青い炎   作:Halnire

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〆です。


その2(終)

 

 

 楽奈は過去に沈んでいた意識を戻す。

『季節が、変わってた』 

 燈のMCが終わるところだ。

 楽奈は余韻を残して静かなアルペジオを終える。

 あれから季節がひとめぐりしても、あの日()った音楽はまだスコアも出来ていないし曲名すらない。みんなの中で二度と演奏しない曲になった。

 代わりに数多くの曲が生まれた。これからうたう曲もその一つだった。

『ともりん』

 愛音が呼びかける。

 燈がゆっくりと前を向く。

 楽奈もそれに合わせて一瞬だけホールに目を走らせる。

 一面が、うっすらと青い。

 客の一人一人、みぞおちのあたりに小さく青白い火が(おぼろ)に見えた。

(いこう)

 楽奈は愛音と同時にピックを動かす。

 ギターが(うた)う。

 音が放たれた瞬間、視界に広がる灯火たちがわっと膨らむのが判った。

 みんな、あの星の渦で一つになった灯火たちだ。

 あのときRiNGに居た理由なんて、みんなバラバラだっただろう。それでもあれから一年が過ぎて、ここに居る客たちはずっと一緒だった。これからも一緒だろう――たぶん、一生。

 ホールのあちこちから、両手をゆっくりと掲げるシルエットが見える。影たちは左右の手を頭上で繋いだ。

 応えるように燈が(うた)う。繋いだ手をもう何があっても離さない、と。

 

 立希のカウントが入った。

 みずみずしくタムがとどろく。

 背中を押されて楽奈と愛音のギターが一気に(はし)る。

 このメロディは楽奈が引っ張る。立希が渾身の力で書ききったメロディは、気持ちよく白い火花を撒き散らし、ときに渦を巻きながらなだれ疾駆する碧浪(へきろう)だった。

 愛音の右手は軽々とついてくる。前はリズムを取るだけで精一杯だったけれど、今は楽奈の音に一瞬で合わせてくる。

(あのん、笑ってる)

 きっと自分も同じような顔をしてるだろう。この曲は、ここからずっとこの顔のままだ。

 二人で競い合うようにして駆け上がったその後ろを、立希のドラムとそよのベースが八分音符で轟然と追いかける。

 頂点まで昇りつめたところで、楽奈は主旋律からすっと身を引く。そこへ燈の(うた)う詩が滑り込んだ。続けて楽奈は愛音、そよ、立希と一緒に詩を返す。君を笑うはずなんてない、と。笑っているのは、これから一つの音楽になれる喜びが湧き出てくるからだ――

 楽奈は燈みたいに詩をうまく言葉にできない。ギターがなければ伝えられない、そう、ずっと思っていた。でも燈はこの詩を書いて、楽奈たちに宣言した。

(このうたは、みんなでうたう、うた)

 燈が叫ぶ。この音で響き合えと声を振り絞って叫ぶ。応じて愛音とそよが叫ぶ。楽奈と立希も叫ぶ。

(ことばも、気持ちいい)

 声はホール全体に一斉に火を(おこ)す。

 立希のドラムがまだまだ燃えたりないぞとばかりにビートを倍にする。あちこちに灯った火をさらに焚きつける。後から来る音色(メロディ)を受け止めてみせろと発破をかける。

 立希は楽奈に約束した。うまい空気を吸わせてやる、と。燈の近くでなければ息ができない二人が、めいっぱい呼吸するために手を握った。

 今、立希はいい空気を吸うために全力だ。この曲もそのために立希が書いた。取引した楽奈も全力でそれに応える義務がある。

 立希のスネアが十六分音符を吐き出し、燈が大きく息を吸い込んだ。

 燈が詩をメロディに乗せ、〝歌〟になる。

 胸の中心に誰よりも強くゆるがない青白い火を宿して、燈は歌う。

 ここにいる全員を照らす、まばゆいシリウスの宿し手。

 ここにいなければただ星と石が好きなだけの女の子だった燈は、ここにいなければただ暗闇の中にさ迷っていたはずの楽奈と立希を、その輝きで導いた。

(一生、ともりの隣にいる)

 明日がどんなに遠くても、一生やると決めたなら些細なことだ。

 燈は歌う。迷うことに迷わなくていいと。

 楽奈は心の中で強く首肯く。

 どこに進むかなんてどうでもいい。道に迷ったってかまわない。ただ、燈のそばで一生、音を鳴らすだけだ。

 ここでうたう。それがすべてだ。

 

 燈の歌の余韻に重なって、五人が一緒に声を出す――愛音が英語で書いた詩――これはわたしたちのうたなんだと。燈が『このうたはみんなでうたう』と言ってからいくらも経たずに愛音が『歌詞も入れていい?』と提案した。立希が最初だけ渋い顔をしていたけど、すぐにみんなで賛成した。誰よりも燈が嬉しそうだったことを楽奈は思い出す。

 全員で(おこ)した火を受け継ぐようにして、楽奈がメロディを奏でる。伴走する愛音の右手から生まれる音も加速する。ちらと右側を見ると、愛音がステージ前方に出ていって速いカッティングリフを見せつけていた。その瞬間、愛音の前だけ灯った火が一気に燃え上がる。

(あのん、おもしれー女)

 こいつは楽奈が思いつかないことを簡単にやってくれる。それが最高に羨ましくて楽しい。

 

 ふたたび燈が詩を詠う。

 ここから愛音が奏でるカッティングが前面に出て、燈の詩と並走する。そよのベースがサブメロディの楽奈にぴったり寄り添ってきて、下から支えてくれる。終盤に向けてみんなで一気に加速する。汗が目に入るけれども気にしていられない。熱いしずくはどれほど飛び散ったっていい。

 燈は詠う。そのままじゃ人に伝わらない言葉を、音楽にして伝える。音色ならわかりあえる。そこではみんなが熱いほとばしりになって、どこまでも広がっていけた。

 二回目のヴァースに突入する。

 『らあな』と呼ばれるこの部分に入ると楽奈の四肢は力がみなぎる。

 歌詞をみんなで見ていたときのことが脳裏によぎる。詩の中になんとなく自分の名前を見つけて『らあな、ここにいる』と言ったのが始まりだ。愛音がすかさず『なにそれエモい! じゃあ全員の名前入れようよ!』と叫び、立希が呆れ顔で応え、そよが『愛音ちゃん本当そういうことやりたがるよね』と低音で返した。だけど燈が『みんな、入れたい』と言った。それで決まった。

 ライブハウスの迷い猫はもうひとりで迷わない。

(いまはもう、ここにいる)

 どれだけさ迷っても、みんなと同じ熱を持ち合っている。青い種火が消えることは一生ない。凍える夜はもう来ない。あの天を焦がす宿し火が、楽奈たちを明るく照らすから。

 みんな違う理由を握りしめてここに来た。それでも今は一つの灼けた熱になれた。わたしたちの音楽になれた。

 五人が一つになって叫ぶ。

 ここの歌詞を書いた立希が、どこまでも透れと声を張り上げる。

 音楽に難しいことは要らない。

 わたしたちは必死にやるだけだ。

 わたしたちのうたは、心の叫びなんだ。

 わたしたちはパンクロックなんだ。

 

 再度、燈が大きく息を吸う。

 喉を鳴らす。

 迷い人たちを照らすシリウスの青白い焔はとっくにステージを超えて燃え広がっている。ホールの一人ひとりが青い灯火を煌々と燃やし、この世の果てまでもついて往くと四肢に力をみなぎらせている。ホールを満たす青く熱いうねりは、あの日のように大きな渦を巻いていた。ここは締め切ったライブハウスのはずなのに、澄み切った空気が湧き出してくる。清涼な風が吹く。風を裂いて前へ駆ければうまい空気がからだに流れ込む。心臓が果てしなく速く鼓動を打ち、無尽蔵の熱を生む。

 あの日、波に巻き込まれぐちゃぐちゃになっていたそよは、今日、みんなと一緒に青い波濤の先頭に立った。燈の掲げる右こぶしには、星の光を燃やすたいまつがある。その隣で誰よりも胸を張って、そよのベースがうたう。音楽を呼吸してそよの火が喜びに打ち震え、爆ぜ踊る。

 燈が歌う。無数の灯火に向かって高らかに歌う。みんなとならどこまででも往ける。往く。往こうと歌う。

 その声にはじかれるようにして楽奈はステージの前に飛び出した。

 頭が真っ白になりそうな中、(うた)ギター(あいぼう)と右手にからだの熱を総動員する。愛音に負けていられるかと歯をむき出しにしてギターソロを見せつける。ダメ押しに脚を蹴り上げ、全身から音を撒き散らしてやる。

 楽奈の音を注がれて、青い大渦の中にまばゆい光が無数に灯る。いつかのようにRiNGがきらめきの大渦になる。

 燈が朗々と歌うその隣で立希と楽奈が歌う。青白い焔を燃やしながらそよが、愛音が歌う。視界を埋め尽くす銀河の星々が歌う。シング・アロング――そよがメロディを書いた。愛音が歌詞を書いた。あの日ぐちゃぐちゃな心を青い炎に灼かれ、一つの音色になって燃え残った二人にふさわしい音楽だった。焼け焦げた欠片たちが今、こんなにも奇麗な歌を生み出す楽器になっているなんて誰が予知できるものか。だからこそ、たとえ明日がいつまでも見通せない闇だったとしても、進むわたしたちはそれ以上に未知数(アンノウン)だと(うた)うのだ。

 繋いだ手を掲げて、無数のきらめきたちが一つになってうたを歌う。あの日を圧倒するほどの巨大な音の銀河からとめどなく歌がほとばしる。その無限にあふれる歌の中を、右手を掲げた燈が詠う。

 暗闇の中で迷っても。

 はぐれても、繋いだ手がほどけそうになっても。

 転んでも、傷ついても。

 それでも立ち上がって、見えない明日に一緒に踏み出して往こう。

 

 燈が世界に向かって誇らしげに宣言する。

 楽奈も右手を掲げる。こぶしを握りしめて、燈のように力いっぱい突き出す。

 握り締められたこぶしは、みんなのこぶしと一つになる。

 楽奈はいつだって野良猫で、これからも迷い猫だ。

 だけど一人じゃない。

 

『迷うことに、もう迷わない』

 

 さあ、闇夜をさ迷っていこう。

 

 その青い炎を、ともしびに。

 

 

  〈了〉

 

 




【あとがき】

お読みくださり、ありがとうございました。

バンドリは新参者です。正直、食わず嫌いでした。
MyGOも放送当時一回観ましたが、「CGアニメかよ、ピンク髪、棒読みじゃん」で1話切り。
その後、ユーフォに感動し、同監督花田先生のシリアスなバンドものが始まるってことでガルクラを観て、「CGアニメもいけるじゃん! むしろ演奏シーンはCGのほうがいいのかも(京アニは異次元すぎるので比較しない)」と思って、ふたたびMyGOを見直すも、正直なところ羊宮さんの歌があまりハマりませんでした。
声優さんになんでも歌わせればいいってもんじゃないよ、これは苦しいでしょ、なんて思ってました。

でも感情描写やカメラワークにこだわりがあり、CGも話数が進むにつれてどんどん違和感がなくなってくることに感心しました。
何より人物の関わり合いが生々しく、物語の都合で嘘を差し込まないところにとても好感を持ちました。
どう見てもASDな人間を主人公に据えて、それを真正面から描写するところにも制作陣の誠実さを感じました。
なので、上記のような声優の声の出し方や、羊宮さんの歌の痛々しさに耳をおさえそうになりながらも、なんとか10話まで視聴しました。

ここで衝撃を受けました。
なんで羊宮さんだったのか、やっとわかりました。
ここまで本当に燈という人物を本気で演じてたんだとやっと理解しました。
まさか歌のクォリティまで、演技のために徐々にクォリティを上げていくなんて。
しかも羊宮さんはもっと上手に歌えるのに、「燈は上手に歌おうとはしない、心からことばを叫ぶだけ」とわかっているからこそ、あの声の出し方を最後まで貫いているんだと理解しました。
普通、音楽ものでそこまでしないでしょう。楽曲を売りたいはずじゃないですか。
なのに、この作品は物語と人物を描写する誠実さをなによりも優先していたことをここで思い知らされたのです。
愛音も、後半シリアスな部分ではちゃんと相応の声の出し方をします。それまでは、あの軽薄な印象を出すために声すら声優らしくしなくていい、とディレクションされていたんだろうと判りました。

自分がいかに愚かで先入観だけでみていたかのか思い知り、それまでの話数をもう何十回と繰り返して観ています。
そのたびに新しい発見があり、驚きがあります。本当に製作陣の方々の熱意には頭が下がります。

11話から、少しずつ人間関係を積み上げていこうとするメンバーたちの姿は涙なしでは見られませんでしたし、12話のライブは愛音もそれなりの成長が見られていて、この話を見届けられてよかったと思いました。
そしてムジカの話につながり、ムジカメンバーが覚悟の決まらない祥子に振り回されてめちゃくちゃになっていく中、成長したMyGOメンバーが、自分の傷にも向き合いながら祥子や睦を絶対に諦めずに手を差し伸べ続ける姿に感動しました。
7話の春日影は涙腺がバカになりそうでしたし、12話の祥子から燈への手紙はあまりにも美しくて胸にくるものがありました。
そして13話。聿日箋秋のあとの、やさしいMC。そして焚音打。あのままエンディングでもいいんじゃないかと思いました。それくらい焚音打でみせてくれたMyGOたちの姿には、胸から込み上げてくるものがありました。
それに燈が歌い始めるときにすっと両手を重ねる客の手。シンガロングで両手をつなぐハンドサインを掲げるたくさんのファンたち。
彼ら彼女らは、詩超絆で会場にいた生き証人たちであり、あれからずっと「何があっても手を離さない」と誓ってついてきたファンなんだろうな、と考えると胸が熱くなりました。

そんなわけで気づいたらこの小説を書き始めていました。
途中で「焺祥燈祷 しょうしょうとうとう」を書き始めてしまったのでそっちが先にアップされましたが、本当はこっちが先でした。

主人公を楽奈にしたのは、ムジカで睦の人格を「二人いる」と言い当てたあたりで、「この子は人間のいのちの揺らぎのようなものがなんとなく視覚化できるんだろうな」とイメージしたことがきっかけです。
楽奈はMyGOの人物たちの中では一番アニメキャラらしい設定でリアリティが薄めで正直なところ最初は魅力をまったく感じませんでした。でも劇場版で、楽奈がやっぱり非定型発達の業をきちんと背負わされていることがわかって、なんとか楽奈を理解できるようなお話を書きたいな、と思いました。
観察力がずば抜けていると製作陣コメンタリーでありましたので、インプットを視覚や聴覚情報などに変換統合する処理力が並外れている一方、言語化が不得手で通常のアウトプットが不可なんだろうと。学校の成績はいいらしいですが、たぶん記述は苦手だろうなとか。当然嘘は苦手で、ひとの言葉を文字通り受け取りやすいタイプ。そんなキャラ解釈です。

以上、長々とあとがき書きましたが、そんな熱をぶつけたのがこの小説です。
お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
春楡
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