私の目の前には、現在、美味しそうな和食が並んでいた。
焼きシャケに、お味噌汁、白米に漬物。
そして、隣には私が食べようと思っていた、サラダチキンがうまいこと裂かれ、茹でたブロッコリーと一緒に他の野菜も入り、ちゃんとしたサラダになっていた。
恐る恐る、お味噌汁を手に取ってみる。
じんわりとお椀から温もりが手に伝って来た。
あったかい。
なんか、あったかい普通のご飯だ。
あの後、変身したまま帰ってきたら東江さんは、「台所を借りますね!」と言い、鼻歌を歌いながら料理をして、数分でこの料理を完成させていた。
当の東江さんはというと、変身を解き、私の目の前で、私と同じご飯を食べている。
……が、量が異常だ。
私の家にそんなのあったのかと言わんばかりの大きなどんぶりに、山盛りに白米が盛っている。
というより、私のご飯より、全てが数倍に大きい。
「……ご、ごめんなさい……変身するとお腹が空いちゃって……」
そうか、変身するとお腹が空いちゃうのか。
それは仕方ないな、うん。
私も、用意されたご飯に手をつける。
お味噌汁を口に入れた瞬間、何年振りかの味噌の味とお出汁の香り、そしてなによりあったかい感覚が身体を駆け巡った。
あ、ダメだこれ。
手が止まらなくなる。
そのまま、私は無我夢中になって目の前にある料理を全て平らげたのであった。
────
「お味はどうでしたか……?」
「お味……大変……よかったです……ハイ」
あの後、タガが外れたようにあったかいご飯を何杯もおかわりしてしまったので、動けない。
そうか……これが本当のドカ食いか……。
いつもの私なら、チキンとブロッコリーとサプリメントを大量に食べてドカ食いって言っていたのだけど、あれはドカ食いではなく、ただの給油だったことを思い知った。
しかし、東江さんは料理がうまいな。
「ふふ、良かったです! 私は一人暮らしなので、自炊もしちゃうんですよ!」
「へえ……そうなんだ……私は……料理出来ないから……羨ましい……」
「でも、十さんはお昼お弁当持って来てますよね? あれは?」
「あの中も……全部ブロッコリーかな……」
「十さん……ブロッコリーは完全栄養食ではないですよ……」
そうなんだ。
タンパク質多いから、完全栄養食だと思ってた。
まあ、そんなことは置いてといて……。
「東江さん……夜遅いけど……どうする?」
「え? あ!? もう21時!? お、遅くまですみません! 早く帰りますね!」
「いや……その……ちょっと……」
「はい?」
心臓がバクバクして、先の言葉が言えない!
ど、どどどどうしよう!?
私、あの言葉を言う日がまさか来るなんて思ってなかったから、めちゃくちゃ緊張してるんですけど!?
え〜と、まずは……こう言う時は……そのあれだ! 深呼吸か!?
「あの……どうしたんですか?」
うわぁ!! 東江さんが不審げな顔をし始めた!!
ヤバい……は、早く言え! 私!
こ、断られても別に良いじゃないか!
ああ! でも断られるの怖い!!
「十さん?」
「泊まって行きなよ」
「え?」
言ったぁぁぁぁぁぁ!!!
言っちゃったぁぁぁ!!!
いやいや、遅いしね?
一人で帰って事件にでも巻き込まれたら危ないしね!
それに私たちは同性! セーフ! セーフです!
「明日……休みだし……」
「……いいんですか?」
「うん、東江さんが……良いならだけど」
「でも、何も持って来て……」
「家に……新品の歯ブラシとか……あるよ、それに服は貸してあげる」
よーし! よしよしよしよし!
なんか上手く誘えてないか?
炭水化物を摂取したせいだろうか?
なんか頭が冴えてるような気がする。
吃らずに喋れてるし!
私は人と関わるのを絶った人間だけど、ここで帰したら、なんかそれはそれでどうかと思うので、東江さんを誘っているのだ!
下心とか! そんなの! 一切なく!
そう! これはお礼! あったかいご飯を食べさせてくれた、お礼なのだ!
「……じゃあ、お言葉に甘えて、泊まらせていただきます」
よっしゃぁ!
私はコミュ障でありながら、人生で初めて、クラスメイトを家に泊まらせるという偉業を成し遂げたことにより、心の中で盛大にガッツポーズをしたのであった。
────
私は入替用の布団を取り出し、東江さんの分の服を用意する。
多分、私の服は東江さんには大きすぎるけど、無いよりはマシだろう。
私以外の人が、家のお風呂に入っているという事実に、ドギマギしながら、脱衣所に入る。
服を持って来ただけだから、うん、服を。
「東江さん……着替え……置いておくね」
「あ! ありがとうございます!」
お風呂からかわいらしい声が響く。
まずい、なんか知らんが、とにかくまずい。
心拍数が数段跳ね上がったような気がする。
そうか……この板を越えれば……そこには一糸纏わぬ姿の東江さんがいるのか……。
いや犯罪だろう。
いくら同性だからといって、犯罪はまずい。
そう、私は変態では無い。
無いのだ。
────
「お風呂ありがとうございました! 十さんのお家、大きいと思ったら、お風呂も立派なんですね!」
「……!!! う、うん、お風呂掃除が……大変だけどね」
寝室で正座で、やり場のない感情をどうすれば良いのか分からずヤキモキしていると、東江さんが入って来た。
お風呂から出て来た、東江さんの姿にまたもやドギマギする。
私の服で全体が、そのちいさな体にすっぽり収まっている姿を見て、きゃわいい!! と興奮した。
ち⚪︎かわかよ……。
一瞬、履いてないのか……!? と思ったが、ハーフパンツを渡しているので、それはないだろう。
しかし……私の下着を今、東江さんが履いているんだな……。
サイズとか大丈夫かな、ズリ落ちたりしないだろうか。
ゴクリ。
「そう言えば……お家の人を見かけないのですが……」
「えっ!? ……ああ……私も一人暮らし……だから」
「そうなんですね……一人で住むには掃除とか大変じゃないですか……?」
「…………私が使うスペースは……ちゃんと綺麗にしてあるから……」
元々お父さんが道場をやっていたので、大きな日本家屋のような作りの家だ。
一応……稽古場と、リビングと……お風呂と……私の部屋は……綺麗にしてある……。
後は……察してください。
「ははは……これだけ大きいと、大変ですもんね……」
ああ! なんか東江さんが引いてるような気がする!
た、確かに根はズボラなので、多少他の部屋は汚いが、パーソナルスペースだけは綺麗にしている努力は認めてほしい!
「あ! お布団……用意してくれてるんですね……ありがとうございます……」
「う、うん……あ、ごめん……枕出してなかったね……」
私は、布団の上に枕がないことに気づき、そういえば、クローゼットで枕ハンガーに保管していたことを思い出して、急いで、クローゼットを開ける。
そして、探していた時だった。
「え? も、十さん……あの……服は……」
「……え?」
服? なんらおかしいことはないだろう。
制服に予備の制服と、ジャージ、後はトレーニング用のスパッツとスポブラ……下着は下のタンス部分に入れてある。
これだけだ。
「おしゃれ着とかは……」
「お……しゃれ……?」
「十さん……
私は今……
冷静さを欠こうとしています」
なんか、東江さんがスススと私に近づいてくる。
そして上目遣いで、私に向き合った。
え? 上目遣い可愛い。
思わず撫でようとした手を必死で止める。
し、しかし……なんか急に怒り始めたぞ……!
ご、ご飯の時といい一体なんなんだ……!
「女の子なのに、服が制服と部屋着しかないってどういう事ですか!?」
「えっ……これまで必要と……しなかったから……」
「ひ、必要としないって……! ……まさか……放課後に友達と遊んだりとか……?」
「……とも……だち?」
「……!?」
東江さんが目を見開いて、その場で固まった。
友達なんて……これまでの人生で一人もいなかったからね……ハハ……。
まあ、私から関わりを意図的に絶っていたということもあるけど……。
東江さんにとっては信じられない事だったようだ。
「……これまで……ずっと一人だよ……?」
「……そ、そんな……」
私がそう言うと、東江さんはさめざめと泣き始めた。
え!? ちょ!? 私に友達が居なかったことにショックを受けているの!? なんで!?
わ、私のこれは自業自得であって……東江さんが気に病むような事ではないでしょ!?
く、クラスメイトを泣かせてしまった……。
ヤバい……私に対人スキルが無いばっかりに、東江さんの優しい心に傷を付けてしまった!
え? お詫び? どうする? 死ぬ?
腹切って詫びるぐらいしかなくない?
「……ご、ごめんね……」
「十さんがなんで謝るんですか! 十さんは……! 十さんはこれまでみんなの為に頑張ってきたのに……そんな一人で……! こんな……! こんなの……! 酷いよぉ……!」
みんなの為に頑張ってきた?
いいえ? 完全に自業自得ですけど?
これまでの人生、武術以外で頑張ってきた覚えなど一つもない。
ダイレクトアタックである。
私の心に大ダメージ。
心という器は、ひとたび……ひとたび、ヒビが入れば……二度とは……二度とは……!
もう少しこう……何というか……手心というか……。
「……もう、寝ようか……」
「はい……」
私は泣いている、東江さんの肩に手を置いて、もう寝ることを提案した。
ふて寝である。
寝て……目が覚めれば……治るから……。
二人して、別々の布団に入り、私は目を瞑る。
しかし……昨日、今日と、いろんなことがあった。
魔法少女に怪人……。
フィクションの存在かと思った存在が現実にいる。
怪人の目的とかは知らないけど……。
これから東江さんが一人で戦うには荷が重すぎる相手だ。
……成り行きで、手を貸したけども……これから私はこの事実を知ってどう動けば良いのだろう。
そんな事を考えて、悶々としていると、背中の後ろでゴソゴソと音が鳴り、私の布団に東江さんが入って来た。
え!? なんで!? なんで同衾!?
東江さんの体温が私の背中に触れる。
そして、東江さんはそのまま、私に手を回して来て抱きつき、顔を背中に埋めた。
「今日は……本当にありがとうございました……。明日……一緒にお洋服買いに行きましょうね」
「…………うん」
東江さんの手に力が入る。
それは、大事な物を大切に、離さないようにギュッと抱きしめるかのようだ。
……どうやら、私は今日、眠れないらしい。