回帰した灰色鼠   作:実った青リンゴ

22 / 35
短めです。
アルス編(旧アイシャ編)のちょっとしたネタバレがあります。蛇足編3巻か削除されたWeb版を読んでいることをおすすめします。


『墓』

 ルーデウス・グレイラットが亡くなってから、もう数十年が経っていた。

 ラプラスとの決戦も、ヒトガミとの因縁も、すべて過去のものとなり――

 ようやく、世界には穏やかな日々が訪れていた。

 

 それぞれが自分の時間を歩みながらも、家族の絆は変わらずにあった。

 家を出て旅に出ていたララも、最近では時折ふらりと帰ってきては、懐かしい笑顔を見せてくれるようになった。

 

 

 

 ――そして今日は、ルーデウスの命日だった。

 

「ねぇ、ロキシー。今日のお墓参り、お米を持って行くのはどうかな? きっと、ルディも喜ぶよ」

 

 台所で米を研ぎながら、シルフィが微笑んで言った。

 

「いいですね。ルディはお米が好きでしたし……おにぎりにして持っていきましょう。梅干しを入れて」

 

 ロキシーも懐かしむように目を細めて頷いた。

 

 毎年のように、シルフィとロキシーはルーデウスの命日には欠かさず墓参りに訪れていた。

 今日も、その変わらぬ習慣の一日になる――そのはずだった。

 

 その日の空は晴れとは言いがたいものだった。

 薄く曇り、どこか重たげな雲が空を覆っていて、陽の光は地上に届かない。

 

「念のため傘を持っていきましょうか」

 

 ロキシーの一言に、シルフィは頷き、二人は静かに支度を整えて家を出た。

 

 玄関を出ると――

 

 「ギィイイィィィ……」と、扉の軋む音が響く。

 成長しすぎて家の半分を覆うほどになったビートがのそりと動いて、ゆっくりと門を開けてくれたのだ。

 

「ありがとう、ビート」

 

 シルフィが声をかけると、ビートは葉を一枚ふるふると揺らし、応えるように身を引いた。

 

 二人は変わらぬ静けさの中、並んで歩き出す。

 目指すのは、静かに眠る彼のもと――。

 

 

 

 純粋な人族であるエリスの子供も、すでにこの世を去っていた。

 母親であるロキシーやシルフィよりも早く、穏やかにその生涯を終えている。

 

 そして、グレイラット家の名を継いだアルスの墓も、ルーデウスと同じ墓地の一角に立てられていた。

 その隣には、ルーデウスの妹であり、生涯にわたってアルスを支え続けていたアイシャの墓も、寄り添うように並んでいる。

 それと同じようにルーデウスの墓も――エリスの墓のすぐ隣に、静かに並んでる。

 

 ここは、貴族たちのために整えられた墓地だった。

 隅々まで丁寧に手入れされ、季節ごとの花も植えらている。

 墓守も常に常駐しており、荒らされる心配など、今まで一度として抱いたことはない、安心できる場所だった。

 

 けれど、その日だけは様子が違っていた。

 

 いつもいるはずの墓守の姿が見えない。

 門の周囲にも、人の気配はまったくなかった。

 敷地全体が、息をひそめるようにひっそりと静まり返っている。

 

「あれ……? どうしたんだろう。誰もいないね」

 

 シルフィが不安げに辺りを見渡す。

 

「なにか、急な用事でもあったんでしょうか……?」

 

 ロキシーも周囲を見まわすが、人のいる様子はなかった。

 二人は顔を見合わせ、小さく息を呑むと、そのまま無人の門をくぐり抜けた。

 墓所の中は、曇り空の下でいっそう薄暗く、整然と並んだ墓石が重苦しい沈黙の中に立ち並んでいる。

 

 いつもは静謐だったその空間が、なぜか今日は妙に冷たく、そしてどこか――不気味だった。

 

 

---

 

 

「……そんな、なんで……」

 

 震える声が漏れた。シルフィは呆然と、その場に立ち尽くす。

 驚愕に目を見開き、震える手は無意識のうちに口元へと添えられていた。

 

「ルディのお墓が……どうして……荒らされてるの……?」

 

 目の前には、かつて丁寧に手入れされていたはずの墓標が、無残にも地に倒れ、周囲に手向けられていた花々は無惨に踏みにじられていた。

 そして――墓の土は深く掘り返されており、そこにあるはずの“彼”は、どこにも存在していなかった。

 

「いったい……誰が……。誰がこんな酷いことを……」

 

 胸の奥が、焼けつくように痛む。

 ルーデウスと交わした記憶、優しい笑顔、最後の言葉――すべてが、泥と土にまみれて踏みにじられたような錯覚に襲われる。

 

「……と、とにかく……一応、オルステッドに……みなさんにこのことを伝えてきます」

 

 ロキシーは動揺を必死に抑え、できるだけ冷静に言葉を選んでいた。

 けれど、その声はわずかに震え、拳は気づかぬうちに強く握られていた。

 

 彼女は荒らされた墓をじっと見つめ、唇をきゅっと引き結ぶ。

 

「……もしかしたら、ルディを……グレイラット家そのものを狙ってのことかもしれません」

 

 普段は理知的で冷静なロキシーの表情にも、明確な怒りと哀しみが浮かんでいた。

 理性では冷静に分析しようとしても、胸の奥底からこみ上げる感情が、それを押し流そうとしていた。

 

 

 

 そしてロキシーとシルフィは、踵を返し、その場を後にする。

 墓地には荒らされたままのルーデウスの墓が残った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。