回帰した灰色鼠   作:実った青リンゴ

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雷鳴対北神

-北神とは

 流派北神流のトップに与えられる称号。現在は七大列強第七位。

初代北神は魔神殺しの三英雄カールマン・ライバックで、北神二世によって北神流の正統伝承者は『カールマン』の名を受け継ぐことが定められている。

北神二世、北神三世ともに一ヶ所に定住せず世界を放浪している。

オルステッドの知る歴史でも些細な変化で世界の反対側にいることがあり、居場所は特定できない。

 (某考察wikiより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はアレクが襲いかかってくる前に、先に名乗りを上げることにした。

 名乗りを上げれば、アレクの性格を考えれば必ず名乗り返すはずだ。

 その一瞬の隙――そこを狙う。

 魔術師と剣士では、立てる土台が違う。

 何より、俺と北神の剣士では、正面からの打ち合いで勝てるはずがない。

 その上、今の俺には魔道鎧もない。

 まずは距離を取り、有利な位置から先手を打つ。

 

「俺の名は――『雷鳴』のルーデウス・グレイラット!

 その決闘、受けて立つ!」

 

 言葉に呼応するように、アレクの眼が鋭く光る。

 案の定、彼も応じた。

 

「! 我が名は――『北神』アレクサンダー・ライ――」

 

 ――その「ライ」の音が口からこぼれる刹那。

 

 先手必勝! 卑怯上等、狡猾歓迎!

 俺は迷いなく、魔術をぶっ放していた。

 

 右手を振り下ろし、足元の地面すれすれに雨を降らせる魔術を展開し、雲を作り出す。

 一気に濃密な霧が周囲を包み込む。

 視界を遮り、敵の反応を遅らせ、もう一つの魔術の威力を上げるための布石だ。

 

 そして、それと同時に、左手から電撃を放つ。

 雷鳴が奔り、霧の中を一直線に貫いた。

 

 攻撃魔術で闘気を突破するには、それなりの魔力を込める必要がある。

 だが、電撃なら話は別だ。闘気をすり抜け、肉体へ直接ダメージを与えられる。

 

「うぐああああああああぁぁぁッ!!」

 

 叫び声が爆ぜるように濃霧の中に響き渡った。

 

 その隙を見逃すまいと、俺は土槍の足場をスライドさせるように移動し、アレクとの距離を一気に取る。

 同時に、予見眼を発動。視界の隅々まで神経を張り詰め、アレクの動きを警戒した。

 

 あいつが持つ魔剣――王竜剣カジャクト。

 重力を操る力を宿す、危険極まりない代物だ。

 

 まともに攻撃魔術を撃ったところで、正面からでは軌道を逸らされてしまう。

 狙い通りに当てるのは難しい。

 だが、重力操作なら、俺も多少は使うことができる。

 相手の想定をわずかでも上回れれば、不意を突ける可能性はある。

 

 ――焦るな、見極めろ。勝機はあるはずだ。

 

 俺はアレクの周辺――濃霧が発生している一帯を泥沼に変えた。

 足場を奪い、動きを封じるためだ。

 

 そして、上空に巨大な岩石を作り出す。

 可能な限り魔力を込め、まるで小さな山のような錯覚すら覚えるほどの質量を与えた。

 それを、一気に真下へと加速させる。

 

 地面が揺れ、鈍い衝撃音が響き渡り、砂が舞い上がる。

 遅れて突風と衝撃波が全身にぶつかってきた。

 だが、濃霧を発生させていたおかげか、思ったよりも舞い上がった砂は少なかった。

 

「……やったか?」

 

 言ってから気づいた。

 ――フラグだった。言わなきゃよかった、と。

 まあ、言わなくても結果は変わってなかっただろうけど。

 

 岩石にピシリと亀裂が入り、そのまま真っ二つに割れた。

 割れると同時に、再び地面が大きく揺れる。

 

 そして――割れた岩石の中から、ボロボロになったアレクが飛び出してきた。

 アレクの戦力を事前に削ることができたのは、かなり大きい。

 電撃と濃霧、そして岩石の効果で、だいぶダメージを与えられているようだった。

 砂埃まみれのその姿で、アレクは表情をゆがめながら、大声を張り上げる。

 

「卑怯ですよ! 名乗りを上げている時は攻撃しないのがお約束じゃないですか!」

 

 ……名乗り中に攻撃しちゃいけないなんてルール、実戦じゃ通用しない。

 魔法少女の変身シーンとか、「オラに元気を分けてくれ!」って叫んでる間に、黙って待ってくれる優しい敵キャラなんて現実には存在しない。

 あんなのは、テレビの前の視聴者向けサービスだ。

 こっちは命がかかってんだ、演出で命落としてたまるか。

 とはいえ、アレクは仲間を見逃してくれたわけで――多少の後ろめたさはある。

 その上、俺にとって、アレクは五十年も一緒に戦った同僚で、友人だった。

 

 だから俺は、戦いながらも説得を試みる。

 

「でも、あなたも大概ですよ!

 まだ成人もしていない、子供の話も聞かずにいきなり殺そうとするなんて……

 それが英雄を目指す人のやり方ですか!」

「うるさい! まだ名乗っている最中に攻撃するなんて……そんな悪人に、年齢なんて関係ない!」

 

 ダメだった。

 アレクは怒鳴り返すと、剣を振りかぶって俺へと突っ込んできた。

 

 かなり距離が離れていたはずなのに――アレクは、まるで瞬間移動でもしたかのような速さで距離を詰めてくる。

 それでも、まだ俺のすぐ傍までは届いていない。

 

 俺は事前に用意していた、魔力を多めに込めた石砲弾をアレクに向かって放つ。

 アレクは石砲弾を一瞬だけ目で捉えたが、すぐに視線を俺に戻した。

 ――どうやら、石の軌道をそらすつもりらしい。

 

 石砲弾はアレクの目の前まで飛び、そこからぐにゃりと軌道を変え、顔の横すれすれを通過する。

 ……読んでた通りだ

 

 アレクは、まさか俺が重力を操作できるとは思っていない。

 通り過ぎた石砲弾に、すかさず重力魔術で上書きする。

 砲弾はアレクの死角で小さく弧を描き――

 

「ぐっ……!」

 

 バンッ、と乾いた音を立ててアレクの横顔を直撃した。

 呻き声とともに彼の姿勢が崩れ、足元がぐらつく。

 気絶させるには至らなかったが、それでもかなりの手応えはあった。

 

 俺はその隙に、すぐさま距離を取る。

 さらに、少しでも彼の動きを止めるためにも、声を張り上げて呼びかけた。

 

「あなたは英雄を目指しているというのに、やってることはまるで英雄とは真逆ですよ!

 力は、ただ誇るためのものじゃない。弱き者を守るためにこそあるはずです!

 強さを持つ者は多い。でも、それを他人のために使える人は、ほんのわずかしかいない。

 名誉でも、栄光でもない。誰かの盾となる――それが、本当の英雄じゃないんですか!」

 

 一呼吸おいて、さらに言葉を続ける。

 

「……北神カールマン二世だって、そう言っていたはずですよ!」

 

 試しに、父親である北神二世の名前を出してみる。

 あの人は、名声のために弱者を蹴散らす者を英雄とは認めず、

 力なき者でも巨大な敵に立ち向かい、人々を守る――そんな生き様こそを“英雄”と呼んでいた。

 

 ……これで、少しでもアレクの心が揺れてくれたら――

 

 頭に手を当て、顔をしかめていたアレクが、ゆっくりと顔を上げた。

 苦虫を噛み潰したような表情で、口を開く。

 

「そうですね。確かに、君は“弱者”ではなかった。

 僕は君の実力を見誤っていました。魔術師の身でありながら、二度も僕に攻撃を通したんですからね……。

 そして、僕はまだ君に触れることすらできていない……。

 ルーデウス・グレイラット。先ほどの“弱者”発言は、取り消します。謝罪しましょう」

 

 ……って、そっちだけかよ!

 

 後半の俺の熱いセリフ、まったく聞いてなかったのか!?

 なんで「弱き者」って部分にしか反応しないんだよ!

 どんだけ都合のいいフィルターをかけてるんだよ、この男は!

 

「……お詫びに、僕の“とっておきの奥義”を見せてあげますよ」

 

 ……まずい!

 こいつ、まさか“重力破断”を使うつもりか!

 

 俺は即座に反応した。地面に手をかざし、広範囲に電撃を流し込む。

 紫色の稲妻がビリビリと音を立てながら走り、地表を這うように広がっていく。

 だが――アレクはすぐにバックステップで距離を取り、それを難なく回避した。

 ……やはり、並の反応速度じゃない。

 

「右手に剣を」

 

 アレクの右手に握られた剣が、ゆっくりと持ち上がる。

 その切っ先が、静かに、しかし確実に天を指し示す。

 

 やばい――この技は本当に危険だ。

 できることならこの場から即座に離脱したい。けれど、もう絶対に間に合わない。

 

「左手に剣を」

 

 アレクの左手が、剣柄を持つ。

 もう避けられない。なら、せめて吹き飛ばされた後も気絶しないよう、意識を飛ばさないよう、身体の向きを、重力を微調整するしかない。

 

「両の腕で齎さん、有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん。我が名は北神流アレクサンダー・ライバック」

 

 体が浮いていた。

 俺はすかさず予見眼を起動したまま同時に重力魔術を使って、どうにか着地の準備を整える。

 その瞬間に備えて、全神経を集中させた。

 

「奥義『重力破断』」

 

 瞬間、爆音と閃光が鳴り響いた。

 

 

 

 

 重力を操作することで、吹き飛ばされた勢いを上手く殺し、地面に叩きつけられる寸前で減速。

 どうにか着地は成功した――が、代償は小さくなかった。

 

 左腕が上手く動かない。力が入らない。

 見た目に異常はないが、内側で骨が砕けている感触がある。

 くそっ、折れてるか……!

 

 それでも、俺はすぐに立ち上がった。

 立たなければ殺される。

 アレクはすでに、目前まで迫ってきていた。

 

 予見眼はまだ発動中。アレクの動きが、頭の中で像となって浮かび上がる。

 

 ――鋭い踏み込み。そして左斜め上からの斬撃。

 

 アレクの剣が振り上げられた瞬間、俺は剣の軌道を僅かにずらしてみた。

 しかし――完全には逸らしきれなかった。

 

「ぐあぁっ……!」

 

 唐突な、強烈な痛みが思考をかき乱す。

 左側を視界に捉えると

 ……肩より少し先が、なかった。

 視界の端で、自分の肉片が地面に転がるのが見えた。

 

「かはっ!」

 

 口の中に血の味が広がる。

 そのまま身体に重い負荷がかかり、地面にうつ伏せになった。

 起き上がることができなかった。

 おそらく、下方向へ重力をかけられているのだ。俺自身の重さが何倍にも膨れ上がっている感覚。

 そして、頭上からアレクの声が降ってくる。

 

「君は、闘気を纏うことができないようですね。

 珍しい無詠唱魔術を使い、今までに見たこともない魔術を操る魔術師。

 だが、闘気を纏えない君の防御力は――もはや無いも同然。

 反応は確かに鋭いがそれはあくまで魔術師としての速さに過ぎない。

 剣士には、どうしても勝つことができないのです」

 

 言葉の一つひとつが、地面に押し付けられている俺の背中にのしかかる。

 

「君にはずいぶんと翻弄されましたが……結局、最後に立っていたのは僕でした。

 勇者は、英雄は、どれだけ追い詰められても最後には逆転する。

 やっぱり、そういう風にできているんです」

 

 アレクの声は、どこか誇らしげだった。

 俺は顔を上げようとするが、びくとも動かない。全身に圧がかかり、指一本動かすこともできない。

 くそっ……やっぱり、無理だったのか。

 ここまで来て、負けてしまうのか!?

 

 脳裏で警鐘が鳴り響く。

 この状況を打破できる手段が、ない。

 ――なら、もはや賭けに出るしかない。

 

「では、死んでください。

 せめてもの情けです。一瞬で終わらせてあげますよ」

 

 アレクが淡々と、最後の宣告を告げる。

 

 ……こうなったら、仕方がない。

 泣き落としだ!

 

「待ってください! お願いです、殺さないでください!

 どうしても……どうしても、死ぬわけにはいかないんです!」

 

 声が震える――いや、震えさせた。

 必死に言葉を繋ぐ。

 

「俺がここまで来たのは……転移事件で迷宮に囚われてしまった母を助けるためなんです。

 あの迷宮には、母が……家族が閉じ込められてるんです。

 ここで死んだら、もう二度と……助けに行けない。

 だから……どうか、どうか見逃してはくれませんか……!」

 

 ついでに、涙をにじませる。

 演技じゃない――というか、本当に泣けてきた。

 

 俺の言ってることに、嘘はない。

 ここで俺が死ねば、ゼニスは確実に助からない。

 パウロたちだって、迷宮で命を落とすかもしれない。

 

 ――俺が生きなきゃ、救えないんだ。

 

 

 

 ……動かない。

 剣を振るう気配が、ない。

 

 ……躊躇っている――!

 

 どうやらアレクは、迷っているようだ。

 ならば、今が好機。逃すわけにはいかない。

 

 俺はその一瞬の間に、できる限りの選択肢を脳内で洗い出す。

 身体は動かないが、手ならギリギリ動く。

 何かはできるはずだ。こんなところで諦めるわけにはいかない。

 

 

 

 そう考えていた、

 その瞬間――身体が軽くなった。

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