-雷魔術とは
ルーデウスの文章を、ロキシーが編集し、出版された雷魔術の論文。それをもとに新しい系統、雷魔術があみだされた。紫電。雷光の縮小版。(某考察wikiより)
アスラ王国のフィットア領に着いて、すでに数日が経った。
ルイジェルドとは、先日別れたばかりだ。
――『また会おう』
あの人には、本当に世話になった。
もしルイジェルドがいなければ、魔大陸からの過酷な旅を生き抜くことはできなかっただろう。
必ず、いつか恩を返す。
心からそう思っている。
フィットア領に入ってすぐ、ギレーヌと再会することができた。
そして聞かされた、サウロス、フィリップ、ヒルダの訃報。
俺はこの未来を知っていた。
覚悟もしていたつもりだ。
エリスもどこかで、覚悟はしていたのかもしれない。
けれど、家族を失った悲しみは想像もできないほど大きいだろう。
ついこの間、十五歳になったばかりの女の子が、家族の死という現実を受け入れようとしている。
――流石は、エリスだ。
だが、今は。
ただ、静かに休ませてやるべきだ。
そして、俺はと言うとフィットア領の復興を手伝っていた。
農夫らしきおじさんたちが、「土地が枯れていて作物が育たない」と嘆いていたのだ。
俺の魔術を使えば、かつてのような肥沃な土壌に戻せるかもしれない。
それに、ちょうどいい機会でもあった。
今の自分がどれだけ魔術を使えるのか、
前の人生と同じように扱えるか、確かめておきたかったからだ。
「ここら一帯なぁ、転移事件が起きてから、作物の育ちが悪くってよ。植物もあまり育たないし。おまえさん、何かわかるかい?」
「うーん……」
俺はしゃがみ込み、土を触れながら考える。
どうやら、転移事件の影響で土中の魔力量が極端に少なくなっているようだ。
この世界では、有機物は水と炭素、そして魔力の影響を大きく受ける。
地球の物理法則じゃ説明がつかないことも、たいていは魔力で説明がつく。
たとえば、重力がそれにあたる。
俺の土魔術で土を生成することもできるが、それじゃ根本的な解決にはならないだろう。
まずは、地面自体に魔力を巡らせて、土壌そのものを回復させる必要がある。
それから、生成した土を混ぜて改良していけば、多少はマシになるはずだ。
「少し離れて頂けますか?」
「ああ」
気づけば、いつの間にか周囲には様子を見に来た人だかりができていた。
俺は彼らに声をかけ、静かに地面へと手を伸ばす。
土壌に魔力を巡らせるなら、電気系が適しているか……。
そう判断して、手に魔力を込める。
人のいない場所を中心に、電気が地中深くへと巡っていくイメージを描く。
魔力が土の奥底まで染み渡るように――。
瞬間、地面が震えた。
紫の雷が俺の手から奔り、そのエネルギーは大地に吸い込まれていく。
紫電は地面を這い、深く深く染み込んでいった。
「「うおおおっー!」」
雷光が地を裂いた瞬間、誰かが驚愕の声を上げる。
その声を皮切りに、周囲は一気にざわつき始めた。
「見たか!? 今の地面を流れていった雷、紫だったぞ!」
「すげぇ……あんなの初めて見た」
「しかも、詠唱がなかったぞ」
驚きと興奮が入り混じった歓声が、まるで波紋のように広がっていく。
雷鳴のようなどよめきの中、人々の視線は俺の放った一閃に釘付けだった。
――野次馬がうるさいな。
まだ危ないんだから、もう少し離れててくれよ……。
「まだ終わったわけじゃありませんから! 危ないので離れてくださいよ!」
「ああ! 分かってるぜぇ、坊ちゃん!」
少し離れた場所から声が返ってくる。
本当に分かってるのか怪しいが……まあ、次に使う魔術はそこまで危険じゃない。
問題はないだろう。
俺は目を閉じ、土のイメージを思い描く。
前世でよく見ていた、田畑の土。
小学生のころ、ミニトマトを育てるために使った、ふかふかで手触りの柔らかい、黒茶色の土。
野菜の栽培に適した、滋味豊富な土壌。
手にすくえば崩れ落ち、湿り気と温もりを含んでいるような――
その記憶のイメージをそのまま魔力に込めて、魔術を発動する。
すると、作物を育てる予定の場所の土が、ふわりと色を変えた。
黒茶色の柔らかな土壌が、静かに、しかし確実に広がっていく。
「こ、これは……!?」
「ゆ、夢でも見とるっちゃろか……。こげん良か土、もう何十年も拝んどらんばい……!」
「あの、坊ちゃん……すごい魔術師だったんだな。王宮魔術師でも、こんな芸当できねぇぞ……!」
おい、今……一人、完全に九州弁の人がいたぞ!?
……同じ地域の人なのに、一人だけすごい喋り方の人だな。
故郷は別の地域なのか? どう育ったらそうな喋り方になるんだよ。
そんな俺の心のツッコミをよそに、農民の古老の一人が、ゆっくりと作り出した土壌に降りてきた。
そして、恐る恐る地面に手をつき、柔らかくなった土をひとつまみ取り――そのまま、口に運ぶ。
俺の前世である現代では、農薬や化学肥料の問題もあるから土なんて口に入れるのはお勧めできない。
だが、熟練の農夫の中には、土の味でその畑の良し悪しを見極める人もいるという。
たぶん、この世界でもそうなんだろう。
土を口に含んだ老人は、しばらくの沈黙のあと、ぽつりと呟き、涙を流した。
「……良く……良く肥えとる土じゃあ……」
「本当かい!? じいさん!」
ボロボロと泣く老人を囲む農夫たちは、次第に歓喜の声を上げ始めた。
そして、やがて彼らは俺のもとへと歩み寄ってきた。
「坊ちゃん! 本当に感謝するぜ。
正直、この土地はもうダメなんじゃないかって思ってたんだ……。でも、坊ちゃんのおかげで、希望が見えてきた。
あとは、俺たちに任せてくれ!」
「いえ、僕は土壌を少し回復させただけですから」
そう言った俺の手を、男は両手でがっしりと握りしめ、ブンブンと振り回してくる。
勢いが凄すぎて、腕がちぎれそうだ……。
――まあ、この土地の復興が本当に叶うかどうかは、俺じゃなくてこの人たち次第だ。
「謙虚だなぁ、坊ちゃん……。
そういえば、名前を聞いてなかったな」
「ルーデウスです。ルーデウス・グレイラット」
「ルーデウス……? まさか、あの転移事件捜索団の団長、パウロ様のご子息か!?」
「あ、はい。パウロの息子です」
そういえば、パウロは捜索団を結成して、団長をやっていたな。
……俺が見たときは、飲んだくれてたけど。
「団長の……!」
「パウロ様の……!」
「……!」
村人たちの間に、驚きのどよめきが走った。
さっきまで俺の手を引きちぎりそうな勢いで振り回していた男が、今度は涙を浮かべていた。
「パウロ様のご子息だったのか……。
あの方のおかげで、俺の家族は無事に故郷に帰れたんだ。
本当に感謝してもしきれねぇ……。まさか、親子共々、こんなふうに助けてもらえるとはな……。
――まだこの世も、捨てたもんじゃねぇな……」
……そうか。俺が見たときは、ただの飲んだくれにしか見えなかったけど――パウロは、ちゃんと人々を助けていたんだな。
精神年齢は、もう俺の方がはるかに上になってしまったけど。
それでも、あの頃の若いパウロが、絶望的な状況の中で、自分の家族だけじゃなく、他人の家族まで助けていたんだ。
……途中で精神的にまいってしまったとしても、無理はない。
いや、むしろ、それでもなお立ち続けていたことの方が、ずっと凄い。
それに比べて、俺は自分のことばかりで、他の人たちのことなんて、何も考えていなかった。
同じ境遇にあるはずの人たちのことを、見ていなかった。
……本当に情けないのは、俺の方だったんだ。
パウロは――本当に、しっかりした奴だよ。
……ゼニスのことを、今すぐ伝えないと。
助けに行かないと。
今の俺なら、きっと――