「よし、長居することもないし、準備を整えて、三日後にはこの街を出発しよう」
ゼニスが目覚めてから翌日、パウロがメンバー全員を集め、三日後に街を離れると宣言した。
帰り道のルートについても説明しないといけないが……どうしたものか。
やっぱり、転移魔法陣の存在は伏せておいた方がいいのだろうか?
エリナリーゼはもう知ってしまっているし、前回では数年後にはアリエルたちのおかげで普及していた。
とはいえ、今はまだ禁術扱い。
やっぱり、知らないままでいてくれた方が安全だろう。
仕方がないので、転移魔法陣という単語は避け、ある特殊な方法で移動するとだけ説明することにした。
さらに、その方法は他言無用ときつく言い含めておく。
転移の際はエリナリーゼに手伝ってもらい、目隠しをするつもりだ。
俺が寝ている間に、ギースたちは人を雇って迷宮奥の宝物庫から魔力付与品を回収したらしい。
雇った冒険者には相応の報酬を支払い、迷宮で得た魔力付与品数十点と、守護者から剥いだ鱗はメンバー全員で平等に分配した。
守護者の鱗は魔道具の素材として優秀だ。
もちろん、売りさばけば巨万の富にもなる。
「持てる分はアスラ王国で全部売って、ギャンブルに全ブッパよ! こんだけ元手があれば簡単に増やせるぜ!」
「いい加減ギャンブルなんぞやめて身を固めたらどうじゃい」
ガハハと笑ってるギースに対して、タルハンドやエリナリーゼは呆れた目を向けた。パウロは苦笑いしている。
……いつか、賭場でゾンビみたいになったギースを見つける日が来るかもしれない。
あっ、そうそう。
守護者の鱗で思い出したが、あの例の剣についてタルハンドに尋ねたところ、タルハンドもあまりよく分からなかった。
だけど、どうやら材質は鱗と同じように見えるらしい。
……俺には違いがわからないけど。
――守護者の鱗と同じ材質の剣、か…………。
そして、ゼニスを運ぶために馬車も必要だった。
もっとも乗り捨てになるのだが、資金は十分にあるし痛くはない。
ギースが手配しようとしていたところを、俺が横から奪った。
――なぜなら、俺には探さなければならない子がいるからだ!
今日会えなくても、明日ならきっと会える。
待ってろよ、ジロタロウ!
「じゃあ、馬車の準備はルディ。旅の支度はギースがメインで、エリナリーゼはゼニスの世話を頼む」
「はい」
「おうよ」
「わかりましたわ」
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「アレクは、これからどうするんですか?」
アレクは特にやることがないらしく、俺についてくることになった。
最初はギースの旅支度を手伝うつもりだったらしいが……どうにも邪魔にしかならなかったようで、最終的に俺のところへ放り出された。
アレクは顎に手を当て、うーんと捻る。
「せっかくなので、ルーデウス君について行きたいんですが……ダメですかね?」
おお、ちょっと意外だ。
もっと“英雄街道まっしぐら!”って感じで、強敵を求めて単独で旅に出るタイプだと思っていたんだが……まあ、北方大地の魔物も結構強いし、修行にはちょうどいいのかもしれない。
「もちろん、大丈夫ですよ。アレクがついてきてくれるなら心強いですし」
……正直、願ったり叶ったりだ。
この先を考えると、ナナホシの体調がどうにも不安だ。
ドライン病は、魔力が体外に排出できずに溜まっていき、放置すれば命に関わる。
排出を促すにはソーカス草を煎じて飲むしかないが、問題はそのソーカス草の生えている場所……。
よりによって、あそこなんだよな。
バではじまってカで終わる人物の孫がアレクだし、同行してくれるのだったら本当にありがたい。
「その……アレクに頼みたいことがあるんですが」
「はい、僕にできることなら何でもしますよ」
「実は、ネトロフ要塞に用があって訪ねないといけないんです」
そう言った瞬間、アレクの表情がわずかに曇った。
「……お祖母様のところ、ですか。うーん……僕も、百年は帰っていませんからね」
百年……スケールでけぇ。
マジでこいつ何歳だっけ? 三百歳くらい、とか?
ほんと見た目詐欺だな。まあ、俺も中身は百歳くらいだから、あんまり人のこと言えないけど……。
「お祖母様、ちょっと話が通じませんからね。……ルーデウス君は、ネトロフ要塞にどんな用が?」
「そこにしか生えてないドライン草が欲しいんです。俺の友人の命に関わるので、どうしても手に入れなくてはならなくて……」
「ほう! 友人のために!」
「ちょっと特殊な体質で、魔力が体内に溜まって排出できないんですよ。だからネトロフ要塞にあるソーカス草が必要なんです」
本来なら魔界大帝――歯磨き粉みたいな名前のあいつがキシリカ城で育てていたんだが、アトーフェ達がその城を乗っ取ってしまったんだよな。
「それで……ごめんだけど、力になってくれないか?」
「もちろん! 英雄というのは人助けをするものだと父さんが言ってましたからね。人を助ければ、英雄への道が一歩前進します!」
……うーん。間違ってはいないんだが、なんかズレてるんだよな。
英雄って、目指してなるもんじゃなくて、気づいたらそう呼ばれているものじゃないのか?
……まあ、いいか。言ったところで変わるわけでもないし。
アレクが手伝ってくれるって言うんだから、ここは素直に喜んでおこう。
「ありがとうございます。本当に、助かるよ」
「はい!」
アレクはニコニコしていた。
それからアレクと二人で馬車と魔獣を購入した。
もちろん魔獣はジローだ。俺が見間違えるわけがない。
目が合った瞬間ビビっときたからね。
「あなたジロー、ジローって言うのね」って感じで抱きついたら、周りから変な目で見られました。
ジローも困惑していた。
その後、旅の計画はギースが綿密に立てた。
ルートはわかっているし、この場にいる全員が旅慣れている。
大きな問題もない。
あとは無事にシャリーアにたどり着くことを祈るだけだ。
「よし、問題ないな。ゼニスも馬車に乗ったことだし、荷物も詰めた。出発しよう」
パウロがリーダーとして皆をまとめている姿を見て、俺は少し泣きそうになった。
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旅は順調に進んだ。
剣士二人、戦士一人、魔術師二人、魔法戦士一人、猿顔一人。
何も問題ない。
何よりアレクの存在がでかい。
なんたってSSランク冒険者だ。
しかもパウロたちだって元はSランクパーティだったし。
怖いものなしだった。
「いやー、今更なんだがよぉ。ギレーヌがここにいれば黒狼の牙が揃うんだよな」
「あー、確かにそうだな」
ギレーヌ……か。
今頃、エリスと一緒に剣の聖地に着いている頃だろうか。
…………エリス、元気にしてるかな?
ご飯をちゃんと食べて、お腹出して寝てないかな。
剣の聖地は北の北。最北端だ。
寒い街だろうし風邪ひいてないといいな。
帰ったら忘れずに手紙を書こう。
「あ、そうそう知ってますか。ギレーヌって読み書きと算術、あと簡単な魔術ができるようになったんですよ」
「「「……はぁ?!」」」
「うおっ」
ギースとタルハンドとエリナリーゼが、一斉にこっちを見て目を見開いた。
目が急にギョロンとしてきたからびっくりした。
「あー……そういやフィリップん家のお嬢様の家庭教師のついでに頼まれてたな」
「はい。本人にもやる気はありましたし、いい生徒でしたよ」
そう…………エリスよりも、なッ!
少なくともギレーヌは殴らないし、逃げないし、嫌なことも言わなかった。
少し苦戦してはいたが最終的にはしっかりと覚えてくれた。
エリスは字とか算術とか、もう忘れてるかもしれないけど……ギレーヌは復習しているらしい。偉い。
俺がウンウン頷いていると、
「それ、本当かよ。先輩」
「信じられんわい」
「あの筋肉ダルマが……ねぇ」
と、三人から疑う声が上がる。
……ここまで言われるって、若い頃のギレーヌ何したんだ。
「えっと、その……ギレーヌって人は、そこまで言われるような人なんですか?」
ギレーヌを知らないロキシーとアレクが訝しげにしていた。
「ええ、ロキシー。ギレーヌはそこまでなんですのよ」
「二つ以上指示すると今までのこと全部忘れて敵に突っ込むわ、指示を忘れたことも忘れるわ、限界になると仲間でも攻撃するわで、色々と散々だったのよ」
「見るからに毒のキノコだとわかるもんを食って死にかけたこともあったわ」
「ははっ、そんでゼニスが説教しながら解毒してたっけな……」
元黒狼の牙が懐かしそうに盛り上がる。
ゼニスの名も出て少ししんみりしたが、雰囲気は明るい。
懐かしい思い出話で盛り上がっていた。
……若い頃のギレーヌ、本当にやばいな。
パウロが散々ギレーヌのことを筋肉ダルマって言ってたことがよくわかった。
何のための頭なんだろうか。
アレクとエリスでももう少しマシだぞ。
脳下垂体からホルモンじゃなくて唾でも分泌されているんだろうか。
そうこうしているうちに、もう少しで遺跡が見えてきそうだった。
予定通り、エリナリーゼ以外には目隠しをする。
「ルディ、その魔獣置いていくのか?」
「置いて行くわけないでしょ! 父様! あとこの子は魔獣じゃなくてジローです!」
「もう名前つけたのかよ……」
ロキシーも愛用していたし、この子は立派な家族なんだから!
そのまま皆で目隠ししたまま移動した。
知られないようにするため、魔法陣を見ないようにする。
アレクはまた使うだろうし、別に教えてもいい気もするけど……。
馬車は入れないので置いていく。
ゼニスも一応歩けるだろうし、ジローもいる。大丈夫だろう。
目隠しを外したギースたちは、砂漠から森に一瞬で変わった景色に驚いていた。
念の為、何があったとしても口外するな、とだけ伝えておく。
――ともあれ、こうして俺はベガリット大陸を後にした。
あと少しだ。
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北方の大地には、ちらほらと雪が舞っていた。
ベガリッド大陸は一年中乾燥していて雨もほとんど降らない。そのせいで季節の変化はわかりづらいが、前に訪れた時期よりもかなり後だ。もう寒い季節がやってきたのだろう。
この先は、俺とエリナリーゼが先頭に立って歩いた。
ゼニスにはジローの背に乗ってもらっている。
寒さが厳しくなってきたので、定期的に俺が魔術で空気を温めた。
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そうして辿り着いたのは――魔法都市シャリーア。
目的の家まで、あともう少し。
俺は事前にギルドへ依頼を出していたので、リーリャたちはギルドを訪れれば家まで案内してもらえるはずだ。
ヴェラとシェラ達に護衛も頼んであるし、リーリャも多少は戦える。問題なく到着していると思いたいが……。
そんなことを考えていると、見覚えのある家が視界に入った。
改修工事も依頼していたおかげで、以前の幽霊屋敷じみた雰囲気は跡形もない。
綺麗で、しっかりとした家だ。
俺の知っている、帰るべき場所。
……良かった。ちゃんと形になってる。
そう安堵していると、庭の方から音が聞こえてきた。
カン、カン、と剣を打ち合わせる乾いた音。
ん? 誰かいるのか?
訝しみながら庭を覗くと――。
「えっ! ルイジェルドさん!?」
そこにいたのは、紛れもなくルイジェルドだった。
え、え、ルイジェルド!? なんでここに?
さらに、よく見るとノルンの姿もある。
手には木剣を握っていた。
「ああ、ルーデウス。久しいな。少し世話になっている」
変わらない、あの落ち着いた声。
髪は……うん、相変わらずスキンヘッドのままだ。
「お、お父さん!」
俺が驚いて固まっていると、ノルンが転けそうになりながらもパウロに駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。
「ただいま、ノルン。……心配かけたな。ちゃんとリーリャの言うこと聞いて、いい子にしてたか? ルディが頑張ってくれてな、母さんも無事だ」
「うぇ……よかった……っ、お父さん……」
……ああ、良かった。
今回は、ノルンを悲しませずに済んだ。
ノルンは特にパウロに懐いていた。
あの最悪の結末にならなくて、本当に……心の底から良かった。
二人の再会を見守っていると、いつの間にかルイジェルドが俺の横に立っていた。
あ、そうだ。
ルイジェルドのこと、周りに紹介しておかないと。
彼のことを知らないメンバーも多い。
そう思って、俺はギースたちの方へ向き直った。
「ええっと……こちら、俺の恩人で――スペルド族のルイジェルドさんです」
「ええっ!? スペルド族って滅びた悪魔の種族の!?」
「うおいッ!」
俺はアレクの頭をポコン、と強めに叩いた。
北神二世「うひょ〜スペルド族の戦士かっけ〜」
北神三世「なに?悪魔たるスペルド族?!滅ぼす!!!」
差よ