ぼく、メタモン 作:輸出企業カイオーガ
ぼく、メタモン。
すきなものに、なんだってなれる。
リザードン、ゲンガー、エーフィ。
大きな羽、するどいツメ、うつくしいしっぽ。
ぜんぶ、ぼくのなかにある。
でもね。
なにかになるたび、ぼくはすこしずつ、じぶんがわからなくなる。
このまえ、あるトレーナーにこう言われたんだ。
「おまえは、なにになりたい?」
……なりたい?
それは、ぼくがいつもやってることだよ。
なりたいものに、なってきた。
でも、ほんとうは「なりたい」んじゃなくて、「なってみただけ」だったのかもしれない。
ピカチュウになったときは、ピカチュウのようにふるまった。
カイリューになったときは、カイリューのように笑った。
だけど、ぜんぶ終わると、ぼくはとろけたゼリーみたいに戻って、なにも残らない。
「ほんとうのおまえは、どんなやつなんだ?」
そのトレーナーの言葉が、今でも頭にのこってる。
ぼく、メタモン。
なににでもなれるけど、まだ「ぼく」になったことはない。
だから、こんどは「ぼく」になってみようと思う。
それがどんなかたちかは、まだわからない。
でも、たぶん、目はこのままでいい。
このまるい、どこかぬけた、いつもの目。
だって、それだけは、ずっと変わらなかったから。
初めて会ったとき、彼女は笑っていた。
トゲピーを抱きしめて、まるで朝の光みたいに。
ぼくは、その笑顔を見てしまった。
もう、そのときには遅かった。
恋をしたんだ。
でも、ぼくはメタモン。
変身でしか誰かに近づけない。
だから、彼女のパーティにいるポケモンの姿になって、彼女のまわりをうろついた。
ラルトスになったときは、彼女の肩に乗った。
フシギダネになったときは、彼女の帽子をくわえて走った。
そのたびに、彼女は言った。
「……またあなただよね、メタモン」
見破られる。いつも、すぐに。
なぜって、目がそのままだから。
この目だけは、変えられない。
だから、ぼくが誰かになろうとするたび、ぼくであることがバレる。
でも、彼女は怒らなかった。
ただ、ちょっと困った顔をして、「ついてきたいの?」と聞いた。
ぼくはうれしくて、ころころ転がって頷いた。
⸻
彼女は旅を続けた。
バッジを集め、強いトレーナーと戦い、勝って、負けて、泣いて。
ある晩、キャンプの小さな火のそばで、彼女は膝をかかえて泣いていた。
「なんで勝てないんだろ……私、弱いのかな……」
ぼくは、音をたてずにそばにいた。
そっと、ブランケットになって、彼女の背中を包んだ。
「……ありがとう」
彼女は、ぼくのことを見なくてもわかったみたいに、そう言った。
ぼく、メタモン。
なににでもなれる。けど、それは「そっくり」に、ってだけだった。
ずっと、彼女のそばにいた。
ときにはナゾノクサ。ときには木の実。ときには、そっと風になったふり。
何度も、何度も彼女に見破られて、笑われて、それでもついていった。
だって、彼女が好きだから。
彼女がポケモンリーグの頂上に立ったとき、チャンピオンは強かった。
6対6。全力の勝負だった。
そして——最後の一体。
彼女のパートナーは傷つき、もう立てなかった。
「どうしよう……もう、勝てないかも」
そのとき。
ぼくは、前に出た。
「えっ、メタモン……?」
彼女の目が見開かれた。
ぼくは、相手のポケモンの姿になった。
でも、それじゃ勝てない。
「無理しないで! メタモンじゃ、ステータスが同じだけじゃ勝てないよ……!」
ぼくは、思った。
違う。
これは変身じゃない。
これは——決意だ。
「ぼく、メタモン」
「君のためなら——なんにだってなるよ」
想いが、からだを超えた。
炎が舞い、空が割れ、伝説すら超える何かになった。
姿は、見たこともないポケモン。
角と翼が光り、目は、変わらずぼくのままだった。
チャンピオンのポケモンが後ずさる。
ぼくは叫んだ。
「彼女は、誰よりまっすぐで、誰より優しいんだ! だから、絶対に負けない!!」
そして——勝った。
一撃だった。
場は静まり返り、彼女が駆け寄ってきた。
「メタモン……あれ、あなたなの?」
ぼくは、ゆっくり元の姿に戻った。
ぐにゃりとした、いつものぼく。
でも、彼女は震えながら、ぼくを抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう」
その声が、ぼくの中で何度も反響してた。
ぼく、メタモン。
君のためなら、なんにだってなる。
でもいまは、
君の「ヒーロー」でいられたこの姿が、なにより誇らしい。
ぼく、メタモン。
君のためなら、なんにだってなれる。
そう思ってた。
そう信じてた。
でも——
「……ごめんね」
ぼくは、変身できなくなっちゃったんだ。
あのとき、チャンピオン戦。
限界を超えて、ぼくは君を守るために、誰よりも強くなった。
誰にもなれなかったはずの「誰よりも強いなにか」に。
そのあとから、体が熱くなって、眠って、起きたら……もう、変身できなかった。
からだがとろけなくなった。
形が、戻らなくなった。
もう、ぼくは——ただの、ちいさな、メタモン。
⸻
「……そっか、もう変身できないんだね」
君は言った。
そして、ぼくのとなりに座った。
「でも、私は知ってるよ。
あなたが、私のためにいちばん強くなってくれたこと。
なにより、ずっとそばにいてくれたこと」
ぼくは、なにも言えない。
目も、前と同じまま。
でも、不思議だね。
君がそう言ってくれるだけで、胸の中が、あったかくなるんだ。
「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
ぼくは小さく揺れて、うなずいた。
変身は、もうできないけど。
それでも、君の隣にいられるなら——
それで、いいんだ。
ぼく、メタモン。
君のために、なにかになれた奇跡のあと。
いまはただ、君のとなりにいる”ぼく”として、生きていくよ。
ぼく、メタモン。
ずっと彼女のそばにいた。
変身して、まぎれて、寄り添って。
彼女が嬉しいときも、泣いた夜も、ぼくはそばにいた。
でも、ある日。
彼女は手をつないで歩いてた。知らない人と。
笑ってた。
キスをしてた。
ぼくは遠くから見ていた。
変身なんかしない。ただのぼくで。
それから、結婚することになったって、教えてくれた。
白いドレスを着た彼女は、夢みたいにきれいだった。
式の前日、彼女は静かにぼくのところへ来て、膝をついて聞いたんだ。
「ねえ、メタモン。わたし、綺麗?」
ぼくは、口もきけない。
この目も、いつもと同じで、何も伝えられない。
でも、伝えたい。どうしても。
だから——
ぼくは変身しようとした。できないはずの、もう使えない力を、最後の最後に。
体が軋む。熱い。崩れかけた何かを、無理やり動かして。
変身したのは、人間の姿じゃない。
ポケモンでもない。
ただ、両手を合わせるかたち。
手を重ねて、なにかを包むような、小さなその姿で。
震えながら、彼女の手に触れた。
「……きれいだよ」
言葉にはならない。でも、伝わったみたいだった。
彼女は目を潤ませて、微笑んだ。
「ありがとう、メタモン。ずっと、ありがとう」
その夜、ぼくはまた元の姿に戻った。
ぐにゃぐにゃの、変身もできない、ちっぽけなぼく。
でも、
それでもよかった。
ぼく、メタモン。
君のそばにいた”誰か”じゃなくて、
君の人生の「通り雨」みたいな存在だったとしても。
たったひとこと、
きれいだよ、って言えたこの瞬間のために、生まれてきたんだと思う。
ぼく、メタモン。
トレーナーのお姉さん。
僕がずっと、ずっと好きだった人。
優しくて、強くて、あたたかい人。
その人に、赤ちゃんが生まれた。
小さくて、泣き虫で、でもお姉さんの瞳と声にそっくりだった。
その日。
お姉さんと旦那さんは、街へ出かけてた。
「すぐ戻るからね」って笑って、僕と娘だけが家に残された。
……でも、
ふたりは帰ってこなかった。
車の事故だったって。
あっという間だったって。
ぼくは、震えた。
理解できなかった。
目の前で泣いてる小さな娘だけが、現実だった。
そのとき、ぼくは思った。
——この子は、これからどうなるんだろう?
——もう、「ママ」はいないの?
——誰が、そばにいてくれるの?
ぼくは、
何も考えずに変身をはじめた。
使えないはずだった、ぼくの力。
でも、どこかからあふれてくる気持ちが、それを動かした。
ぐにゃりと身体が歪んで、伸びて、揺れて、
そして、お姉さんの姿になった。
声も、目も、匂いも、
すべて、そっくりに。
でもこれはただの「まね」じゃない。
彼女を「演じて」いるんじゃない。
ぼくは、母になる。
この子が、大きくなるまで。
泣かなくなるまで。
笑って「いってきます」って言えるようになるまで。
それまで、ぼくは**「消えてはいけない」。**
ぼく、メタモン。
母として、この小さな命を守り育てる毎日。
今日もポフィンを用意した。
甘くていい匂いのするポフィン。
「さあ、食べてごらん」と差し出すと——
「わんっ!」
元お姉さんのポケモンだったウインディが、ぼくの裾を引っ張った。
「そうじゃないよ」と言うように、じっと見つめる。
ウインディはいつも優しくて、僕たちを見守ってくれている。
でも子育ては簡単じゃない。
何度も失敗し、戸惑い、悩む。
⸻
時は流れ、娘はどんどん大きくなった。
走り回り、笑い、怒り、泣き、成長していく。
ある日、アルバムを引っ張り出した。
そこにはポケモンリーグで優勝した母の写真。
誇らしげな顔でバッジを掲げる姿。
娘は目を輝かせて言った。
「ママみたいになる!」
ぼく、メタモン。
いつも娘を見守っている。
彼女がトレーナーになるって言い出したときも、嬉しくて、誇らしかった。
でも、今日の帰り道は違った。
ドアがバタンと開いて、娘が傷だらけで帰ってきた。
膝は擦りむき、腕には青あざ。
顔には涙と土の跡が混ざっている。
「だいじょうぶ?」と慌てて駆け寄るぼく。
彼女はうつむいて、「うん、大丈夫。でも……負けちゃった」とつぶやいた。
戦いに負けて、悔しくて、悔しくて、泣きそうだったんだ。
でも、ぼくは知ってる。
その傷も涙も、強くなるための証だってこと。
「よく頑張ったね」
そう言って、ぎゅっと抱きしめた。
そして、彼女の髪を優しく撫でながら心に誓った。
どんなときも、ぼくはここにいる。
君が倒れても、立ち上がるその瞬間まで、ずっとそばに。
ぼく、メタモン。
彼女の強さを、母として支えるんだ。
ぼく、メタモン。
とうとう、この日がやってきた。
リビングの窓から朝の光が差し込み、部屋の空気をやわらかく包む。
娘はまだ少し眠そうな瞳で靴をつま先でとんとんと叩いている。
その小さな音が、静かな朝の中でぽつんと響いた。
彼女はカバンをしっかりと両手で持ち直し、深く帽子のつばを被る。
まるで自分の心を奮い立たせるかのように、胸の前で大きく深呼吸をひとつ。
「行ってくるね、お母さん」
その言葉に、ぼくの胸はぎゅっと締めつけられた。
耳に残るその声は、まだ幼いけれど確かな決意がこもっている。
ぼくは思わず目を閉じて、あの頃のお姉さんを思い出した。
夢と希望を胸に抱き、ポケモンと共に戦い続けていた、強くて優しいあの人。
彼女の歩んだ道、彼女の笑顔、そして彼女が教えてくれた愛情と強さ。
今、娘はそのお姉さんの背中を追いかけて、
新しい世界へと一歩を踏み出そうとしている。
ぼくは無言で頷き、静かに言った。
「気をつけてね」
彼女は振り返り、少しだけ微笑んだ。
「うん、ありがとう」
そして、立ち止まって、振り返る。
「行こ!メタモン!」
「め、めたもん?何言ってるのかしら」
「嘘言ってもダメだよ、メタモン。時々溶けてたし〜」
もしかして、バレてた?
ぼく、へんしんは上手くないから
「違うよー、だってほらー」
そう言いながらアルバムの1枚を指さした
僕と、お姉さんのツーショット
「同じ顔!」
だから
「分かるよ!メタモンでしょ?あなた」
ぼくは、ぐしゃぐしゃになった。
変身が上手く保てないんだ。
「もう、泣かないでよーメタモーン」
同じだったんだ、あの日見たお姉さんと。
ぼくの変身をいつもいつも見破っちゃう素敵な、強くて、かっこいいお姉さんと。
「ね、メタモン、一緒に行こ?あなたはあなたのままでいいんだよ」
ぼくは変身が崩れるように溶けて、彼女の肩へ乗った
「よーし、行こー!」
ぼく、メタモン
なんにだってなれる、どんなものもなれる。
ぼく、メタモン。
君のためならなんにでもなるよ。
だってぼく
メタモンだから