうわけ!? まあいいけど……!」
「私もですか!? 実戦久しぶりだなあ……」
「うわっ! なんだてめえら、やるってのか! 来やがれ、ぼこぼこにしてやんよ!」
「ブラックマーケットの不良舐めんなゴラー!」
なにやら勝手に切れながら襲ってきた不良たちに対して、向かい合うのはセリカとアヤネの二人。
ホシノの発した号令に呆れつつも、その動きに淀みはない。
二人はまず銃を抜く、ことはせず。その場に落ちている適当な大きさの瓦礫や鉄パイプを拾い上げると、不良たちへ突撃する。
「なぁ!? なんだこいつりゃっ」
腕のしなりを利用し、最高速で放たれたセリカの投擲が不良の一人を速やかに行動不能にすると、その不良を盾にするようにアヤネが回り込み、手にした鉄パイプをフルスイング。
「ぎゃっ」
一瞬のうちに二人を沈め、セリカはそこでようやく肩からぶら下げているのが銃であることを思い出したのか、それを構えて引き金を引いた。
狙いすまされた狙撃は、しかしびびって腰が引けている生徒の頭の少し上を飛んでいく。
二発、三発と撃たれたそれは、やはり当たらず。
「……ええい! 石の方があてやすいわよ!!」
すぐに手近な石をぶん投げた。当たり前のように頭に直撃し、不良の一人が沈む。
「セリカちゃん……」
「そんな目で見ない!! ほら残りよろしく!」
「もう、私オペレーターなんだけどなあ! 慣れてるけどさあ!」
残った不良は、瞬く間に仲間が倒れていった様を見て戦々恐々としていた。
銃ではない、その辺りの石ころやらを投げつけられただけで倒れていく仲間たち。
そしてぴたりと張り付き、行動の自由すら奪ってくるような透き通る視線で見つめられながら、その不良が気絶する前に見た最後の景色は。
低い姿勢から鉄パイプを振り抜かんとするアヤネの姿だった。