-家族とは
《家》によって結ばれた繋がり・共同体」のことであり、一般的には「夫婦や親子その他の血縁」「同じ家に住み生活を共にする者」という意味合いまで含めて用いられる表現。
(某デジタル辞書より)
「いやだ! お父さんと離れたくない!」
「ノルン……」
今まさに、ノルンが駄々をこねてパウロの足にしがみついている。
ラトレイア家から宿に戻ってきた俺は、妹たち、それからリーリャと感動の再会を果たした。
……もっとも、ノルンは一度も俺と目を合わせようとしなかったけどな。
その様子を見て、パウロも困った顔をしていた。
そして、いざベガリット大陸へ向かうことになって、ノルンがパウロから離れようとしない。
困り果てたパウロが、助けを求めるように俺の方を見る。
俺は苦笑いで肩をすくめた。
……悪いな、パウロ。
俺にはどうにもできそうにないぜ。
父親なんだろ、ノルンに何か言ってやってくれ。
「わたしも一緒に行く!」
「ノルン、ごめんな。それはできないんだ」
「なんで!? あの人は一緒に行くんでしょ! なんでわたしはダメなの! わたしもお父さんと一緒に行く!」
ノルンは涙をためながら、俺を指さして叫んだ。
ごめんな、ノルン。
お兄ちゃんには、どうしても果たさなきゃならない使命があるんだ。
……ノルンは、俺のことをいまだに兄と呼んでくれない。
でも、帰ってきたら必ず、「お兄ちゃん」って呼ばせてみせるぞ。
……まあ、前の時みたいに「兄さん」でも十分だけど。
その時、アイシャがノルンに向かって怒鳴るように叫んだ。
「いいかげんにしてよ、ノルン姉! ノルン姉が一緒に行けないのは、ノルン姉が邪魔だからでしょ! なんでそんなことも分かんないの?!」
「アイシャ!」
リーリャが咄嗟にアイシャの肩を掴む。しかし、その手を振り払うようにして、アイシャは言葉を止めなかった。
「どう考えてもノルン姉が一緒に行っても迷惑になるだけじゃん! 弱虫で泣き虫だし、何もできないでしょ! このバカ!」
「バカじゃないもん! 弱虫じゃない……!」
必死に否定するノルンの声は震えていた。
その瞳には溢れた涙がにじみ、やがて頬を伝って落ちる。
彼女はしゃくりあげながらパウロの足にしがみついた。
パウロは黙ってしゃがみ込み、ノルンの小さな背に合わせるように向かい合った
――頼んだぜ、パウロ。ノルンのことは任せた。
俺はゆっくりとアイシャの前に歩み寄り、しゃがみ込んで彼女と視線を合わせた。
リーリャに任せていたら、下手したらアイシャのことを悪く言ってしてしまうかもしれないしな。
俺は少し見上げるようにして、おだやかな声で口を開く。
「アイシャ、今のはちょっと言い過ぎですよ」
「だって、ノルン姉ったら何もできないくせに、周りのことも気にしないで我儘ばっかり言うんだもん」
アイシャは口を尖らせ、不満そうに言い返した。
言葉の端々に、刺があるように見える。
……今のアイシャは、ノルンのことを少し見下しているようだった。
クレアの影響で、ノルンとアイシャの間に変なコンプレックスができてしまっているんだろうな。
姉妹なんだから、二人にはもう少し素直に仲良くなってほしいよ。
俺はアイシャの頭にそっと手を乗せ、優しく撫でた。
「ノルンだって、父様にやっと会えたと思ったのに、すぐに引き離されるなんて……我儘のひとつも言いたくなりますよ。まだ、親のそばにいたい年齢なんですから」
「でも、あたしは我慢してるよ」
「ええ。だからこそ、アイシャも少しくらい我儘を言ってもいいんです」
アイシャは、リーリャが妾の子だからという理由で、ノルンより一歩引いて過ごすよう言われてきた。
だけど、俺としてはノルンと同じように、のびのびと育ってほしいと思っている。
前の人生では、アイシャの希望もあって学校には通わせず、メイドとして家のことを任せていた。
けれど――学校は、ただ勉強する場所じゃない。
人と出会い、世界を知る場所だ。
「母様の救助が終わったら、僕はラノア魔法大学に行く予定です。
アイシャも、一緒に学びに行きませんか? できれば、ノルンとも一緒に」
そう言った俺の言葉に、そばにいたリーリャがすっと一歩前に出た。
「ですが、ルーデウス様……」
戸惑いを含んだ声。
だけど、俺はその言葉をやわらかく遮るように、静かに返した。
「いいんですよ、リーリャさん。僕は、アイシャにも自由に育ってほしいです」
リーリャさんは、ずっとアイシャに俺のメイドとして仕えてほしいと願っていた。
そして、アイシャ自身もそれを嫌がっていなかった。
だから俺は、彼女がこの家に残りたいというなら、それもひとつの道だと考えていた。
……けれど、やっぱり一度はちゃんと学校に通ってほしい。
知識だけじゃない、いろんな人と出会い、いろんな価値観に触れて、自分の目で世界を見てから。
その上で――自分の将来を決めてほしい。
アイシャは少し考え込んだあと、ぽつりと口を開いた。
「えー……でも簡単すぎてつまんないよ。すぐに分かっちゃうし」
その返しに、思わず俺は苦笑いを漏らしてしまう。
「アイシャは優秀ですからね。でも学校は、勉強だけをする場所じゃないんですよ。人付き合いを学んで友達を作ったり、いろいろな分野に触れることで、自分の興味や適性を見つけるきっかけにもなります。
アイシャにもノルンにも、自分が本当に進みたい道を見つけてほしい。学校は、そのための手助けになる場所なんですよ」
俺は、アイシャに好きなことを見つけてほしいと思っている。
彼女は優秀だ。
だからきっと、メイド以外の道にも進めるはずだ。
「でもね、魔術とかすっごく頑張ったとしても……お兄ちゃんには絶対勝てないよ」
「別に、勝たなくていいんですよ。大事なのは、自分の好きなことを貫くことです」
アイシャは、人よりも多くのことができてしまう。
だからこそ、できない人を見下してしまうところがある。
物事を“できるかできないか”だけで測ってしまっているんだ。
でも、学校に行けば友達もできるし、色んな人に出会うことで価値観だって変わるはずだ。
もっと、優しい子に、他の人を思いやれる子になってほしい――そう願っている。
「アイシャにも、きっと見つかりますよ。自分が挑戦してみたいことが。ラノア魔法大学はとても大きな学校ですし、いろんな種族の生徒もいます。
アイシャは、相手のことをよく理解しようとしないところがありますからね……好くにしろ、嫌うにしろ、相手を知ることは大事なんですよ」
魔術のことだって、やろうと思えば俺以上の魔術師にだってなれるだろう。
だからこそ、ずっと家で過ごしているだけなんてもったいない。
「学べば学ぶほど、自分がどれだけ何も知らなかったかに気づくんです。
そして、気づけば気づくほど、また学びたくなる。
きっと、アイシャにも勉強がもっと楽しくなってくるはずです」
アイシャは、手を合わせるようにして、視線を泳がせ、しばらくもじもじしていた。
そして、やがて俺に視線を合わせて、ぽつりと答えた。
「……わかったよ、お兄ちゃん。考えてみるね」
俺はそっと微笑み、もう一度アイシャの頭に手を置いて優しく撫でた。
「……ありがとうございます、ルーデウス様」
横で控えていたリーリャが、少しだけ目を潤ませながら頭を下げる。
「いいんですよ、リーリャさん。――家族じゃないですか」
リーリャは昔から、どこか遠慮がちだった。
けれど、俺は何度も彼女に助けられてきた。
これからはもっと、頼ってもらいたいと思っている。
それから、俺は改めてパウロの方を振り返った。
ノルンの表情も、さっきより落ち着いているように見える。
「ごめんね、ノルン姉。悪く言ったりして」
アイシャが素直に頭を下げる。
少し不器用な子だけど、ちゃんと謝れるところがえらい。
「……ううん。わたしもごめん。
我儘言って。アイシャと、リーリャさんと一緒に行くよ」
ノルンも目を伏せながらぽつりと謝り、頷いた。
どうやらパウロがうまく話してくれたらしい。
俺はこっそり、パウロの脇腹を肘でつついて囁いた。
「ナイスですよ、父様」
パウロは俺の頭をくしゃくしゃっと撫でてくる。
「お前の方こそ、よくやったな」
少し照れくさい気持ちになりながら、俺は二人のもとへと歩み寄り、膝をついて視線を合わせた。
ノルンの目が、少しだけ俺に向いている。
パウロが、俺のこともきちんと話してくれたのだろう。彼女の目つきが、ほんのわずかにやわらいでいる気がした。
「ノルン。アイシャにも話したことなんですが――母様を助けた後、ラノア魔法大学に通うつもりです。
一緒に行ってみませんか?」
ノルンは、アイシャに対してコンプレックスを抱いてしまっていて、
物事を本気で取り組むのを避けるようになっていた。
でも、未来の彼女は、周囲に慕われるようになって、生徒会長にまでなった。
学校に行くことで、彼女は変わっていけたのだ。
だから、今のノルンにも、そのきっかけを与えたい。
「上手くいかなくたって構わないんですよ。大事なのは、頑張ろうとすることです。
ノルンには、何か好きなことってありますか? 本とか、歌とか――やってみたいことでもいいんですよ」
未来のノルンは、たしか本を、物語を書いていた。
きっと、物語を読むのも書くのも好きだったんだろう。
ノルンは俺と目を合わせなかったが、ぽつりと小さな声で答えた。
「……考えてみる」
その言葉だけで十分だった。
俺はそっとノルンの頭に手を乗せ、優しく撫でる。
手を振り払われることはなかった。
「ノルン、帰ってきたら僕のことを兄って呼んでくれますか?」
ノルンは一瞬だけ目を伏せてから、小さく答えた。
「……たぶん」
それだけでも、俺にとっては十分だった。
「じゃあ、楽しみにしてますね」
二人には――アイシャにもノルンにも、自分の好きなことを見つけて、自由に生きてほしい。
人生は案外短いんだ。
……3回目を生きている俺が言えることじゃないかもしれないけど。
あともうひとつ、二人に話しておきたかったことがあったんだ。
「それから……クレアお祖母様のこと、あまり嫌いにならないでやってほしいんです。
きっと厳しくされたり、辛く当たられたりしたこともあると思いますけど……あの人なりに、ちゃんと二人のことを心配していたんです。
分かりづらいし、難しいかもしれませんが――できれば、嫌わないであげてほしい。
家族に嫌われるのって……けっこう、きついから」
クレアはミリス教徒で、アイシャとは血の繋がりもなかった。
それでも、ちゃんと孫として接していたんだ。
不器用で伝わりにくかったけど――根っこのところでは、きっと優しい人だ。
だから、二人には……できるだけ、憎まずにいてほしいな。
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それから、三人とは別れることになった。
俺とパウロは、リーリャたちを見送ってから出発することになっている。
護衛にはヴェラとシェラ、そして――ジンジャーがついていくことになった。
……てか、ジンジャーずっといたのか。
影が薄すぎて、全然気づかなかったぞ。
ヴェラとシェラとは事前に挨拶しといたけど。
当のジンジャー曰く、「ラノアにはザノバ殿下も向かっておられますから」とのことだ。
……俺もザノバたちに会える日が楽しみだな。
「魔法都市での生活基盤を整えて、奥様を迎えられるよう準備しておきます。
旦那様、ルーデウス様、どうかご無事で」
リーリャを深く一礼した。
彼女はゼニスのことを聞いた時、随分と動揺していた。
ゼニスとはとても仲が良かったから、本当にショックだったんだろう。
それでも、しっかり立て直して、自分のできることを果たそうとしてくれている。
「ああ、リーリャも元気でな。……必ず、ゼニスを助け出すから」
パウロの言葉に、リーリャは小さく頷くと、ノルンとアイシャを伴って馬車へと乗り込んだ。
彼女たちは出発していった。
そして、静寂を破るように、パウロがふと俺の方を振り返った。
「というか、ルディ。お前いつの間にラノア魔法大学に通うことになったんだ?」
そう言われて、俺は一瞬だけ肩をすくめる。
……まあ、本来なら家庭教師でもして資金を貯めて、シルフィと一緒に入学する予定だったんだよな。
転移事件で全部ぶっ壊れたけど、それでも縁ってやつはあるもんだ。
「実はですね。魔法大学の方から『特別生として入学しないか』ってお誘いをいただきまして。
せっかくだから、アイシャとノルンも一緒に通えたらいいなって。……それとお金の心配はいりませんよ」
そう言って、俺はパウロに向かって親指を立てて、にっと笑う。
「……特別生って、お前……またすごいことを……さすがはルディだな」
パウロはそう言いながらも、少し誇らしげに、どこか嬉しそうに笑った。
俺たちもゆっくりしてはいられない。
ヒトガミのこともあるし、できるだけ、ゼニスの救出を早く終わらせたい。
一刻も早く、あの迷宮へと向かわなければならない。
そして、今度こそ……家族全員が揃うために。
俺たちは、リーリャたちを見送った翌日、ベガリット大陸へと出発した。
次回はついにベカリットへ! ルーデウス達にはどんな困難が待ち受けているのか!?
次回をお楽しみに!!