「ほ〜れ、ピー助、取ってこーい!」
「ぴぃー!」
我が家に帰ってきてから数日。
家族で団欒したり、ルイジェルドと稽古したり、そこにパウロやノルンが混ざってきたりと、しばらく平和で落ち着いた時間を過ごしていた。
帰ってきてから知ったんだが、ノルンとアイシャは俺よりも先に学校へ通い始めていたらしい。
てっきり一緒に行くのかと思っていたけど、二人の方からリーリャさんにお願いしたとか。
……お兄ちゃんと一緒に通うのが嫌だったのかな?
まあ、気持ちはなんとなくわかるけどさ。
それにしても驚いたのが、アイシャが入学早々に飛び級したことだ。
試しに受けた入学試験でとんでもなく良い成績を叩き出して、一年分すっ飛ばしたらしい。
いや〜、やっぱアイシャはアイシャだよな……。
ノルンがそれでコンプレックス抱いてなければいいんだが。
今度時間が取れたら、二人とちゃんと話してみよう。
少しでも力になれるなら、それに越したことはない。
そんなことを考えつつ、俺はピー助と棒投げ遊びに興じていた。
俺が棒を投げると、灰色の小鳥――ピー助が勢いよく飛び立ち、空中で器用にキャッチして戻ってくる。
戻ってきたピー助は「ほめろほめろ」と言わんばかりに俺の周りをぐるぐる飛び回った。
ほんと賢いよな、ピー助。
ちなみにジローにも同じことをしてみたが、飛んでいく棒をじーっと見つめて首を傾げるだけで、結局一歩も動かなかった。
……まあ、ジローだしな。
庭でそんなことをしていると、家のドアが勢いよく開いた。
「ルディ? お前、何やってんだ?」
「あはは、ちょっとピー助と遊んでました」
パウロだ。
その横にはルイジェルドの姿もあった。
何か話していたのだろうか。
「いや、すまんな、ルイジェルド。また付き合ってもらって」
「気にするな」
最近のパウロは、なにやらルイジェルドに稽古をつけてもらっているようだった。
剣士として何か思うところがあったのか、動きの確認や打ち込みまで真面目にやっている。
……奥さんにカッコイイところ見せたい時期なのか?
「そういや、お前の方は学校にはまだ通わないのか?」
その一言で、俺はハッとした。
そうだ。今の俺は家でダラけてる穀潰し状態。
学校にも行かず、仕事もせず、食って寝て出すだけの、いわばうんこ製造機。
ヤバい。このままじゃ前世の俺に逆戻りじゃないか!
「すいません! ずっと家にいちゃダメですよね! 俺、見事なクズ野郎でした! 今すぐ出て行きます!」
「いや、そういう意味じゃねえよ」
パウロに呆れ顔をされた。
そりゃそうか。怒ってるわけじゃないらしい。
……パウロも結構優しいよな。
家に居座ってても怒らないなんて。
「というか、父さんもこれからどうするんですか?」
「ん? ああ、俺はこれから傭兵業でもやろうかと思ってな。ラノアには捜索団の知り合いも何人かいるし、そいつら集めてひとつ隊を作ってみるつもりだ」
なるほど。
ブエナ村みたいにコネで騎士の席に座るわけにもいかないし、現実的な選択だ。
それから、まあ、俺もずっと家にいるわけにはいかないので、魔法大学を訪ねることにした。
オルステッドに会うためにもまずはナナホシに聞かないといけない。
ナナホシなら社長の居場所を知ってるし、召喚できる。この時期にならもうラノアにも来ているはず……。
持ち物は、いつもの杖とローブ――そして、あの“例の剣”。
この剣はパウロ達にも見せてみたが、「見た感じは頑丈そうな剣」くらいの感想しか出てこなかった。
ただ、ルイジェルドの第三の目では、何かしら魔力の流れのようなものが見えたらしく、魔剣の類ではあるらしい。
俺もあれ以来、魔力を注いだり、握り直したり、ちょっとブンブン振ってみたりと色々試したが――特に変化はなし。
……気持ちの問題なのか?
世界の均衡と滅亡の狭間でケンケンパしてる状態じゃないと発動しないタイプかもしれん。
そんな都合よくスイッチ入るかよって話だけど。
売る、という選択肢も一瞬よぎった。
だが、よく考えたら俺、ちゃんとした剣を一本も持ってなかった。
せっかくだし、これを俺の剣にすることにした。
才能はともかく、剣神流中級と水神流初級くらいは修めてるしね。
持っておくだけなら悪くない。
『銘はあるのか?』
――そうルイジェルドに尋ねられたことを思い出す。
銘、か。名前……。
この剣は、あのヤマタノオロチもどきの尾に刺さっていた。
そこから連想するのは日本神話。
スサノオノミコトがオロチを退治し、その尾から由緒正しい神剣が現れる――そんな逸話だ。
そして、その剣は後に“草を薙ぎ払った”ことから、こう呼ばれるようになる。
……うん、決めた。
これからは、この剣の名を――『草薙』と呼ぶことにしよう。
魔法大学といえば――そういえばアレクにも「見に行きたいから、行く時は一緒に行こうぜ」なんて誘われていたんだった。
……あいつ、魔法大学に興味あったのか?
魔術、勉強してみたいのか? いや、アホクサンダーだぞ。入ったとしても卒業できるビジョンが一ミリも見えないんだが。
そう思ってアレクを探そうとした瞬間、重大なことを思い出した。
――俺、あいつの居場所知らねぇ。
別れる時、どこに泊まってるとか何をする予定とか、ひとっっっつも聞いてない。
……おいアレク。
一緒に行く気があったのなら、自分の居場所くらい先に言っとけ。
まあ、聞かなかった俺も俺なんだけどさ……。
そんな風に頭を抱えていると――
「ぴぃっ! ぴー! ぴー!」
肩の上で、突然ピー助がジタバタしはじめた。
「えっ、どうしたんだ? ピー助」
「ぴっ!」
一鳴きしたかと思うと、俺の肩からふわっと飛び立つ。
勢いよく空へ駆け上がり、くるりと旋回して……そのまま、ある一点へ向けて一直線。
そしてまた引き返し、俺の頭の上でひと回りして、同じ方向を指し示すように飛んでいく。
……え、まさか。
もしかして――見つけてくれたのか?
マジで!?
ピー助、有能すぎでは?
いやー、お前ほんと頼りになるな……!
---
ピー助に案内されてアレクを探していたその途中――前方から、切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。
「くそっ! ひったくりだー!!」
ひったくり? この街でもいるんだな。
前を見ると、確かに黒いカバンを抱えて全力疾走している男がいた。
ちょうど俺の前を通り過ぎようとした瞬間――
草薙をスッと伸ばし、足首に引っかける。
「ぅおおっ!?」
見事にスッ転んだ。
その隙に即座に土魔術を発動して、盗っ人を地面に縛り付けた。
カバンも無事確保。
うむ、今日の俺はキレッキレだな。
黒い革のカバン……高そうだ。
持ち主もすぐ来るだろうと思っていると、
「あっ、そこの君! ありがとう、感謝する! 助かったよ!」
後ろから慌てた声。
振り返って、「どこのどいつだ、物を盗られるおっちょこちょいは……」と思いながら軽く呆れつつ視線を向けると――。
……見覚えがある。
というか、めちゃくちゃある。
クリフ!?
クリフじゃん!!
若い! めちゃくちゃ若いクリフ・グリモルがそこにいた。
私服で、少し息を切らして……でも顔だけは相変わらず生真面目そうだ。
「すまない! だが、今はどうしても急いでいるんだ!
今度会った時は必ず恩を返そう! ミリス様に誓って!!」
「えっ、あっ、ちょっ――」
声をかけようとしたが、クリフはそのままカバンを受け取り、風みたいな勢いで走り去っていった。
ほんとに嵐みたいに去っていったな……。
まあ、また今度会えるだろうし、いいか。
---
「……お腹が痛いです」
「えっ、道に落ちてるものでも食べたのか? あれほど『落ちてるものは口に入れるな』って言ったじゃないか」
「ルーデウス君は僕をなんだと思っているんだい?」
アレクは顔をしかめながら腹を押さえていた。
ピー助が見つけてくれたアレクは、街中の広場にある椅子で完全に伸びていた。
どうしたのか事情を聞くと――昨日のラノア名物料理が美味しすぎて、調子に乗って食べすぎたらしい。
……うん、そうか。
なるほど、アホのアレクだわ。
治癒魔術は食あたりとかの腹痛にはほぼ効果がない。原因を取り除かないと、一時的なものにしかならない。
結局のところ出すもん出す以外の解決はないのだ。
「アレク、無理せずトイレ行ってこいよ」
「言わないでください……余計痛くなってきました……」
そんなやり取りをした後、少し良くなったらしく、俺とアレクは並んでラノア大学への道を歩き始めた。
途中、前から気になっていた疑問をぶつけてみる。
「で、なんでアレクは魔法大学に行こうとしてたんだ? 魔術の勉強でもする気になったのか?」
「違いますよ。魔法大学“初代校長の像”を見に行こうと思っているんです」
「校長像を? それはまたなんで?」
アレクは少し胸を張って答えた。
「北神英雄譚の“王竜退治”、知っていますか」
「ええ、まあ。北神二世の最初の物語でしょ?」
それと初代校長がどう繋がるんだ?
そう思っていると、アレクは楽しそうに語り始めた。
「実は王竜討伐には、魔法大学初代校長フラウ=クローディアも参加していたんですよ。僕、子供の頃からその話を何度も聞かされてきまして」
「へぇー……それは知らなかったな」
「はい。なので、この街に来たなら一度は見ておきたくて」
北神二世と初代校長――そんな繋がりがあったとは。
これは、普通に貴重な話だ。
道を歩きながら、へぇ……と感心していると――
「へい! そこの兄ちゃん達! ちょっと寄っていかないかい!」
横合いから突然声が飛んできた。
そちらを見ると、いかにも胡散臭いおっちゃんが立っていた。
地面には色の抜けた布のシート、その上には四角い箱がゴロンと置いてある。
……なんだ、宗教勧誘か? 俺はそういうの断固お断りだぞ。
「俺ぁね、流れの占い師ってやつでね。ちょいとした運勢みていくよ。兄ちゃん達なら安くしとくぜ」
へぇ、占いか。
前世なら完全にスルー案件だが、この世界の占いは意外と馬鹿にできない。
実際、未来を視る変わり物もいるし、雨乞いや奇祭を代々続ける家系なんてのもある。
そういう類かもしれない。
「せっかくなのでやってみようか」
「ええ、いいですよ」
俺とアレクはおっちゃんのシートの前にしゃがみ込んだ。
「さあさあ、いらっしゃい。いらっしゃい」
「どうすればいいんですか」
「なあに、難しいことはいらねえ。箱を回して、出たもんを見りゃいいだけよ」
説明によると、シートには紙の束が入った箱と、取っ手付きの八角柱の箱がある。
ガラポンの横倒しバージョンみたいなやつで、中のブロックを転がして出すらしい。
そして、ブロックには番号が書かれていて出てきた番号の紙をもらう……つまりおみくじ方式だ。
「じゃ、回してみな」
俺は言われた通りに取っ手を回した。
ガラガラ、ガラガラ――。
「おっ、出た」
出てきた四角いブロックを手に取る……が、
……何も書いてない。
え、不良品?
「あの……これ、何も書かれてないんですが」
「えっ? そんなバカな……」
さっきまで陽気だったおっちゃんが急に眉をひそめた。
ブロックをひっくり返したり光にかざしたりしているが、やっぱり空白。
「も、もう一度回してみてくれねぇかい?」
言われた通り回す。
またもガラガラ……コロッ。
……何も書かれていない。
三度目も同じ。四度目も同じ。
「うーーん……こりゃおかしい。こんなこと今まで一度も……兄ちゃん、なにか悪さでもしたんじゃねえだろうな?」
「し、してない……と思いますけど……」
ま、まさか呪われてる……?
死ぬの? 俺、今日あたり死ぬの?
「すまねぇ、兄ちゃんの運勢だけはどうにも視えねぇ。こりゃもう諦めだ」
完全に匙を投げられた。
次はアレクの番だ。箱を回す。
「おっ、ちゃんと出たな」
覗いてみると、普通に番号が書かれていた。
アレクは紙を受け取り、内容を読み上げる。
迷う心、風に散るべし。
今ゆく道こそ天の定め。
疑わず歩を進めれば、
幸、次々に開かれん。
――そのまま突き進むが良い。
……大吉じゃねぇか。
こっちは白紙の呪いなのに。
アレクは紙を畳むと、俺の肩にポンと手を置いた。
優しい目で見てくる。
……いや、これ慰め? それとも哀れみ?
バカにしてる??
おっちゃんは「占えなかったから金はいらねぇよ」と言ってきた。
……不吉だな。
---
ラノア魔法大学に着いた。
俺とアレクは門をくぐり、初代校長像へと続く真っ直ぐな道を歩いた。
初代学園長の像までは本当に一直線で、その両脇には葉の落ちた枯れ木が等間隔に立ち並んでいる。
風が吹くたびにカサカサと乾いた音を立て、冬の訪れを思わせた。
そして耐魔レンガの壁で作られた通路を抜けると、ふっと視界がひらけた。
小さめながらも広場と言える空間で、そこから三方に道が分かれている。
中央にはローブを纏った女性の像が静かに立っていた。
……ん?
よく見ると、その像を前に、腕を組んで感慨深そうに見上げている中年男性がいた。
この世界では珍しい黒髪。どことなく雰囲気に見覚えがある。
「えっ! 父さん!?」
アレクが、俺の隣で突然大声を上げた。
えっ! アレクの親父!?
ってことは……シャンドル?!!
アレクの声に反応して、目の前の“推定北神二世”がこちらを振り返った。
うわ、完全に「見つかった……」みたいな顔をしてる。
しかも一瞬こちらを見たあと、慌てて反対方向に向き直り、手で顔を隠し始めた。
「わ、私は、君のお父さんなんかじゃありませんよ。
そう、私は………………………………シャンドル……シャンドル・フォン・グランドールって名前です」
「……今考えたでしょ。父さん。それに今さら顔隠しても遅いですよ」
「…………もう、長年離れていた親子が再会するときは、もっとこう……劇的で感動的な演出がないといけないのに……」
ブツブツ文句を言いながら、口を尖らせてこちらを向くその中年男。
その顔は、紛れもなく俺の知っているシャンドル――北神二世だった。
北神カールマン二世。
アレックス・ライバック。
王竜王を倒し、巨大ベヒーモスを討伐し、名を轟かせた北神英雄譚の主人公。
つい百年ほど前まで“世界最強の剣士”と言われた北神流の頂点。
「父さん、どうしてここに?」
「いやー、ラノアに来る時はよくここに寄るんですよ。久しぶりだね。アレク君」
だがこの人、やたらカッコつけたがるくせに、回りくどい言い方しかしないし、浪漫を追い求めるのが三度の飯より好きで、たまにイラッとする残念ポイントも多い。
「おや、そちらの方は?」
俺はアレクとシャンドルの再会を眺めながら、視線がこちらを向いたのを感じて自己紹介をした。
「初めまして。ルーデウス・グレイラットです。……その、一応アレクの友達をやってます……」
そう告げると、シャンドルは驚いたように目を見開き、手で口を覆った。
「はわわ、アレク君に友人ができるなんて…………。
あの猪突猛進で、人の話も最後まで聞こうとしないアレク君に……」
アレク、お前……親父さん困らせ過ぎだろ……。
まあ、アレクは空気読めないKYだし、そりゃ友達いないぼっちだったんだろうな。
悪意なく人を煽ったり、妙な勘違いをしたりするタイプで、陽キャに見えて実はけっこうコミュ症だ。
――と、そこでふと嫌なことを思い出した。
……あれ? カジャクトって元々シャンドルの物じゃなかったっけ?
もしあれが亡き友人の遺作とか、だれかの形見とかだったら……めちゃくちゃやばくないか?
そんな貴重品を俺がぶっ壊したなんて知れたら、いくらシャンドルでも怒り狂って即死コースだ。
そう気づいた瞬間、俺は反射的に動いていた。
「王竜剣カジャクト壊してしまいましたーー!!
すんっませんでしたーー!! 今から穴掘るので埋めてくださいっ!!!」
そのまま勢いよく地面に飛び込み、ドンッと音を立てて土下座した。