-ラノア魔法大学とは
ラノア王国魔法都市シャリーアにある創立200年以上の魔術学校。校長はゲオルグ、教頭はジーナス・ハルファス。魔法三大国と魔術ギルドをスポンサーに付け魔術の研究が盛んであらゆる種族、人種、身分を問わず入学する事ができる。生徒数は大人から子供まで1万人。教師だけでも200~300人いるマンモス校。毎年2000人程度は入学するが、様々な理由で退学するため、卒業は500人程度になる。(某考察wikiより)
シャリーアに着いた瞬間、胸の奥から込み上げてくるような懐かしさに包まれた。
――シャリーアだ。
それは、かつてのシャリーア。
俺の記憶の中にしか残っていなかった、五十年以上も前の、あの頃のシャリーアの街並みが、今まさに目の前に広がっていた。
石畳の道、緩やかな坂、赤い屋根の家々、軒先に吊るされたカラフルな布の旗……
とても優しい、平和な街だ。
今はまだ暖かい季節。
街の周囲には生い茂った緑が広がり、木々の葉が風にそよいでいた。
ふと、雪に包まれた冬のシャリーアの光景が脳裏に浮かぶ。
あの静かな白銀の世界。
雪がしんしんと降り積もり、街全体が息をひそめるように凛とした空気に包まれていたことを思い出す。
とても綺麗だった。
……五十年という年月は、街を変えるには十分すぎるほどだった。
未来のシャリーアではもう見ることもできなくなった、小さな店や古い建物たちが、この時代では当たり前のように軒を連ねていた。
俺はなんともいえない気持ちでシャリーアの景色を眺めていた。
「ルーデウス? 急に立ち止まって、どうしましたの?」
「……いえ、なんでもないです。さっそくなんですが、ラノア魔法大学に向かいましょう」
それから、俺たちはラノア魔法大学へと向かった。
正門には守衛が立っていたので、名乗って要件を伝える。
すると、彼は教員棟まで案内してくれることになった。
俺は、その後ろを歩きながら大学の中を見渡す。
広い敷地内では、様々な種族の学生たちが行き交っていた。
着ている服もまちまちだ。
そうか、まだこの時期はナナホシが来ていないから、制服が導入されていないんだな。
たしか、制服を取り入れたことで、違う種族同士のコミュニケーションが取りやすくなったんだっけ。
服装が同じってだけで、壁が少し低くなるものなんだな。
引きこもってばかりの印象だったけど、あいつもけっこう頑張ってたんだよな。
唐揚げもどきなんかも作ってたし。
あれは、あれで美味かった。
そんなことを思い出しながら、俺は案内役の後についていく。
「あれ、今の人……」
「どうしましたか、フィッツ? 次の授業に遅れてしまいますよ」
「す、すみません、アリエル様」
「はじめまして、ルーデウスさん。私はこの大学で教頭を務めております、ジーナス・ハルファスと申します」
「ご丁寧にどうも。ルーデウス・グレイラットです」
教員棟に足を運び、応接室でしばらく待たされたあと、ようやくジーナス教頭が姿を現した。
俺は立ち上がり、貴族風の礼儀作法で一礼する。
エリナリーゼも、それっぽく優雅に頭を下げた。
「そちらの方は?」
「わたくしはエリナリーゼ・ドラゴンロード。ルーデウスの保護者のようなものですわ」
「そうでしたか」
……おい。いつの間に保護者になったんだよ、エリナリーゼ。
そのうち“エリナリーゼおばあちゃん”って呼ぶぞ。
「どうぞ、おかけください」
「では、遠慮なく」
すすめられるままに、俺たちはソファに腰を下ろした。ジーナス教頭も向かいの席に座る。
そして、彼は少し姿勢を正して、口を開いた。
「実は、私の方からもルーデウスさんに手紙を出したいと思っていたのです。ルーデウスさんの噂は、すでにラノア魔法大学のほうにも届いております」
ふむ、と頷く教頭。その眼差しは真剣だった。
「水王級魔術師ロキシー・ミグルディアの弟子であり、フィットア領の荒地を再生し、城壁を築いた魔術師の少年。さらに、無詠唱で魔術を操り、赤竜を単騎で討伐した『雷鳴のルーデウス』
あなたが用いた、未確認の雷系の魔術。おそらく水王級魔術《
――手放しの賞賛だった。
俺としては少し、くすぐったいような、申し訳ないような気持ちになる。
だって俺、ズルしてるようなものだからな……。
「ルーデウスさんのご用件が済んだ後でも構いません。ぜひ、本学への入学をご検討いただけませんか? ルーデウスさんであれば、特別生として迎えることが可能です」
……これは願ってもない話だ。
今はまだゼニスの件が片付いていないが、それが終わればナナホシと接触して、オルステッドの元に向かわないといけない。
その頃には、ナナホシもラノアに来ているだろう。
――そして、できればまた、クリフやザノバとも……友人としてやり直したい。
「ありがとうございます。実は僕もちょうど、魔法大学でやりたいことがあったんです。
ただ、僕の用件は少し時間がかかりそうで……それが終わった後、改めて入学させてください」
「それは良かった。ぜひお待ちしております。
それと、ルーデウスさんが希望された《転移の迷宮探索記》は、担当者に手配しております。少々お待ちください」
それから数分後、職員のひとりがやってきて、一冊の分厚い書物を差し出した。
表紙に刻まれた文字――間違いない。転移の迷宮探索記だ。
これで、迷宮の攻略ができる。
俺はジーナス教頭に改めて礼を述べ、魔法大学をあとにした。
それから、俺は不動産屋へと赴いた。
ゼニスの件もあるし、全てが終わったあとに帰ってくる家が欲しかったからだ。
そのことはエリナリーゼにも伝えてある。
渡されたリストを眺めると、やはり――あの家があった。
売れ残っていた、かつて俺が住んでいたグレイラット邸だ。
俺は迷わず、その家を買うことに決めた。
なぜ売れ残っていたのか。
その理由は、俺にはもう分かっている。
なら、選択肢は一つ。買うしかない。
金なら、いくらでもある。
その家、このルーデウス・グレイラットが買った!
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「ルーデウス、この屋敷で本当に良かったのですの? いわゆる“いわく付きの家”だと聞いていますけれど……」
「ふっふっふ、この家が“幽霊屋敷”と呼ばれている理由なら、もう分かってるんです。へっへっへ……今から、その原因を退治しに行きます。参りましょう、エリナリーゼさん」
俺とエリナリーゼは、かつてのグレイラット邸――いまはまだ(仮)つきの屋敷へと足を踏み入れた。
外壁には蔦や苔がびっしりと張りつき、時の流れを感じさせるが、建物そのものには大きな問題はない。
なにせ、俺が死ぬその時まで、この家は確かに存在していたのだから。
屋敷の中は薄暗く、まるで陰気がこもっているかのようだった。
重苦しい空気を切り裂くように、俺とエリナリーゼは目的の地下室へと向かう。
地下室の扉を前にして、俺は事前に彼女へと注意を促した。
「このドアを開けると……たぶん、動く人形が襲ってきます。エリナリーゼさん、その人形の攻撃をガードしてください」
「ええ、分かりましたわ」
エリナリーゼは即座に盾を構えた。
そして俺は、静かに扉のノブを回し――開け放った。
開いた瞬間、青白い影が飛びかかってきた。
咄嗟にエリナリーゼが俺の前に立ち、盾でそれを受け止める。
その隙を突いて、俺は土魔術を発動し、人形を地面に縛り付けた。
数秒――いや、数分だったかもしれない。
人形は激しくもがいていたが、やがて動きが鈍くなり、ついには完全に止まった。
「なんですの、これは?」
「動く人形ですよ。狂龍王カオスが残した……。実は、この家にかつて住んでいたんです」
「狂龍王……!? まさか、ペルギウスと同じ龍族の……」
「はい、その通りです」
そう答えながら、俺は部屋の一角に視線を移す。
確か、このあたりに――あった。
壁に微かな段差と擦れた跡。これは隠し扉だ。
俺は押してみたが、びくともしない。
エリナリーゼにも手伝ってもらい、二人がかりで力を込めると――扉は「キリキリキィキィ」と不気味な音を立てながら、ゆっくりと開いた。
その先には、狭い部屋が広がっていた。
古びた机と、まるで木製の棺のような台座が中央に置かれている。
拘束した人形を運び、台座の上に安置する。
これで、ひとまずは動き出すことはないだろう。
机の上には、数冊の本が置かれていた。
どれも、人形について詳しく書かれているようだ。
これは貴重な資料だ。
この部屋で大切に保管しておこう。
ザノバに見せたら、きっと目を輝かせるはずだ。
――そして、俺がもうひとつ持っている大事なものも、ここに置いていくことにした。
ロキシーのパンツだ。
リーリャから託されて以来、ずっと肌身離さず持っていたけれど……
さすがに、これからの旅にまで持っていくのは、少しばかり気が引ける。
パンツひとつにすがるような生き方は、終わりにしないと。
俺は、死ぬその瞬間まで御神体を大事にしていたが……今は、ここに眠らせておくことにしよう。
「ぴぃ!」
「ピー助? おいおい、ちゃんとポケットの中に入ってろ。危ないかもしれないんだから」
胸ポケットの中にいたピー助が、苦しかったのか俺の頭の上によじ登る。
どうやらこのポジションが気に入ったらしい。
最近、よく登ってくるんだよな。
――よし、これで俺にできる準備は整った。
あとは魔術ギルドに依頼を出して、この家を改装してもらおう。
ついでに、鍵もギルドに預けておくことにする。
もし、ルーデウス・グレイラットの名を知る親族がここを訪れたら――
彼らに鍵を託してもらえるよう、しっかりと伝えておこう。
シャリーアにはしばし滞在し、必要な準備を整えたのち、俺たちは街の近くにある転移の遺跡へと向かった。
エリナリーゼにも、事前に説明をしておかなければならない。
「エリナリーゼさん。これから先は、少し特殊な方法で移動しようと思っています。……このことは、絶対に他言しないでください。あなたの身にも危険が及ぶ可能性がありますので」
「特殊な方法……ですの?」
「はい、転移魔術です」
「転移魔術……。わたくし、あれには少々、嫌な記憶がありまして……」
「いやな記憶ぐらい、僕もありますよ」
「そうでしたわね」
エリナリーゼの表情が、ほんの少しだけ陰を帯びる。
エリナリーゼの嫌な記憶は、転移事件とは別の事なのだろうか……。
「でも、安心してください。危険はありません。僕が保証します」
そう言うと、エリナリーゼは小さく頷いた。
それからしばらく歩き、森の奥にひっそりと佇む転移の遺跡にたどり着いた。
遺跡は古びていたが、遺跡の中に入ると、転移魔法陣はしっかりと起動していた。
淡く光る魔法陣が、青白く、微かに輝いた。
エリナリーゼは興味深げに魔法陣を観察していた。
……そうだ。オルステッドにも、一言書き置きを残しておこう。
あの人、なぜか遺跡にある棚にきれいに畳んだ服を置いていたりするんだよな。
ちょっとだけ、面白いところがあるよな、あの人。
俺は紙を一枚取り出し、短くメッセージを書く。
「龍神オルステッド様へ
お話したいことがあります。
ルーデウス・グレイラットより。
※今度は殺さないでください」
冗談半分、本気半分だ。まあ、読んでもらえるといいんだが……。
書き終えた俺はふと考え込む。
――そういえば、ヒトガミがまったく俺に接触してこない。
こんなにも自由に動いているのに、夢の中にも現れやしない。
……やはり、もしかしたら、あいつはもう俺を敵と認識し始めているのかもしれない。
前回会ったときも、あきらかに疑念を抱いていたしな。
このまま、これから向かう場所にまで手を伸ばしてこなければいいが――
いや、違う。
俺一人が巻き込まれるのは構わないが、俺のせいで周囲にまで害が及ぶのは、絶対に避けたい。
その思いを胸に、俺とエリナリーゼは転移魔法陣の中央に立った。
「準備はいいですか?」
「ええ、いつでも」
俺は深く息を吸い、手を魔法陣の中心にかざす。
魔力の流れを感じ取り、魔法陣を発動させた。
次の瞬間、世界が光に包まれ、足元がふっと浮くような感覚が身体を包んだ――