2025/12/13 追記 分かりにくいと思ったため、本文の前に少し補足しました。
──壊れかけの映写機──
道を歩く。
夢の中で、俺はただ道を歩いていた。
歩いているのは俺の体のはずなのに、動かしている感覚がまるでない。
例えるなら――そう、車とか新幹線に乗って、ぼんやり窓の外を眺めている時のあれだ。
周りの景色だけが勝手に流れていき、俺自身は微動だにしない。
……と言っても、あのスピード感とは程遠い。
もっとこう、ノロノロで、鈍重で、夢特有のもっさり感満載だ。
と思ったら――こいつ、道に何も無いくせにつまずきやがった。
うおっ!?
視界がガクンと揺れ、さっきまで正面だった景色が一瞬で地面へスライドする。
しかも転んだ先には、よりによって「ハーイ、ジョージィ♪」とか言いそうな排水溝。
おい待てやめろ! 覗くな! それ絶対に引きずり込まれるタイプのやつだからな!!
……と思ったら次の瞬間、気づけば今度は何故かカラスに追われていて、川へ頭からダイブしていた。
鈍臭いな、コイツ。
いや、たぶん俺の身体だし、俺が鈍臭いのか……?
視界が変わった。
今度は――ここ、たぶんシャリーアだ。
見覚えのある家がある。
グレイラット邸へ向かうあの道に並んでいた、やたらシル〇ニアファミリーみたいなかわいい、赤い屋根のおうちだ。
初めて見た時は、「こんなメルヘンハウスに住んでる人ってどんなのだろう」なんてちょっと気になっていた。
ふわふわの動物たちとディ〇ニープリンセスのように仲良く暮らしている……そんな光景を勝手に想像していた。
――が、実際に住んでいたのは、道端で平気で痰を吐くようなおっさんだった。
時期によっては、たまに上半身裸で散歩に出かけるような人でもあった。
服着ろよ、露出狂か……?
暖かくなると変態が増えるって言うけど、ほんとなんでなんだ。
挙句の果てに、いつの間にか不倫までやらかして、奥さんに追い出されたらしい。
出会いも、ときめきも、可愛いお友達も、夢も希望も……クソほどない。
俺の中のメルヘン返せ。
そして、気づけば今度はグレイラット邸の前に立っていた。
門にはいつものようにビートがいる。
普段ならツタを伸ばして、のそっと門を開けてくれるはずだ。
……ていうか、ビート、でかくね!?
家の半分を覆うくらいに成長してないか、これ!
ビートはこちらの姿に気づくなり、ビクッと身を震わせ――次の瞬間、凄まじい勢いでツタをこちらへ伸ばしてきた。
――俺の身体へ、巻きつくように。
えっ、あっ、なんで!?
いや、確かにアイシャほど頻繁に世話してあげてはいなかったけど……そんなに嫌われていたのか?
ビートは俺の好きな米を鳥から守ってくれていたし、俺も栄養のある土を魔術で作ってあげたりしていたんだ。
そんな関係じゃなかったはずなのに。
そう思った瞬間――ほんの一瞬、瞬きだろうか?
視界が暗転した、と思ったらすぐに開けて――
――ビートが、燃えていた。
……………………えっ?
俺の困惑をよそに、身体は勝手に動き出した。
今度は玄関扉へと手を伸ばし、そのまま扉を開く。
その先には――俺が知っているよりも、ほんの少し歳を重ねたように見えるロキシーとシルフィが立っていた。
二人は俺の姿を確認すると、まるで親の仇でも見るかのような、冷え切った目を向けてくる。
……………………………………えっ?
夢の中とはいえ、どうして二人がそんな目をするのかまったくわからない。
身体は勝手に動き、何か喋っているような感覚がある。
シルフィもロキシーも、何かをずっと叫んでいる……口を大きく動かして叫んでいた。
――だが、肝心の声は一切聞こえない。
そこで気づいた。
そういえば、ここへ来るまでの間も、何一つ音がなかった。
四角い防音室に閉じ込められているような、不自然な静寂。
そして、また視界がブラックアウトした。
どうしてここで途切れる。
どうして何もわからないんだ。
もどかしさと焦りだけが胸の内側で暴れ、汗をかいていないはずなのに、全身が冷や汗に覆われているような感覚がある。
視界が再び開いた――
その瞬間、目に飛び込んできたのは…………………………。
――血まみれの二人の姿だった。
ロキシーは両腕と片足を失っていた。
よく見ると、それらが床の上に転がっている。
身体は横倒しで、顔は見えない。
表情も……わからない。
いや、わからなくていい。見たくない。
シルフィは、かすかに息があるように見えた。
壁に背中を預けるように倒れ込み、顔は下を向いたまま動かない。
身体は勝手に動いていく。
俺の意思ではない。
どれだけ願っても、叫んでも、 意識だけがこの場に貼りつけられ、身体は俺の思考とは真逆の方向へ勝手に進む。
手をかざす。
――やめろ。
心の中で何度も叫んだ。しかし、動きは止まらない。
――やめろッ。 ――やめろッッ!!
手のひらに石砲弾が生成される。
――やめてくれぇェェェッッッ!!!
ゆっくりと、ドリルのように回転しはじめた。
やめ――
手は最後に、シルフィへ向けてその石砲弾を放ち――
あ"あ"あ"あ"あああぁぁぁぁア゙ア゙ッッッッッッ!!!!
「うわあああああぁぁああぁぁぁぁッッ!!!」
喉が裂けるような叫びとともに、俺は弾かれたように上体を起こす。
肺が勝手に暴れ出したみたいに呼吸が乱れ、ハッ、ハッと短く、浅く、息が途切れ途切れになる。
そして――胃の底から何かが逆流してくる、あの最悪の感覚が一気にせり上がってきた。
喉の奥が熱く締めつけられる。
「うぷっ……!」
本気で喉元まで上がってきたそれを、片手で口を押さえてどうにか押しとどめようとしたが……。
だが――血まみれの、あの二人の姿が脳裏に閃いた瞬間、もう耐えられなかった。
寝具を汚すのはまずいと思い、なんとかガッと身を横に折り、堪えていたものを床に吐き戻した。
「……っぉ、ぉえぇ……!!」
胃酸の苦い味が口いっぱいに広がり、鼻の奥が焼けるみたいに痺れた。
中身をぶちまけた瞬間、全身の力が抜け落ちた。
吐いた後の空気がやけに冷たく感じる。
手を見れば、震えている。
視界は二重にも三重にもぶれて、頭は鉛でも詰め込まれたように重かった。
氷のように冷え切った手で頭を抱えながら、血の巡らない脳みそを必死に回そうとする。
――だが、夢だからなのか、内容は霧のように思い出せなくて、消えていく。
すくい上げた水のように、触れたそばから指の隙間を零れ落ちていく。
それでも、あんな夢を見たという事実だけは、どうしても消えなかった。
違う。……違う……あれは夢だ。
現実じゃない。
だから、今も手のひらに残っているようなこの感触も……
耳の奥に張りついて離れない気がするあの悲鳴も……
全部、全部…………ただの幻なんだ……。
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あんな夢を見たせいで、目覚めは最悪だった。
俺の悲鳴がよほど大きかったのか、すぐに家族が慌てて駆けつけてきた。
その中には、心配するパウロ達の姿の中にぼんやりと立っているゼニスの姿もあった。
まだ外は薄暗く、起きるには少し早い時間だ。
みんな、完全に俺の声で起こしてしまったらしい。
……悪いことをした。
吐いて床を汚してしまったのを見たリーリャは、状況を一目で察すると、「すぐ片付けます」とだけ告げて、掃除道具を取りに走っていった。
本当は自分で片付けようとしたのだけど、断られてしまった。
その後、ゼニスに優しく抱きしめられ、パウロには背中を撫でられた。
アイシャもノルンも、心配そうにこちらをのぞき込んでいる。
そんな家族の温かさに触れたら、夢のこともあって、思わず泣きそうになった。
――あの、わけのわからない光景をどこかで知っていると感じてしまった自分が、ひどく気持ち悪かった。