本日は2話投稿、こちらは2話目です。
一つ前のお話からお読みください。
吹き荒れる矢の嵐の中を、便利屋68は器用にも受け捌き、シロコとセリカから教わった足さばきで切り抜けていく。
時折放たれるアルの強烈な一矢で複数の生徒が吹き飛び、スリングを振り回すムツキの投石で近づいてきた生徒がばたばたと倒れる。
さらにそれを潜り抜けて接近してくる生徒は、待ち構えるハルカの手加減した殴打で昏倒し、その隙をカヨコのクロスボウが埋めていく。
しかし、事前にアビドスの情報を仕入れていた風紀委員会は、クロスボウを全員に支給したうえで、段階的に射撃させることで数の有利を維持し、断続的に矢を降らせることに成功している。
それでも、実際に湿地帯で行動してきた便利屋とは動きに雲泥の差があり、元々の力の差もあってじりじりと数を減らしているわけだが。
「めんどくさいなあ、なんなのここ? 銃が使えないって意味わかんないんだけど」
不機嫌そうに漏らしたのは、使い物にならないスナイパーライフルを担いで、片手にクロスボウを構えるイオリ。
その様子を見ながら、頭を抱えているのは救護担当のチナツ。実質的には指揮官とも言える彼女は、今回の作戦に明らかに違う意図を感じていた。
「……ああ、嫌な予感がします。これ、本当にやっていいんでしょうか……」
「アコちゃんが大丈夫って言ってたし、大丈夫でしょ。それに、たかだか六人ぽっちの生徒会に何ができるのさ。そもそもその生徒会も来てないじゃん、うちはうちの仕事をするだけ」
「いえ、ですが……。そもそも私たちはアビドスに侵入するのは初めてなんです。それに、いくらうちの校則違反者を捕えるためとはいえ、事前通告なしでの他自治区での戦闘は……」
「それをとっとと終わらせるために、こうして強行偵察してるんじゃん。おい歩兵何やってる! 前に出て圧かけるんだ!」
『そ、それが、あの前衛がやたら強くて、うぎゃっ!』
「はぁ……。失敗するとアコちゃんがうるさいし、とっとと終わらせよう。例のアビドスの生徒会も邪魔するなら、まとめて畳んじゃえばいいんだよ!」
「どう考えてもこれは無理筋です、アビドスに喧嘩を売るだけじゃないですか? やはり、一度委員長に連絡を取った方が……」
「はあ!? それで私がアコちゃんに怒られるんじゃん! もうめんどくさい、私も前出る!」
「ちょ、イオリ!? ダメです、止まって!」
駆けだしたイオリに手を伸ばしても、すでにその姿は水しぶきを上げて行ってしまった後だった。
残されたチナツは、がくりと肩を落としながら視線を戻して、
「あれは、アビドスの生徒会? ……車に乗っているのは、七人……」
遠方からやってくる一台のジープを見つけ、双眼鏡で乗っている数を確認する。
その時、ちらりと見えた七人目の顔に、チナツは上司の意図がどこにあるのかを明確に悟った。
「──まずいですね」
じわりと、合羽の内側を冷や汗が伝う。
忘れもしない、以前シャーレ奪還作戦でその指揮能力の異様な高さは実感した。
それが、少数精鋭と謳われるアビドス生徒会を従えるとなれば。政治的な目的でここに踏み込んだ、例の上司の考えなど容易に踏み砕かれるだろう。
そして待っているのは、アビドスとの関係悪化だ。
チナツはまだ一年生だが、委員長がちらりとアビドスの生徒について語っていたことを覚えている。
副生徒会長は委員長と同等かそれ以上の戦闘能力を誇り、アビドスの環境に最適化された戦闘方法によって実質的にこのアビドスにおいて頂点に立つ存在であり。
その副生徒会長の薫陶を受け、アビドスの環境に揉まれた生徒会の面々は、外とは違う『強さ』を持っていると。
「ああ、もう。通信に出てください、イオリ……!」
ともすれば取り返しのつかない、行政官の反省文で済む事態から逸脱しかねない。
──とにかく早く帰って寝たい。
胃がキリキリする思いを抱えながら、チナツは心からそう思った。
「アビドス生徒会です!! 全員止まりなさい!!」
雨のやまない湿地帯。騒乱の気配立ち込めるアビドスの市街地に、拡声器を使ったアヤネの声が鳴り響いた。
片手には背丈よりも長い棒のようなものを携え、眉をしかめて仁王立ちしている。
その一声に、誰もが戦いの手を止めてアヤネの方を、そしてその後ろでジープから降りてくる他の生徒会の面々を見た。
「このバカ騒ぎを引き起こしたのは誰ですか! 名乗り出なさい!!」
「私たちはゲヘナの風紀委員会だ! そこで隠れてる校則違反者を捕まえに来ただけだ、邪魔をするな!」
「邪魔をするな、ですか……? ここはアビドス自治区、私たちの自治区です! 他の学園の風紀委員会が好き勝手していい場所ではありません!!」
「そうか、つまりお前たちはうちの校則違反者を庇うんだな? ってことは、私たちを邪魔するわけだ!」
その言葉に、攻撃の手を止めていた風紀委員たちの視線の色が変わる。
介入してきた第三者を見るものから、敵対する相手を見るものへ。
気配を感じ取り、アビドス生徒会はそれぞれの武器を取り出して警戒を始める。
中でも、ホシノの気配は引き絞られた弓の如く張りつめていて、何かあればすぐに飛び出そうとしていた。
「総員──」
「ダメですイオリ、攻撃しては!」
「──攻撃開始ぃ!!」
後方から、泥に足を取られながら駆け寄ってきていたチナツの言葉も虚しく、代表者としてイオリの言葉が放たれる。
それを機に、風紀委員たちの攻撃が再開された。
「……そうですか。ゲヘナはアビドスなど、僅か六人の生徒しかいない自治区のルールなど踏みにじっても構わないと……そうですか……」
再び始まった戦いを前に、アヤネは思わず俯く。
戦いの邪魔にならないよう、眼鏡を外し、胸に収める。
そうして、一度息を吸いこみ。
「──わかりました。これよりアビドス高校は、この攻撃に対して対処を行います。ユメ生徒会長!!」
「うん、わかった。皆、戦闘準備! あの子たちをちょっと大人しくさせよう!」
アヤネは先生にそっと手にした拡声器を渡すと、二度、三度と手のうちで、機械獣の部品から作り出した六尺棒を回転させる。
その直後、アヤネの体は指揮を行うイオリの間近まで迫っていた。
『──アビドスで誰が一番強いか? うーん、先生もそういうの興味あるんだねえ』
『まあ、おじさんが一番強いよ。総合力で言ったらなんだけど』
アヤネが接近したことにイオリが気づいたのは、腰だめに構えた六尺棒が胴に突き立てられた瞬間だった。
そこに至るまで、アヤネの動作を認識できなかった。
いつの間に、と目を見開きながら、腹部に強烈な打撃を受け、思わず呻き声を漏らす。
『逆に一番弱いのはアヤネちゃんかなあ……。あ、でもアヤネちゃんが戦えないとかそういうわけじゃないんだよね』
『アヤネちゃん、ちょっと偏ってるっていうか……』
「次」
六尺棒を起点に体が回り、腹を庇おうと前かがみになってしまったイオリの側面に入る。
鋭く細められた瞳はぴたりとイオリのことを見据え、揺らぐことなく次の打撃に向けた隙を探っている。
そのままイオリの後頭部へ裏拳が叩き込まれると、腹から離れた六尺棒の端をもってさらに回り、イオリの足を払おうと姿勢が低くなる。
『アヤネちゃん、アビドスでやっていくにはちょっとか弱いんだよね。だから、中学の頃からウチに来て戦い方教えてあげたり、自治区に逃げ込んできた賞金首の捕縛の見学とかバイトとかやってたわけ』
『だからかなあ……。おじさんを除くと、アビドスで一番対人戦に慣れてるの』
「く、そっ……! なんだよこいつっ……!」
辛うじてたたらを踏むように、足払いを避けたイオリの悪態を気にも留めず、棒を振り抜いて背を向けた姿勢のアヤネは脇の下から抜けるように勢いよく棒を引いた。
抵抗しようとしたイオリの喉か、顎か、そのあたりを狙って放たれた背面越しの打突は、とっさの判断で身をかわすことで避けられたが、それによってまた姿勢が崩れ、その隙にアヤネが立ち上がる。
『アヤネちゃん、アビドスで対人近接戦の技術だけを言ったら、おじさんより上だよ? 多分』
「大人しくしてもらいます」
「この、邪魔なんだよっ!!」
激高するイオリを冷たく睨みながら、再びアヤネの猛攻が始まった。
「皆、無事?」
アヤネが単身暴れまわる中、シロコ達がアルの元まで駆け寄る。
弓矢で応戦しつつ、アルは驚いて目を見開いた。
「シロコ! 来てくれたの!?」
「ん、何かあったら助けるって言った」
「いやそうだけど……。見て見ぬふりをした方が楽だったんじゃない?」
「そーそー、私たち一応お尋ね者のアウトローだし?」
「大事なお客さんだし……。それに、アヤネがガチギレしてるから」
大変お怒りあそばされている対人暴力担当オペレーターをちらりと見て、一行が揃って冷や汗を流す。
明らかに普段の彼女らしい落ち着いた態度とは違っている。学校間の通例を完全に無視して舐め腐られていれば、こうもなろうというものだが。
「……あのメガネっ子ちゃん、あんな怖かったっけ?」
「自分の庭で夜中にパーリーピーポーされた感じ」
「それは怒るね……」
「あ、あの、とにかくここから移動した方が……すみません出過ぎたことを言いましたごめんなさい」
「いえ、ハルカの言うとおりだわ。今のうちに後ろに下がりましょう。シロコ、私と殿を頼めるかしら」
「ん、任せて。一日だけの弟子だけど、守るのは師匠の役目だから」
「ハルカの判定はそうなってるのね……」
シロコ達が応戦しつつ退却を始める一方で、チナツはクロスボウを撃ち放つ同僚たちの間をすり抜けて、アビドスの面々の前に単身姿を見せた。
さすが風紀委員というべきか、攻撃せず合間を抜けるだけの実力を持ち合わせている彼女を見て、先生とユメの傍を固めるホシノが臨戦態勢にはいる。
その周りではセリカとノノミが押し寄せる生徒たちを投げて射抜いて蹴飛ばしてと、大立ち回りを演じていた。
”久しぶり、チナツ”
「お、お久しぶりです先生……」
「へえ、そっちの子は先生と知り合いなんだ?」
冷たいホシノの声が響き渡り、チナツの顔が引きつる。
ホシノは笑みを形作っているが、その瞳にはぬぐい難い怒りが渦巻いているのだ。
チナツはそれが良く分かった。なんなら猪突猛進の同僚を自分が叱りつけたいくらいなのだが、こうなってしまうとそうもいかない。
「どうでもいいけどこの周りのうっとおしいの! 黙らせてからにしてくれない!?」
「もー、大弓使えないとちまちま撃つしかなくてめんどくさいですね☆」
「いえ、あの、はい……。この度はうちの生徒が大変ご迷惑をおかけしておりまして……。あの、なんとか大人しくさせますので……」
「まあまあ。えーと、君の名前は?」
気の毒なくらい青くなり始めたチナツを気遣って、ユメが優しく声をかける。
「ゲヘナ学園風紀委員会、救護担当の火宮チナツと言います……。先生とは、以前ご一緒させていただきまして……」
”キヴォトスに来た初日に助けてもらったんだよ”
「ふーん、それでなんでこんなことしてるの? 君の発案?」
「いえ! あの、うちの行政官の指示で……」
「じゃあ呼んでくれる? 行政官さん」
言外に「早くしろ」と急かすような語調に、チナツは泣きたくなった。こんなはずではなかったというか、やはりそもそもこんなことをするべきではなかったのだ。
そう考えても、やったのは自分も同じなのでどうとも言えなかった。
”チナツ、私からもお願いしていいかな。どうしてこんなことをしたのか、行政官の子に聞きたいんだ”
「……ちょ、ちょっと待っていただいていいですか……?」
「うん、早くね。おじさんがまだニコニコしてるうちに」
「ホシノちゃん怖い怖い。大丈夫だよ、ゆっくりでいいからね?」
この先輩怖い、この先輩優しい、チナツの情緒が温度差に悲鳴を上げ始めている。
この件が終わったらしばらくお休みを貰おう。チナツは硬く心に誓った。