回帰した灰色鼠   作:実った青リンゴ

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砂漠

-ベガリット大陸とは

 世界地図南西にある西から南まで中央大陸に沿う三日月形の大陸。公用語は闘神語。

大陸の大部分が砂漠だが唐突に途切れて森や山がある土地。

魔力溜りが多く魔物も迷宮も多いので冒険者も多い。

魔物の強さは魔大陸より弱いが、ほぼ同等の強さで魔大陸の次に危険な土地とされている。(某考察wikiより)

 

 

 

 

 

 

 

 ミリスを出発してから数日、俺たちはラパンを目指して砂漠を進んでいた。

 見渡す限り、どこまでも続く乾いた大地。

 地平線まで砂の海が広がり、まるで世界から色が抜け落ちたかのような錯覚を覚える。

 

 道中は、ベガリット大陸に詳しい数人の戦士たちが護衛として同行してくれていた。

 男女混成の彼らは、この過酷な環境に慣れているらしく、無駄口も叩かず、黙々と歩を進めている。

 

 だが、それでもこの暑さは容赦がない。

 

 容赦なく照りつける日差し。じりじりと肌を焼く熱。

 風が吹けば、そのたびに砂が舞い上がり、顔に当たって目を細めなければ前が見えない。

 

「……暑いですわね」

 

 隣を歩いていたエリナリーゼが、うんざりとした様子でつぶやいた。

 額には汗がにじみ、湿った金髪が頬に張りついている。

 

「……ああ。たしかに、こりゃたまらん暑さじゃな」

 

 タルハンドが苦笑まじりに答える。

 そういうタルハンドは見るから暑そうな鎧を着ている。

 重そうな鎧姿のまま、よく歩けるな、暑いだろ。

 

 俺も胸ポケットに目をやった。

 中ではピー助がぐったりと縮こまっている。

 羽毛に包まれているから、暑さがこたえているのだろう。

 

 ……てか、冷静に考えれば、魔術を使えば周囲の気温くらい下げられるじゃないか。

 そう気づいた瞬間、すぐに行動に移した。

 

 魔術を使って、空気中に微弱な冷気を周囲に放つ。

 ごく簡単な、いわば“簡易クーラー”だ。

 

 ――ふうっ、と吐いた息が、少しだけ涼しく感じられた。

 

「あれ……? なんだか少し涼しくなったような気がします」

 

 それまで暑さに口をつぐんでいたロキシーが、ふと顔を上げてつぶやいた。

 魔大陸もそこそこ暑かったが、ここはその比じゃない。

 ロキシーもこの数日間、ずっと暑そうに額の汗をぬぐっていた。

 

「水魔術を応用して、周囲の気温を少し下げてみました。

 ……すみません。もっと早く気づいていればよかったですね」

 

 言いながら、思わず苦笑する。

 もっと早く思い出していれば、わざわざこんなにも暑さに耐える必要はなかったのだ。

 皆が無言で汗をぬぐう様子を見ていた時間を思うと、少し申し訳ない気持ちになる。

 

「おお……確かに、涼しくなってきたぞ! 助かった、ルディ」

 

 パウロがそう言って、笑いながら俺の背中を軽く叩いた。

 その顔に、責めるような色はまったくない。

 

 周囲を見回しても、誰も嫌な顔をしていなかった。

 むしろ、どこかホッとしたように表情が緩んでいる。

 

 ――ああ、良かった。今さらだけど、やって正解だったな。

 

 そして、俺たちは、淡々とした足取りで砂漠の中を進んでいった。

 

 

---

 

 

 昼間は焼き付くように暑かったのに、一転して、夜になると凍えるように寒くなる。

 砂漠の夜は、まるで天の気まぐれみたいだ。

 たしか、砂漠の空には雲がないせいだったはず。

 雲っていうのは熱を逃がさないふとんみたいなものらしい。

 だけど砂漠にはそのふとんがないから、昼の熱が夜になるとスーッと逃げていってしまう。

 結果、寒い。とても寒い。

 

 そんなわけで、今の俺は毛布を肩まで引っかぶりながら、焚き火の前で見張り番をしている。

 隣には、ベガリットの戦士のお姉様が居る。

 戦場の風に身を晒してきた無口で無骨な美人さんだ。

 ベガリットの地方では、夜になるとサキュバスが現れるため、男女一組で交代しながら見張りをするのが習わしらしい。

 

 ……できればロキシーとペアになりたかったな。

 なんというか、このお姉さん、会話のキャッチボールをする気がまったくない。

 頑張って話しかけてみたけど、「ああ」「そうか」とか「……」で会話が即死した。

 結果、俺は焚き火の炎を見つめるだけの死んだ魚のような目になっていた。

 

 でも、こういうときこそ何か雰囲気を明るくする方法があるんじゃないかと思い出した。

 そうだ。歌だ。キャンプといえば歌だろう。

 

「燃えろよ、燃えろよ、炎よ燃えろ」

「……」

「火のこを巻き上げ、天までこがせ〜」

 

 ……ダメだった。

 

 ちらっと横を見たら、めちゃくちゃ冷たい目で見られていた。

 たぶん今、「何言ってんだこいつ」って思われた。

 歌で凍りついた空気が、さらに氷点下を更新した瞬間だった。

 

 俺の心の焚き火が、音もなく消えた。

 サキュバスより先に、俺のメンタルが昇天しそうだ。

 

 

 

 そんなことを考えながら、焚き火の揺れる炎をぼんやりと見つめていると、どこからか、ふわりと甘い香りが漂ってきた。

 ――来たな。

 フッフッフッ、俺はもう惑わされないぞ。

 俺はあの頃のチェリーボーイじゃないんだい。

 サキュバスめ、成敗してくれる!

 

 すぐさま中級の解毒魔術を自分にかけ、隣にいた女戦士に目配せで警戒を促す。

 彼女もすぐに気づき、頷いてくれた。

 二人で素早く周囲を索敵すると、思いのほか近く、焚き火から数メートルも離れていない茂みの陰に、気配があった。

 即座に魔力を込め、石砲弾を叩き込む。

 ドン、と重い音が響き、悲鳴ひとつ上げる間もなくサキュバスは吹き飛んだ。

 

 ……魔物とはいえ、人間そっくりの姿をしている相手を殺すのは、やっぱり少し気が引けるな。

 

 だが、そんな感傷に浸っている場合ではない。問題はテントの中だ。

 ……あの中には、パウロがいる。

 

 彼はゼニスを見つけ出すまではそういうことはしないと宣言していた。

 だが、相手はサキュバスだ。ただの色仕掛けではなく、魔力を帯びたフェロモンで理性ごと絡め取ってくる。

 ……大丈夫だろうか。

 下手すれば、理性の鎖を断ち切られて、暴走してしまいかねない。

 

 俺は足早にテントの方へ向かった。

 

 テントの傍にはギースとロキシーが立っていた。どうやら無事らしい。

 俺はすぐさま声をかける。

 

「ギースさん、先生!」

「おっ、先輩か!」

「ルディ!」

 

 二人ともすぐに俺に気づき、返事をくれた。

 見たところ、深刻な怪我などはなさそうだ。

 

「大丈夫ですか? さっき、向こうでサキュバスを見つけたんですが……」

「あぁ、俺は平気よ。ロキシーがすぐに解毒魔術をかけてくれてな、特に問題はなかったぜ」

 

 そう言いつつ、ギースの表情が曇る。

 

「……ただ、パウロがなぁ……」

 

 言葉を濁すその様子に、嫌な予感が背筋を這い上がる。

 やっぱり、何かあったのか。

 

「す、すみません……わたし、あまりに怖かったので、近づくことができなかったんです……」

 

 ロキシーが俯きながらそう言った。

 その顔は青ざめ、肩が小刻みに震えている。

 よほどのものを見たに違いない。

 ……パウロのヤツ、ロキシーを怖がらせやがって。

 

 ……それにしても、ここにいるのはギースとロキシーだけだ。

 エリナリーゼとタルハンドの姿が見えない。

 耳を澄ますと、テントの中から激しい音が響いてくる。

 

 ドガッ! ゴスッ! バキッ!

 まるで何かを叩いているような音だ。

 

 俺はギースとロキシーに視線を向けながら確認する。

 

「テントの中……ちょっと覗いてもいいですか?」

 

 ギースは肩をすくめて苦笑し、

 ロキシーは困ったような顔をしながらも、静かに頷いた。

 

 そして――俺は意を決して、テントの幕をそっとめくった。

 

 中には、エリナリーゼとタルハンド、そして――パウロがいた。

 

 ……だがその光景は、想像以上だった。

 

 エリナリーゼとタルハンドが、パウロをボッコボコのベッコベコにしていた。

 まさに袋叩き。問答無用で殴る、蹴る、叩きつける。

 

 ――どうやら暴れたパウロを二人で取り押さえたらしい。

 パウロは縄でがんじがらめにされ、そのまま一方的に制裁を受けている。

 いくらパウロが頑丈とはいえ、ちょっと殴りすぎじゃないか……? と心配になるレベル。

 

 そして、ドンッ!という決定的な音と共に、パウロは静かに気絶した。

 

 ……合掌。

 

 しかし、前からちょっと気になってたことがある。

 なぜタルハンドはそっち側なんだ。

 

 彼は男が好みだ。

 だったらサキュバスのフェロモンは効かないんっていうのは……やっぱりおかしいんじゃないのか?

 反対に男を襲いに行かないのか。

 ……あれか、サキュバスに魅力を感じないとフェロモンが効かないとか。

 じゃあ、女性が好きな女だとサキュバスに引っかかるってことか……?

 フェロモンは嗜好に依存するのか、あるいは本能か……? てことは、もしかしたらアリエルなら効くかもしれない……。

 くっ、興味は尽きないな。いつか調べてみたいな。

 

 そんなことを考えていると、エリナリーゼたちがこちらにやってきた。

 

「あの、エリナリーゼさん……父様に、解毒魔術をかけておきましょうか?」

「いいんですのよ。あそこに放っておきましょう」

 

 そう言って、エリナリーゼは優雅に踵を返し、場所を変えた。

 

 ……哀れだ、パウロ。

 

 せめてもの手向けに、俺はその場で両手を合わせ、静か目を閉じて祈る。

 

 ――成仏しろよ、パウロ。南無阿弥陀仏。

 

 

---

 

 

 翌朝、俺たちは旅の支度を整え、出発前にパウロへ治癒魔術をかけた。

 その顔には、まだ疲れの色が残っている。昨日の出来事が、心身にじわりと染みついているのだろう。

 

 少しばかり労いの言葉をかけると、パウロは無言で頷き、やがて静かに歩き出す。

 

 俺たちもそれに続いて道を進んだ。

 

 しばらくすると、前方から人影が見えた。

 

 この道は、ラパンへ向かう際にベガリット大陸を北から横断するよりも距離が短く、意外と旅人の往来がある。

 だから、人が通ること自体は特に珍しいことではない。

 

 ――だが、問題はその“姿”だった。

 

 

 二メートル近くはあろうかという巨剣を背負った男。

 その背丈は、俺よりも頭一つ分ほど高い。

 けれど顔立ちには、どこか少年のような幼さが残っていた。

 黒髪の少年――。

 

 俺は思わず目を見開いた。

 背中を嫌な汗が伝い、呼吸が浅くなる。

 心臓が、ドクン、ドクンと早鐘のように鳴り響いた。

 

 

 

 あれは――アレクだ。アレクサンダー・ライバック。

 なんで、あいつがここに……?

 ヒトガミか!? やっぱりヒトガミの差し金なのか!

 くそっ、この頃のアレクは、どっちかっていうと、

 ヒトガミ側だったはず――やばい。

 

「そこに、ルーデウス・グレイラットは居るか!」

 

 アレクが、大声で俺の名を呼んだ。

 その声に、周囲の人たちが一斉にアレクのことを見つめる。

 突然の名指しに驚き、周囲の人の注目がアレクへと集中していく。

 

「茶色の髪に灰色のローブ、大きな杖を持った魔術師……君ですね」

 

 アレクの視線が、まっすぐ俺を射抜いた。

 ……まずい。これはまずい。

 アレクは間違いなく、俺を狙っている。

 このままでは、巻き添えを食らう人間が出る。

 パウロたちを巻き込むわけにはいかない。

 

「ルディ、知り合いか?」

 

 パウロが俺の方をちらりと振り返り、軽く問いかけてきた。

 だが、それに答える間もなく――アレクの声が広場に響き渡った。

 

「僕は、北神カールマン三世!

 ヒトガミによって導かれ、世界に災いをもたらす男――ルーデウス・グレイラットを、討ち滅ぼしに来た!

 ルーデウス・グレイラット! 君に決闘を申し込む!」

 

 アレクは堂々と、高らかにそう宣言した。

 

 その瞬間、俺はすぐさまパウロたちに向き直り、声を張り上げた。

 

「父様! 先に目的地に向かってください!」

 

 同時に、胸ポケットにいたピー助をそっとつまみ上げ、手に持っていた杖と一緒にロキシーへと差し出す。

 本気で魔術を使うことになれば、あの杖は逆に邪魔だ。

 魔力を込めすぎれば、杖が耐えきれずに砕けてしまう。

 それに、ピー助だって巻き込むわけにはいかない。

 

「師匠、杖とピー助、預かっててください」

「えっ、でもルディ――」

 

 ロキシーが戸惑いの声をあげたが、それに答える余裕はなかった。

 アレクの視線は、完全に俺ひとりに向けられている。

 ……どうやら、本当に俺以外には用がないらしい。

 ロキシーのことについても少し警戒したが、アレクは彼らに一瞥すらくれなかった。

 

 それなら――今のうちに、行ってもらえるかもしれない。

 

「おい、ルディ! いったいどういうことだ! 急にあの北神がお前に決闘を申し込むって――」

「いいから、早く行ってください! あいつが用があるのは俺だけなんです! 詳しくは後で説明しますから、とにかく、早く!」

 

 パウロの困惑した声を遮って、俺は思わず叫んだ。

 だが、それでも彼らはその場を動こうとしなかった。

 明らかに納得していない顔だった。

 

「バカ野郎! お前を置いて行けるわけないだろ!」

「邪魔なんですよ! 足手まといだ!

 本気で魔術を使うつもりです。下手に近くにいたら、巻き込んでしまいます!

 お願いですから、早く離れてください!」

 

 つい、語気が強くなってしまった。

 その言葉に、パウロはまるで殴られたかのように目を見開いた。

 一瞬、口をつぐんで、それから唇を強く噛みしめ、絞り出すように叫んだ。

 

「くっ……クソっ! ルディ! 絶対に死ぬなよ! 必ず生きて帰ってこい!」

 

 そう言い残し、パウロは振り返ることなく、その場を去っていった。

 ロキシーや仲間たちも後ろ髪を引かれるような顔をしていたが、パウロに続いてその場を離れてくれた。

 

 やがて、周囲は静かになった。

 残されたのは、俺とアレク――二人きり。

 

 広がる砂漠の中央で、俺たちは真正面から向かい合った。

 風が砂をさらい、音もなく舞い上がっていく。

 

「君のことは悪人だと思っていたのですが、仲間を逃がすような良識はあるんですね」

 

 沈黙を破ったのはアレクだった。

 

 ――律儀なやつだ。

 パウロたちが離れていくのを、こいつはちゃんと待ってくれていた。

 ……根は悪いやつじゃないんだ。

 なのに、どうしてこうなんだよ。

 

「……ヒトガミに言われて、来たんですよね」

 

 俺の問いに、アレクは頷いた。

 

「ええ。ルーデウス・グレイラットを殺せと。神の命だと」

 

 あっさりと答えるその表情に、迷いはなかった。

 ……話をする余地はある。

 殺しに来たのだったら、問答無用で襲いかかってきたらいいのに……

 急に襲ってこないのは、英雄を目指すアレクとしてそれは許せないものだからだろうか。

 

 ――まだ、諦めるな。何とか、説得できるかもしれない。

 

「……あなたがしようとしていること、本当に正しいことだと思ってるんですか? ヒトガミに……嘘をつかれているかもしれないとかは考えないんですか」

 

 問いかけた俺に、アレクは即答した。

 

「それはないですね。これまでにも何度かヒトガミに未来を予言してもらいました。

 その導きに従うことで、僕は多くの困難を乗り越えてきたんです」

 

 クソっ、それこそが罠なんだよ……!

 信用させて、都合のいい駒として使う。

 ヒトガミの常套手段だ。

 都合のいいことだけを信じすぎだろ。

 

 それにしたって――

 

 お前、たしか百歳はとうに超えてるだろ!?

 なんでそんなにも簡単に騙されてるんだよ!

 

 思わず、額に手を当てて顔を覆いそうになる。

 いや、もう頭が痛い。ほんとに痛い。

 俺の内心のツッコミもどこ吹く風で、アレクは語り始めた。

 

「僕は、ヒトガミが与える試練に立ち向かうのみ!

 北神二世を超える英雄になるためには、それ以上の困難を乗り越えなければならないんです!

 悪を滅ぼし、真なる英雄となる! 君には僕の英雄譚の一節になってもらいます。

 弱者の君には、身に余る光栄ですよ!」

 

 なんで、そんな英雄街道まっしぐらみたいな生き方してるんだよ……。

 ……オルステッドにぶっ飛ばされて反省してた頃のアレクが、恋しい。

 アホにもほどがある。

 できるなら今すぐ一発ぶん殴ってやりたい。

 ああ……シャンドルさん、本当に苦労してたんだな。よく耐えたよ、あんなのに。

 

「さあ、ルーデウス・グレイラット!」

 

 アレクが構える。その目は真剣そのものだった。

 

「決闘を受けてもらおう! 

 僕はあなたを討ち果たし――

 そして父を超える英雄、父を超える北神カールマンになる!」

 

 アレクはそう言い放つと、迷いなく剣を構えた。




かつての同僚との感動の再会――!
……のはずが、まさかの敵ポジション!
――ルーデウス、ピンチ!
そして次回、
絶体絶命! ルーデウス死す!?
お楽しみに!!
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