旅の跡 The past of the glory 作:鯱(しゃちほこ)
草の絨毯が、果てしなくどこまでも続いていた。緑の大地が緩やかにうねり、幾重にも重なりながら地平線の向こうへと消えていく。
空ははっきりと蒼く、高い。ところどころに眩しいほど鮮やかな雲が流れている。遥か遠く地平線の空では、巻立つ入道雲が白亜の神殿のようにそびえ立っている。蟬が激しく鳴く声が囲むように聞こえて来る。
その草原には一本だけ道があった。
それはわずかに土が見えることで、かろうじて分かるほど細い道だった。まっすぐ進んでは、ところどころに群生している木々をよけるように、たまに急カーブを繰り返している。そして西へと続いていた。
二台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばない物だけを指す)が、その道を走っていた。モトラドはカーブをかなりのスピードで抜いて行った。長い直線に入ると、さらにスピードを上げ加速して行く。
荷台に鞄がくくりつけてある方の運転手は、黒髪で黒い長袖のパーカーを着ていた。前は留めてないせいで、風で大きくたなびいている。ベルトにはハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)のホルスターがあり、中には細身のハンド・パースエイダーが入っている。
もう一台の荷台に正方形の変形ギミックのついた大剣を敷き、その上から鞄をおいてくくりつけてある方の運転手は、黄色い髪で黄土色のコートを来ていて、腰のベルトにはリボルバー型のハンド・パースエイダーとハンドガン型のハンド・パースエイダーのホルスターがついていた。
二人とも同じような黒いゴーグルをつけて、道から外れないように前方を睨みつけている。
ふと、前方にいた黒髪の青年が顔を少し上げ後方の黄色い髪の青年に手で合図して話しかける。
「見えて来たぞ。」
黄色い青年がそれに応える。
「やっとかい。」
「誰がいないの〜?」
黄色い髪の青年が声を上げたが返事がない。
二人の目の前には高い城壁にあいたアーチ状の門があった。しかし本来侵入者を防ぐための分厚い扉は、完全に開いている。奥に石造りの家も見えているが、人がいる様子もない。もちろんだがこの門にも番兵らしき人はいない。
「誰もいないみたいだよ?どうする、射抜?」
黄色い髪の青年が黒髪の青年に尋ねる。
「入ればいいんじゃね?この様子だと拒んでる様子じゃねぇし、俺と流夜なら襲われても生き残るだろうよ。」
射抜と呼ばれた黒髪の青年はモトラドの運転でぐしゃぐしゃになった頭をガシガシと掻きながら言う。
二人は門をくぐって国の中へと入って行った。
「街中で野営ってなんだかホームレスみたいだな。」
射抜が焚き火の横で寝っ転がり自嘲気味に言った。辺りは真っ暗で、雲一つない晴天の夜空には星々が邪魔されることなく輝いている。
「それ、言ってて悲しくならないの?」
その横で流夜が座った状態で笑いながら言った。
射抜は苦笑すると表情を戻し空を眺めた。
「にしても、なんでこんな人がいないんだろうな。寂れている様子はねぇのに。」
射抜は手足を伸ばすとそのまま力を抜いて大の字になる。
「なんでだろうね?街並みはこんなに整備されてるのに、誰もいない。こりゃどういうことだろう。」
射抜と流夜が野営しているここは、大きな交差点の真ん中だった。石畳の、車が並んで数台は通れそうなほどの太い道が、綺麗に四方に延びていた。道沿いには石造りの建物が隙間なく並んでいる。全て同じ様式の4階建て、歴史がありそうな立派な建物だった。しかし、どの家からも光は漏れていない。
射抜と流夜は、半日彷徨ったが、誰一人として出会うことはなかった。ちょうどよくここが緩やかに窪んでいて、そこに前に誰か来たのか焚き火を焚いた跡があったから適当な木を集めて火をつけて座っている。
「まるでゴーストタウンだな。」
「なにそれ?」
「俺の国の街が昔そうだったみたいなんだよ。大きな戦争に負けてさ。終戦の後様子を見に来た敵軍長官だっけか?が言った言葉だよ。」
「へぇ。」
二人とも携帯食料をちぎって食べる。栄養しかないそれは、2人の腹を満たしそうになかった。
「明日はどっちに行くんだよ。」
「そうだね、当分は探索かな。まだ行ってない場所は沢山ある。例えば、あそことか。」
流夜の指差した方向を見れば、巨大な城のような建物が建っていた。
「じゃ、今日は寝るよ。おやすみ。」
「おぅ、おやすみ。」
流夜と射抜が寝袋の中に入る。焚き火はしばらく燃え続けていた。
翌朝。
2人は日が覗く前に起きた。まだ日が差していなかったが、辺りの様子は見えるぐらいにはなっていた。なっていたが、霧が辺り一面に立ち込めていた。
射抜は軽く運動して、流夜は焚き木の後を綺麗に始末して荷物を整理する。準備ができた頃にはもう霧は晴れて太陽が顔をだしていた。
街中を捜索するが、全く人がいない。昼前、何も進歩が無いことに気が滅入った2人は途中に見つけた公園で休息を取ることにした。
緑の広大な敷地に白い石畳の道が伸びている。モトラドでしばらく走り回っても端にたどり着けそうに無いほど広い。やはりここにも手がかかった様子は無く、木々や芝生は伸び放題、池の水は干からびひび割れ、花壇の花は生えた後すら残っていなかった。
休息を終え、公園を進むと白亜の大きな建物を見つけた。
「すげぇな、めちゃくちゃ手がかかってる。何というか、すげぇ。」
射抜が関心しきって声を漏らす。
2人は白い大理石で作られた建物の正面にいた。目の前のそれは2人の視界からはみ出るほど大きい。作りはひたすらに豪奢で端から端、上から下まで美しい装飾が施されていた。
「元は王宮か何かだろうね。これは相当だ。案内人が今一番生きて来た中で欲しいよ。」
2人はモトラドに乗るのをやめ、押して歩いていた。
これを無視して進むのは勿体無い気がした。
何十枚ものステンドグラスで飾られた巨大なホール、遥かに大きい浴場、果てし無く続く廊下。内装も外装に負けず豪華だった。
一通り見終わった2人は建物の裏に出た。そこはテラスになっていて広大な裏庭が一望できるようになっていた。
「ありゃりゃ…」
流夜がついつい、といったふうに声を漏らす。
射抜はその光景をみて顔をしかめた。
ー墓だった。
裏庭の芝生の緑の中に、簡単に土を盛り薄い板を一本立てただけの簡単な墓があった。
そして墓は、視界いっぱいに広がる裏庭を、文字通り全てを埋め尽くすように並んでいた。幾千、幾万あるのか、到底数え切れそうに無い。
裏庭が昔なんだったのは知ってる者も掲示板もない。そこに後に残ったのは墓だけしかない。
2人は感嘆深くそれを眺めていた。
「この国の人はどうなった?死んだ?虐殺なら墓なんてないし死体も、ましてや血痕も無いんだ、どうなった?」
空が暮れ始めた頃、射抜が墓を眺めたまま問いかけた。
流夜もそれらから目を離さずに答えた。
「知らないよ。ただ、墓はある。何処かに生き残りがいたはずだ。何処かに旅立ったか、あるいは1人果てたか。どうだろうね。…そろそろ行こうか。もう何も無い。」
西に向かって走って明日の朝出発するよ、と言いながらモトラドに乗ってエンジンをかけた。射抜は何も言わずにそれに続いた。
夜は小さな小屋を借りて過ごした。ゴーストタウンの朝は、他より圧倒的に静かだった。モトラドのエンジン音が周りは覆われていないのに響いて聞こえる。
城壁が見えて来た頃、一台のトラクターが止めてあるのを見つけた。誰もいないだろうと思って通り過ぎようとしたが人影らしきものが動いたのが見えて止まった。
トラクターの後ろの荷台には野菜や果物が山積みにされていた。運転席には、1人の男が帽子を目深にかぶって座っていた。三十代ぐらいの男で、土に汚れた作業服を着ていた。
「ありゃりゃ、こりゃ予想外だなぁ…。」
流夜が頭を掻きながら呆気にとられたように呟いた。
男が帽子のツバをクイっと上げてこっちを見ると次は思いっきり帽子をとって起き上がった。
「おはよー、今聞きたいことがあるんだけど、大丈夫?」
「旅人か…おおよその事は予想がつく。この国の過去だろう?」
「そのとおりだよ。公園の墓についても。」
「あそこに行ったのなら話はだいたいわかる。
ここは建国以来ずっと王政が続いていた。王1人が国と人を全て我が物として支配してきた。それでも、何十人いた中には立派な政治で国民から慕われていた人もいたが、やっぱりそうでもないロクデナシの方が圧倒的に多かった。
特に最後の王だったやつは最低だったよ。皇太子時代が長かったせいか王になった途端自分勝手なことばかりした。逆らう者は1人残らず殺された。当時不作で財政難だったことなんて全く関係なしに遊んでばかりいた。不作は3年も続き、飢え死にする人は溢れていた。無論、奴は御構い無しさ。
少ししてあまりの生活苦に税率を下げて欲しいと訴えた農民が、全員殺された。我々の怒りは頂点に達した。王による暴力はもう歯止めがきかない。この状況をなんとかするためには、その時の歯車自体を壊すしかないと、革命計画が本格的に動き出した。当時俺は、大学院で文学を研究していて、比較的裕福だったが、貧民の痛みはわかった。そして俺はその計画にかなり初期段階から参加した。」
「見つからなかったのか?裏切りは?」
睨みつけるように聞いていた射抜が口を挟んだ。
「裏切りは無かったよ。それだけ王は人望が無かったんだろうな。だが、見つかったやつは死刑さ。この国の伝統的な死刑方法を知っているか?手足を縛って逆さまに吊るし、道路に頭から落として殺すのさ。この国では家族も一緒に処刑される。交差点の広場の公開処刑を、何度も見ることになった。まず仲間たちの家族が殺される。親、配偶者、子供の順にな。そんななか、仲間達が俺や他の仲間を群衆から見つけて、目隠しを断って、落下するほんの刹那に何かを訴えて、そして頭蓋骨を砕かれ、首の骨を折って死んで行くのをみたよ……何度もな。
計画から一年、とうとう俺たちは蜂起した。まず警備隊の武器庫を襲った。無論大量のパースエイダーと弾薬を手に入れるためだ。それ以前は、一般の民衆が武器を持つことが一切許されなかった。当たり前だがな。」
「ろくでもない奴でも知らんぷりをしてるだけで、本当は何をやらかしてるのかわかってる。ただ、今が良ければと思ってるだけで。それで民が武装するのを恐れるから。」
また射抜が口を挟んだ。男はチラッと射抜を見ると頷いて話を続けた。
「そうだ。とにかく、各地から武器を手に入れることは成功した。俺たちに賛同してくれた警備員もいた。そして後は一気に王宮に突入し王を捕まえる、筈だった。だがやめた。」
「はぁ?なんでだ?」
射抜が素っ頓狂な声をあげる。
「逃げたんでしょ?武器庫を襲うなんてでかい出来事、王に届かないわけないもの。」
すぐに流夜があたりまえだと言わんばかりに発する。
「ご明察。王は家族…と言うか財産と共にトラックの荷台に隠れて国外に逃げようとした。まぁ、案の定野菜と宝石に埋れたやつなんて誰だって怪しむに決まってる。そして革命は犠牲を出さずにあっけなく終わった。」
「で、それからどうなったんだ?民主制?」
射抜が間髪入れずに問う。
「その通り。多数決で決めることになった。最初は王の処罰について。親族以外皆死刑に賛成して決まった。例の方法でね。死刑が執行された瞬間、恐怖と絶望の時代が終わった気がしたよ。それからは皆で新しい法律を作った。あの時は楽しかったよ。皆で集まっていろいろ決めた。」
感慨深そうに男は目を閉じ頷いた。
流夜が"それはまぁ、極端な…"と、呟いた瞬間男が目を開けて話を続けた。
「そう、極端なんだ。ある時、多数決だと手間がかかるからリーダーを決めて運営を任せようと言い出す輩が現れた。王政が復活するのと同然なそんな提案は反対されたよ。そしてそんな奴らは今後国に危険だからと言って全員死刑も多数決で決まった。他にもこんなことは続いたさ。死刑制度撤廃、税金軽減……そこで足りなくなったものがある。」
「墓場か。」
射抜が答えた。
「そう。元王宮が中央公園になり、農地にする予定の裏庭を使うことにした。これも反対にするやつは死刑になったよ。死刑が行われたのは新政府になってからは一万三千六十四だ。」
「それで、最後の一回は?」
「ちょっと数年前の年さ。その時は俺と妻、そして昔からの親友だけ残っていた。その親友は国から出て行くと言い出したのさ。国を捨て、義務を捨てる奴は許せなかった。2体1で死刑が決まった。妻は、そのすぐ後に病気で亡くなった。医者もいないこの国ではどうすることもできなかった…。」
男は涙をこらえるように遠くをみた。少なくとも後悔してるようには見えた。
「…ちょっと前にな、旅人が来たんだ。俺はそこで考えを改める必要があった事に気がついた。恥ずかしいことに、それまでずっと今までが正しいと思ってたんだよ。だから、いろんな見方を知る為に、旅をすることにした。幸い、売るものはいっぱいあるし、銃器もある。そうだ、なにか旅に必要な心得とかあるか?」
男が二人に問いかけた。笑顔を向けてるが、裏には不安が見える。
「殺すことに抵抗を持たないことかな。」
「生死を分かつ時にプライドを捨てること。」
二人はずらすように言った。男は笑ってエンジンに火をつけた。
「いい旅になるといいね。」
流夜が笑顔を向けながら言うと男はフッと笑って先に門に向かって国からでた。
「…次はどの道を行く?」
流夜が車が去った方向を見ながら言う。
「次はお前の番だぞ。お前が決めてくれ。」
射抜も同じように顔を動かさずに言った。
「これはなんだろう?交代制王政?」
流夜がモトラドに乗りゴーグルをつけながら言う。
「ハッ、そんなものすぐに権力争いだろ。信頼だ。」
軽く笑いながら射抜も同じようにしてゴーグルを付ける。
「じゃ、行こうか。何処かに。」
はい、二話です。まぁ実際の本に沿ってるので2連続で人がいないとかになってるんですが、次回も書いた時は国じゃなくて道中の話です。しかも出てくるモブは三人。どうなるんでしょうねぇ。(更新速度的な意味で)
あ、その次からはれっきとした人のいる国です。安心してください。それでは。