青い炎   作:Halnire

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MyGO本編、Mujica本編、劇場版、ガルパの情報を含みます。
歌詞の直接引用はありません。


その1

 

 

『メロン味だった』

 要楽奈(かなめらーな)はギターを静かに(うた)わせながら、ボーカルのMCにそう答えた。

 会場に温かい笑い声がさざめく。

 

 今日のライブのセトリはいつもどおり五曲編制だった。

 今は四曲目の新曲披露を終えて、次の曲のイントロアレンジを楽奈は奏でている。

 他のメンバーは静かだ。

 みんなすっかり温まっていて、いい顔をしている。すぐに音を出したくて仕方がないという顔だ。

 だからといって誰もMCに口を挟まない。

 ボーカルが静かに語る声を聴くのが、みんな好きなのだ。

 

 次は最後の曲。

 楽奈はこの曲がすごく好きだ。

 祖母からもらったこのPOTBELLY(ギター)も、これ以上ないというくらいご機嫌に(うた)ってくれる曲だ。

 そして何よりも、今、目の前で自分に語りかけているこのボーカルの女の子の――

 ともり。〝高松燈〟。

 ――最高に気持ちよさそうにうたう、その横顔。

 それが楽奈は大好きだった。

(うまい空気が、ずっと吸える)

 うたう燈からは、爽やかな風が吹く。

 窓一つないライブハウスの中では風なんか吹くはずがないのに、燈の居る場所からは一切の澱みのない、澄み切った空気が溢れ出る。

 楽奈はそれを全身で吸い込む。すると心臓がどくどくと力強く鼓動する。命が燃え上がる。

 燈のそばに居れば楽奈はめいっぱい息ができる。生きていられる。

 だから、生きている限り、ここが自分の居場所だった。

(一生、やる)

 軽々しく一生なんて言うもんじゃないと、あの日祖母は言った。

 でも楽奈は見つけた。自分が生きる場所を。

 だから言う。

 燈と一生かけて、やりきってやる。

 

 楽奈は速い思考を走らせて、あの日の祖母の言葉から呼び起こされた過去のあれこれを思い返す。

 昔の出来事をいちいち思い起こすのは億劫で、普段ならわざわざそんなことはしない。

 でも、ステージで燈と向かい合っている、今。

 これから持てる力を全部ギターに注いで何も考えられなくなるその直前の、今。

 居場所を探してさまよい続けている思い出の中の自分自身に向かって、楽奈は思い切り自慢してやりたい気持ちになっていたのだった。

 命を燃やす、今の自分を。

 

 

    ◇

 

 

 自分の中の一番古い記憶は、母親か猫かギター、どれかの声だった。

 

 母親の(うたい)は、楽奈のことをとても大切にしてくれた。

 彼女が混じりっ気無しの愛情を注いでくれたことを楽奈は全身で理解している。しかしそんな母親に対してでさえ、楽奈は自分の心をうまく伝えることができないことを感じていた。ちょうど家の周りには猫がたくさん居ついていて、彼らとなら楽奈は心を通わせられることも知った。

 楽奈は自分が生まれつき人間からズレた存在であることを自然と学んでいった。

 

 ズレている楽奈も中学生にもなれば色々なことを理解する。

 楽奈が今の自分の在り方をとくに苦痛もなく受け入れられているのは、母親をはじめ家族のみんなが型破りな人間ばかりだったからだ。

 (うたい)は洋服のデザイナーか何かの仕事をしていて、いつも新しいこと、人と違うことをやろうとしている人間だった。父親の(つよし)も細かいことを気にしない人間で、小さい日本を飛び出て世界を舞台に戦っているのだという。

 楽奈は他の人間からズレた自分を何も後ろめたく感じることなく育ってきた。

 

 家族の中でも祖母の詩船(しせん)が楽奈に与えてくれたものは特別だった。

 詩船はライブハウス『SPACE』のオーナーをしている、元は有名なギタリストで、楽奈をとても可愛がってくれた。

 楽奈は物心つくはるか以前からギターに触れさせてもらい、SPACEにも連れて行ってもらっていた。だから楽奈は自分がギターを弾き始めた時のことなど覚えていない。自分がギターを弾けば誰かが音で応えてくれることに気づき、その音に自分が別の音で応えるとまた別の音がどこかから返ってくるということを、楽奈は言葉よりも早く覚えていった。

 SPACEではギターがあれば言葉は要らなかった。人間相手に上手く伝わらない不便な言葉をこぼす口や舌よりも、ギターのほうがずっとずっと奇麗で繊細で力強い音を出してくれた。

 やがてギターを持つことが呼吸をすることと同じになった。楽奈はSPACEにいれば息ができた。他の人間と心を交わしあえた。ここでは楽奈は人間たちの同族として生きていられた。

 

 楽奈はSPACEに入り浸る毎日で同族である人間についていろいろなことを学んだ。

 人間は楽器を鳴らしていなくても歌を唄っていなくても〝音〟を出していて、耳で聞こえる音もあれば聞こえない音もあった。それはちょっとした息遣いであったり身体のふるえの小さな音であったりした。

 生まれつき他の人間よりも鋭かった楽奈の感覚は、繊細でわがままなギターとつき合っている間に研ぎ澄まされたようで、やがて楽奈は音以外にも、わずかな頬の紅みや瞳孔の大きさの微妙な変化なども気づくようになった。といっても楽奈は『顔が赤い』『瞳孔が開いた』などと言語化はしない。不便な人間の言葉にのんびりと翻訳したりせず、楽奈の回転の速すぎる脳みそは音や映像に一瞬で変換して捉え、咀嚼する。

 楽奈の脳裡に浮かぶ人間の感情イメージはいろいろな形をとったが、一番多く見えてくるものは炎だった。

 楽奈は音楽や猫と同じくらい、祖母が仕込む和食や和菓子が好きだった。

 祖母が楽奈の大好きな抹茶羊羹を作るとき、楽奈は必ずといっていいほどガスコンロ近くで煮詰まるのを待つ。ちろちろと揺らめく炎を眺めていると、楽奈は待つことが苦痛ではなかった。絶え間なく色と形を変える炎の姿を、楽奈は自然と心に焼き付けていたのだった。

 そんな楽奈から見ると、SPACEに出入りする女たちは一人残らず真っ赤な火を燃やしていた。

 全員音楽が大好きで、絶対にここで歌ってやるぞ、ずっとここで歌い続けてやるぞ、と願っていることが楽奈には眩しく見えていた。

 あちこちに燃える明々とした火の中心にいるのは、いつだって祖母だった。

 SPACEにいる祖母は、楽奈からは真っ白い炎に見えた。この場所にやってくる女たちに火を点け、燃え盛る炎に育てる大きな篝火だった。

 祖母は自分のやりたいことをやり尽くそうとする女だった。『やり切ったかい?』が口癖で、周りを巻き込んででも我欲を押し通してやり切ろうとする女を〝面白い女〟だと品定めした。

 その祖母がSPACEを閉めた。

 ライブハウスをやり切ったからだと言った。

 SPACEから旅立った女たちは、みんな祖母みたいに明るい篝火になって巣立っていった。面白い女ばかりだった。ライブハウスを去る女たちを嬉しそうに見ていた祖母を思い出すと、楽奈は温かい隅っこで丸くなりたい気持ちになった。

 寂しい、と思っている自分がいた。

 温かい隅っこもやがて無くなった。楽奈は夜をひとりきりで過ごす迷い猫になった。凍える夜を何度も何度も過ごした。

 SPACEを去る女たちは、仲間たちと居場所を作っていた。そこに楽奈は入れなかった。そこが楽奈の場所じゃないことは言われなくてもわかった。

 居場所はまた誰かが作る、と祖母は言った。楽奈はその居場所を自分で探さなければいけない、とも。

 祖母のその言葉をたよりに、楽奈は居場所を見つけるため、新しくできたライブハウスRiNG をさまよう野良猫になったのだった。

 

 

    ◇

 

 

 『さっきよろけたとき、そよちゃんが手を引いてくれた』

 燈のMCは続く。

 燈に語りかけられて、そよの火が大きくゆらめいた。

 そよは、よくわからない奴だ。

 燈の近くにいると火が大きく燃える。近づきすぎたときは火がゆらゆら揺れて消えてしまうんじゃないかと思ったりもする。燈の近くで息ができるのは楽奈と同じなのに、燈に近づき過ぎても息ができない。面倒くさい奴だった。

 それでもこいつは、あの一年前のライブで、自分で燈のそばに戻ってきた。風に吹き飛ばされて消えてしまいそうになりながら、それでも燈たちの手をつかんだ。だからこいつも楽奈と同じ熱をもった仲間だった。

 

 そよが戻ってきたときのライブは、思い出すと毛が逆立ちそうになる。ぞわぞわする。

 燈の横顔を見る。あのライブのときの燈はすごかった。楽奈自身もすごかった。今までの自分じゃないみたいだった。

 燈はあのライブの日までずっとうたい続けていた。

 燈はみんなが戻ってくるように祈るようなことはしなかった。天の神様なんていう地に足のついてない奴には頼らなかった。ライブハウスから突き抜けろとばかりに、相手に声が直接届くと信じてうたっていた。そしてちゃんと全員取り戻した。消えそうな火を絶対に消さなかった――

 楽奈のピックがわずかに震える。

 あのときの自分を思い出すと、胸を張りたくなるのだ。

 静かなアルペジオを奏でながら、楽奈は一年前の、あのライブまでの日々を思い起こしていた。

 

 

    ◇

 

 

 燈は最初、毎日一人で(うた)っていた。

 ちらっと見えた凛々子(りりこ)のスケジュール表には、毎日毎日〝高松燈〟の名前があった。

 楽奈が一度ホールを覗いたとき、燈は一人でステージに立ち、ぼそぼそと何かを読んでいた。声は全然聞こえなかった。やっと立てるようになった子猫みたいにか細い声だった。たぶんそれまでの毎日は、立つこともろくに出来なかったんだろうなとぼんやり思った。

 捨てられた子猫みたいに哀れなのに、それでも小さくちろちろと瞬いていた燈の火は、楽奈の心のまぶたに焼きついた。

 

 まさしく燈の種火は、その後も決して消えなかった。

 ある日、RiNGの楽屋裏で差し入れの抹茶コロネを狙っていると、スピーカー越しに燈の声が聞こえてきた。相変わらずぼそぼそという朗読だったけれど、声は前よりもずっと遠く強く届いていた。たぶんあれから毎日、(うた)っていたんだろうなと楽奈は思った。

 急いでコロネを喉に押し込むと、ギターを引っ張ってステージに向かった。

 ステージ上手(かみて)に上がってみると、ちょうど(うた)の切れ目だったのか、燈は紙の切れ端を持ち、スポットライトの中で一人マイクを持って立っていた。 他に誰もいない、音楽もないステージは周囲の暗闇が濃密に見えた。煌々と照らしているはずのスポットライトもなぜか弱々しく見えた。 背を丸めてうつむきながらマイクを握りしめる燈の姿は、重たい暗闇に押しつぶされてしまいそうだと思った。

 ところがそのとき、燈がマイクに向かって声を発した。

 瞬間、楽奈の目には燈からさっと暗闇が遠のくように見えた。

 燈の声が大きくなるに従って、暗闇はどんどん押しのけられていった。

 燈の小さい火は、大きさはそのままに、その色を変えていった。赤く暗い火が、明るいオレンジになり、黄色を超えて白く映った。

 気づけば楽奈はギターを弾いていた。そうするのが自然だと思えた。

 楽奈の奏でる音を当然のように受け入れて、燈は朗読を続けた。

 楽奈のギターが音を高めると、燈の火は大きく燃えた。音を低めると火は小さくなった。楽奈のギターに合わせて燈の火はどくどくと脈打った。それは真っ白な心臓のようだった。

 鼓動とともに燈の(うた)はときに強く、ときに幽かにホールに広がった。

 燈の(うた) はまるで熱い火の粉みたいだった。ライブハウスのあちこちで小さな火が灯っていった。そのうち会場から拍手とすすり泣きが沸き起こって、燈の(うた) は終わった。

 

 燈は本当に面白い女だった。楽奈はもう、彼女の朗読に全部付き合うと決めていた。

 翌日の〝高松燈〟のステージでは、始まる前から楽奈がスタンバイしているくらいだった。ワクワクして仕方なかった。

 こうして始まった二人のセッションは、最初から一つだったみたいにぴったりと噛み合った。

 楽奈がアドリブでアレンジを入れると燈の声は起伏が変わったし、即興で詩を入れ替えることもあった。燈の朗読が抑揚を変えれば、楽奈は彼女が欲しいフレーズが即座に判った。打合せも言葉も目配せも何も要らなかった。一瞬一瞬で変わっていく音の流れに二人は身を任せるだけだった。

 燈と楽奈は、お互いがお互いの楽器のように音楽を生み出していった。

 二人だけのライブは何週間か続いた。

 出会いを喜ぶ詩を(うた)った。

 別れを悲しむ詩を(うた)った。

 分不相応な希望に手を伸ばした自分を悔やむ詩を(うた)った。

 生きづらい世の中で一人うじうじと悩む自分をなぐさめる詩も(うた)った。

 ライブハウスの中に灯る火は、そのたびに少しずつ数を増やしていった。

 そのうち、燈はもっと遠くに(うた)を響かせたがった。ライブハウスの外まで届けと願うようになった。燈の背中を支え、ときには強く押してくれる音が必要だった。そして燈が今、誰の音を求めているかなんて、とっくに楽奈は判っていた。

 楽奈は立希(たき)をステージに引っ張り出した。

 

 RiNGのカフェで眉間にしわを寄せてコーヒーを淹れている立希の心の火は、ずいぶん前からゆらゆらふらふらと危なっかしい燃え方をしていた。ずっと燈のいるステージに上がりたくてたまらなかったくせに、楽奈にはよく解らないあれこれに囚われて動けずにいたことくらい楽奈は勘づいていた。こいつも大分面倒くさい奴だった。

 実際、ステージの上に乗せたとたん、立希の奴はすぐにぱっと燃えだした。

 スネアが楽奈のギターに追いつくと、軽く切れのいい音を撒きながらすぐに先頭へ躍り出た。『私についてこい』と言っている。そのくせ燈の(うた)を決して追い越そうなどとはしない。どっしりと後ろから支え、燈が前に進もうと思えばときには軽く、ときには力強く背中を押し出す。

 立希の力をもらって燈の声が会場を突き抜ける。RiNG を飛び出して外に届く。ライブハウスにはもっと人が増えた。

 

 ある日、愛音(あのん)の姿がホールの後ろに見えた。燈も気づいていて、愛音と目を合わせていた。けれどもステージに上げようとはしなかった。たぶん燈が自分で愛音を連れ戻してきたのだと楽奈は気づいた。愛音は人間の言葉で燈と解り合える奴らしい。楽奈は愛音がちょっと羨ましかった。

 愛音はそれから何回か、ホールに来た。ステージには上がらなかった。音楽を聴いているだけのようだ。あとで立希が『あいつは準備してるんだよ、見栄っ張りだからな』と言っていた。楽奈にはよくわからない感覚だった。

 

 最後に、そよが戻ってきた。

 最初はホールの後ろにいた。ずぶ濡れの子猫みたいで、心の火なんて消えかけていて見えないくらいだった。

 燈もすぐ気づいて、次の瞬間には火花を撒き散らすようにして真っ直ぐそよに向かっていった。

 燈が手を握って引っ張り出し、立希がバスドラ一発で背中を押して、愛音がステージに引き上げて、楽奈がダメ押しに楽器を渡してやった。

 燈の火は、今までで一番深い色をしていた。いろいろな感情がぐちゃぐちゃになっているみたいだった。それでも、絶対にこれだけはやると燈が決めていることは解った。それは、目の前にいるこの濡れ猫にうたを届けることだ。

 

 楽奈はすっかり弾き慣れたアルペジオで燈の心をいざなう。

 燈がそよの手を握ったまま(うた)い始める。

 立希のスネアが並走する。昂ぶる燈の心臓を『まだ抑えていて』となだめてるみたいだ。

 リフを繰り返しているうちに五人の心が少しずつ向き合う。そよはまだ爪を立てて唸っている迷い猫みたいな顔をしていたけれど、心に小さな火が灯っていた。燈に挑むつもりらしかった。ここから逃げ出すことはしないと決めていた。

 立希のフォーカウントが入って楽奈がフレーズを走らせる。愛音のギターがちゃんと食らいついてきた。こいつは立希の言ったとおり音を聴いて準備してきたらしい。そよは初めて聴いたはずなのにしっかりリズムを取っている。五人の音楽がやっと始まった。

 

 立希のドラムに背中を押され、それまで抑えられていた燈の声がほとばしった。

 燈はこれまでもステージ(ここ)でずっと、喜びも悲しみも、諦めも後悔もなぐさめも全部ぜんぶ(うた)ってきた。今はそれらを一息にして吐き出すときだった。――自分のせいでふたたび失ったものを。大切と判っていたはずのものを。ちから無く手を離してしまったものを。取り戻したい。握り返したい。今度こそ諦めたくない――!!

 

 楽奈は集中力を絞り尽くして燈の(うた)に自分を同化する。燈が速度を欲しがっている。風を切って裂いてその摩擦ですりきれて燃え上がってしまうほどの速度を。楽奈はピックを持った右手にうなれと念じる。(うた)の激流の中へ逆しまに飛び込んでなお、絶対に燈から振り落とされるなと自分自身に厳命する。さあPOTBELLY(あいぼう)、存分に(うた)え叫べよと叱咤する。

 そよに向かって声を振り絞る燈の火は、もう真っ白に過熱されていた。そよの火は燈の輝きに真正面から照らされてちっとも見えなくなっている。その火はもうすぐかき消されてしまうと思えた。だけどそうはならなかった。

 燈の火が色を変えた。

 真っ白を通り越したその色は、地上には存在しない色だった。

 楽奈が猫たちと夜空を見上げていたとき、強く目に焼き付いた色。

 無数にきらめく星々の中でひときわ明るく輝く、一等星をも超えた色。

 理科の授業でぼんやり記憶のあるあの星は、確か『シリウス』といった。『天を焼き焦がす者』を意味する、凍える冬空を照らす青白い焔の名前。それはかつて闇夜の大海原にさまよう航海者たちを導いた、天空の灯台だった。

 焼き焦げて消えたように見えたそよの心は、次の瞬間、燈の火が燃え移ったみたいに青い炎を揺らめかせた。気づけば愛音も、立希も、青い炎を灯していた。楽菜が見下ろすと、自分のみぞおちにも青白い火が小さく燃えている。どくどくと脈打ち、燈の(うた)を吸い込んで熱を吐き出している。熱は見えない器の中で激しく渦をまき、今まさにふちを乗り越えようとしていた。立希も愛音もそよも、そして燈も同じだった。五人の熱があふれ出て一つになろうとしているのだ。

 最初に立希があふれた。必死に押さえようとした目蓋から熱い輝きが漏れた。それは一瞬で愛音に伝わってその頬を濡らし、そよに届くと大粒のきらめきがこぼれ落ちた。楽奈からも熱いしずくが無数に飛び散った。それが涙か汗かなんて違いはどうでもいいことだった。誰よりも灼けた熱はステージからもあふれ出て、たちまちホール全体を満たしていった。それは燈のうただった。

 

 そのうたは突然生まれたメロディに乗っていた。たぶん燈の頭の中はからっぽで、作曲なんて考えているわけがない。燈はただ、ホールを満たす青いうねりに一体化して、必死に音を生んでいるだけだった。それは正真正銘、この瞬間かぎりの〝(うた)〟だった。

 楽奈は考えるまでもなく主旋律を燈に明け渡すと、小刻みなリフを繰り返す。楽奈がやるべきことは青い波濤の先頭に立つ燈を、絶え間ないリズムで支えるだけだ。そんなことは立希もとっくに判っていて、あいつはさらに深いところでどっしりと構えている。

 愛音とそよは波に飲み込まれている。愛音がそよの手を引いて必死に浮かび上がろうとする。立希が懸命に下から押し上げる。楽奈は愛音が追いついてくるのをガラにもなく見守ってやる。愛音と楽奈が揃った一瞬、そよと愛音が一気に浮かび上がり、そよは波頭に放り上げられた。波の尖端を青白い輝きが包み込む。待ち構えていたかのように燈がしっかりと手を握ってそよを掴まえる。

 楽奈はふたたび先頭に立った。

 燈と並走、加速する。肺が息をできなくなるほど速く。無数の音が生まれ、無数の鼓動に息を吹き込む。心臓は音楽で息をする。みんなの青い炎が音楽を吸い込んで温度を上げる。肺呼吸なんていらない。肺は声さえ出せれば充分だ。

 楽奈の頭はとっくに真っ白になっていて、ギターを無我夢中になって走らせるしかできない。相棒はそれに応えてうなりを上げる。ここにいる誰も彼もが何も考えなくていいように。みんなぐちゃぐちゃになって青い炎に灼かれればいい。燃え残るものは音だけでいい。一つの音楽になれればそれでいい。

 視界が光で塗りつぶされ、燈も立希も愛音もそよも会場の客も自分自身も、ぜんぶの境い目がわからなくなってゆく、その瞬間。

 とうとう波濤が砕けた。

 青白い輝きが無数に飛び散った。

 青のうねりはゆっくりと渦をまく。

 会場全体を巻き込んだ青い大渦になる。

 中心にいるのは燈とそよだった。

 燈に抱きとめられたそよはもう、ただの奇麗なきらめきになっていた。

 愛音も立希も真っ白いきらめきを渦の中に振りまいている。

 楽奈自身だって気づけばきらめきの源泉だった。

 今、RiNGは数え切れないほどのきらめきの大渦だった。

 

 最後のフレーズを奏でながら、楽奈は思い出していた。

 ぼんやりと聞いた理科の授業。

 ――銀河って、こんな感じの星の渦だったな。

 

 

 

 




焚音打の「青い炎」は、楽奈がぽろっと口に出したんじゃないかな、
なんて思っています。
そこから着想した小説です。

いろいろ独自設定を入れてますが、詩超絆からムジカ13話のライブまで1年経過した、というのはたぶん原作準拠です。
ムジカが9月20日に解散、それから1ヶ月は睦のDIDが放置されていたにもかかわらず、13話のライブは10月18日。同年は無理だよね、という理由です。

次で〆です。
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