旅の跡 The past of the glory 作:鯱(しゃちほこ)
そこは巨木の森だった。
切り株がダブルベッドになりそうなほど太い木々が、まるで神殿の柱のように、しかしこれといった法則性はなく点々と立ち並んでいた。
見上げると緑で一面染まっている。地上二十五メートルほどから始まる枝と葉が、隙間なく空を埋め尽くしてしまっている。かすかにしか日が当たらないため、地面にはまったく草が生えていない。黒く湿った土が、どこまでも続いてるだけ。そこは黒と緑に挟まれた、自然が作り出した不自然な空間だった。
「俺は森の中を走るのはあんまり好きじゃないな。なんでかわかるかい?、射抜」
巨木に手を当てて立つ成人になるちょっと前らへんの青年が言った。
黄土色のコートを着て黄色い髪を持った青年は、腰の両側にそれぞれ右と左にホルスターがありその中にハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)が入っていた。
横に停めてあるモトラド(注・二輪車。空を飛ばない物だけを指す)には、ハンドルに黒い縁の大きいゴーグルが無造作にかけられていて、荷台には四角形に折りたためられた大剣の上に鞄が置いてあり、上からロープでくくりつけられていた。
「ん〜、木に何度もぶつかりそうになるとかか?、流夜」
少し前方に射抜と呼ばれた年は同じぐらいの黒髪の青年が、モトラドに逆向きに座り荷台にくくりつけられた鞄に手を組みもたれながら返した。
「違うよ。お前じゃないんだから。正解は、森の中だと進むべき方角を簡単に間違えやすいからさ。北に進んでいるつもりで、東を向いてることもある。なにせ、太陽が見えないからね」
流夜と呼ばれた黄色い髪の青年は、そう言いながらゴーグルをとってつけ、モトラドに跨った。射抜も本来の座り方に座る。
「進むべき方角ねぇ、難しいことを考えるなぁ」
「そうなんだ。俺たちは真北に行けば、この森は終わる。そうすれば道に出る、ハズだ」
「ハズだね」
流夜はスタンドを外す前に胸ポケットからコンパスを取り出して北を確認した。
「それじゃ、行こう」
二人は前に体重をかけ、スタンドを外し、同時にクラッチを切る。少し走りながらブレーキの利きを確かめて、スピードをあげていく。
そしてそれほど走らずに止まった。流夜はモトラドに跨ったままコンパスを取り出し、北を確認した。
そして発進させて、止まって、確認する。流夜は同じことを何度も繰り返した。
「ええい、面倒くさい」
流夜はいつまでたっても終わりそうにない森に文句を言いつつもしっかりと確認作業を続けた。
「お疲れ」
百回ぐらいの方角確認を終えて走り出すと、進行方向の緑と黒の間に、白線が混ざった。やがてそれは上下に広がって、明るい帯になった。
二人はスピードを緩ながら進み、明るさに目が慣れた頃、最後の一本の脇を通り過ぎて、2台のモトラドは巨木の森を抜けた。
森の北側の終わりに、道は無かった。二人の前には、うっそうと茂るジャングルしか見えなかった。
「道がないけど、間違えた?」
射抜が呟いた。
「いいや、これでいい。足元を見てみて」
茂る草の間に、何か細くて赤茶けた線が見えた。少し離れてもう一本あった。平行に並んでいるそれは、
「おお、レールじゃん!」
「そのとおり。」
流夜はモトラドを押して一本目を超えてモトラドを二本目のレールの間に入れて西を向いた。射抜は一本目に入れて同じく西を向いた。
「道を教えてくれた人が言ってたんだ。『モトラドなら行けると思うよ、細いけどしっかりした道に出るから』っていうのはこれのことだったんだろうね」
「汽車が通ったりは…なさそうだな」
疑問は投げる前に、さびさびのレールの上に落ちた。
よく見ると線路に沿って同じ草が生えていて、まるでジャングルの中に緑色の道があるようだった。
「これはいいな。少なくとも、『進むべき道』は、間違える心配はないな」
「そうだね、でも、『進むべき方角』だよ」
流夜は頷きながらエルメスを発信させた。あちゃー、と声を出した射抜も続いて発進させる。レールに前輪が弾かれないように、それだけを注意して走る。あまりスピードは上げられなかった。
レールの上にまでたくましく伸びる草を踏み潰しながら、二人は走り続けた。
そして太陽が一番高く登る頃、1人目の男に出会った。最初に気がついたのは、射抜だった。
ジャングルの中の緩やかなカーブを抜けた途端、射抜が、
「あれ人じゃね?」
短くそう言った。
流夜も延々と続く曲線の道の先に人影を見つけて、ブレーキをかけた。
二人とも何も言わず近づいて行くと、男が1人、しゃがんで何かをしていた。彼は一瞬だけ顔を上げた。彼の後ろには、汽車と同じような車輪を持つリヤカーが一台、荷物を満載にして停めてあった。二人は男の少し手前でモトラドを止めた。エンジンを切り、降りる。
「こんにちはー。」
射抜が挨拶をして、男は立ち上がった。
背の高い老人だった。堀の深い顔をしていたが顔中シワだらけで、小さなグレーの目を持っていた。
白髪がほとんどの髪は長く、髭も伸び放題だった。黒い帽子はボロボロで、ところどころがシミのように色褪せていた。服は同じく黒で、しかしボロボロであちらこちらにツギハギがあった。
「やあ。旅人だ」
老人はそれだけ言った。
そして、
「わーお」
周りを確認していた流夜が変な声を上げた。
「おお、マジか」
射抜もソレに気づいて驚愕のあまりかなり大きな声を上げた。
老人はゆっくり振り向いて、二人と同じものを見た。そしてやっぱりかといった風な表情をしてそしてゆっくりと顔を戻して、若者に、何気なく呟いた。
「ああ。わしがやっとるんよ……」
流夜は一瞬、老人を見た。そしてもう一度それを見て呟いた。射抜はレールから目を離さなかった。
「信じられない……」
射抜と流夜の視線の先、レールだった。そしてそこに、あれほど茂っていた草は一本も生えてなく、綺麗に敷き詰められた砂利と、恐ろしいぐらい等間隔で並べられた枕木が見える。
そして二本の鉄は、まるで工場から送られてきたかのようにピカピカだった。太陽の光を受けて、上も横も金属光沢が鮮やかに浮かび上がっていた。
「悪いが、あのリヤカーは簡単にはどかせられんでなぁ。すまんが、モトラドをいったんレールからはずしてくれんか?」
「ああ、はい、はい。」
流夜は慌てたように言った。再び頭を下げた老人に近づいて一緒に横に座り込んだ。射抜は、停めたモトラドの上でただ見ていた。
「ひとつ、聞いていい?」
「何かな?わしが答えられることなら」
「全部、草抜いてレール磨いて、全部1人で?」
「ああ、それが仕事なんでな。」
「どのくらい、続けてるの?」
「五十…そろそろ六十になるかな。多分、それくらいじゃ。」
「五十年?その間、ずっとレールを磨いて来たの?」
「ああ、わしは18の時に鉄道会社に入ってな。その時に、今は使ってないレールがあるが、使う機会が出てくるかもしれんということで、できるだけ磨くように言われたんじゃ。まだ止められてないのでの、こうして続けとる。」
「国には、まだ?」
「ああ。わしには妻と子供がいてな。あいつらを何としてでも、食わしていかにゃならんのじゃ。今どうしておるかのう。わしの給料が出てるはずじゃから、生活には困っとらんじゃろう。」
話してる間にも、老人は手を休めなかった。射抜が何か言ったが、2人には聞けれなかった。
「旅人さんがたは、どこに行かれるんじゃ?」
老人は、何気なくそう訊ねた。
光り輝くレールの上を、2台のモトラドが走っていた。射抜と流夜は日の出から走り続けている。途中見つけた小川で少し休憩し、水をくんだ。
線路はジャングルの中を、緩やかにうねりながら伸びていた。灰色の砂利が道を作り、二人を導いている。
「昨日の爺さんさまさまだね」
流夜が今日何度目かの台詞を吐いた。草が取られ、空が映るぐらいに磨き上げられたレールのおかげで、昨日と比べると走りやすさは圧倒的だった。枕木からくる規則的な振動を楽しみながら、二人は走り続けた。
二人のお腹が空いてくる頃、2人目の男にであった。
最初に気がついたのは、流夜だった。
「おや、また人だ。」
かなり急なカーブを抜けて、流夜が急ブレーキをかけた。射抜もすぐに人とリヤカーがあることに気づき、モトラドを停めた。
「こんにちは〜」
流夜が軽くお辞儀をした。射抜はモトラドの上でまた座っている。
「ああ、こんにちは」
男は老人だった。背は流夜よりやや低く、痩せてひょろっとしていた。ほんの少し口髭を生やしていて、禿げ上がった頭に、帽子をちょこんとのせている。
そして昨日出会った老人に似た、黒い上下お揃いの服をきていた。そして、やはりあちこちにつぎはぎが当ててある。
流夜が近づいて何か言おうとした時、気がついた。
「あらら、レールが…」
そうひとりごちた。後ろで射抜がうええ…と変な声を出している。
リヤカーの向こうで、輝くレールがぷっつり切れていることが分かった。枕木もなく、砂利だけが、ジャングルの先へ消えている。
「ああ、わしが外してるんじゃよ」
流夜の嘆きに、老人が答えた。そして、輝きを失った砂利道を呆然と見ている流夜に、
「すまんがのう、リヤカーは退けられないきに。そちらさんでよろしゅう頼む」
そう言って、先端がほんの少しだけ折れ曲がっている、長い鉄棒を手に取り、荷物が溢れそうな後ろに回り込んだ。
流夜は射抜に指示し、急いでモトラドを外し、横に運ぶと、老人と同じようにリヤカーの後ろに回り込んだ。
老人は片側のレールの下に、鉄棒の先を差し込んだ。そして、
「せいっ」
と、掛け声と共に、棒に体重をかけた。するとレールは外れ、砂利の盛り上がりの脇へ、転がって落ちた。
流夜がよく見ると、その先にも、外れて転がったレールがあった。それらはジャングルの赤い土にまみれ、輝きは見えなくなってしまっていた。
「聞きたいことがあるんだけど…」
「なんじゃ」
「レールを外してるのはなんでなの?」
「仕事でのう、一人でずっとやっとるよ。枕木も全部取っ払うきに」
「…ずっととは、何年ほど?」
「50…いや、そろそろ60に入るぐらいかの?正確にはわからんな」
「…………。」
「わしは、16のときに鉄道会社に入社して、使ってない線路を、もういらないから取り壊すように命令されて、初仕事じゃき、張り切ってやっとる。まだ止めろと言われてないしのう」
「国にも、帰ってない?」
「ああ。わしには弟が5人いてな。あいつらの食い扶持を稼ぐために休んではおれんて」
「そっか…」
流夜は何も言えなかった。射抜が何かを呟いたが、やはり届かない。そして流夜は何気無く聞いてみた。
「レール、使ってない割りには綺麗だよね?」
すると老人は、
「ああ、ずっとじゃ。不思議じゃのう。外しやすくて助かっとるがな」
「そう…」
流夜には、やはりこれ以上いえなかった。
「旅人さんがたは、どこに行かれるのかな?」
老人は、静かに尋ねた。
灰色の砂利道を、モトラドが走っていた。
流夜と射抜は日の出から走り続け、休憩はほとんど取らなかった。
道はジャングルの中に比較的まっすぐに線を引いていて、脇には外されたレール、掘り出された枕木、レールを固定していたスパイクが、一定の間隔おきに山積みにされている。
「 走りにくいなぁ」
「お お お お お お お お お お お お お お お お お お」
流夜が今日何度目かのセリフを吐いた。
射抜はガタガタと伝わってくる振動で遊んでいる。
枕木のない砂利道はタイヤのグリップが悪く、カーブでも少し傾けただけで滑った。二人はスピードの出し過ぎに注意して、神経を使いながらハンドルを握っていた。
三人目は、二人同時に気づいた。
まっすぐ走る砂利道の向こうに、人影が見えた。
流夜がアクセルを戻したから、射抜は何も言わなかった。ゆっくり近づくと、男は二人に気がつき、大きくてを振った。男の手前でエンジンを切り、流夜は降りて、やっぱり射抜は降りずにそのままだれた。
「こんにちは〜」
「おう!旅人さん」
男は立ち上がりながら返事をした。
老人だが、たくましい男だった。上半身裸で、腕にも肩にも筋肉がでていた。顔の皺を見なければ、働き盛りの中年と言った風だ。昨日と一昨日出会った男達と同じ、黒いズボンを履いていた。裾はボロボロになっている。
流夜が話しかけようとしたところで、射抜が後ろで声を上げた。
「レールがある…」
老人の後ろの先に、荷物満載のリヤカーが1台あり、そこからレールが始まって、ジャングルの先に消えていた。
老人は、持っていた巨大なハンマーを担ぎながら、
「おう、俺がやった」
元気そうにそう言った。
「1人でやってるの?」
流夜が恐る恐る聞いた。
「なぁに、慣れりゃどうってことない。材料は全部そこにある。」
老人は転がっている枕木とレールとスパイクを指した。
「とてもいや〜な予感」
流夜が小声で呟き、尋ねた。
「いつからこれを?」
「ん〜、かれこれ50と…ちょっとかな?ちと計算は苦手でね。」
「ああ…」
「俺が十五の時かな。鉄道会社に就職したんだ。そしたら、前にあった線路がひょっとしたらまた使われるかもしれないと言われて、治すように頼まれたんだ。まだ止めろと言われてないしな。」
「国には、やっぱ帰ってない?」
「そうだな。両親が病気でな、働けなくなったから、俺が三人分稼がないと」
「そう」
流夜が予想通りの回答に、寂しそうな表情をした。
射抜が何か呟いたようだが、二人に届いた様子はない。
「これからも、頑張ってね」
「おうよ。任せとけ」
二人は無言で、エンジンをかけた。
「ところで旅人さん方は、どこへ行かれるんだい?」
老人は、ニヤッとして問いかけた。
続くレールの途中、ただ黙々と導かれている中、流夜が口を開いた。
「射抜。」
「なんだよ」
射抜は雑に返事をした。
「ジャングルの抜けたところに先の国がない限り行かない。あったとしても、鉄道会社には寄らない。いい?」
「でもさ…」
「ダメだよ。アレがその会社のシステムなんだ。僕らが介入したら、会社が倒れ、もっと大勢が苦しむかもしれない。この方法が間違っていれば誰か探しに来てるはずだし、いまの状態が仕方ないんだよ。」
「でも…」
「納得いかない、でしょ?俺もそうだよ。」
「……」
「俺らのやってる事だってそうさ。誰かが『これを行わせるのは危険だ』って言って
「…そうだな」
射抜はもう、何も言わなかった。
流夜もまた、何も言わなかった
今回は少し主人公達が何故色々な世界に出てるのかヒントを書いてみました。これ以外を読まない人は、あまり関係の無いことですが。