迷宮都市
-迷宮都市ラパンとは
ベガリット大陸でも指折りの大都市。
大陸東側の内陸に存在する。
元々は小さなオアシスだったが、北神二世が砂漠で暴れまわる大ベヒーモスを退治し、その死骸を食べたアント系の魔物が大量の巣穴を掘ったことで、それらが全て迷宮と化し『迷宮都市』の異名を持つようになり、一攫千金を求める世界中の冒険者と商人が集まるようになった。
町の周りをベヒーモスの肋骨が覆っている。
(某考察wikiより)
やばい。どうしよう。
……俺は見てしまった。
迷宮都市ラパンのすぐ近く、でっかい岩のそばにあった――あの、七大列強を示す石碑を。
冷や汗がじっとり出てくる。
今、俺は、あの石碑が怖くて見ることができなかった。
よし、見なかったことにしよう。
俺は何も見てない。これは夢。錯覚。蜃気楼。岩。たぶんただの小さい岩だ。
「あっ、見てください、ルーデウス君。七位の文様が変わってますよ!」
や め て く れ。
クソっ、気づかなかったことにしようとしてたのに!
よりにもよって、アレクが無邪気な顔で指差してくる。
……お前、それ言っちゃう?
今俺が、必死になかったことにしようとしてたの、見えてなかった?
俺はじとっとした目でアレクを睨みつけた。
「ど、どうかしましたか?」
「……いえ、なんでもないですよ」
仕方なく石碑を見直すと、そこには七つのマークのひとつにミグルド族のお守りの形があった。
三つの槍が組み合わさったような、あのマークだ。
俺にとって大事な意味を持つ大切な形だ。
……でも今は、それどころじゃない。
七位が俺だってバレたら、力試しに来た物好きに殺される未来しか見えない。
「ルーデウス・グレイラット! 貴様の首、いただく! お覚悟ォッ!」とか言われて。
よし、決めたぞ。七位の正体は永遠に謎のままだ。
誰にも言わない。語らない。正体不明の永久欠番だ。
もちろん、アレクにも口止めしておこう。
「アレク、七位が俺になったこと、絶対に誰にも言わないでくださいね。マジで命に関わるんで」
「……君って、意外と臆病なんですね。北神倒したんですからもっと堂々としてても――」
「いやいやいや、アレクが本気出せば、俺なんて一発で天に召されますて」
本当にそうだ。
あの時は、アレクが俺を侮ってたのと、それと……うん、運が良かった。超ラッキーだっただけ。
まともにやったら勝てるわけないし。アレク、バケモンだし。
「もし七位の称号が欲しくなったら、ちゃんと正面から言ってくださいね? その時は素直に返すから。だから、寝首をかくとかやめてくださいよ」
「ははっ、大丈夫ですよ。その時は正面から正々堂々と、決闘を申し込みますから」
「……いや、もう、決闘は遠慮したいんだけど……」
それにしても、七大列強の石碑っていったいどういう仕組みなんだろうな。
単純な力の勝ち負けだけじゃなくて、精神的なものとか、何か別の要素も含まれているんだろうか。
……正直、よくわからないな。
---
そして、俺たちはラパンの冒険者ギルドへと足を運んだ。
パウロたちがいるとしたら、きっとここだろう。
無事に着いていればいいんだが……。そんなことを考えながら、俺は周囲を見渡す。
「――あっ、あちらにいますよ」
アレクが指さした先を見ると、ギルドの隅の方にパウロたちの姿があった。
少し距離があるせいか、こちらにはまだ気づいていないようだ。
よく見ると、皆そろって深刻そうな表情をしている。
……やばい。本気で心配させてしまっていたらしい。
しかも、あの時いきなり襲いかかってきたアレクが今は俺の隣にいる。
このまま近づいたら、余計に警戒させてしまうかもしれない。慎重に行かないと。
「僕、声をかけてきますね!」
俺が心の中で段取りを組んでいると、アレクがそう言って前に出ようとする。
おいおい、やっぱり何も考えてないな、こいつ……。
未来でもそういう無鉄砲なところで、何度も苦労したっけ。
思わず遠い目になりそうになるが、今はそんな場合じゃない。
咄嗟に、俺はアレクの首の襟を両手でガッと掴んだ。全力で。
「待った! 今アレクが行ったら、確実に警戒されますって。まずは俺が事情を説明します。アレクは、それから話してください!」
「はっ! たしかに。すみません、おとなしくしてます!」
アレクはぴたっと止まり、俺の後ろで素直に頷いた。
……この男、いっそリードでもつけておくべきかもしれない。
「父様!」
俺は声を張り上げて、パウロたちに呼びかけた。
その声に反応して、ギルドの一角にいた面々がこちらを振り向く。
そして、俺の顔を見た瞬間、皆の表情がぱっと緩んだ。
張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。
「ルディ! 無事だったか!」
「はい、なんとか大丈夫です」
俺は笑顔を作って、できるだけ安心させるように答えた。
ひとまず自分の無事を伝えたことで、場の空気は落ち着きを取り戻す――かと思ったのも束の間。
すぐに、皆の視線が俺の隣に立つアレクへと移り、表情が一転する。
露骨に怪訝そうな目つきだ。
……まあ、当然か。よりによって、斬りかかってきた張本人が、今は普通に俺の隣に立ってるんだから。
「それにしても、なぜ北神三世がここに……?
どうして一緒にいるんですの?」
代表して口を開いたのはエリナリーゼだった。
彼女の眉はピクリと動き、その口調には明らかに警戒が滲んでいる。
「……それも含めて、ちゃんと説明しますね」
俺はそう答えて、一歩前に出る。
さあ、ここからが本番だ。
「実は――」
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「すみませんでした!」
アレクが深々と頭を下げ、パウロたちに謝罪した。
俺はその横で、これまでの経緯を丁寧に説明する。
いろいろとあったが、最終的には説得に成功し、アレクが協力してくれることになった――という話だ。
ひととおりの説明を終えると、アレクが再び一歩前に出て、改めて頭を下げた。
「僕の軽率な行動で、ルーデウス君を危険に晒してしまいました。本当に、申し訳なく思っています」
その姿勢は真摯で、言葉にも嘘はなかった。
最初は険しい顔をしていたパウロたちも、次第に表情を和らげていく。
「まあ……ルディがいいって言うんなら、もういいが……」
パウロは少しだけ口ごもりながらも、そう言って溜息をついた。
どうやら大きな問題にはならなさそうだ。
「父様! アレクは母様の救出を手伝ってくれるって言ってるんですよ。つまり、これは強力な戦力が加わったってことなんです! もっと喜んでくださいよ!」
俺は思わず声に力が入った。
正直、アホなところもあるやつだが、戦力としては申し分ない。
このメンバーの中でも、アホのアレクの実力は頭ひとつ抜けている。頼れるのは間違いない。
「……まあ、うん。そうだな、ルディも無事だったし……本当によかったよ」
パウロが安堵の息をつくように呟いた。
その言葉に呼応するように、周囲の仲間たちも口を開く。
「どうなることかと思ったが、一件落着なようじゃな。強力な助っ人も加わって、これで少しは楽になるわい」
「そうですわね。ひとまず安心ですわ」
「ええ、本当によかったです。すごく心配しました」
ロキシーが柔らかな笑みを浮かべながら、ふと俺の前に歩み寄ってくる。
そして、手にしていた杖を差し出した。
「あの、ルディ。預かっていた杖、ここで返しておきますね」
そういえば、重力操作関係とか、俺の使い方で壊れてしまったら困るからってロキシーに預けていたんだった。
俺はその杖を丁寧に受け取り、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「ありがとうございます、先生。助かりました」
「……はい。……どういたしまして」
――あれ?
ロキシーが少し照れているような……?
いやぁ、照れた顔もまた可愛いな。
目の保養だし、心の栄養にもなる。
ああ、癒やしって大事だ。
そんなふうに和やかな空気に浸っていると、不意にギースの声が場を引き締めた。
「よしっ! ひとまず問題は片付いたし、迷宮攻略の準備に移ろうぜ。俺は転移の迷宮に関する情報と必要な物資を集めてくる。それまで、しばらくの間は自由行動だな!
食うなり、寝るなり、ヤるなり、好きにしろ!」
こういう時に頼れる男・ギースの快活な声に、パウロが頷いた。
「じゃあ、頼んだぞ。ギース」
「あぁ! 任せとけって!」
こうして、俺たちは一旦それぞれの行動に移ることになった。
次なる戦いに備えて――束の間の休息の時間だ。
---
そして、アレクの自己紹介も無事に終わり、俺たちはそれぞれ自由行動に移った。
アレクは、使っていた大剣が壊れたことで、新しい剣を鍛えてもらうために鍛冶屋へ向かった。
「そんなすぐに作った剣で大丈夫かよ……」と心の中で思ったが、アレク本人は「ある程度丈夫ならいい」と気にもしていない様子だった。
ついでに、例の“王竜剣カジャクト”の残骸は捨てるわけにも、売るわけにもいかない代物なので、アレクはそれを紐でぐるぐるに縛って、背中に背負い続けている。
まるで不燃ゴミだ。
エリナリーゼとタルハンドも、それぞれ用事があるらしく、軽く挨拶を交わしてから別行動に。
ロキシーは「魔術関連の本を見に行きたい」と言って、そっち方向へ向かった。
――そして俺はというと、パウロと一緒に武器屋をぶらついていた。
なんとなく、パウロが全体的に落ち込んでいるような雰囲気をしていたから、ついてきたんだ。
いわゆる、家族サービスってやつだな。
けど、当の本人はというと――やけに無言で、どこか心ここにあらずって感じだ。
そして、俺の顔を見つめたかと思うと、ふいに手を伸ばして俺の頭の上にぽんと置いた。
まるで、身長を測ってるかのように。
……え、なに? どうしたんだ?
はっ! まさか……俺の身長が小さいこと、気にしてるのか?!
確かに、13歳の半ばってまだそんなに伸びなかったんだよな。
だけど、少し経てば急にグンと伸びる時期がくるから、そこは安心してくれ。
とーちゃん!
オラ! でっかくなる!
……なんちゃって。
「父様」
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや……なんでもないんだ」
そうは見えないけどな。
……まさか、ついにボケが始まったのか?
この年で親二人の介護スタートとか、さすがに人生ハードモードだぞ。
「剣、見に行きましょう。
新しいのが欲しかったんですよね?」
そう促すと、パウロはようやく我に返ったように小さく頷いた。
「……ああ、そうだな。行こうか」
---
「あれ? この剣だけ扱いが雑だな。なんかあるのか?」
「ああ、その短剣か。そいつは干し肉すら切れねぇナマクラだよ。迷宮から出てきた出土品だが、数年前からずっと売れ残っててな。良かったら、安くしておくぜ」
あの剣……。
たしか、相手が硬ければ硬いほど切れ味が増す魔力付与品じゃなかったか。かなり珍しいレアな物のはずだ。
パウロは、ここでそれを見つけたんだな。
パウロの方を見れば、頭の上に電球が浮かびそうな顔をして、手に取り、その剣を買った。
そして店から離れてから得意げに俺の方へ向き直り、自慢げに話しはじめた。
「見ろよルディ、この剣、一見なんの役にも立たなそうに見えるが――俺の目はごまかせない。これはすごい代物だ!」
うん、まあ、知ってるぞパウロ。
「いかにも俺の慧眼がこの剣の真価を見抜いた」って顔してるけど、どうせペルギウスの伝説からヒントを得たんだろ。
俺は苦笑いしながら答えた。
「そうなんですね。それは良かったです」
パウロは嬉しそうにしてから、剣を大事そうにしまい、そして、次の瞬間、俺の肩をバシッと組んできた。
「なあルディ、せっかくなんだし明日はロキシーと一緒に露店でも回ってみたらどうだ? ここは迷宮都市だから、けっこう面白いモンが売ってたりするぞ」
ロキシーと? そういえば、再会してからあまりゆっくり話せてなかった気がするな。
俺としたことが、うっかりしてた。
せっかく時間もあるんだし、そうしてみるのも悪くない。
「そうですね。今日、宿に戻ったら先生に聞いてみます」
明日はもしかしたら、ロキシーとデートできるかもしれないんだ――楽しみだな。