-剣の聖地とは
中央大陸北部、最西端の岬にある剣神流本拠地。名馬に乗ればラノア王国から1ヶ月の距離。初代剣神が流派を起こし、晩年には弟子たちに剣を教えた場所。百年ほど前にある代の水神が剣神と決闘し、生命力を鍛えるのに適したこの地を奪い取ったことがあり、それ以来、当代最強の剣士が流派を教える場、となっている。(某考察wikiより)
農夫のおじさんからパウロの話を聞きながら、難民キャンプに戻ってきた。
テントの方が、どこか騒がしい。
「ルーデウス!」
テントの入口から、勢いよくエリスが飛び出してきた。
彼女の赤く艶やかな髪が、風に揺れて――いや、揺れなかった。
あの長かった髪が、ばっさりと、無造作に、無惨に切られている。
「え、え、エリス!? か、髪は……髪はどうしたの!?」
「自分で切ったわ!」
「じ、自分で!?」
「けじめよ、けじめ!」
「け、けじめって……」
……長い髪、好きだったのにな。
動くたびにひらりと舞って、ちょっとした仕草がすごく綺麗だった。
「なによ、髪くらい。また伸びるわよ」
「まあ、そうだけどさ……」
エリスは強がるように笑った。けれど、その笑顔の奥には、ほんの少しだけ、何かを押し殺したような気配があった。
「そんなことより、魔術を使ったって? 雷の魔術で、大地を緑に芽吹かせたって!」
「……ああ、でも、まだ植物が生えてきたわけじゃないよ。土を、ちょっとだけ改良しただけ」
「でも、やっぱり、ルーデウスはすごいわ。……見たかったわ、その魔術」
エリスはふっと笑った。短くなった髪が、その笑みに合わせてわずかに揺れる。
……短い髪も、意外と似合ってる。
いや、似合ってるとかじゃなくて。元気でいてくれるなら、それが一番だ。
エリスが、元気そうで、本当に良かった。
「……髪、少し整えるので椅子に座ってください。」
近くに転がっていた椅子を持ち上げ、そう言って差し出した。
無詠唱で髪を整えていく。
その間、しばしの沈黙。やがて、エリスが口を開いた。
「今から、ギレーヌと一緒に剣の聖地に行くことにしたの」
「……急ですね」
「すぐに行動した方が、私のためになるわ」
「……寂しくなりますね」
「……ええ、そうね」
やっぱり、そうなるか……。なんとなく予感はしていた。
そういえば、エリスの十五歳の誕生日、何も贈ってなかったな……。
「よし、毛先だけですが、綺麗になりましたよ」
ふっと息をつき、椅子の後ろから回り込む。
そして一言、背中に向かって言う。
「エリス、出発まで、少しだけ待っていてください」
「ええ、わかったわ」
テントの中に戻り、机の前に立つ。
両手を構え、魔力を注ぎ、黒い金属の塊を生み出す。
それを分解し、ひとつひとつの部品に分ける。
形を整え、削り、磨き、組み立てる。
最後に、機能を損なわない程度に装飾を施した。
数十分のうちに、それは完成した。
――黒く光る、しっかりとした重みのある、折りたたみ式のナイフだ。
十五歳の女の子に贈るには、少し無骨かもしれない。
けれど、これが自分なりの、彼女への贈り物だった。
「すみません、お待たせしました」
テントの外には、エリスとギレーヌが並んで待っていた。
俺は、先ほど作ったばかりの折りたたみ式ナイフをエリスに差し出す。
「十五歳の誕生日の時、何も渡せなかったので……良かったら。
ナイフとして使うには、もう少し刃を研がないといけませんけど」
「……すごいわ! ルーデウス、大切にするわね!」
エリスの瞳がぱっと輝く。
「ほう、悪くないな」
ギレーヌの一言に、俺はは少しだけ肩の力を抜いた。
その彼女が言うなら、本当に悪くないのだろう。
「母様の手がかりが見つかったので、これから父様の方へ行こうと思います。
一段落ついたら、ラノアに移住することになると思います。
その時に、また手紙を出しますね」
「ええ、わかったわ」
「……字、覚えてますか?」
「覚えてるわよ、失礼ね!」
「……」
――たぶん、覚えてないだろうな。
でも、きっとその頃には、手紙を読んでくれる友達ができているはずだ。
いや、そう信じたい。
エリスも成長した。
「ギレーヌ、エリスのことをお願いします」
「ああ、任せろ」
「ギレーヌも、お元気で」
「ルーデウスもな」
ギレーヌがそばにいる。
それだけで、少し心が軽くなる。
彼女なら、エリスをしっかり守ってくれるだろう。
「ルーデウス!」
呼びかける声に、俺はそっとそちらを振り返る。
「必ず、強くなって帰ってくるわ!」
「……エリスは、もう十分強いですよ」
「まだまだよ。今の私じゃ、ルーデウスの隣には並べない。
だから……ルーデウスが安心して、背中を預けられるくらいになってみせるわ!」
言い切るように笑って、エリスは踵を返す。
ギレーヌと並んで、一歩ずつ、歩き出す。
未来のエリスは、最後まで俺と共に戦ってくれた。
どんなに強大な敵でも、どんなに絶望的な戦況でも――
彼女は、俺の隣に立ち続けてくれた。
――きっと今回も、そうなるだろう。
小さくなっていく背中を、俺は黙って見送っていた。
この目に焼き付けるように、静かに。
ルーデウスの視線を背中に感じながら、ギレーヌとともに歩き出す。
胸元には、ルーデウスからもらった黒いナイフ。手のひらで強く握りしめた。
「よかったのか、ルーデウスと別れて」
「……これでいいのよ」
「ルーデウスはパウロの息子だぞ。会わないうちに、女が何人もできるかもしれんぞ?」
「ルーデウスが選んだ人よ。いい人に決まってるわ」
ルーデウスが他の誰かをお嫁さんにしても、私は構わない。
そばに、私の帰る場所があるのなら……それでいい。
……ルーデウスが話していたロキシーやシルフィにも、いつか会ってみたいわ。
龍神に殺されかけてから、ルーデウスの雰囲気は変わった。
以前より落ち着いていて、何より……いやらしいことをしなくなった。
でも、私を見るその目は、変わらず優しい。
――私はルーデウスが好きだ。
ただ守られるだけじゃなくて、私もルーデウスを守れるようになりたい。
旅のあいだ、私はずっと守られていた。
ルイジェルドにも、ルーデウスにも――。
私は、ルーデウスを愛している。
けれど……今の私は、彼にはふさわしくない。
私は、ルーデウスの足手まといになる。
強くなりたい。
ルーデウスが、安心して私に背中を預けられるくらいに。
ルーデウスは、きっとこれからもっと強くなる。
強くなればなるほど、敵も増える。
いつかまた、龍神のような怪物と戦うことになるかもしれない。
ルーデウスはすごい。なんでもできる。
でも、できないことだってある。
人は、一人では生きていけない。
だからこそ、仲間が仲間のできないことをすればいい。
私には、ルーデウスのような魔術も、知識もない。
私にあるのは――剣だけ。
ならばその剣で、ルーデウスが安心して戦えるように支えたい。
ルーデウスの剣として、彼の力になりたい。
私はエリス。家名はもう捨てた。
けれど、いつかまた、胸を張って「グレイラット」と名乗れるようなくらい、強くなって、必ずルーデウスのもとへ帰ろう。
「ギレーヌ」
「ああ」
「行くわよ」
私はギレーヌと共に、駆け出した。