宇宙ステーションの高校には一人の女子高生と教師がいて、その周りを巨大な輪っかがぐるぐる回っている 作:わわ
床に固定された机と椅子が並び、前の方には黒板を模した液晶モニターが設置されている。左を向くと、分厚い窓の向こうに大きな輪っかと青い青い星が見えた。
「おはようございます。本日、日本モジュールは通常運用の予定です。節電、節水に努めましょう」
八時半になると外から合成音声が聞こえてくる。そちらの方向を見やると、研究所や観光客向けの店に出勤する人たちが忙しなく廊下を飛び回っていた。
手持ち無沙汰になり、なんとなく筆箱を開く。シャープペンシルを取り出そうとすると、それに引っかかった消しゴムが一緒に飛び出してきた。
「あっ、ちょっと」
手を伸ばして掴み取ろうとしたけど、消しゴムはどんどん上方向に浮き上がっていく。あんな小物に慣性制御装置をつけられるほどお小遣いはもらっていない。白の固まりはあっという間に天井にぶつかってしまった。
高校に入学してちょうど一年、私にはずっと恋焦がれている人がいる。その人は皆んなに煙たがられているけど、私だけは良さを分かっているもんね。あーあ、早くあなたに会いたい……。
「ね、重力さん?」
「……」
……なんておどけてみたところで、誰も返事をくれやしない。何かよく分からない機械音だけが響き渡る。私は腕時計のスイッチを操作して、お尻の電磁石に流れる電流を切ってやった。鉄板の入った椅子との引力が消えて、少しばかりの自由を得る。
「全くもー……」
うまく机と椅子の隙間から足を抜いて、手で机を軽く押してみると、私の身体はふわりと浮き上がった。制服のスカートが波打つように揺れる。天井を見上げ、消しゴム目指して飛んで行った。
こんな奇想天外な場所が、私にとっての学び舎だった。東京都立日比谷高校静止軌道ステーション分校。生徒数、たったの一人。私は軌道エレベーターの途中駅で、女子高生としての日々を過ごしているのだ。
私をここに連れてきたのはお母さんだ。企業の研究員をしていて、この静止軌道ステーション――通称「ユニステ」――の研究所に一年前から配属されている。単身赴任すればいいものを、人生経験だ何だと言っていつの間にかこの分校に入学手続きをしていた。
あーあ、お母さんのばか。本当だったら、今ごろ放課後に原宿でクレープを食べる生活を送っていたのに。部活に明け暮れる青春を過ごしていたのに。重力なんかじゃなく――誰かに恋する未来もあったかもしれないのに。
別にこの学校が嫌いなわけじゃない。たしかに滅多に出来ない経験だし、きっといい思い出になると思う。けど……「普通の学校生活」を過ごしてみたかった、と思うことは常にある。先生すらいない学校に入るとは思わなかったもの。
そういえば、電子黒板にホームルームの映像が伝送されないな。八時半から始業式と聞いていたのに。一応日本時間に合わせて生活しているんだから、そろそろ――
「おはよう」
「えっ!?」
男の人の声がして、思わず声を上げてしまう。扉の方を見下ろすと、無精髭を生やして白衣を着た背の高い男の人が教室に入ってくるところだった。な、何者!? なんでこんなところに――
「いだっ!!」
なんて気を取られている間に、私は天井に頭をぶつけていた。鈍い感触が頭蓋骨を震わせ、じいんとした痛みが神経を通じてやってくる。
「おー、朝から元気だな」
「だだだ誰ですかあなた!?」
……ってか、これヤバいじゃん! 私は反射的にスカートを押さえて、照れ隠しのつもりで思い切り叫ぶ。男の人は態度を変えず、飄々と一言。
「これが本当の『クラスで浮いている』ってやつか」
「わ、笑わないでくださいっ!!」
笑いもせずにジョークを飛ばすおかしな人。これが、先生に対する第一印象だったのだ。