回帰した灰色鼠   作:実った青リンゴ

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帰ろう

 

 十二歳未満は子どもだと思っていた。

 だけど、十二歳も十三歳も、案外たいして変わらないのかもしれない。

 成人したからといって、何かが劇的に変わるわけでも、大人になれるわけでもない。

 人はきっと、少しずつ――時間の流れの中で、少しずつ変わっていくのだろう。

 

 ただひとつ確かなのは、

 あいつがどれだけ歳を重ねても、俺はあいつの親で、あいつは俺の息子だということだ。

 それだけは、どんな時でも変わらない。

 

 

 

 あの時――ルディに、確かに危険が迫っていたんだ。

 

 まさか、切り落とした首が動くとは思わなかった。

 死んでいるはずだった。

 動くだなんて誰も想像していなかっただろう。

 なのに、あれはまるで獲物を見つけた獣みたいに、ぎらつく目でルディだけを狙っていた。

 

 ルディも、一瞬だけ油断していた。

 戦いが終わったと思って、肩の力を抜いてしまった。

 ほんの一瞬――その刹那を狙われた。

 

 考えるより先に、体が動いていた。

 剣を抜く暇なんてなかった。

 ただ、ただ本能で息子を庇おうとしていた。

 視界が揺れて、世界が遠ざかっていく。

 

 そして、意識がそこで途切れた。

 

 

 次に目を覚ましたとき、ルディは倒れていた。

 見たこともない剣を手にしていて、その髪の一部は、メッシュを入れたように白く染まっていた。

 

 ゼニスは……結晶が解けていた。

 まるで夢のように、昔のままの姿で。

 ブエナ村で暮らしていた頃と同じ顔で、穏やかに眠っていた。

 顔色も悪くなく、今にも「おはよう」と目を開けそうで――。

 そう考えると胸が締め付けられた。

 

 だから、ルディの言っていたことが、やっぱり信じられなかった。

 そんなことが本当だなんて、まだ受け止めきれなかった。

 

 それからは、ギースたちと話し合い、帰りの計画を立てた。

 その間も、ルディが目を覚ます気配はなかった。

 エリナリーゼたちから、俺が意識を失ったあとに何があったのかを聞き、

 恐らくあいつは限界を超えていたかもしれない。

 

 帰り道は、ゼニスとルディを交代で背負うことになった。

 ルディを背負って歩くと、小さい頃のことを思い出す。

 ブエナ村で肩車をして過ごしていた頃より、ずっと重くなっていた。

 

 

 もっとわがままを聞いてやることも、甘やかしてやることもできない。

 賢すぎる息子を前にすると、どうしても心配になる。

 俺たちでは、あいつの全部を理解してやることなんて、最初から難しかったのかもしれない。

 

 俺が十三の頃なんて、冒険者になったばかりで、あちこちで暴れ回っていた。

 そんな自分にはもったいないくらいの子だと思う。

 そう思うと、父親として情けなく、少し寂しくもあった。

 

 ゼニスを助けるのは俺の役目のはずなのに、ほとんどをルディに頼ってしまった。

 あの時も、俺はルディを置いて立ち去ることしかできなかった。

 父親なのに、こいつを助けることすらまともにできない。

 

 こんなことあってずっと忘れていたが、転移事件が起こるよりもずっと前。

 俺に家族ができて、ルディが生まれた日。

 俺はその時に誓ったんだ。

 何があろうと家族を守る、必ず幸せにする、と。

 ……その為にも俺はもっと強くならなきゃいけない。

 頼ってもらえるくらいには。

 

 

 ルディは一週間、目を覚まさなかった。

 

 ルディも、ゼニスも――まだ目を覚まさない。

 

 

 

 


 

 

 

 沈んでいた意識が浮かび上がり、俺は目を覚ました。

 背中には柔らかな感触。どうやらベッドに寝かされているようだった。

 見慣れた天井――ベガリッドに来てから何度も利用しているラパンの宿屋だ。

 

 ……てか、なんでここにいるんだ?

 

 寝起きで回らない頭を無理やり働かせる。身体も妙に重い。

 そう考えていると、唐突に記憶がよみがえった。

 

 ――そうだ!

 ヤマタノオロチもどきの尾から出てきた剣を握った瞬間、俺は意識をスーッと持っていかれたんだった!

 

 じゃあパウロとゼニスは? みんなは無事なのか?

 

 焦りが胸に広がった、その刹那。

 部屋の扉が開いた。

 

「ルディ! 良かった、目が覚めたんだな」

「父様……」

 

 胸をなで下ろすように、パウロが立っていた。

 うおっ、パウロだ! 元気そうなパウロじゃん! よ、良かった……。

 俺が最後に見たパウロは、全身黒焦げ――とまではいかないにしても、半身が黒ずんでいたはずだ。

 無事ってことは、あの剣のおかげなのか。

 魔力をごっそり吸われた感じもあったし、カジャクトに近い魔剣……いや、魔道具の類かもしれない。

 

 そんなことを考えていると、パウロは近くの椅子に腰を下ろした。

 

 ――あっ。てか今気づいたけど、ピー助も普通にそばで寝てるじゃん。

 

「父様、身体の方は……?」

「おう、問題ない。ピンピンしてるぞ。それよりルディ、お前な……一週間も目を覚まさなかったんだぞ」

「えっ、一週間も?!」

 

 道理で身体が重いわけだ。

 そう思った瞬間、心なしか腹も鳴りそうだ。まあ、食欲があるのは元気な証拠。

 ラパンの飯は美味いとは言えないけど、魔大陸のあれと比べれば十分うまい。

 ……というか、貴族のお嬢様のはずのエリスが大王陸亀(グレートトータス)の肉を「美味い美味い」って食ってたのが未だに納得いかない。

 ルイジェルドも普通に食ってたし。

 仲間はずれは俺だけだった。

 

「えっと……その、母様の様子はどうですか?」

「ああ……ゼニスか。……まだ目覚めてない」

「……そうですか」

 

 一週間……か。

 前の時もそれくらいだったか?

 でも今回は状況が違う。

 ここまで来るまでにいろんなことがあったんだし、先のことだってどうなるかわからない。

 

「ゼニスの身体も診てもらったが、異常があるわけじゃなかった……。まあ、あれだ。辛気臭い顔してても何か変わるわけじゃない。心配しなくても、時期に目が覚めるさ」

「……ですね」

「タルハンド達もお前のこと気にかけてたぞ。後で顔出してこい」

「はい」

 

 そう返すと、父様は俺の顔をじっと見て、わずかに表情を緩めた。

 

「…………無事で良かった」

「……こっちのセリフですよ、父様」

 

 

---

 

 

「おお……」

 

 顔を洗うために鏡をのぞき込んで、思わず息をのんだ。

 髪の一部が、まるでメッシュを入れたみたいに白く染まっている。ホワイトメッシュだ。

 ……なんか、ちょっとオシャレみたいになってるじゃないか。

 

 これまでは魔力が枯渇するたびに髪が全部真っ白になっていたけど、一部分だけ白くなるのは初めてだ。

 白髪もシルフィとお揃いで悪くはなかったが、時間が経てばいつもの茶髪に戻っていた。

 

 ……やっぱり、あの剣に魔力を吸われたんだろう。

 枯渇というほどじゃないにせよ、魔力を持っていかれるような感覚は確かにあった。しかも、けっこうな量だ。

 

 それにしても、あの剣は一体なんなんだ。

 

 例の剣はベッドのそばに立て掛けてあったので、手に取ってじっくり眺めてみた。

 ……が、思ったよりもずいぶん地味だった。

 

 手にしても魔力を吸われる気配はない。

 普通の剣のように静かだ。

 迷宮で見た時のように光り輝くわけでもなく、神々しい雰囲気をまとっているわけでもない。

 

 剣身は、研ぎ澄まされた木材のように滑らかな焦げ茶色。細身で無駄がなく、派手さはゼロ。

 柄頭には雲をかたどった装飾があり、そこだけ淡い金色に光っている。

 

 ……まあ、俺は「物を見る目がない」とよく言われるから、当てにならないかもしれない。

 誰かに見てもらった方が良さそうだ。

 

 アレクに聞こうか?

 ……いや、あいつは絶対剣に詳しくない。

 頑丈な木の棒を持たせても強そうなタイプだし、そもそもあいつカジャクトしか使ってこなかっただろ。

 

 タルハンドの方がまだ詳しそうだ。

 腐っててもドワーフだしな。

 

 そんなことを考えながら、ロキシーたちは宿屋の一階にいるらしいので、階段を下りて向かう。

 俺が顔を出すと、俺が目覚めたことを喜んでくれた。

 

「――あれは本当に神秘的だったんだぜ。先輩が剣を手にした時はよ。一時はどうなる事かと思ったが、まっ、無事に帰って来れて何よりだ」

「あとはゼニスが目を覚ますだけですわね」

「そうですね」

 

 あとはゼニスが無事に目覚めることを祈るばかりだ。

 

 

 ――そして、次の日の昼下がり。

 

 俺とパウロは、ゼニスのいる部屋で静かに座っていた。

 エリナリーゼたちに「少し休んだらどうだ」と言われたが、丁寧に断った。

 どれだけ疲れていても、できるだけそばにいたかったんだ。

 

 パウロも俺もほとんど口を開かず、部屋には落ち着かない沈黙が続いていた。

 けれどその沈黙は、不意に終わりを迎える。

 

 ゼニスが、小さなうめき声を漏らして、ゆっくりとまぶたを開いた。

 

「んぅ……」

 

 パウロと二人で体を支えながら起こす。

 ゼニスはぱち、ぱち、と何度も瞬きを繰り返し、それから俺たちを見て小さく首をかしげた。

 

 ――わかっていた。

 でも、わかっていたはずなのに、それでも胸がきゅっと痛んだ。

 

「すまねぇ……ゼニス。ここまでずいぶんと遅くなっちまった」

「……みんな、ずっと母様の帰りを待っていたんですよ」

 

「…………」

 

 ――みんなが待っている、俺たちの“家”に。

 

 パウロは、震えるような動きでゼニスと俺をぎゅっと抱きしめた。

 その抱擁は不器用で、情けなくて、でも必死で。

 俺もそっと、同じ力で抱きしめ返す。

 

 ――帰ろう。

 

 ゼニスは焦点の合わない目でこちらを見ていたが、

 おそるおそる、触れているかどうか分からないほどかすかに、手を添えてきた。

 

 

 

 

 その後は、エリナリーゼに手伝ってもらいながらゼニスの世話をした。

 確かに心神喪失の状態ではあるが、何も分からないわけじゃない。

 ゆっくり丁寧に伝えれば、簡単な動作くらいは自分でできた。

 

 たしか……一緒に過ごすうちに、少しずつ回復の兆しが見えてくるはずだ。

 自分の意思で体を動かしたり、表情がわずかに変わったり。

 その一つ一つを、気長に待てばいい。

 

 

 

 

 窓から差し込むやわらかな日差しの中で、

 慣れないながらも、少しぎこち悪くも一生懸命ゼニスに話しかけるパウロの背中を、俺は静かに見つめていた。

 

 

 

 ――ああ。

 パウロも含めて、俺たちの“転移事件”は、ようやく終わりを迎えることができたんだ。

 

 

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