回帰した灰色鼠   作:実った青リンゴ

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復興への兆し

-フィットア領転移事件とは

 甲龍歴417年にアスラ王国フィットア領で発生した魔力災害。フィットア領の中心都市ロアを中心に広範囲の人や物、植物等が光に飲み込まれて消失。世界各地に出現した。この無差別転移によって多くの人命や財産が失われ、フィットア領自体も人工物や樹木が全て失われた大草原地帯になった。(某考察wikiより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリスを見送ったあと、俺は難民キャンプのテントに戻り、パウロに宛てて手紙を書くことにした。

 

 ゼニスが転移した場所は、確か……迷宮都市ラバンの近くにある「転移迷宮」だった。

 しかも、よりによってその最奥、守護者ヒュドラのさらに奥にある結晶の中だった。

 

 あのときは、パウロの命と引き換えに、ようやくゼニスを救い出すことができたが、廃人状態だった。

 ……、いや、ちょっと違うか?

 ゼニスは廃人状態ではあったが俺たちのことを理解していた……はず。

 

……次はパウロのことだ。

 

 パウロは俺を庇って死んだ。

 あんなにも必死にゼニスを救おうとしていたのに――結局、ゼニスに会うことすら叶わなかった。

 ……今回は、絶対にそんな思いはさせない。

 

 でも……さすがに、このことは手紙には書けないな。

 パウロの最期のことは黙っておこう。

 

 そして、転移迷宮の守護者、ヒュドラ――。

 

 魔力を通さない硬質な鱗を持ち、首を切り落とされてもすぐに再生する。そんな異常な性質を持つ魔物だ。

 

 前回は、首を一つずつ切り落とし、火で傷口を焼くことで再生を止めて倒した。しかし今回、俺には電撃がある。

 

 最大火力で傷口に電撃を叩き込めば、一瞬で気絶させることができるかもしれない。

 あるいは――感電死も狙える。

 

 転移迷宮の攻略にあたって、やはり《転移の迷宮探索記》は欠かせない。

 

 ギースいわく、あるのと無いのとでは、まるで違うらしい。

 

 確かに、俺自身も転移魔法陣の行き先なんて正確には覚えていない。

 場所によっては即死もあり得る、危険な罠だ。

 

 だったら、まずはラノア魔法大学に向かう必要がある。探索記は確か、そこにあった。

 

 それと――帰ってくる場所も、準備しておかないとな。

 

 問題は……これらの情報の出処だ。

 

 「どこでそんなことを?」と聞かれたら……どう答えるべきか。

 

 本当のことを言えば、こうなる。

 

 ――実は、俺は一度ルーデウス・グレイラットとしての人生を終えていて、これは前の人生から得た知識なんだ。精神年齢なんかパウロの三倍以上ある。

 

 ……そんな話、誰が信じるんだ?

 

 下手をすれば、気味悪がられて、息子としてすら見てもらえなくなるかもしれない。

 

 やっぱり、言葉を濁しておこう。

 

 「情報の出処は、訳あって話せない。ただ、信憑性は高いから問題ない」と、そう言っておこう。

 

 ……いや、これでもだいぶ怪しいか。

 

 

 パウロ達は、まだミリス神聖国に滞在しているはずだ。

 俺が到着するまでは出発せず、待っていて欲しい。――その意を手紙にしたためる。

 

 

 ペンを置き、息をつく。

 これで十分だ。

 細かいことは会ってからでいい。

 

 さて、魔術の確認もしておかなくてはならない。

 

 今日、久しぶりに魔術を使ってみて、ふと気づいた。

 どうも以前より魔力の総量が増えている気がする。

 あくまで感覚的な話だ。

 もともと俺の魔力量は常人の比じゃなかったから、明確な変化を測るのは難しい。

 けれど、間違いなく違和感がある。

 

 電撃魔術は問題なく発動できた。

 治癒魔術や解毒魔術も、詠唱を忘れていない。聖級までなら問題なく扱えるだろう。

 そして──問題は、重力魔術だ。

 

 オルステッドは「使い勝手が悪い」と言っていたが、俺としては重力を操るなんて浪漫の塊だと思ってる。

 理論を学び、感覚を掴み、練習を重ねた結果、風魔術と併用することで短時間ながら空を飛ぶこともできるようになった。

 応用すれば、敵の動きをずらしたり、地形を利用した戦術にも使える。……はずだった。

 

 ふと、机の上のインク瓶に目が留まる。

 ちょうどいい。軽く試してみるか。

 

 魔力を込め、集中する。

 ──はぁっ!

 

 インク瓶が、ふわりと空中に浮かび……そして、すぐにストンと元の位置に戻った。

 

 ……。

 

 ……嘘だろ。

 

 あんなに苦労して身につけたのに……今じゃこれっぽっちか。

 

 どうやら、重力魔術の感覚はほとんど失われているらしい。

 やはり、練習が必要だということか。

 とはいえ、少しでも使えれば、敵を翻弄させるくらいはできるかもしれない。

 工夫次第だ。

 

 ……そういえば、シルフィはどうしているのだろう。

 たしか、アスラ王国の貴族の庭に転移させられていた……はず。

 まあ、元気にやっているのは間違いないから。

 彼女なら、きっと大丈夫だ。

 

 もう遅いし、続きは明日考えよう。

 

 

 次の日の朝。

 俺は一通の手紙を手に、テントの外へと出た。

 

 難民キャンプの中でもっとも大きなテント――そこは、主にフィットア領の資料が集められ、復興に関する指示が飛び交う仮設の事務所だった。

 その中心にいるのが、アルフォンスだ。

 

 テントの入口をくぐり、彼のもとへと向かう。

 

「アルフォンスさん、手紙を出したいんですが、どこに頼めばいいですか?」

「手紙でしたら、私が係の者に渡しておきますよ」

「では、お願いします」

 

 俺が差し出した手紙を、アルフォンスは丁寧に両手で受け取り、慎重に懐へとしまった。

 そして顔を上げ、俺の目をまっすぐに見つめて、深く頭を下げる。

 

「ルーデウス殿。改めて、エリス様を無事にここまでお連れいただき、誠にありがとうございました」

「いえ。俺は当然のことをしただけです」

 

 そう返すと、アルフォンスはほんの少し口元を緩めた。

 わずかな微笑みだったが、その奥に、深い感謝の念がにじんでいた。

 

 ――ボレアス家の当主、サウロスは、生きていたにもかかわらず、転移事件の責任を問われて処刑された。

 胸糞悪い話だ。あの人は、フィットア領のことを真剣に考えてくれる数少ない人物だったのに。

 

 アルフォンスは、そんなサウロスの意思を継ぎ、今もなおこの地の復興に尽力している。

 

「そういえば、聞きましたか」

 

 アルフォンスがふと思い出したように口を開いた。

 

 「昨日、ルーデウス殿が改良した土壌からさっそく芽が芽吹いているそうですよ」

「えっ、もう芽が出たんですか!?」

 

 思わず声が出た。

 

「ええ。今朝、農夫たちが大騒ぎしていました。あれほど早く芽が出るとは誰も思っていなかったようで」

 

 ……やっぱり、魔術で作りだした土は何か違うのかもしれない。

 そういえば、アイシャにもよくねだられていたっけ

 ――「お兄ちゃん!土、ちょうだい」って。

 

「……ルーデウス殿は、今後の予定はどうされるおつもりですか?」

 

 アルフォンスの問いかけに、俺は頷きながら答える。

 

「母の手がかりが見つかったので、父を助けに行くつもりです」

「……そうですか」

 

 アルフォンスは一拍置いてから、静かに口を開いた。

 

「もし、差し支えなければ――数日で構いません。復興の手助けをしていただけないでしょうか?」

 

 ……転移魔法陣の遺跡を使えば、旅を急ぐ必要はない。

 少し、考えて俺は引き受けた。

 

「ええ、もちろん。喜んでお手伝いします」

 

 

---

 

 

 アルフォンスに頼まれたのは、怪我人の治癒に、西の土地の開拓、不足している石材の生産、そして城壁の建設。

 ……けっこうあるな、このじいさん、遠慮がない。

 まあ、順調にいけば一週間もあれば片付くだろう。ひとつずつ片付けていこう。

 

 まずは、怪我人の治癒からだ。

 

 アルフォンスに案内されて、テントの一つに足を踏み入れる。

 そこには怪我人たちが集められていて、ざっと見たところ、人数は数十人はいるようだ。

 

「土地の復興や開拓を進めるうちに、どうしても怪我人が出てしまいまして。ただ、新しい領主様は、治癒に長けた魔術師を一人も寄越してくれなくて……」

 

 金がもったいないからなんだろうな、あのケチ領主。

 

「治癒魔術を使える者も数名はいるんですが、一日に何度も使えるほどではなくて」

 

 治癒魔術が使えるだけで食うに困らないと言われてるくらいだ。無償で手伝ってくれているだけでも感謝すべきか。

 とはいえ、俺の場合、治癒魔術は詠唱ありでしか使えない。これは時間がかかりそうだな。

 怪我の程度によっては、中級魔術も使わないといけないかもしれない。

 ……まあ、四肢を失ってるような重傷者はいないだけマシか。

 

「わかりました。一人ずつ診ていきます」

「お願いします」

 

 

---

 

 

「母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん『エクスヒーリング』」

 

淡い緑色の光が、患者の腕を優しく包み込む。

 

「お、おぉぉ……」

 

 驚きと感嘆の入り混じった声が漏れた。

 これで、今日見る最後の患者だ。

 

「……折れてた腕が、まるで嘘みたいに痛くなくなってる……。癒しの魔術って、こんなにすごいんだな……」

「もう怪我しないように、気をつけてくださいね」

「ああ。本当にありがとな!」

 

 いやはや、さすがにこの人数は骨が折れた。

 外に目をやれば、空はすでに薄暗くなりはじめている。

 

「この人数を一日で終わらせるとは……さすがですね、ルーデウス殿。実に頼もしい限りでございます」

 

 そう言って現れたのは、様子を見に来たアルフォンスだった。

 

「日も暮れてきました。今日はもう、お休みになられてください」

「ええ、そうします。ありがとうございます」

 

 とりあえず、今日の分は完了。

 残りは、明日だな。

 明日は――西の土地の開拓か。

 

 

---

 

 

 翌日。

 事前に教えられていた場所へ足を運ぶと、すでに誰かが待っていた。

 

 昨日、土壌改良の時にも顔を合わせた男だ。名前は……たしか──

 

「ジャンさん!」

「おーっ! 先日ぶりだな、坊ちゃん。今日はここを案内するよう言われてな」

 

 相変わらず元気そうな人だな。

 

「向こうの方に、でっけぇ岩がいくつもゴロゴロしててよ。開拓しようにも、そいつらが邪魔でどうにもならねぇんだ。

 坊ちゃんの魔術で、なんとかならねぇか?」

 

 なるほど、岩か。

 それなら……雷光をぶち込めば割れるだろう。ついでに、地面にも魔力を流して整えておこう。

 

「ちょっと人がいないか確認してきます。ジャンさんも、危ないんで離れててくださいね」

「おうよ!」

 

 ワクワクした顔でジャンさんが離れていく。

 俺は土槍を応用した簡易エスカレーターで上昇し、周囲の安全を確認する。

 見たところ、人影はなし。

 

 雷光を落とすために、相棒──傲慢なる水竜王を構える。

 どうやら、ここは地中に巨大な岩が埋まっている土地らしい。掘っても掘っても、ゴロゴロと岩ばかり出てくる。それじゃ開拓も進まないってわけだ。

 

 魔力を込めると、それが黒雲となって空に現れ、目標の上空へと集まっていく。

 濃密な魔力が圧縮されていくにつれて、空間が歪んで見える。重力すら引き寄せるかのような、異様な緊張感が生まれる。

 

 意識を一点に集中させ、魔力を、さらに集めて……固めて……そして──

 

 ──落とすッ!

 

 

 

 バッガアアアアアアアアアアアン!!

 

 

 落とされた雷はまるで一筋の柱のようだった。

 腹の底から突き上げるような轟音が鳴り響き、それに続いて大地が震える。

 地中の巨岩が、一瞬にして粉砕され、地表が揺れ動くのを感じる。

 

「うっひょー! すげぇな、こりゃ!」

 

 ジャンさんの興奮した声が遠くから聞こえてくる。

 俺は息を整えながら、土槍エスカレーターの術式を解除し、ゆっくりと地面へと降り立った。

 そして、ジャンさんのもとへ歩いていく。

 

「やっぱ坊ちゃんの魔術は桁が違うな……。あんなもん、一生に一度見られるかどうかだぜ。

 それをあんたは、まるで日常の一部みたいに使ってのける。……こりゃあ間違いねぇ。坊ちゃん、きっとこれから有名になるぞ」

 

 そう言ってから、ジャンさんは俺の肩をポンと叩いた。

 

「ちょっとあっちの様子見てくる。坊ちゃんはここで待っててくれ」

 

 そう言い残し、ジャンさんは足早に奥へと向かっていった。

 

 

 

 昼ごろ、俺は炊き出しを求めて広場へ向かった。

 

「いらっしゃい、ルーデウスちゃん! 今日はあんたの好きな粥よ」

 

 炊き出しを仕切っているおばちゃんが、笑顔でそう声をかけてくれた。

 

 この世界の米は、少し黄色くて、ボソボソした食感。雑味もある。

 だけど、粥にしてしまえば案外いける。

 他の人たちには不評らしいが、俺は嫌いじゃない。

 

 ……これで梅干しでもあれば、言うことないんだけどな。

 

 ――アイシャの料理が恋しい。

 あいつが改良に改良を重ねて完成させた米は、ほぼ日本米だった。

 初めて口にしたときなんか、感動して思わず泣いたほどだ。

 

 炊き出しで腹を満たし、西の開拓も無事に終えた俺は、次の作業現場へと向かう。

 どうやら、次は不足している石材と城壁の整備。どうせならと、一緒に進めることになったらしい。

 

 紹介されたのは、このあたりの建築関係を仕切っているという男だった。

 屈強な体格に、たくわえた髭。どこからどう見ても、土木士の鑑という風貌の男だ。

 

「初めましてだな。俺はガリック。ここでは建築関係をまとめてる」

 

 がっしりとした手で握手を求められる。

 

「ルーデウスです。よろしくお願いします」

「噂は聞いてるぜ、雷鳴のルーデウス」

「……雷鳴の、ルーデウス?」

「ああ。干からびた土地を一晩で蘇らせて、ついこの前は西の開拓地に雷を落としたろ?

 雷の申し子だって、あちこちで話題になってるぞ」

 

 なんだそれ。ちょっと恥ずかしいな……。

 前回の時は泥沼って呼ばれ続けていたけど、今回は雷関連ばっかり使っていたからか。

 

「さて、本題に入るが――石材について相談したい。

こんなサイズと強度の石材を作れそうか? 建物の壁に使いたいんだが」

 

 彼は見本を出してくる。

 縦30センチ、横60センチ、厚さ30センチのブロック。硬さはコンクリート並みといったところか。

 

 建築用なら、強度を高めるために密度も上げたほうがいいな。

 試しにひとつ、魔術で石材を生成してみる。

 

「これは……」

 

 ガリックは俺の作った石材を手に取り、しばし黙り込む。

 木槌やノミで叩き、強度を確かめているようだった。

 

「これよりもう一回り大きくて、もっと頑丈なやつは作れねぇか?」

「はい。問題ありません」

 

 次はさらに魔力を込めて、サイズも調整する。

 重さもしっかりと増した、より堅牢なブロックが出来上がった。

 

 ガリックは表面を削りながらじっと観察していた。削られた粉がぱらりと舞う。

 

「……魔術ってのはすげぇもんだな。

いや、他の魔術師でもこんなもん作れる奴、聞いたことねぇ。

あんたが凄ぇんだな。……こんな石材、本当に無償で提供してくれるのか?」

「ええ。作ろうと思えば、いくらでも出せますから」

「……転移事件の後、俺たちはいろんなもんを失った。資材も、設備も、人手もな……。どれも足りねぇ。

 ほんとに助かるよ、ありがとさん」

 

 魔力さえあれば、いくらでも作れる。

 俺の魔力は常人の比じゃない。そう簡単には尽きない。

 これで力になれるのならいくらでもやるさ。

 

「じゃあさっきの石材を、3対1ぐらいの割合で――この辺り一帯に敷き詰めてくれ」

 

 示された範囲は思っていたよりも広い。……時間がかかりそうだ。

 

「それと、城壁についてなんだが……一気にドワッと作り出すってのは、可能か?」

「いえ、さすがにそれは厳しいです。

ただ、設計図があれば、それを見ながら何度かに分けてなら作れますよ。壁部分だけですが」

「充分だ。ちょっと待ってろ、すぐに持ってくる!」

 

 ガリックは勢いよく駆け出していった。

 その間に、指定された範囲へ石材を生成していく。

 ひとつ、またひとつと。

 

 一つ一つ手作業だから、どうしても時間はかかる。

 城壁に取りかかれるのは、どうやら明日になりそうだ。

 

 やがてガリックが、設計図を手に戻ってきた。

 俺は石材作りを中断し、それを受け取る。

 

 見たところ――数年前に見た、ロアの城壁と同じような設計だ。

 これなら、イメージしやすい。

 

「ところで、ガリックさん、建物より先に城壁を建てちゃっても大丈夫なんですか?」

「ああ。ロアは“城塞都市”とも呼ばれてたからな。

 城壁はロアの象徴だ。だからこそ、まず最初に建てることができるのならと思ってたんだ。

 城壁が立てば、復興の象徴にもなるし、開拓民たちの希望にもなるだろ?」

 

 ――確かに、あのロアの城壁は圧巻だった。

 あれを再現できれば、民の士気もぐっと高まるはずだ。

 

「では、頼んだぞ。雷鳴のルーデウス」

「はい、任せてください」

 

 

 

 そして、――数日かけて俺はロアの城壁を完成させた。




次回からラノアに向かいます。
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