-ブラックオパールとは
黒や濃紺などの濃い地色に、虹色の遊色効果(光の干渉によって現れる七色の輝き)が見られるのが特徴。古くから「幸運の守護石」として重宝されてきたブラックオパールは、持ち主に幸運を呼び寄せる効果がある。
ロキシーとは、前日に売店を一緒に見て回る約束をした。
その夜はワクワクした気持ちで眠りについたはずだった――けれど、朝の目覚めは、どうにもすっきりしなかった気がする。
最近、何か夢を見ている気がするのに、内容が思い出せないことが多い。
ただぼんやりと、胸の奥に重たい感触だけが残っている。
寝つきも浅く、途中で何度か目が覚めてしまうこともある。
……やっぱり、迷宮攻略のことが引っかかっているのかもしれない。
パウロのこともあるし、意識していないつもりでも、どこかで不安を感じていて、それが眠りの質に影響しているのだろう。
けれど、いくら悩んでみたところで、すぐに答えが出るものでもない。
今日はロキシーとの大事なデートだ。
心のモヤモヤは一度脇に置いて、楽しい時間に集中しよう。
……よし、気持ちを切り替えていこう。
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「ルディ。お待たせしました」
宿の一階で座って待っていると、時間ぴったりにロキシーが現れた。
俺の方は彼女を待たせるわけにはいかないと思って、少し早めに来ていた。
「すみません。遅かったでしょうか」
「いえ、全然。僕もちょうど来たところです」
立ち上がりながらそう答えると、ロキシーはほっと安心したように微笑んだ。
……やっぱり、この笑顔を見ると、心がふわっと温かくなるな。
「それじゃ、早速ですけど行きましょうか。実は先生と一緒に、ちょっと見たいものがあるんです」
俺はそう言ってロキシーの隣に並びながら歩き出した。
本当は、いくつかの店を一緒に見て回るついでに、彼女に何かプレゼントを渡せたらと思っている。
これまで、ロキシーからはいろんなものを貰ってばかりだ。
魔術を教えてもらったり、外に出ることができなかった俺を連れ出したりしてくれた。未来でも悩みがある時はロキシーに相談にのってもらっていた。
そして、ブエナ村にいた頃に、ミグルド族のペンダントをもらったこともあった。
あれは今でも、大切な思い出として胸に残っている。
だから今度は、俺のほうからロキシーに何かを渡したい。
できれば、あのペンダントの代わりになるような、気持ちのこもったものを。
売店に、ちょうどいい品があればいいんだけどな……。
そう思いながら、ロキシーと並んで店を見て回っていると、ふいに彼女が声を上げた。
「わぁ、あの宝石……いえ、魔石でしょうか? 綺麗な色ですね。そう思いませんか、ルディ」
ロキシーが指さした先を見てみると、ひときわ目を引く魔石があった。
青、紫、そしてエメラルドグリーン――三色がゆらゆらと混ざり合いながら、まるで海の中に差し込んだ光が揺らめくように輝いている。
幻想的なその色合いは、まるで宝石のオパール……いや、やや深みのある色調だから、ブラックオパールのほうが近いかもしれない。
形はまだ加工されていない自然なままだが、磨いて整えれば、本物の宝石と見まがうほどの美しさになるだろう。
それに、何よりもロキシーが「綺麗」と言ったその言葉が、俺の背中をそっと押した。
――これだ。
俺は迷わずその魔石を購入した。
さらに、すぐ近くにちょうどよさそうな黒い紐があったので、それも一緒に買い求める。
質感がしっかりしていて、耐久性もありそうだ。
あとは、うまく加工できれば……ロキシーに贈るペンダントができるかもしれない。
それから俺とロキシーは、少し開けた場所へと移動した。
魔石を加工するためだ。
「ルディ、その魔石、どうするんですか? 魔術の補助には向かないと思いますよ」
「ふふふっ、先生はそこに座って見ていてください。今から面白いものをお見せしますね」
俺はそう言って、手元の魔石に目を向ける。
土魔術でドリル状のツールを形成し、まずは不要な部分を慎重にカットしていく。
次に、土魔術で作りだした粗さの異なる丸い研磨石を回転させて段階的に磨いていく。
粗削り、精密加工、そして仕上げの最終研磨。表面にしっとりとした光沢が浮かび上がるまで、何度も丁寧に工程を繰り返した。
最後に、魔石に合わせてドロップ型の枠を成形し、さきほど購入した黒い紐を通して固定する。
――これで、完成だ。
「……すごい。無詠唱だと、こんなに器用なことができるんですね」
「まあ、それなりに練習は必要ですよ。普通に魔術を放つよりも、ずっと繊細な操作が求められますし、魔力の消費も多くなりますから」
ロキシーは隣で感嘆の息を漏らしていた。
たぶん、ここまで細かい制御を魔術でやれる人間は、そう多くないだろう。
小さい頃から無詠唱が使えるシルフィですら、俺が作っていたようなフィギュアはうまく作れなかった。
魔術は大雑把に扱うぶんには便利だが、繊細さを求められる作業となると一気に難易度が跳ね上がる。
ましてや、装飾品の加工ともなればなおさらだ。
俺みたいな使い方をしている魔術師は、たぶん珍しい。
そんなことを考えているうちに、ペンダントは完成していた。
上品で洗練されたフォルム。華美すぎず、それでいて目を引く存在感。
フォーマルにもカジュアルにも合わせられそうな、魅力的な仕上がりだ。
「よし! 先生、見てください。きれいにできましたよ」
「おぉ……さすがはルディですね。これなら、元の値段の何倍も高く売れそうです」
ロキシーにそう言われて、俺は苦笑した。
別に、売るために作ったわけじゃない。
「売るつもりはありませんよ。これは先生にプレゼントしようと思って作ったんです」
「えっ! そんな……いいんですか? こんなに素敵なものを……」
「はい。先生には本当にお世話になってきましたし、ずっと何かお礼をしたいと思ってたんです。僕がつけてあげますね」
「えっ、あっ、は、はい。……お願いします」
俺はそっとロキシーの背後に回った。
彼女は少し緊張したように身をすくめ、動揺しているのがわかる。
その様子が少しだけ、可愛らしかった。
ロキシーの髪を丁寧によけて、ペンダントをそっと首元に掛ける。
俺の手は一瞬だけ肌に触れた。
「どうでしょうか。気に入ってもらえましたか?」
「……はい。その…………とても、綺麗です」
ロキシーは胸元に下がったドロップ型のペンダントをそっと指で持ち上げ、照れたように微笑んだ。
気に入ってくれたようで良かった。
そして俺は、改めてロキシーの隣に腰を下ろし、前々からいつかは伝えなければと思っていたことを口にした。
「……実は、先生から頂いたミグルド族のペンダント、ある人に預けているんです」
「そうなんですか?」
ロキシーは驚いた様子も見せずに、静かに聞いてくれた。
「はい。その人は、僕の命の恩人なんです。もしその人がいなければ、魔大陸から無事に戻ってくることはできなかったと思います」
「……」
「フィットア領に戻った時に別れたんですが、またいつか会いたくて、繋がりがほしかったんです。だから、その人にペンダントを預けました。
……すみません。先生からいただいた大切なものだったのに」
頭を下げながらそう謝る。
ロキシーならきっと怒らないとは思っていた。でも、人からもらったものを勝手に誰かに託したという後ろめたさが、どこか心に引っかかっていた。
そんな俺に、ロキシーはふわりと微笑んで言った。
「いいんですよ。あれはルディにあげたものですから、どう使うかはルディの自由です。
ルディが託した人なら、きっと素敵な方なんでしょうね」
「……はい。すごく、いい人でした」
少し間を置いて、俺は慎重に切り出した。
「その……ひとつ、落ち着いて聞いてもらってもいいですか」
「ええ。どうかしましたか?」
ロキシーはスペルド族を恐れていた。だから伝えるべきか少し迷った。けれど、だからこそきちんと伝えておきたかった。
スペルド族はただ怖がられるだけの存在じゃないということを。
「その恩人って、実は――スペルド族なんです」
その瞬間、ロキシーは驚いたように立ち上がった。
「ス、スペルド族?! あっ、そういえば……お母さんたちが、ルディがスペルド族と行動してたって……! だ、大丈夫だったんですか!?」
言うなり、俺の肩を掴んでガクガクと揺らしてくる。
ゆ、揺れる。ものすごく揺れる。
……ロキシーがスペルド族を苦手にしているとは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
「先生! 一回、落ち着いて! スペルド族って、噂されてるような悪人じゃないんですよ!」
「そ、そうなんですか!? ほ、本当に!?」
「ええ。顔はちょっと怖かったですけど、優しい人でした」
そう、ルイジェルドは――
子どもに優しく、悪を決して許さない正義の人だった。見た目は恐ろしいかもしれないが、その中身はまっすぐで温かい人だ。
ロキシーにも、いつかちゃんと紹介したい。
そう思っていると、彼女が何かを思い出したように口を開いた。
「あっ……もしかして、魔大陸にいた、あの坊主頭の人でしょうか」
「えっ、知ってるんですか?」
「はい。実は、わたしが魔大陸にいたとき、ミグルド族じゃないのにペンダントを持ってる人を見かけたことがあるんです。……その時は、ちょっと怖くて声をかけられなかったんですけど」
まさか、そんな偶然があるとは思わなかった。
ロキシーが、ルイジェルドと出会ってていたなんて。
世間ってのは案外狭いもんだな。
……思えば、あの頃から俺とロキシーは何度もすれ違っていた。
今だからわかるが――あれはきっと、ヒトガミの仕業だった。
アイツの影が、あの時からすでに手を伸ばしていたんだろう。
ていうか、ヒトガミっていったい何をしたいんだ。
新世界の神にでもなりたいのか。
とにかく、この先も、何を仕掛けてくるかわからない。気を引き締めないといけないな。
「今度、改めてその人を紹介しますね」
「……はい、その……よろしくお願いします」
ロキシーは、少し照れたような、困ったような笑みを浮かべて頷いた。