回帰した灰色鼠   作:実った青リンゴ

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整理の時間

-転移の迷宮探索記とは

 冒険者アニマス・マケドニアスが転移の迷宮を探索した記録。転移の迷宮に出没する6階層までの魔物の種類と攻略法、転移魔法陣の見分け方が克明に記されている。魔物の攻略法も知り罠も解析したアニマス・マケドニアス達は次第に油断していく、6階層の最後3つの転移魔法陣が並んだ部屋でランダム転移の魔法陣を踏んでしまい仲間達ともはぐれ自分も片腕を失ってしまい冒険を断念した。これを読んだ者にあの迷宮の攻略を任す、と最後に書かれている。(某考察wikiより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パウロと共に宿へと足を運ぶ。

 部屋の扉を開けると、そこにはギースがいた。

 椅子に座り、机に肘をついてため息をついている。

 どうやらこちらには気づいていないようだ。

 

「はぁ……あいつ、前に会ったときやけに不機嫌だったしよぉ……」

 

 何やら独り言を呟いている。

 パウロが近づいて声をかけた。

 

「何言ってんだ、ギース」

 

 ギースがぱっと振り返る。

 

「ん? あれ、エリナリーゼと……先輩じゃねぇか!」

「久しぶりですわね」

「ご無沙汰してます、ギースさん」

 

 ギースは立ち上がると、俺の方に近づいてきて、満面の笑みを浮かべながら背中をばんと叩いてきた。

 

「新入りでいいっての、こそばゆいからよ。にしても、でかくなったなぁ先輩。……ま、まだまだちっちぇーけどな。けどよ、男ってのはタッパじゃねぇ、心意気ってもんよ。焦らず気長に行こうぜ、先輩」

 

 そんな軽口を叩きながら、俺の背をもう一度軽く叩く。

 俺は微かに眉をひそめながら、ギースの顔をまじまじと見つめた。

 

 ――なんだ、この妙な違和感は。

 

 思い出せないな。一体なんだ?

 ……猿顔。いや、それはいつものことか。

 そして、ふと脳裏をよぎるあの世界一イケてる猿顔、大泥棒三世。

 軽妙洒脱、変装と盗みの達人。

 ギースと同じ猿顔でも、あっちは圧倒的にスタイリッシュだ。

 あれが素顔じゃないという話もあるが……。

 

 いや、違う。違和感の正体は……もっと別のことかもしれない。

 

「ど、どうしたよ、先輩。こぇー顔して。俺の顔に何かついてんのか?」

「あ、すみません。じっと見つめてしまって。……ギースさんもお元気そうで良かったです」

「だから、新入りでいいってのによ」

 

 冗談めかしたその返しに、思わず苦笑する。

 けれど――胸の奥に、拭いきれないざらつきが残っていた。

 やっぱり、俺の記憶はところどころ抜け落ちている。

 このままじゃ、何か大事なことを見落としてしまいそうで、不安だ。

 

「あら、随分と仲がよろしいのね」

 

 エリナリーゼが面白そうに言った。

 ギースはそれを聞いて、ニヤニヤと笑う。

 

「まぁよ、俺たちは苦楽を共にした仲だかんな、なぁ先輩」

「そうだな、新入り」

 

 ドルディア族の村での全裸で牢屋に入ったんだ。

 ……そっちのことは覚えているんだけどな。

 やっぱり未来のことがな……一体原因はなんなんだ?

 

「ルディ。これで全員揃ったんだし、それぞれの話をしよう」

 

 パウロが声をかけたそのとき、俺の胸ポケットがモゾモゾと動いた。

 

「ん?」

 

 中からピー助がぴょんと飛び出す。

 そして、そのまま俺の肩を蹴って、頭の上に乗った。

 

「ぴぃ! ぴぃ!」

「ああ、ごめん。お前のことも紹介しとかなきゃだな」

 

 俺の頭の上で、ピー助が小さく鳴いて身を揺らす。

 ……怒ってるな。

 胸ポケットに入れてると、たまに存在を忘れそうになるんだよな。気をつけないと。

 

「ラノアに向かう道中で怪我している所を拾いました。周りに親鳥や巣もなく、着いてきたそうにしていたのでそのまま連れてきました。ピー助です」

 

 頭に乗せたまま、みんなに紹介する。

 視線が一斉に俺の頭へと向けられた。

 

「かわいいですね。鳥のヒナですか?」

 

 ロキシーが目を輝かせながら、優しい声でそう言った。

 

「ぴぃ!」

 

 その声に応えるように、ピー助が元気よく鳴く。

 

「そう見えるんですけど……多分、ただの鳥のヒナじゃないんですよね。なんていうか、ちょっと様子が変で」

「おいおい、大丈夫なのか、それ?」

 

 パウロが半分呆れたように眉を上げる。

 

「まぁ、害があるわけじゃないので。おとなしくて、人懐っこいですし」

 

 ピー助はただの動物には見えない。

 魔物の幼体かとも思ったが、そのようにも見えなかった。

 そして、なぜかピー助はずっと俺の周りから離れない。

 まるで何か強い意志を持って、そばにいるような。

 

 ほんと、何者なんだろうな……ピー助って

 

 

 

「よし、さっそく情報を整理しようじゃねぇか。

 俺とパウロが再会したのは、たしか一年くらい前だったな。西の方で偶然出会って、それから一緒にゼニスの捜索を続けてる」

「あと、西へ向かうとき、子供たちを連れて行くわけにはいかなかったからな。今はリーリャと一緒に、ラトレイア家に預けてある。

 で、数ヶ月前にラトレイア家の使いからルディから手紙を預かっているって話を聞いて、急いで戻ってきたんだ。ここに着いたのは、ちょうど一週間前ってところだ」

「んで、わしらが合流したのが、今から三日前ってわけじゃな」

 

 なんというか……タイミングが良すぎる。

 まるで示し合わせたかのように、ちょうどいい時期に集まったものだ。

 

「にしてもな、ルディ。お前、来るのが随分と早くないか? ラノアに寄ってから来るって話だったろ?」

「それは、少し特殊な方法を使ったんです。……帰る時も同じ方法を使うことになると思うので、その時に詳しく説明します」

 

 それから、俺はゼニスのことについて話した。

 

 ゼニスが、ラパンの近くにある転移の迷宮の最奥にある魔力結晶の中に囚われていること。

 助け出したとしても、言葉を話すこともできず、意識も曖昧で、廃人に近い状態かもしれないこと。

 話しながらも、喉の奥に何かが引っかかるような感覚があった。

 けれど、伝えなければならないことだった。

 

 俺がゼニスのことについて改めて伝えるとパウロは不機嫌そうな顔をし、やがて苛立ちを隠せず、足を小刻みに揺すりはじめる。

 

「おい、ルディ……その情報、本当に確かなのか? 手紙にもそう書いてあったけどよ、情報源が言えないって、どういうことだよ?」

「……それは……本当に申し訳ないんです。でも、どうしても話せない事情があります。虫のいい話に聞こえるかもしれませんけど……信じてほしいです」

 

 正直に言えば、言えない理由そのものが信じてもらいがたい内容だ。

 未来の記憶に基づいた話なんて、そう簡単に受け入れられるものじゃない。

 

 そんな俺の言葉を、エリナリーゼが優しくフォローしてくれた。

 

「パウロ、きっとルーデウスにも事情があるんですのよ。ルーデウスが言っていることと、ロキシーが魔界大帝の万里眼で視てもらった内容も一致していますの。わざわざ嘘をつく必要なんてないでしょう? 私は、彼の言葉を信じてますわ」

 

 エリナリーゼの静かながらも力のこもった言葉に、パウロは一瞬、何かを飲み込むように黙り込んだ。

 だが、やがて彼は小さく舌打ちをし、顔を背けてしまった。

 

 ……言葉が出ない。

 俺としても、パウロの気持ちは分かるつもりだ。

 ゼニスがそんな状態になっていると聞いて、平静でいられるわけがない。

 それに、信じろと言われても情報源すら明かせないのだから、いくら俺が息子でも、納得できないのは当然だ。

 

 と、次の瞬間だった。

 

 頭の上で大人しくしていたはずのピー助が、突然「ぴぃ!」と甲高く鳴き声を上げ、俺の頭から飛び立った。

 

「えっ、ちょっと、待て! ピー助!?」

 

 俺の静止も聞かず、小さな体で一直線にパウロの方へと突っ込んでいく。

 

「ぴぃ! ぴぃ! ぴぃぃ!」

「うわっ!? なんだこいつ!? ちょっ、おい、やめろって!」

 

 ピー助はパウロの頭の上を何度も旋回しながら、威嚇するように羽ばたき、小さな嘴で髪をつつこうとしたり、足をバタバタさせたりしている。

 その様子はまるで、「このやろう、俺の主人に何してくれてんだ!」と言わんばかりだ。

 

 慌てて止めに入ろうとした俺の背後から、くつくつと笑うような声が聞こえてきた。

 

「はは、やるなぁ。主人が虐められてると思ってんだな。賢い鳥っころだな」

 

 ギースだった。

 

「ピー助、もういいって。父様は悪いことしてないから。戻ってこい」

 

 しばらくジーッとパウロを睨んでいたピー助だったが、「ぴぃ」と一声鳴くと、渋々といった様子で俺の肩に舞い戻ってきた。

 羽をふくらませたまま、不機嫌そうにこちらの頬にすり寄ってくる。

 

 そして、俺は改めてパウロに向き直って、口を開いた。

 

「……でも、母様は……確実に、生きているんです。それに……たぶん、ですけど……僕たちのことも、ちゃんと覚えていると思います」

 

 パウロの顔を直視するのが怖くて、思わず目を伏せる。

 

「……母様のことが……本当にショックなのは……分かってます。でも……」

 

 でも、このことはちゃんと伝えたかった。

 

「それだけでも……十分じゃないですか。生きてて……また、家族が……揃うんですよ」

 

 言い終えて、ぐっと唇を噛みしめた。言葉にできない思いが、胸に渦巻いていた。

 パウロはしばらく黙り込んだまま、じっと床を見つめていた。

 そして、やがて静かに口を開く。

 

「そうだな、ルディ。家族がまた、生きて会えるんだ。……そんなに、いいことはねぇよ。お前に当たったりして……悪かった」

 

 パウロは、すまなさそうに目を伏せながら言った。その声には、自分を恥じるような色がにじんでいた。

 

「まったく、息子の方がよっぽどしっかりしとるわい」

 

 タルハンドが肩をすくめながら、苦笑を浮かべながらぼやく。

 

「そうですわよ、パウロ。貴方は父親なんですから、もっとしっかりしなさい」

 

 エリナリーゼも呆れたように言葉を重ねたが、その声には優しさが込められていた。

 叱るというより、背中を押すような、そんな響きだった。

 

「さっそくなんだが、先輩! ラノア魔法大学から持ってきた転移の迷宮探索記ってやつ、見せてもらえねぇか?」

 

 ギースの声が場の空気を切り替えるように響いた。

 重苦しかった雰囲気が、少しだけ和らぐ。

 

 俺は荷物の中から『転移の迷宮探索記』を取り出し、ギースに手渡した。

 彼は受け取った本を器用に片手で支えながら、ページをめくっていく。そして、紙の擦れる音とともに、口を開いた。

 

「ゼニスが転移した先が、よりによって転移の迷宮とはな……。あそこはな、熟練の冒険者ですら好んで入るやつはいねぇ場所だ」

 

 ギースの顔がわずかに険しくなる。

 

「まずは、この本の内容が本当に正しいのか、現地で確認する必要がある。実際に行ってみねぇとわからねぇこともあるだろう。それ次第で、準備するもんも変わってくる」

「その本に載ってるのは……六階層までです」

 

 俺は少し躊躇いながら言葉を継いだ。

 

「実は、最奥には《ヒュドラ》という守護者がいるんですが――」

 

 ギースはその言葉に眉をひそめながらも、頷いた。

 

「そうか。だがまあ、作戦は現地に着いてから立てるとしようぜ。べガリットに向かわねぇと、分からねぇことも多いだろうしな」

「……頼めるか、ギース」

 

 パウロが縋るような目でギースに問いかける。

 それに対し、ギースはへっと笑い、人差し指を鼻の下に当てて言った。

 

「しゃあねぇな! 俺に任せとけ!」

「……ありがとう。ギース、恩に着る」

「おい、やめろよ、くすぐってぇな」

 

 

 それで、転移の迷宮についての話はいったん区切りがついた。

 場にひと息ついた空気が流れる中で、パウロが再び口を開いた。

 

「あとはノルンとアイシャたちをどうするかだな。べガリットに連れて行くわけにはいかないし……アイシャとリーリャは、ラトレイア家にいさせたままだと居心地が悪いだろう。どこか他に行ける場所があればいいんだが」

 

 それなら、もう準備はできている。

 元々、リーリャさんたちには先にラノアへ向かってもらうつもりで、俺はあらかじめ家を買っておいた。

 そのことをパウロに伝えると、彼は驚きに目を見開いた。

 

「なに?! ルディ、お前……その歳でもう家を買ったのか?! てか、金はどこから出たんだよ!」

「ええと、実は……赤竜を倒したことで、しばらく遊んで暮らせるくらいの報酬をもらったんです。それで、そのお金で……」

「赤竜って……北の方で、赤竜を単騎で倒したヤツがいるって噂になってたけど……あれ、お前だったのかよ」

「赤竜を独りで倒したとはな。出来が良いとは聞いとったが、末恐ろしい息子じゃな、パウロ」

「だろ? ルディは規格外なんだ」

 

 パウロはどこか誇らしげに笑った。

 すると、ロキシーが急に前のめりになって声を上げた。

 

「そうだ! ルディ! ルディが使っている……あの、見たこともない雷の魔術って、もしかして、水王級魔術《雷光(ライトニング)》の応用なんじゃないのですか!?」

「ええ、まあ……そんな感じです」

 

 正直に答えると、ロキシーはがくっと肩を落とした。

 

「そんな……わたしが《雷光(ライトニング)》を習得するのに、どれほどの時間と努力がかかったと思っているんですか……。それを、独学で……しかも応用までなんて……」

 

 落ち込むロキシーの肩に、タルハンドとエリナリーゼが優しく手を置いた。

 

 いや……やばい。すごく申し訳ない……

 

 内心、俺は冷や汗をかく。

 実際のところ、俺があの魔術を使えるのは、未来でロキシーに教えてもらったからだ。

 今の俺は、いわばズルをしている状態だ。

 まずい、このままじゃ気まずすぎる。なにかフォローしないと……!

 

「え、ええと……ここまで僕ができるようになったのは、ロキシー先生の教えがあったからこそです! つまり、先生の教えのおかげと言っても過言ではありません!」

「……過言ですよ、ルディ」

 

 ロキシーがぼそりと呟いたその声に、俺は静かにうなだれた。

 ダメだ。全く効果がなかった。

 やっぱり、何も言わない方がよかったかもしれない……。

 

  それから、パウロがふいに口を開いた。

 

「うん、まあ……まずはラトレイア家に向かわないとな。ゼニスのことも伝えなきゃいけねぇし……。でも、伝えたところでなんだよな。あの人は絶対、ゼニスを連れてきて、ここに住まわせろって言うだろうしな……うーん、どうしたもんだか」

 

 ……クレアのことだ、絶対そう言うに決まってる。

 彼女の性格からして、ゼニスを放っておけるはずがない。

 あの人は名前の通り、シチューでも作ってればいいんだ!

 ――なんて冗談はさておいて。

 彼女は子どもを思う母親だ。その気持ちは、分からないでもない。

 だけど、俺たち家族全員を引き受けてくれるわけじゃない。

 きっと誰かを“良し”として、誰かを“いらない”と言う。それで、家族はまたバラバラになってしまう。

 ――それじゃ、意味がないんだ。

 せっかく、もう一度家族が揃うかもしれないというのに。

 

「父様、僕もラトレイア家に行って、説得してみます」

「ルディが!?」

 

 パウロは驚いたように俺を見た。けれど、すぐに少し考え込んでから言った。

 

「……いや、でもルディなら……ゼニスにも似てるし、話をちゃんと聞いてくれるかもしれないな。

 ……ごめんな、ルディ。こんな頼りない父親で……こんなことまで、お前に頼らないといけないなんて……」

 

 パウロが申し訳なさそうに言う。

 そうやって、自分を卑下するのはやめてほしい。

 俺は、そんなふうに思ってなんかいない。

 

「そんなこと言わないでくださいよ、父様。僕は、父様のことを頼りないなんて思っていませんから。だから、もっと胸を張ってください」

「……ルディ。ありがとな」

 

 感謝の言葉。最近のパウロは、そればっかり言っている気がする。

 

 

 ――そして、数日後。

 俺とパウロは必要な準備を整え、ラトレイア家へ向かうこととなった。

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