「えっ! カジャクトを?! それはまたなんで!」
土下座して頭を下げた俺に、シャンドルが素っ頓狂な声を上げた。
そりゃ驚くよな……あははは……。
「とりあえず立ってください」と言われて俺は立ち上がり、これまでにあったことを順番に説明していく。
ベガリッドでアレクと出会い、決闘を挑まれ、なんやかんやあって改心したアレクが旅に同行するようになったこと。
その時、今俺の肩にいる鳥が炎を吐いて、なぜかカジャクトがボロボロになってしまったこと。
さらに転移迷宮での出来事、守護者との死闘――家族を救うために必死で戦ったこと。
そしてアレクの助けもあって無事帰ってこられたこと。
最初こそシャンドルは、アレクの破天荒な行動に頭を抱えていた。
だが、話が進むにつれ……特に守護者との戦いあたりからは目をキラキラさせはじめた。
そのうち「おほー」とか言い出しそうで、正直ちょっとイラッとした。
こっちは真剣なんだよ。
「うーん……それにしてもカジャクトが壊れるなんて。そんなこともあるんですね」
「すみませんでした……」
「いや、気にしなくていいですよ、ルーデウス君。形あるものはいつか壊れると言いますし。それに、あれは確かに剣としては最高峰でしたが――“良いものだったか”と聞かれると……」
シャンドルは腕を組み、暗い顔でうーんと唸った。
「あのような強力な剣を求め、多くの者が血を流しました。強い剣には惹きつけられる魔性がある。
この剣を手にしたい、振ってみたい、何かを斬りたい、剣士が逆らえぬ、剣の魔性です。
そして巨大な力を手にした人を簡単に勘違いさせてしまう」
そう言ってから、シャンドルは俺の方を向き、ふっと笑った。
…………よかった。怒ってはいないらしい。
形見とか遺作じゃないっぽいのも……ホッとした。
聞くの怖くて、聞かないけども。
「悪い人の手に渡ると大変なことになりますしね」
………………実際、大変だったんだよなぁ。
「だから、父さんは剣を捨てたんですか?」
すると、それまで黙っていたアレクが口を開いた。
眉間に皺を寄せ、どこか険しい表情をしている。
「……父さん、今までどこで何をしていたんですか?」
「……弟子を取りつつ、気ままに旅をしながら武術を教えていましたよ。アレク君」
アレクから聞いた話では、彼は北神二世であるシャンドルを尊敬しているように思えた。
だが、いざ向き合うと言葉にはどこかトゲがある。
まあ……二人にも色々あるし、アレクも拗らせてるよな。
反抗期の家出不良少年みたいなもので、素直になれない理由があるんだろう。
シャンドルはアレクから俺へ視線を戻すと、静かに言った。
「カジャクトが使い物にならなくて、ある意味よかったのかもしれません。
実はあれをアレク君に預けたまま家を飛び出したこと、ずっと後悔していたんですよ、ルーデウス君」
家出したの、お前かよ?!
「父さんはなぜ剣を捨てたんですか?」
「うーん、別に捨てたわけではないですよ」
「嘘だ! だって今だって、そのボロそうな棒切れなんか持ってるじゃないか!」
アレクは拳を握りしめ、ついに声を荒らげた。
剣にこだわるのは、彼にとって感情的な問題なのだろうか。
剣に誇りを持ち、剣が好きで、尊敬する父が剣を使わなくなったのが許せない――たぶんそんなところだ。
「ただ、剣だけにこだわる必要はない、そう思っただけです。
これなら、自分が強くなっていくのを実感できる。そして成長を実感することで、人はさらに強くなる」
「……意味がわからない」
「いつかアレク君にもわかる日がきますよ」
シャンドルは苦笑いしながら優しく言ったが、アレクはまだ不満げに唇を尖らせていた。
棒とか槍とか、俺は別に悪い武器だとは思わないんだけどな。
剣よりリーチが長い分、相手は簡単に間合いへ入れないし、集団戦ではむしろ槍の方が強いって話も前世で聞いたことがある。
……まあ、槍はスペルド族の象徴で、他の種族にはあまり使われないんだけど。
「…………父さんは、僕が英雄を目指すことをずっと反対していましたよね。
カールマン一世のような人になりなさいって、口酸っぱく……。
でも、今なら少しわかります。父さんは僕のために言ってくれてたんですよね」
「……英雄を目指すのはもういいですけど、考えなしに突っ走らないようにね。
物事というものは思うより複雑なんです。背景や理由が絡み合っていて、正義と悪に綺麗に分けられるほど世の中は単純ではない。
アレク君には、後悔のないように生きてほしいんですよ」
「父さん……」
アレクとシャンドルが、なんか良い雰囲気で話している。
完全に蚊帳の外の俺。
するとシャンドルが俺に向き直った。
「……ありがとうございます、ルーデウス君。アレク君が成長できたのは、きっと君のおかげです」
そんなこと……なく……いや、ある……のか……?
「アレク君、君は良い友を得ることができたんだね」
シャンドルがアレクに対して優しく微笑む。
その言葉は、完全に父親の顔だった。
それからは、アレクとシャンドルの空気も一変して良くなった。
アレクは嬉しそうに、ルイジェルドから聞いたラプラス戦没の話を、ここぞとばかりにシャンドルへ自慢していた。
「父さん! 実はラプラス戦役の戦いには、まだ語られていない“もう一人の立役者”がいたんですよ! その人、ルーデウス君のご友人で、先日直接話を聞かせてもらったんです!!」
「えーーっ、ずるいっ!!」
シャンドルは心の底から羨ましそうに叫び、身を乗り出した。
アレクはその反応が嬉しいのか、ますます身振り手振りを大きくして語り始める。
シャンドルはと言えば――。
「いーなー……いいなぁぁ……」
本当に指を咥える勢いで羨望の眼差しを向けていた。
その様子を見て、俺の頭にひらめきが走る。
「そんなに直接話を聞きたいですか?」
「ええ! そりゃあもちろん! 有名になろうと、世界各地を回ってそれらしい事件に突っ込みまくった挙句なんとなくいい方向に転がっていったナンチャッテ英雄譚ではなく、世界を救う為にも力及ばなくことを知りながら決死の覚悟で戦った真の英雄たちの戦いの結末ですよ!
しかも三英雄の陰に隠された、もう一人の英雄……! ああ、是非とも直接お会いしてお話を伺いたいです!!」
シャンドルは鼻息をふんすふんすさせながら、ずいっと俺へ詰め寄ってくる。
……うん、これはチャンスだ。
「でしたら……良かったら紹介しますよ。今、俺の家に滞在してますから」
「い、いいんですかっ!?」
「ええ。ただ――代わりと言ってはなんですが、こちらからも一つお願いがあります。
これから先、俺が紹介するある人物にも会ってほしいんです」
「? 私が誰かを紹介するのではなくて、ルーデウス君が?」
「はい。その人は、その……シャンドルさんにとっても悪い相手ではないと思うんです。まあ、実は俺にとってもメリットのある話なんですけどね」
シャンドルは少し怪訝そうにしながらも、アレクの方を一度見てから、力強く頷いた。
「……わかりました。アレク君の友の言葉ですからね。約束しましょう」
よし、やった!
たしか、オルステッドの計画では、アリエルが王になってくれた方が都合が良い。
もし今からシャンドルがアリエルの騎士になってくれるなら、これほど心強いことはない。アリエル側の味方が増えるのに悪いことはないし。
後はアリエルに話を通して、実際にシャンドルの心を掴んでもらうだけ。
……まあ、アリエルなら大丈夫だろう。
何とかしてくれるはずだ。
シャンドルとは後で合流する約束を交わし、俺はアレク、シャンドル父子と別れた。
アレクも父親と話せて満足そうだし、まあ、最終的には良かったのだろう。
さて――俺はというと、最初の目的だった各種手続きのために教員棟へ向かう。
その道中、何やらカツアゲしようとしている二人組の顔見知り(一方的な)を見つけたので、軽くボコボコにして、二度と悪さができないようにしっかりへし折っておいた。
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魔法大学での手続きを済ませて家へ戻ると、さっそくシャンドルをルイジェルドに紹介した。
シャンドルは興奮のあまり、これまで聞きたくても聞けなかったラプラス戦役の裏側を、まくし立てるように質問していた。
まあ、語ってくれそうな人なんてほぼいないからな……。
ペルギウスはあの戦いではほとんど役に立てなかったと聞くし、その事があって聞いても絶対に語らない。
そんな鬱憤を晴らすかのように、シャンドルはルイジェルドの言葉を一つ残らず拾い、まるで初めて推しに会えたオタクみたいにブツブツ分析を始めていた。
しばらくして満足したのか、深々と礼をして、俺とルイジェルドに感謝を告げると、鼻歌交じりで帰っていった。
その後、今度はルイジェルドが、そろそろこの家を発つと言い出した。
スペルド族の生き残りを探す旅を再開したいらしい。
……また会えて、本当に嬉しかった。
エリスへの手紙にも、ルイジェルドと再会したことを書いてある。
『そういえば、エリスはどうした?』
『エリスは剣の聖地へ行きましたよ。強くなってから戻るって……』
『そうか……』
『寂しいですよね。エリスもここにいれば良かったんですけど……』
『仕方がない。あれは“戦士がかかる病”だ』
『戦士の……病、ですか』
エリスも、きっとルイジェルドに会いたかったはずだ。
別れは寂しいけど、けどまた必ず会える――そう思いたかった。
ルイジェルドとパウロが向き合い、静かに言葉を交わす。
「今まで世話になった。感謝する」
「ルディのことも、リーリャ達のことでも返しきれねぇ恩があるんだ。いくらでもゆっくりしてってくれても構わないんだが……」
「……いや、そういうわけにもいかん」
ルイジェルドには、彼自身のやるべきことがある。
もう少し引き止めていたい気持ちはあるけれど、それは決して俺が言っていいことじゃない。
「ルイジェルドさん……もう行っちゃうんですか?」
ノルンが今にも泣き出しそうな顔で声を絞り出した。
俺よりもずっと、ルイジェルドとの別れが堪えているようだ。
……うん、わかるよ。その気持ちは。
ルイジェルドは屈み、ノルンと目線を合わせて優しく頭を撫でた。
「泣くな。必ずまた会える」
「…………はい」
ノルンは唇を噛みしめながらも、涙を堪えて笑顔を返す。
その姿を、俺は微笑ましく見守った。
と、その横でパウロが何かに打たれたような表情になった。
漫画で言うなら――
ガアァーン!!
背景に稲妻がバキバキ走ってる、あの心に雷直撃のコマだ。
そして、胸の前で拳をぎゅっと握りしめる。
「ノルンはまだ早い……! 俺は……俺はたとえ相手が誰であろうと、全力でお父さんを遂行するぞ……!」
“お父さんを遂行”ってなんだよ……。
俺はじとーっとした目でパウロを見る。
呆れのあまり、逆に何も言えない。
――あ、そうだ。
ルイジェルドに伝えなきゃいけないことがあったんだ。
今言わないと、伝えるタイミングがなくなってしまう。
「ルイジェルドさん!」
「なんだ?」
「北東の方へ向かってみてください。もしかすると、そちらの方に……」
「……前に話していた“未来を見る奴”が言っていたという、あれか?」
「いえ、それとは別口です」
「……そうか。わかった。そうしよう」
「また会いましょうね! ルイジェルドさん!!」
「ああ」
ルイジェルドは短く返し、踵を返す。
その背中は、やるべき道をもう決めている姿そのものだった。
俺たちは家族全員で、その姿が見えなくなるまで静かに見送り続けた。